第384話 魔神の花嫁⑨


 黄家の屋敷を遠く離れたビルの上から監視する者たちがいる。


「イーサン、これは黄家内でとんでもないことが起きている、でいいのかしら?」


 アメリカの能力者部隊所属のナタリーが上司のイーサンに問いかける。そしてその声色は深い緊張感を感じさせた。


「ああ、おそらくな。原因は分からないが、あの結界は強力なものだ。我々、SPIRITの本拠地に匹敵かそれ以上のものに見える」


「一体、何が起きているのよ」


 このナタリーの質問に即答せずにイーサンは思慮深い目で黄家の広大な敷地を覆う結界を見つめる。

 イーサンの右目にA、左目にΩの文字が浮かび上がる。イーサンの能力発動に気づいたナタリーが顔色を変えた。


「ちょっと、イーサン! こんなところであなたの目を使わないで!」


「心配するな、リスクに見合うと考えて使っている」


「そういうことを言っているんじゃ……!」


 イーサンがナタリーを制止するように手を上げるとナタリーは口を閉ざし、呆れたように首を振る。するとイーサンは目を細める。


「ほう……あの結界は外と中を断絶しているようだ。名門黄家の渾身の結界だろう。つまり黄家が機密性の高い何かを始めた、と考えるべきだな」


「黄家の機密といえばつまり【憑依される者】の儀式しかないじゃない」


「そう考えるのが妥当だろう。決して外部からの邪魔を受けないためのものだ。いやそれ以外もあるか」


「それ以外? 他にも理由が考えられるの?」


「たとえば我らの本拠地(ホーム)の結界もかなり強力だが中からは出ることができる。だがあの結界は内側からも出られん術式。もちろん意図的にそうしているに違いない。ということは中にある何かを決して外に出さないため、という目的もあると考えられる」


「何かって何よ」


「俺に分かるはずがないが、調べてみるか?」


「やめなさい、馬鹿!」


 ナタリーの物言いにイーサンはフッと笑うと、ナタリーが不機嫌そうに結界に目を向けた。


「ちょっと待って⁉ 結界がおかしいわ! 今にも消える、いえ消されそうよ!」


 ナタリーが驚きの表情を見せるがイーサンは言葉を発さず、わずかに額に力を籠める。


「外からの攻撃は?」


「ないわ」


「ということは内側だな。まずいな……だとすると相当まずい。ナタリー、黄家から距離をとるぞ、急げ!」


「何よ、どういうことよ!」


「あの強力な結界が容量オーバーになっている可能性がある!」


「え⁉」


「ヤバいのが出てくるぞ」


         ◆


 異変は雨花もすぐに感じ取った。


「こ、これはなんていう魔力。秋華に何が起きたというのです」


 雨花が額に手を当てながら思わずテーブルで体を支える。


「雨花さん、どうされたのですか」


 ニイナが驚き雨花に近寄り背中に手を添えた。


「今、この家におぞましい何かを呼び込んでしまった……こんな」


「雨花様、大変です!」


 そこに黄家の従者が血相を変えて飛び込んできた。


「内側からの魔力圧に結界が揺らいでいます! このままでは維持できずに消えてしまいます!」


「何ですって⁉」


 雨花が外へ飛び出し上空を見つめると強力な黄家の結界が壊れた電灯のように消えかかっている。ニイナも一緒に外へ出て確認する。


「いけません、結界を何としても維持しなさい! 人数をかけられるだけかけなさい! 結界が崩れれば我が家だけでは済みません。この上海が……」


 すると一瞬、上空に影のようなものが二つ飛び込んで来たかのように見えた。


「え、今のは⁉ 雨花さん」


「クッ、こんな時に侵入者!」


 口惜しそうに雨花は顔を歪めた。




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