第360話 脱皮
祐人は心の内で目前の少女二人に賞賛を送っていた。
(一皮むけた! たった二日でそれを掴んだ。見事としか言いようがない!)
祐人の圧倒的な殺意を受けながらも怯まずに秋華と琴音は左右から突きを繰り出す。
祐人は難なく右膝と左肘で受ける。
そして二人の拳を掴み手首を翻した。
「きゃっ」
「くうっ」
二人の少女の体が木の葉のように舞い上がり背中から地面に着地する。
しかし……二人はすぐに前転し祐人の追撃を躱す。
「うぷ、気持ち悪いのは変わらない……でも!」
「はい、動けます!」
秋華と琴音はこみ上げる嘔気を感じながらも集中し祐人に食らいついていた。
祐人は二人を睨みつけながらニッと笑みをこぼした。
「どうやら恐怖のありかを知ったようだね。恐怖とは与えられるものではない。自分で生み出している。だけど恐怖は克服するものと思うな! 恐怖を利用しろ。恐怖を警戒に変えて闘いの流れを読む一つの情報とするんだ。能力者はこれらの感度、感覚が優れている人種なんだ!」
祐人が初めて動く。
秋華と琴音が咄嗟に迎撃の構えをみせるが、祐人の踏み込みは加速力、最高スピード、予測力すべてが二人を圧倒的に凌駕する。
気がつけば二人は必殺の間合いに入りこまれた。
(え⁉)
(そんな!)
秋華は頭上から振り下ろされる右手刀、琴音は己の首を狙った左回し蹴りを見る。
途端に二人に死の恐怖が襲う。
それだけの攻撃圧を見たのだ。
しかしこの瞬間の二人は今までとは違った。
この刹那、強大な恐怖と同等の冷静さが二人の中に姿を現した。
祐人の同時に行った攻撃は本来、十分な体勢ではない。だが自分たちにはそれで十分と判断したのだろうと二人は考える。そしてそれは事実だろうことも理解している。
(でもそれは何もできなかった場合よ)
直後、祐人は口角を上げた。
二人に放った手刀、回し蹴りともに両腕で受け止められていたのだ。
「ふむ、よくやった二人とも。死を前にして目を瞑らなかった。そして一瞬だけ〝不惑〟に足を踏み入れたようだ」
祐人が手足を引くと秋華と琴音はじんじんと痺れた両腕を撫でながらその場に腰から崩れ落ちた。
「し、死ぬかと思った」
「私もです」
大きく息を吐く二人を見つめると祐人は微笑した。
そしていつもの穏やかな口調で声をかける。
「今の感覚を忘れないでね。それが常日頃から当たり前に発揮されることが大事だよ」
「こんなの常日頃から発揮される世界なんて嫌よ!」
「あはは、そうかもしれないね。でもどう? ちょっとは自信がついたんじゃない? 二人は今、死線から生を拾ったんだよ? 己で勝ち取った生ほど成長させるものはないんだから」
「どこのハードボイルドよ! うら若き乙女に変なものを植え付けないでよ、お兄さん!」
「え⁉ いやだって、これが目的で始めた修行だし。今のは対人外戦闘でも大いに役立つから、幻魔降ろしの儀にだって役に立つ……」
「分かってるわよ! でもね、私は忘れないから」
「な、何をかな?」
祐人が秋華の剣幕に怯んだように後ずさる。
「お兄さん、こんなに可愛い、しかも将来、超美人になること確定の私たちを容赦なくボコったわよね」
「そそそ、それは二人の求めるものを手に入れるためにで、本当はそんなことしたくなかったよ? ただ二人が進もうとしている道は自分の命のかかわる重大な」
「関係ないわ!」
「関係ないの⁉」
「誰もが私たちとお近づきになりたいと思っているの。名家に生まれて超可愛いんだから当然でしょ。そんな私たちを殴るわ、蹴るわ、投げ飛ばすわ、精神的に追い込むわ、もうお兄さんのやっていることは鬼畜の所業よ! 将来、私たちに群がる男たち全員がお兄さんの敵になるわ」
「ええ――⁉ そんなぁ!」
祐人が涙目で驚愕していると、このやりとりを横から見ていた琴音が噴き出す。
琴音は全身を震わせて笑いをこらえる。
「す、すみません、ぷぷぷ……でも、我慢できなくて」
「琴音ちゃん、笑い事じゃないよ! お兄さんったら私たちの透き通るような肌に痣を作ったのよ。それも一つや二つじゃないんだから。これは責任問題よ、人生の責任問題!」
「責任⁉」
祐人の背中に悪寒が走る。責任と秋華に言われると何故か怖い。
すると、ひとしきり笑いきった琴音は秋華に近づくと耳元でささやく。
「秋華ちゃん」
「何? 琴音ちゃん」
「気づきました? 今ね、堂杜さん、いつもの堂杜さんに戻っています。態度も声色も」
「あ……そういえば」
「堂杜さんも何かホッとしたような、達成感というか、気が緩んでいる感じがします」
そう言うと二人は祐人を見つめる。
「な、何かな」
目の前で内緒話をされた後に見つめられて祐人は居心地が悪い。
秋華と琴音は互いに目を合わせるとにっこりと笑いあう。
それは祐人が自分たちの将来に真剣に向き合ってくれた感謝であり、嬉しさであった。
しかしすぐに秋華は笑みをしまい、祐人に向き合った。
「お兄さんって不器用だよね。今回の修行、私たちのためなら嫌われても構わない、とか思っていたでしょう」
「え? そ、そんなこと考えてないよ。ぼくはただ……」
「言っておくけど、お兄さん!」
「はい!」
秋華の気迫のこもった声に祐人は背筋を伸ばす。
「そういうのはいらないから」
「はい、私もそういうのはいらないです」
こればかりは同調します、と言わんばかりに琴音も真剣な顔でうなずく。
「……え?」
「お兄さんは本当に駄目なのよ、そういうところが」
「ど、どういうところかな」
「本当にそうです。堂杜さんのことは尊敬しています。でもそういうところは駄目だと思います」
何故かプリプリと不機嫌そうにしている二人に祐人は戸惑う。
「それにそういうの無駄だから!」
「はい、無駄です!」
「だから、どういうところか教えて!」
そう言い返す祐人だったが、結局、何も答えてはもらえなかったのだった。
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