第379話 魔神の花嫁④


 マトヴェイが目を見開くが次第に嘲笑に変わっていく。


「何を言うかと思えば……」


「嘘だと思うのなら好きになさいな。小さいころから私は感じていた。でも何かは分からなかった。でもいつしか分かったのよ、私の中にはとんでもないものがいるってね。それとこいつは外に出してはならない奴だとも分かった。こいつが斉天大聖だと思ったのは黄家は斉天大聖の権能を預かる家系よ。その家が私の中にいるこいつに気づかないってことはそれしか考えられないでしょ。どう? 何か矛盾があるかしら?」


「むう」


「私のリスクは幻魔の儀で降ろした人外によって暴走することじゃない。幻魔の儀で斉天大聖と繋がってしまい抑え込めないことがリスク。もし抑えきれないならあなたが調子に乗って語っていた【憑依される者】が生まれた時の状況になるのよ。私にはね、斉天大聖の奴を抑えるか、魂を乗っ取られて暴走して周囲の皆を巻き込むしか選択肢がない。だから私は保険を掛けた。内緒で俊豪さんを雇ったのよ。あの守銭奴魔神殺しをね」


 額から汗を流し息荒く秋華は言う。


「な! それで王俊豪が来ているのですか。黄家と繋がりが深いゆえに見届け人の一人として呼んだのではないと」


「ふふ、それは表向きよ。歴史的に王家と黄家は兄弟のような家系だから怪しまれないと計算してのものよ。あなたは頭が良いと思い込んでいるようだけど残念な奴よね。王家は幻魔の儀に参加したことはあるけど別に毎回、来ているわけじゃないわ。ましてやあの天衣無縫の性格でお金にならないのに来るわけないでしょう」


「クッ、しかし、それが本当だとして何故、それを私に言うのですか。それこそあなたに何の得にはならないでしょう。ふむ……やはり嘘ですね。まったくあきれ果てた方だ。その若さでどこまで捻くれて」


「だからあんたは馬鹿なのよ。なんでも計算で動く人間がいるかしら? ほとんどの人間は衝動的な行動をとるの。それは私も例外ではないわ。これはね、あんたのせいでこちらも予定が狂って頭に来たから教えてあげてるのよ」


「……ッ! 口の減らない人です」


「私は斉天大聖のあんの野郎と戦う覚悟も死ぬ覚悟もあった。保険もかけた。その上、考えもしなかった堂杜のお兄さんの修行を経て、勝算もわずかながらに上がったのを感じ取ったのにあんたのこれよ」


 秋華が苦し気にもかかわらず鼻で笑う。


「ふふふ、あんた真正の馬鹿ね。私のこれを聞いてあなたの予定も狂っていることに気づかないのかしら」


「何を……ハッ! まさか」


「あんたの呼ぶのが高位人外だか魔神だか知らないけど、私の中に入ろうとしたらどうなるのか私でも分からないわ。この私に分からないことよ、あなたに分かるはずがないでしょう。想像できるのは私の生存確率がほぼゼロになったことだけよ! マトヴェイ、あんただけは許さない。必ず死んでもらう。この絶世の美少女である私の未来を闇に追い込んだ罪は万死に値するわ!」


 少女とは思えない秋華の放つ凄まじい殺気にマトヴェイは思わず気圧される。

 秋華は涙を流し、悔し気で無念な表情を隠さなかった。

 おそらくこれは彼女の本心なのだろう。

 この日、この時のために秋華は準備を進めてきたのだ。

 その道筋には己の暴走と死という最悪の状況も仮定し、できることをすべて注ぎ込んできた。

 そして希望も捨てはいなかった。

 この自分の状況も環境を打ち払い、自分と家族の安寧を手にいれた後のことを何度も想像した。


(その時にはこの性格も改善して可愛らしくて素直な……そう、琴音ちゃんみたいな女の子になろうと思ってたのに)


 それは祐人と出会い、修行を経るとその気持ちは強くなった。だからなのか、計算ではない素の自分が琴音や祐人の前では何度も出てしまった。


(悔しい。ひどいじゃない。何でこんな目に合うのよ。私が普通であろうとしちゃいけないの? 別に自由じゃなくても良かった。能力者としての自分も家のルールだって受け入れる気だった。私よりもつらい人なんていると思う。でも私は周囲の人に迷惑をかけるだけの存在だった。それがどうしても嫌だっただけなの。他人の配慮と寛容だけに頼って生きているなんて生きているとは言えないもの!)


「ククク、泣いているのですか。ようやく子供らしい一面を見せてくれましたね。ですが残念ながら私は死にません。あなたが死んでも私は死なないのです! 何故なら私は探究者なんです。探究者には予想外のことは付きものなのですよ。もちろん、ここから緊急脱出する手段も用意しているに決まっているではないですか」


 マトヴェイは額に手を当てて大笑いをする。


「いや、面白い話をありがとうございます。色々と話をしてくれましたが、何ですか、どちらにせよ私の思い通りではないですか。私はあなたに魔神を降ろして黄家を破壊したいだけです。魔神を降ろし、その過程のデータを取って研究するのが目的であって命がけではありません」


 秋華の上空に存在している黒い穴が直径5メートルほど広がり、その淵が虹色に輝きだした。

 それに応じたように秋華が苦しみ悶える。


「多分、あなたの話は嘘でしょうがここは信じてみます。そうなるとここは予測不能で危険な場所になりそうですのでギリギリまで観測して逃げだすとしましょう。さて! まもなく魔神があなたの身体にやって来ます。私のお呼びした魔神と斉天大聖がするだろうあなたの身体の取り合いを見学させていただきましょう。魔神の花嫁となるか斉天大聖の花嫁となるか、どちらにせよ楽しみなことです」


 ニヤリと笑い、マトヴェイはそう言うと秋華の横たわる祭壇から離れようと背を向けた。


「私はやっぱり天才だわ。本当に自分を褒めたいわ」


「……は?」


 想像の斜め上に行く言葉が聞こえマトヴェイは振り返る。


「ふふふ、あなたは逃げられない。私が時間をかけたから。今頃、琴音ちゃんがパパたちやお兄さんをここに連れてくるわ。それともう一つ、あなたの知らない歴史を教えるわ。斉天大聖を封印する際に黄家の始祖を助けた〝かなりの使い手〟がいたと言っていたわよね。それは二人。一人は日本から来たという名もない霊剣師、その人が封印術を伝授したのよ。その術は継承されて孟家が封印術のスペシャリストとして今に至るわ」


 この時、幻魔の間に祐人たちが現れた。


「秋華さん!」


 祐人たちの登場にマトヴェイが出入り口の方に顔を向ける。


「なんと! もう来ましたか。封印術式を変えていましたのに……クッ、なるほどスペシャリストですか。どうやらその神髄までは私に伝授していなかったようですね」


「一子相伝の術よ。楽際が引退を決意するまでは伝承できないわ。当然でしょう。それとね、さっき人は衝動的に行動することがあって私も例外ではない、と言ったけどあれは嘘よ。私はすべて計算づくで行動する人間なのよ」


「ぬう、では斉天大聖のくだりも……」


「はは、それは本当よ」


 ここで初めてチッと舌打ちしたマトヴェイは憎々し気に秋華を睨む。巧みに虚実を交えるこの娘と話をしても意味はないと骨身にしみた。

 ただ逃げ出すことには問題ない。だがこれでは悠長に観察ができなくなった。

 探究者として、研究者としては口惜しい限りだ。


「ああ、あともう一人のかなり使い手というのはね……」


 祐人がマトヴェイを視認し猛然と向かってくる。



「……仙道使いよ」



(だからなのかもね、絶望の中に希望を捨てられないのは。堂杜のお兄さんがいるから私は生き残る道を探ってしまう)


 四天寺家が襲撃され、それに巻き込まれたとき秋華は祐人が仙道使いであることを理解した。

 滅多にいない仙道使いと驚きはしたが、それ以上に祐人個人に興味を持った。

 その時は思いつきもしなかった。

 だが今、マトヴェイに拘束され何故だか結びつけてしまう自分がいる。

 ここには【憑依される者】の起源に関わる仙道使いと霊剣師がいる。

 まるで奇跡を成し遂げた黄家始祖の物語のようだと。


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