第383話 魔神の花嫁⑧
「英雄様!」
「だ、大丈夫だ」
吹き飛んだ英雄のところに楽際が駆け寄ると英雄は衝撃を間一髪で盾で防いでいたようだった。
「来ました! 降りましたよ! さてさて、ここからが見物です!」
突然、マトヴェイの喜びの混じった声を張り上げた。
「あなた、何をしたんですか」
すぐさまマトヴェイと秋華の間にガストンが立ちはだかる。
「むう、いいところですのに面倒な人ですね。まあ、いいでしょう。聞きなさい! 今、彼女の中には二つの魔神級の人外が降りているんです! どうなるかは私も分かりません。あなたたちも早く撤退しないと危険ですよ」
「それはどういうことですか」
ガストンの背後で秋華が祭壇の上でゆらりと立ち上がる。
秋華の目には何も映っておらず表情もない。ただ秋華からは身の毛のよだつ膨大な魔力だけが漏れ出ている。
蛇たちを弾き飛ばした祐人は振り返り普通の状態ではない秋華に目を移す。
(な、何だ。秋華さんの気配がない!)
「ふむふむ、まだ魔神といえど完全に触媒にできていないようですね。これは斉天大聖が邪魔でもしているのでしょうかね。実に興味深い」
このマトヴェイの言葉に楽際と英雄が目を見開く。
一体、何を言っているのか。しかも【憑依される者】の核心にも関わる斉天大聖の名前を出したことに嫌な予感が走る。
「貴様、一体、何を言っているのだ!」
楽際が怒鳴る。
「おやおや、そういえばあなたたちは知らなかったんですね。彼女の中にはすでに幻魔が降りていたことを」
ガストンがマトヴェイに仕掛けようとするとマトヴェイが手で制す。
「まあ、待ちなさい。あなた方にも有益な情報です。彼女が前回の幻魔降ろしの儀で失敗した理由を仰っていたんです。彼女もその後に気づいたようですがね」
マトヴェイは目を細めながら周囲を確認する。皆、突拍子もない話であるためにこちらに集中している。
(ふむ、嘘を教えてもいいですが、それではつまりませんね。何より彼らの考察も知りたいですし。それに頼んでいた応援が遅いです。ここは逃亡の時間稼ぎのためにも伝えておきますか)
「いい加減なことを……!」
英雄が口を開くとマトヴェイが再び語りだした。
「彼女本人が教えてくれたんですよ。彼女がいい加減なことを言っていなければ本当の話だということです。彼女の中にはいたんですよ、生まれた時から強力な幻魔、人外が。その幻魔こそが彼女が起こす暴走の原因なんです」
琴音は意味が分からず倒れている大威の前に立ち尽くしている。
「それが斉天大聖です! そう、彼女の中には強大な人外にして【憑依される者】の起源ともなった斉天大聖がいるんです! だからあなたたちにも分からなかったんですよ! 加護だけがあると思い込み、斉天大聖の気配があっても不思議には思わなかったあなたたちのミスです。斉天大聖はね、自分以外の幻魔を降ろすことを許さない。だから失敗したんです」
真偽の分からぬマトヴェイの言葉に楽際も英雄も唖然とする。
敵の発言など聞く必要はない。
だが二人はまったくありえない、と言うことができなかった。
「ただ、恐ろしいほどの才能と可能性と秘めた彼女ですが、内包する斉天大聖を御するほどの実力、自我がなかったのです。見てください! 今、彼女の中には私がお願いして呼んだ魔神が降りました。あなたたちにもこれがどういう状況か分かるでしょう!」
魔力を溢れさせている秋華の体が宙に浮きだす。
「あ、秋華、本当なのか。お前は何故、それを……」
英雄が茫然と秋華を見つめると楽際は口惜し気に唇をかむ。
「言えなかったんですよ! おそらく彼女は今回の幻魔降ろしの儀で斉天大聖を手中におさめるつもりだった。言えばまたあなたたちを困らせると分かっていた。今になって私は合点がいきます。彼女はね、前回の失敗の責任をすべて自分だったことにしたかったんでしょう。そうしてあなたたちを安心させたかったんです。そうすれば誰も傷つかないですから! いや、本当に優しい方だ」
マトヴェイは楽しそうだった。
実際、楽しくて仕方がない。
分からぬ出来事を解き明かす、ということは彼には快感でしかない。
たとえそれが誰にとってどのような影響があろうとも関係ない。
英雄と楽際の顔が悲し気で悔し気でやるせない表情に変わっていくのが分かる。
これは真実が明るみになったからこそ起きる変化。マトヴェイの大好きな瞬間でもある。
「それで彼女がどうなるか! 分かりません! そう! どうなるか分からないんです。世の中には未知なことがあります。さあ、私と考えようじゃありませんか。一体、彼女がどうなるのか。そして結果を考察しましょう。同じことがあったとしてそれは毎回、同じことが言えるのか。私はそれが既知に変わる瞬間が好きでたまらないのです!」
英雄の顔が怒りに染まっていく。
「貴様ぁ! それが本当だとしても! 貴様が引っ搔き回して秋華を余計、苦しめたのだろうがぁ!」
声帯が壊れんばかりに声を上げ立ち上がると白騎士の姿をした英雄がマトヴェイに突進する。
「おっと、それは逆切れですよ。英雄様」
マトヴェイは左の手から針を出し、突進してくる英雄に放つ。
が、側面から飛来した倚白がそれらを弾いた。
「なんと!」
「ガストン! その下種野郎を逃すな」
仙氣を爆発させた祐人が怒りの形相で怒鳴る。
「分かりました」
祐人がマトヴェイの懐に入ると神速の回し蹴りがその横腹をとらえる。
マトヴェイが吹き飛びガストンは逃さんと言わんばかりにそのまま追った。
「英雄君、楽際さん! この下種野郎は必ずやる! でも今は秋華さんだ! 秋華さんを呼びおこす」
「堂杜!」
「まだ秋華さんは支配されていないはずだ! 魔神だろうが斉天大聖だろうが関係ない! 彼女に肉体の主導権を保たせるんだ」
そう言うと祐人は秋華へ背後から近づき、魔力圧に抗いながら左肩に手をかけた。
「秋華さん、聞こえるか! 僕だ! 堂杜だ! 自我を保て! 修行を思い出すんだ!」
「むう、楽際、行くぞ! 秋華の意識に干渉する!」
「はい!」
この時、マトヴェイは立て直しガストンから避けるように移動する。
「グウ、なんという重い蹴りですか」
(応援はまだですか。もう来るはず……うん? 来ましたかね。では防御に徹していましょう。それにしても魔神はまだですか、あの娘も抗っているのですね。無駄な足掻きをしてくれるものです)
英雄と楽際は宙に浮く秋華の向かい目の前に立った。
楽際は印を結び幻魔の力を散らし秋華の自我と繋がろうとする。
「これは……何という高位の自我。ぬうぁ!」
楽際が経験のない全身の痛みに悶える。
「こらえろ、楽際! 秋華! 俺だ、自在海を展開しろ! 己の自在海に人外を収めるんだ!」
英雄は大声を出しながら手を伸ばすが魔力と霊力が反発しうまく前に進めない。
祐人は再び秋華の耳元へ声を上げる。
「秋華さん! 君は幻魔降ろしを完遂させると決めていたじゃないか! 惑うな、主張しろ! 黄秋華は君だけだ!」
ピクッと秋華が反応する。
秋華の視線の焦点が定まるとゆっくりと背後に振り返った。
「黄秋華……」
「そうだ! それが君だ!」
すると秋華は肩にかかる祐人の左手に自分の右手を重ねた。
「そう、私は黄秋華……」
祐人と英雄の顔に希望が灯る。
すると秋華が優し気に笑った。
「ぐぅぅぅ⁉」
突如、秋華に重ねられた祐人の左手が握り潰されんがばかりに握られる。
「私に触れるな、この下郎がぁ‼」
秋華が振り返りざまに祐人の顔面に裏拳を叩きこみ、英雄へ掌底を放つ。
祐人は後に、英雄は楽際を巻き込み吹き飛ぶ。
一瞬、二人は意識を失い受け身もとれず石畳に叩きつけられた。
秋華は暗黒の目に金色の瞳を光らせる。
「ククク、黄秋華だったのだ。このアスタロシュに触れたこと万死に値する、覚えておきなさい、虫けらども。いや、もう死んでいるか」
そう言うと秋華は高らかに笑い出した。
◆
「このプレッシャーは⁉ 何が起きてるんですか⁉ あ、あれは敷地に結界を張っている?」
黄家の客室で外を見上げながら亮が声を上げる。
すぐにいつまでも惰眠をむさぼっている兄貴分に振り返ると俊豪はすでに体を起こしていた。
その表情に浮つきはなく舌打ちをしながら首や肩を回している。
「いくぞ、亮」
「え?」
「たくっ、俺が受けた依頼の中で最も気乗りしない依頼だが仕方がねぇ」
俊豪は立ち上がりベッドの横に立てかけてある得物を取り上げた。
188センチある俊豪の身長を超える長さの得物には白い布で厳重に封印が施されている。
「お前は全員避難させろ。邪魔にしかならねーからな」
「俊豪、どうする気なの? まさか本当に秋華さんを……」
「何を言ってんだ。どうするも何も決まっているだろう。俺は秋華から依頼を正式に受けているし金ももらっている。俺は依頼を受けたら必ず完遂する、それだけだ」
「俊豪……」
俊豪は無表情で得物の布を解く。
すると青龍偃月刀が姿を現した。
「いいか、これは天衣無縫が受けた仕事だ。行くぞ、亮。依頼は暴走したら〝私を殺せ〟だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます