初夜・4
案の定、翌日の仕え人たちの態度は、ひどく冷たく感じられた。
誰も何もエリザに口をきこうとはしなかった。ただ、先代の巫女姫をしたことのある女性の仕え人が、ぽつりと文句を言って消えた。
「マサ・メル様の時代には、このようなばかげたことをする巫女姫はいませんでした」
その言葉には嘘もあったが、気が付くはずもなく、見事にエリザを落ち込ませた。
巫女姫の一日は祈りで始まる。
その後は医師の診察をうけ、午前中は仕え人に薬草の知識を学ぶ。午後は薬草調合などの仕事をこなし、そして夜は……。
「安心なさい。あなたの体は、しばらく待たないと、妊娠できる状態にならないのです。その間に、しっかりと巫女としての認識を身につけていただかないと困ります。少なくとも、数回しか訪れない機会を、あなたは1回無駄にしたわけですから」
医師はあきれ果てながら、エリザの情けなさそうな顔を見つめた。
サリサ・メル様は、どのように思われたことだろう? 選んだ巫女がとんでもない未熟者でお怒りなのではないだろうか?
エリザは必死にお詫びの文章を考えた。しかしどうやら、その日まで最高神官に会うこともなく、お詫びも言い訳も言うことができそうにない。
そして、その日を迎えたとしたら、冷静にお詫びが言えて、今度はおとなしく抱かれることができるのだろうか? 想像がつかない。
ぞっとする感覚が戻ってくる。想像したくない。
「あの……サリサ・メル様にお詫びを……」
淡々と薬草の知識を伝える仕え人に、エリザはわずかな隙をみつけて、反省の意志を伝えようとした。最高神官に会ってお詫びしたい気持ちはもちろん、慣れない霊山の生活で、これ以上冷たくされると、すべてを投げ出して今度こそ家に帰りたくなってしまう。
「サリサ・メル様とのお目通りはかないません。気安く口を利いて、祈りの邪魔をしてはならないのです。今は薬草のことだけをお考えなさい」
巫女の仕事は何も子作りだけではない。
薬草を調合することも、重要な仕事だった。巫女に選ばれるような力の強い者が薬草を調合すると、よりよい薬ができるのだ。
仕え人は、ムテらしい銀目に冷たい光を走らせていた。彼らは、揃いも揃って見目良いムテらしい顔をしている。まるで人形のように整っている。
学ぶことすら満足に出来ないのかと言いたげな仕え人の軽蔑した眼差しに、エリザはすっかりしょげ返ってしまった。
午後には薬草を摘んでくる仕事が待っていた。
「わたしはあちらでタウリ草を集めます。巫女姫様は、向こうの洞窟で竜花香を集めてください。その籠いっぱいになるまでは、お戻りになりませんよう……」
仕え人の命令に、エリザは泣きたい気持ちになった。
これはあきらかに嫌がらせだった。
竜花香は、採れる絶対量がすくない。素人目には香り苔に似ている。しかも、両方とも薄暗いところを好んで群生するので間違えやすい。
しかし、片や万病に効く名薬の元であり、片やただの苔である。慣れた者でさえ、明るいところで比べてみると、間違っていたということもよくあるのだ。
エリザに区別できる自信はない。さらに籠の大きさを考えると、夜になってしまいそうだ。
しかし、口答えはできない。立場上は巫女姫の方が上であっても、仕え人たちは、エリザの何倍も生きている大人だった。しかも、薬草の知識も豊富だ。
彼らに逆らっては、巫女姫とはいえ霊山で生活できない。
エリザは泣く泣く籠を背負って洞窟に向かうしかなかった。
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