第380話 魔神の花嫁⑤


「これは⁉」


 大威が幻魔の間の状況に驚く。

 秋華が祭壇に拘束され、その上空の穴から今にも幻魔が降りてくるところなのだ。

 それも強烈なプレッシャーが全身を包む。


「あ、あ奴は誰だ……その服は浩然か! ではやはり裏切り者は浩然だったのか⁉」


 楽際は現状の危うさを理解すると同時に口惜し気な声を上げ、さらにハッとする。


「幻魔降ろしの儀が始まっている! しかもあ奴、リミッターを外しているですと! これでは何が降りてくるか分かりません、大威様!」


この時すでに祐人はマトヴェイに仕掛けんと突進していた。


「させるかぁ! 倚白!」


 愛剣倚白が右手首の辺りから落ちてくるように現れる。


「おっと邪魔は困ります。もうすぐですのでお待ちください」


 マトヴェイは祐人の手前に数本の針を石畳に放つと透明なスクリーンのような壁が現れ祐人の前進を妨げた。

 祐人は構わずにその壁に倚白を振り下ろす。

 しかしその壁は想像以上に分厚く、しかもスライムのように柔らかい。倚白で切り裂いた部分も修復されてしまった。


「クッ、この壁は⁉」


 祐人が顔を歪ませると背後から大威が目を見開いた。


「その術はバクスター家の『アクアスクリーン』! 貴様、バクスター家の者か!」


「おやおや、よくご存知で。さすがは歴戦の能力者ですね」


 マトヴェイがニヤリとするが祐人は再度、倚白で切りつける。しかし、先程と同じように壁は修復されてしまう。


「チイッ!」


「浩然……いや、貴様は何者だ! バクスター家は十年以上前にその血筋は途絶えたはずだ。まさか、その生き残りか!」


「ククク、違います。私はそのような家とは関係ありません。この術は解析済みでございまして、今では私しか使えない便利な術です」


「解析済みだと?」


 マトヴェイは堀の深い目を垂らし、白髪交じりの髪を払う。


「パ、パパ、こいつの名前はマトヴェイ・ポポフよ! 他人の家に入り込んで人様の術を盗む、コソ泥のような下種野郎よ! ……グウ!」


 秋華が苦しみながらも声を張り上げるとマトヴェイが秋華の鳩尾に拳を振り下ろした。


「黙りなさい。口が悪いですよ。一応、黄家の令嬢でしょう」


「貴様ぁぁ!」


 大威たちはスクリーンの前まで走り寄り、霊力を全開にした拳を叩きつける。

 しかし、表面を揺らすのみで突破できない。

 大威は憎々し気にマトヴェイを睨みつける。


「マトヴェイ・ポポフ……貴様、【邪針】マトヴェイか⁉」


「おお、ご名答です! さすがは力を失ったとはいえ頭までは腐っていなかったようですね。いやいや、あなたの娘は無知で名乗っても反応がなくてつまらなかったですよ。もう少し、教育に力を入れることをお勧めします。あ、もうその必要もありませんかね」


「大威様、こいつは」


「前能力者大戦の際、その混乱をいいことに気になった能力者たちを捕まえて吐き気を催す人体実験を繰り返していた真正の下種だ。まだ生きていたとは……いや、四天寺の話から考えればあり得る話だ」


「はああ‼」


 祐人はこの間にも仙氣を練り上げ、切りつけるが分厚い壁をあと一歩のところで切り裂けない。

 バクスター家はイングランドで名を知らしめた能力者の家系だ。その得意能力は『アクアスクリーン』という術で、透明で流動性のあるゼリーのような壁を操る。

破壊力はないが戦いにおいて攻守に活躍する汎用性の高い術として知られていた。しかし、今はその血筋も途絶え、術も失われたと聞いている。


「皆さん、今更言う必要もないと思いますが、あの方は『ポジショニング』を使っていますね。今回のニイナさんの仮説は証明されました。ということはです。その大威さんの言うバクスター家が途絶えた理由もニイナさんの仮説で証明できそうですね」


 大威の横に並んだガストンが淡々と説明する。


「むう、秋華! 聞こえるか! 抗え! 今のお前なら高位幻魔も受け入れる強さがあるはず……グッ」


 大威がうなる。

 秋華の上空にある暗黒の穴からたとえようのない力の塊が現れたのだ。

 祐人が、大威たちが顔色を変える。

 凄まじい圧迫感と身の毛のよだつ恐怖。

 まるでそれを体現したかのような何かが姿を現し降りてくる。


「あ、あれは、なんという」


 楽際が血の気を失い言葉を失っている。


「楽際! あれは何だ⁉ 何が秋華に降りてきているのだ」


「わ、分かりません。あ、あれは……あのような幻魔は黄孟伝にも当てはまるものはありません。しかも、これは魔力⁉ 歴代の黄家で魔力系の人外を降ろした方は数名しかいません!」


「ば、馬鹿な!」


 祐人はこのやり取りに驚愕する。

 黄家は霊力系能力者と知られている。そこに魔力系人外を内包するというのは自殺行為としか思えない。互いの霊力、魔力が触れればそこで反発して秋華は粉々に砕け散ると想像し、倚白を握る手に力が籠る。


「クッ! 秋華さん! 動けないのか⁉ 聞こえないのか⁉」


 祐人が倚白を鬼気迫るように振るうとスクリーンの向こう側でマトヴェイが極度に興奮する。


「来ました! 来ましたよ! 皆さんは運がいい! これから目の当たりにするのは誰も経験のしたことのない現象が起こります!」


 それは形を持たない影のようなもので、やがてその力の塊はそこに現れるだけで周囲を振動させて秋華にまとわりつく。


「ぬう、どくんだ! 堂杜君!」


 大威がそう言うと凄まじい霊力が大威にあふれ出し、強烈な存在感を示す。

 今、大威は【憑依される者】を発動している。

 しかもおそらく大威の持つ最強の人外を降ろしているのだろうことが祐人にも分かる。


「大威さん、やめて下さい! まだ大威さんはまだ回復しきっていないです。無理をすれば……」


「大威様!」


「構わん! 来い! 英霊林冲(りんちゅう)!」


 光を放ち、祐人が目を細めるとそこには大量の霊力が形を変え雄々しい鎧を作り出し、その手には蛇矛を握りしめている。


「す、凄い……」


 祐人は大威から感じる強力な霊圧と姿に正直な感想を漏らす。


(おお、大威か、久しぶりだな。うん? 貴様、無理をしているな。それでは俺を使いこなせまい。前回の古傷が癒えてないな)


「時間がないのだ。一撃でいい、力を貸してもらう」


(ふむ……多くは聞くまい。よかろう)


大威は蛇矛を頭上で小枝のように振り回すと全身全霊の突きを繰り出した。


「なんと! あなたの体は瀕死寸前ではなかったのですか!」


 虚を突かれたようにマトヴェイが驚き、後方に飛んだ。


「はああ!」


 直後、神速の蛇矛がアクアスクリーンを貫く。

 するとアクアスクリーンの中央に大きな穴が形成された。


「行け! 堂杜君!」


「分かりました!」


 祐人がその穴を通り抜け秋華に駆け寄ると大威が膝から崩れ落ちる。


「大威様!」


「楽際、私に構うな。何とか幻魔降ろしを……!」


 そう言うとその場に倒れた。



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