第361話 幻魔降ろしの儀に備えて


「さてと、じゃあ修行の最後の確認をするよ」


 祐人がそう言うと秋華がげんなりとした表情になる。


「まだあるの?」


「ああ、修行は終わり。今からのは現状の確認だよ。自分自身のね」


「現状の確認ですか?」


 琴音が首をかしげる。


「そう、修行の成果をしっかり確認できないと二人とも困るでしょう? たとえばもしこの後、いきなり襲われて戦闘になったとして、自分の力がどの程度なのか把握していないと判断を見誤るかもしれないから」


 祐人の言うことがいまいち理解ができない二人は目を合わせる。

 すでに先ほどの体術による模擬戦で修行の成果は確認済みであるし、これ以上何を把握するのか、と思ってしまう。

 その秋華と琴音の様子を見て祐人は苦笑いをした。


「言っておくけど僕を相手に自分の成長を測るのはまだ早いよ。しかも僕の得意とする体術ではなおさらね。体術で修行をしたのは能力者としての地力を総合的に向上させるのに最も有効だと思ったからだからね」


「お兄さん、たまに上から目線だよね」


「え⁉ そういうつもりで言っているんじゃなくて」


「まあ、事実だから別にいいけど」

「ほ、ほら秋華ちゃん、それは堂杜さんが師匠として言っているんですよ」


 半目の秋華に琴音が祐人のフォローを入れる。


「分かってるわよ」


「ああ、コホン、二人の強みは体術じゃない。二人はそれぞれの固有能力があるでしょう。だからそれを把握してもらうってこと。じゃあ早速、やってもらおうかな」


 祐人はそう言うと二人に距離をとって立たせる。


「はい、二人とも家で習った領域を展開して。えっと、たしか秋華さんは〝自在海〟で琴音ちゃんは〝絶対感応域〟だっけ? それを思う存分発動させるんだ。自分の思う最高の、それでいて肌に合う領域を好きなように。さあ、やって!」


 祐人に指示され、秋華と琴音は己自身を体現するように自在海と絶対感応域を展開した。




 黄大威と黄雨花は大物の客人の訪問を受け、笑みを浮かべた。


「ようこそ、いらっしゃった。頼重殿、それに奥方も」


 大威は立ち上がり琴音の父である三千院頼重と母の柚葉を席に誘導した。

 当初、大威たちは突然の連絡と訪問に驚き、重要な秘儀を前で多忙ではあったが訪問の理由は何となく想像ができたので快く受け入れた。


「直前のご連絡でお伺いし、大変申し訳ない。無作法と思ったのですが、どうしても直接お話がしたい件がございまして参った次第です」


「いえいえ、大事なお嬢様をお招きしているのにもかかわらずお電話だけでこちらも心苦しかったので、こうしてお会いできてむしろホッとしてますわ。ああ、秋華と琴音さんをお呼びしましょうか」


「いえ、すぐにお暇させていただきますので呼ばなくても大丈夫です。秋華さんとの時間はあの子にとって貴重なものと思っておりますので今は自由にさせておきたいですから。勝手なことを申し上げまして申し訳ありません」


 雨花に柚葉が柔和な表情で頭を下げた。

 雨花も笑顔で応対しつつも柚葉の言う「今は」というところに三千院の考えが見え隠れすることを感じ取る。


(今、三千院の直系は琴音さんだけ。それは重要な娘になったということかしら)


 互いに着席しお茶を振舞うと大威が切り出した。


「それで頼重殿、本日はどのような用件で?」


「はい、実はまさに今、ご迷惑をおかけしている琴音のことです」


 大威と雨花は笑みを浮かべた。それはそうだろうと思っていた。


「迷惑だなんてことは全くありません。むしろこちらがお世話になっています。琴音さんはとても良い子でうちの秋華にはもったいない友人です」


「ありがとうございます、雨花様。我々も秋華さんには感謝しています。以前は内気だった娘が最近は明るくなりました。実は今日、お話したかったのがうちの琴音について、ある報告が入ったので大威殿の真意をお伺いしたかったのです」


「ほう、真意とは何でしょう、頼重殿」


「はい、黄家を前にして回りくどい言い方は失礼と思いますので胸襟を開かせてもらいます。実は琴音の今後について良からぬことになりそうな話を聞きました」


「良からぬこと……ふむ、それは何でしょう」


「実は堂杜祐人という少年についてです。今、こちらに滞在していると聞いています」


 頼重の目には鋭い光が内包していることに大威は気づいていた。

 しかし、それには気づかぬふりをして大威は笑顔を見せる。


「はい、彼は秋華の友人のようでしてな。今も屋敷のどこかで一緒にいると思います。もちろん、そこに琴音さんもいらっしゃるでしょう」


「実はですな、琴音は自分の将来の夫をその堂杜なる少年にしたいと考えているようなのです」


「ほう、それはそれは」


「まあまあ」


 大威と雨花は驚いた表情を見せる。

 その二人の反応に頼重は表情を硬いままに見つめる。

 その顔には「なにを白々しい」と書いてある。


「頼重殿」


「何でしょう」


「ご息女は非常に良い目をしておられる。そう、人を見る目が、です。まさに天性のものでしょう」


「ええ、まったく」


 大威の言葉に雨花は大きく頷いた。

 この二人のにこやかな態度に頼重と柚葉は一瞬、呆気にとられる。

 思いもよらぬ言葉だったのだ。

 しかしすぐに頼重は内心、不愉快になる。

 堂杜祐人は無名の能力者だ。

 それに対し三千院家は歴史ある名家、そしてそれは黄家とて同じ。

 先ほどの話でこちらの言いたいことはもう分っているはずであり、黄家にとっても他人事ではない話なのだ。この話は秋華が発端なのだ。

 だがそこは名家同士の当主である。礼儀は守る。


「それが良からぬこと、ということですか」


「はい。それでお気を悪くなさらないでいただきたい。あくまでも耳に挟んだという話です。それを先導したというのが……」


「なるほど、うちの秋華というのですね」


 雨花がそう言うと頼重も柚葉も口を閉ざす。つまりその通りと言いたいのだ。


「頼重殿、その話を詳しくお聞かせ頂けますか」


 若干、怒気を孕んだ大威の声に頼重はホッとする。どうやらようやく自分たちの娘の愚かな考えを分かってくれたようだと思ったのだ。

 すると頼重がことの次第を話しだした。


「始まりは先の四天寺での入家の大祭からです。ご存じのことかと思いますがこの大祭は四天寺と敵対する能力者に襲撃を受けて大混乱したという曰くつきのものになりました。恥を忍んで言いますが、我が愚息があろうことかそれに加担しました。勘当同然だったとはいえ、四天寺に三千院の連なるものが迷惑をかけ、私どもも恥ずかしいばかりでした」


「うちの馬鹿息子も勝手に参加しましたので話は聞いています。しかも敗退してきましてな。まったく恥ずかしいという意味では我が家も同じです」



「そうでしたか、それは大威殿たちもご心労があったのですね。これは失礼いたしました」


「私どもも呆れかえって𠮟りつけたものです」


「それで話はその大祭でのことです。先ほど話しました堂杜少年がその時に大活躍したというのです。それは四天寺を救うような働きだったと。これだけでも信じられないのですが、さらには四天寺はその少年を迎えるためだけに大祭を開いたというのです」


「なんと、あの四天寺がですか?」


「はい……」


 大威が唸り腕を組んだ。


「それでこの情報をもって琴音がその堂杜少年を伴侶にと言い出しました。優秀な能力者を迎え入れる、と。その心意気は買うのですが、やはりまだまだ経験の浅い娘です。普通に考えて無名でしかもランクはⅮの少年が活躍したとは考えづらい。恐らく他人のいい加減な風聞に躍らされたとのだとすぐに思いました。それで琴音の情報源を調査したところ、黄家のご息女だったのです」


「馬鹿娘が」


「あの子は何という……」


 これを聞いた途端に大威と雨花は大きなため息を漏らし項垂れた。

 さすがにこの二人の姿を見て頼重は同じ親として同情をした。しかし、今回は自分の娘が誑かされているのだ。ここは強く叱ってもらおうとも思う。

 水重がいない今、琴音はしかるべき優秀な血筋の能力者家系の人間を婿に迎え入れなければならない。三千院にとってそれは死活問題でもあるのだ。

 すると大威が頭を振って漏らす。


「何でこんな重要な話を三千院に漏らすのだ。堂杜君は我が黄家だけでいいはずだろう」


「まったくです。いくら初めての友人だからといって堂杜君を勧めるなんて人が良すぎます。あの子にはきつくお灸をすえる必要がありますね」


「……は?」


 大威と雨花の言葉に頼重と柚葉が呆けてしまう。

聞き間違いか? と二人の様子を確認するが二人は頭が痛そうに落ち込んでいる様子だ。


「大威殿?」


「頼重殿、申し訳ない。我が娘の話は忘れてはいただけないだろうか」


「??」


「はい、私からもお願いいたします。申し訳ないのですが堂杜君のことは黄家に任せていただきたいです」


「????」


 頼重は二人が何を言っているのか分からない。

 だが黄家の当主とその奥方が深く頭を下げている。

 一体、どういうことなのか?


 ――その時だった。


 黄家の広大な敷地のほとんどを覆うような強力な領域が展開されたのを名家の当主たちが感じ取った。


「これは⁉」


「何だ⁉」


 領域が展開されたのは二つ。

 しかもこの領域はここにいる四人の能力者にも見覚えのあるものだった。


「これは自在海⁉ 誰だ! 秋華か⁉」


「絶対感応域⁉ 琴音? まさか琴音なのか⁉」


 強力な領域に黄家、三千院の両当主夫妻が目を見開いたのだった。


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あとがき

いつもお読みいただきありがとうございます。

ご報告ですが7月1日に魔界帰りの劣等能力者の9巻 神剣の騎士が発売になります。

ぜひ、書籍版もお手に取ってくださるとうれしいです。

書籍版は1巻からかなりの改稿と新エピソードを入れていますので、まだお読みでない方はこれを機に書籍版も手に入れてくださいね。

9巻のカバーを近況報告に載せてますのでよかったら見てください。

また遅くなりましたがギフト制度が導入されて応援をいただいた方々には大変、感謝申し上げます。今後、ギフトをくださった方にだけショートストーリーや設定公開など、何かできないか考えていきますね。

今後とも魔界帰りの応援をよろしくお願い申し上げます。


たすろう



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