第381話 魔神の花嫁⑥


「秋華ちゃん!」


 ここまであまりの状況に理解が追いつけなかった琴音がハッとして祐人についていこうとする。


「琴音ちゃん、駄目だ! 君は風でこの状況を外のニイナさんと雨花さんたちに連絡して! あのマトヴェイとかいうやつの情報を取って欲しいと伝えるんだ」


「でも!」


「早く! それと大威さんを楽際さんと一緒に後方に移動させるんだ」


「は、はい!」


「ガストン!」


「はい」


「あいつの相手をお願い! こちらに手を出させないで!」


「分かりました」


 そう指示を出すと秋華が拘束されている祭壇の前に祐人が飛び込む。

 だがおぞましい力の影は秋華に纏わりつき、やがてその身体の中に沈んでいくのが分かる。


「ハアァ! 仙氣刀斬!」


 祐人が影を払おうと練り上げた仙氣で倚白を薙いだ。

 が、しかし影は払えない。

 それどころかその代わりに秋華の体から凄まじい力の衝撃波が放たれた。


「クッ!」


 祐人は後方に吹き飛ばされ、マトヴェイに向かっていったガストンも巻き込まれ側面の壁に叩きつけられた。


「堂杜さん!」


「こちらに構うな!」


 琴音が悲鳴を上げるが祐人は態勢をすぐさま整えて踏ん張り、秋華に再度、飛び込む。

 ガストンも壁からストンと何事もなかったかのように着地すると上半身の埃を払う。


「まったく、旦那といると退屈しません。今までの千五百年が嘘のようです」


 そう言うとマトヴェイに狙いを定めガストンは脚に魔力を込めて襲い掛かった。

 マトヴェイは急速接近してくるガストンに苦笑いする。


「困りました。もうちょっと待てないですか。世紀の瞬間を目の当たりにするところだと言っているのに」


 マトヴェイの右拳の指の間から三本の針が伸びるように姿を現す。

 それをガストンの直前に放つと地面から『アクアスクリーン』が再び展開される。


「その術は先ほど見せてもらいました。ちょっと試させてもらいます」


 ガストンの爪が伸び、アクアスクリーンに右腕ごと突き刺した。


「一瞬でいいんです」


 ガストンの目が金色に変わり、膨大な魔力が右腕から爪へ供給される。


「ムッ、魔力系の能力者ですか!」


 直後、マトヴェイの霊力とガストンの魔力が激しく反発し爆発を誘発した。

 アクアスクリーンはガストンの腕を中心にゼリーのような破片がまき散らされ大穴があく。すぐさまガストンはその穴を通り地面に刺さっている針を長く伸びた爪で払った。

 アクアスクリーンは溶けて消えていく中、ガストンはマトヴェイに仕掛ける。


「厄介ですね!」


 ガストンの右の突きをマトヴェイは束ねた針ではじきながら後方に飛ぶ。それを逃さずガストンはそのままマトヴェイを追撃した。


「はじけ飛んでもゼリーのような形状なら痛くないと思いましてね!」


「頭の良い方だ!」


 そのまま二人は恐ろしいスピードで移動していく。

 この間に再び祐人は秋華の下へ走り寄ろうとするが秋華から放たれる強烈な力の波動にすぐには近づけない。


「秋華さん! 聞こえる⁉ 意識を保つんだ!」


 祐人は十数倍にも重くなったような体に仙氣を巡らせて全力で前進していく。


(なんという力の波動。間に合え! 間に合え!)


 しかし祐人の願いが叶わず、ついに秋華に纏わりついていた影は秋華の体と同化していく。倒れた大威を琴音と共に後方へ下げていた楽際が体を震わせる。


「ああ……あれは降りてしまった」


「え……あ、秋華ちゃん! 秋華ちゃんは大丈夫なんですか⁉」


 楽際は唇を噛む。


「琴音様、ここをお願いします。私がお側に行き、何とかフォローしなければ……」


「こ、これは何が起こっている⁉ ハッ、父上!」


 この時、黄英雄が幻魔の間に繋がる階段を駆け降りてきた。


「楽際、これはどういうことだ⁉ あれは秋華……まさか幻魔降ろしを⁉」


 英雄が荒れ狂う幻魔の間の状況に驚愕する。


「英雄様、説明は後です! 浩然は裏切り者でした! 今は早く秋華様の下へ行って降りてきた人外とコンタクトを取らねば!」


「何い! 裏切り者⁉」


 英雄は聞きたいことがいっぱいあるが、現状が許してもらえるようではないことは分かる。同じ黄家直系として、幻魔降ろしの経験者として秋華の状態は見た限りでも普通ではない。


(あれは交渉をしている状態ではない。秋華……意識がないのか⁉ まずい、それでは精神を持ってかれる!)


 英雄は横たわる秋華に必死な顔で何とか近づこうとしている祐人を見つける。


「堂杜! ぬう、分かった! 楽際は俺とついてこい! 父上は……」


「大丈夫です。命に別状はありません! 琴音様、お願いします」


「分かりました!」


 琴音はそう返事をすると同時にニイナたちに現状の説明のための風を送る。

 そして英雄と楽際は秋華のいる祭壇へ走り出した。




 マトヴェイはガストンと打ち合い十数合となるが、その視線は常に秋華の方に向いている。マトヴェイにしてみれば本気でガストンと戦う気などない・

 マトヴェイはただ待てばいいのだ。

 それで目にしたい。

 かつてこれほど先の読めない儀式を強引に進めた能力者などいないはずだ。

 リスク度外視の大実験。


(楽しみでたまりません。うん? あれは黄英雄! ふむ、人が集まりすぎですね。逃げる時の捨て駒のつもりでしたがしかたありません)


「邪魔はさせませんよ」


 マトヴェイはガストンの爪を避けると再び、アクアスクリーンを展開した。


「……む」


 ガストンは眉を顰める。

 一度、破られた術を使う理由は何か次の一手を打つ時間稼ぎと分かるからだ。

 マトヴェイは五本の針を天井に放つとその場から魔法陣が出現する。

 すると魔法陣から三つの人影が現れ、静かに着地した。


「さあ、蛇たちよ。依頼はまだ終わってませんよ。あそこにいる連中を排除なさい」


 現れたのは先日に夕食会を襲撃してきた能力者傭兵集団の〝蛇〟たちだ。襲撃失敗後は捕まり、黄家の地下牢に拘束していたはずの者たちだった。


「何ですか、彼らは。あれは……操られているようですね」


 ガストンがそう言うと三人の蛇たちは祐人と英雄の方へ移動を開始した。



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