第385話 魔神の花嫁⑩


 祐人、英雄が秋華から大きく吹き飛び、頑丈な岩壁に叩きつけられて壁自体に大きなひびが走る。


「堂杜さん!」


 琴音が思わず声を上げその場から走り寄ろうとするが、誰かがそれを制するように腕を掴まれた。


「え、大威さん!」


 意識を取り戻した大威が苦し気に体を起こした。


「待ちなさい。むやみに前に出てはいかん」


大威は乱れた呼吸のまま視線は秋華に取り憑いたアシュタロスと秋華の意識に繋がろうと印を結んでいる楽際に向けられ、続いて祐人と英雄をとらえた。

これらを見ただけで大体の状況を把握し臍を噛む。


「でも大威さん、秋華ちゃんが! このままじゃ堂杜さんや英雄さんも!」


「落ちつきなさい、琴音君。それよりも君には頼みがある。この現状を雨花に伝えてほしい。秋華に降りてきた幻魔は魔神だ。今は秋華の制御を離れている。何としても敷地内から出すな、と。グ……」


 大威はそこまで言うと大きく咳きこんでしまう。琴音は内心、何故落ち着かなければならないのかと焦りの気持ちが勝っていたが、慌てて大威の背中をさすり、すぐに言われたとおりに雨花へ風を送った。


「今、送りました」


「すまない」


「大威さん、私、秋華ちゃんのところへ行きます」


「待ちなさい、一人では意味がない」


「でも、このままじゃ皆が死ぬか、友達が……私の親友が消えてなくなってしまいます。私はこれをただ見ているのは嫌なんです!」


 琴音がそう言うと同時に立ち上がる。


「待ちなさい! ゴホッ、ゴホッ、ググ……琴音君。私は行くな、と言っているのではない。行くなら一人では駄目だと言っているのだ」


「え?」


「堂杜君と英雄と連携をとるんだ」


「でも二人はまだ……」


 頑丈な石壁に背を預けて意識を失っているはずの二人に目を向ける。琴音が秋華のところへ直接向かおうとしているのも、この二人の立ち直る時間を稼ぐためでもあった。


(二人がいない!)


 重傷を負ったはずの二人がいるはずのところにいない。

それどころか祐人と英雄はすでに態勢を整え秋華を挟むように対峙していた。


「あの程度で戦線離脱するような二人ではない。とはいえ楽際は戦闘向きではないが儀式には重要で経験豊富な男だ、楽際を守れ。そして秋華の意識を取り戻すための手立てを考えるんだ」


 この時、琴音は目を見開いた。

 まずは祐人、英雄の戦闘中での能力、メンタルの強さ。

そして、これをわずかな時間で現状を素早く把握して指示をだした大威。

 自分は直接戦闘には加わらずに距離を取り、これらをつぶさに見ていたはずだ。


(にもかかわらず私よりもこの場を理解した人。私よりも危険な場所にいながら次の危険な場所に陣取った人たちがいる)


琴音も黄家内の情報伝達という重要な役割を果たしていた。

しかしなんと自分は力が足りないのか、と痛感する。


にもかかわらず——だ。


この少女は今、自分の中に生じた初めての感覚に戸惑っていた。

 この時の琴音は自分で考えても的外れで馬鹿な感覚を覚えたのだ。


三千院琴音という少女は精霊使いの名家に生まれた。

だがその実、名門の能力者というよりも箱入りのお嬢様として育てられてきた。危険なこと、危険な場所、危険な人物とはしたことも、行ったことも、出会ったこともない。

そんな彼女にとって眼前に繰り広げられている超ハイレベルで危険な戦いは想像を超え、非現実的でありまるで一般人が感じるものと一緒なはずだった。

 機関で危険度Sの能力者【邪針】マトヴェイ・ポポフ。

秋華に降りてきた街を飲み込まんばかりの力を感じる魔神。

どちらも自分のような人間が戦うような相手ではない。

いや、今後も自分ごときが対峙するような敵ではないのだ。

たとえ普通の能力者でさえ出会えば不運。

意味もなく、考える暇もなく、瞬殺される未来しかない敵。

それほど強さのテーブルが違う。


 ところが——なのだ。


 琴音はこの時、生まれて初めて武者震いをした。

 彼女は何を思ったか、大威、祐人、英雄、楽際、ポポフを改めて眺め、


(自分の目指す能力者像がここにはある! 特徴は違います。でも私が踏み込むべきレベルが見つかりました)


 琴音は大威に顔を向ける。

 大威は一四歳の少女が見せたその生気に溢れた顔に吸い込まれそうになる。


「大威さん、忠告ありがとうございます。私は堂杜さんたちと連携して援護します。その間にも定期的に雨花さんたちに風を送って状況を説明します」


(むう、この子は……この困難な戦いを前に一皮むけたのか。なんという才気だ)


「あとお願いがあります。私はできるだけ大威さんの近くにいるつもりです。ですのでアドバイスを随時ください。よろしくお願いします。では行ってきます!」


 そう言うと琴音は大威に背を向けた。


(ぬう、情けない。こんな時に自由がきかぬとは。楽際、持ちこたえてくれ。ここにいる若者たちを死なせてはならん!)


 この時、秋華の中にいるアシュタロスは不愉快そうな表情を見せたかと思うと天井を睨みつけた。


「ここは狭苦しい」


 秋華の上方に積層型の魔法陣が展開した。

 祐人と英雄が目を見開く。

 直後、凄まじい魔力がうねりとなって天井を貫いた。


―――――――――――――――――

昨日、魔界帰りの劣等能力者11巻が発売しました!!

是非、書籍版も手に取ってくださいね。

たすろう


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