第357話 修行の再開


 修行二日目。


 祐人と秋華、琴音は座禅を組み相対している。


「じゃあ、修行を始めるよ。目標は昨日と同じ。僕の領域に耐えてもらう。ただし一時間だ。一時間を耐えたら次の修行に移る」


「分かったわ」


「分かりました」


 秋華と琴音は頷いた。

 意外にも何も聞いてこず、二人が素直に受け入れたことに祐人は意外に思ったがポーカーフェイスを維持して頷く。


「よろしい。想像はしていると思うけど今日のものは昨日のものよりも厳しいよ。では始める」


 祐人の領域が展開される。


「くっ」

「ふうっ」


 秋華と琴音の顔が歪む。

 言葉通り昨日の比ではない。

 まるで重力が数倍になったような重苦しさ、気圧が数倍になったかのような息苦しさ、そして何と言っても耐えがたい不愉快さが彼女たちを襲う。

 さらにはこれで終わっていない。

 まだ強くなる。強くなり続けている。

 祐人の領域の強度は天井知らずかと言わんがばかりに高まり続け、自分たちを否定してくる。


「ぐう」

「くふ」


 今、秋華と琴音は祐人の圧倒的な領域から感じ取っている。


〝ここは俺の場所だ! 出て行け! 消えろ!〟


 二人はあまりの不愉快さに胃の内容物が込み上げてくる。


(駄目か……)


 祐人の領域の中で彼女たちの小さく弱々しい領域は押し込まれ今にも自分の体の中に消えてなくなりそうだ。

 祐人は無表情だが心に無力感が湧いてくる。彼女たちに荒行を課していることは承知している。祐人から見て数段格下の二人に与える修行ではない。

 しかし、乗り越えてもらわないことには先がない。

 だから祐人は容赦しない。

 リスクは承知で二人の領域を吹き飛ばし、精神を死の直前まで追い込むことも覚悟する。


「だらしないな。だったら僕の領域内で死を経験してみたらいい。己を見出せない者は戦いにおいて存在を許されないことを知ってもらう」


「はあぁあぁ」

「ひっ」


 二人の身目麗しい少女の口から涎が垂れる。体を震わせて全身が蒼白になっていく。

 祐人は領域を全開に高めた。これが祐人の命のやりとりをする際の本気の領域。

 ガクガクと筋肉を弛緩させる彼女たちを見つめ、祐人は今、二人が精神世界で何度も死んでいるだろうことを理解している。

 理不尽で抗えない数々の死。思いつくだけのあらゆる死に方を経験させられているのだ。


 今、秋華と琴音は暗闇に叩き込まれていた。

 秋華はその暗闇の中を歩いていくと突如、お腹を何かが貫通した。愕然とし己の腹を摩ると背後から剣が貫かれている。


「こ、これは……」


 口から血を吐きつつ背後に振り返ると猿のような男が笑っていた。何故、こいつが自分を殺すのか、と思うとその男が答えた。


「理由などない。殺したかったから殺した。お前の想いや希望など知らない。俺が叶えたいと思う道にお前がいて、ちょっと邪魔だと感じた。それだけ。けけけ」


 さっきもだ。さっきはこいつの運転する車にひかれた。その前は海に沈められた。さらにその前は毒を盛られた。

 こいつはどこにいても普通にしているだけなのに自分という存在を排除しようとする。

 一体、何なのか。


 琴音は今、三千院の従者に殺された。見れば猿のような顔をした女だ。いつものように着替え、精霊と交信する修行をこなし、一息入れたところで突然、薙刀で頸動脈を斬られた。


「あなたがいると私の気分が悪いの。だって空気が減るじゃない。私の吸う空気が」


 そう言って笑い出した。

 一体、どういうことなのか。


 祐人は二人の様子を確認すると目を瞑った。


(ここまでか……じゃあ、次に移ろう)


 ふう、と息を吐いた祐人が目を開ける。


「うん?」


 祐人の眉間に力が入った。

 というのも秋華と琴音の目が死んでいない。

それどころかこちらを睨んでいる。

その鋭い眼には生者の力が孕んでいる。


(まさか、帰ってきた⁉)


 祐人は緩めようとした領域を全開のまま維持する。

 だが二人の領域は最小のギリギリのところで保ち、頑として祐人の領域を跳ねのけている。


「ふざけんじゃないわよ……」


 秋華が呟く。

 そして大きく見開いた。


「ふざけんじゃないわよ! 私の存在を否定する権利は誰にもない! それを決めるのは唯一私だけ! それに私は自分を否定していない。私は誰に迷惑かけようが消えたりしないから!」


 するとそれに負けない気迫で琴音が叫ぶ。


「私もです! 誰を尊敬しようが頼ろうが、それが私です! 他人にとやかく言われる筋合いはないです! いじけても、落ち込んでも、ネガティブでも! 私がした選択は私のものです! 誰にも渡しません!」


 秋華と琴音の領域に力強い外郭ができあがり、祐人の領域を跳ねのけ己の場所……領域を形成していく。

 祐人は手を抜いてはいない。むしろ再度、押し込めようとするが通じない。

 祐人は二人に睨まれて、拒絶されると心が晴れていく。

 祐人はニッと笑うと口調は厳しく問いかける。


「二人に聞くよ。何で今、そこにいる。そこじゃなくてもいいだろうに」


「はん⁉ ここにいて何が悪いのよ! ここにいたいからいるだけよ!」


「それを決めるのは私です! 答える必要も感じません!」


「じゃあ、あそこに咲いている花は何で存在している?」


「そんなもの知らないわよ! あの花の勝手でしょう。あそこで植えられただけじゃないの! でも綺麗なんだからそれでいいじゃない!」


「あの場所しかなかったんです! 花の存在を問いかけるなんて余計なお世話です。でも、それでも咲かせたい気持ちがあっただけだと思います!」


「綺麗かな?」


「綺麗だよ!」


「綺麗じゃないですか!」


「それだけ?」


「それだけよ!」


「それだけです!」


「僕が怖い?」


「怖いわよ! 性格も悪い! でもそう思ったのは私でお兄さんが気にする必要はないわ」


「怖いです。とても怖い人です。でも良い人です。ただ良いところが怖いところと通じているんです」


 祐人は満面の笑みで二人を見つめた。

 心からの喜びで心が躍ったのだ。


(この二人の才能は底が知れない!)


 これが素晴らしい才能を秘めた弟子に感動した師の気持ちとは祐人には分からなかった。

 祐人は領域を解いて二人に近づき、肩に手を置いて自分に引き寄せた。

 喜びが溢れすぎて祐人はおかしなテンションになり大声を上げる。


「凄い! 二人は本当に凄い! 最高だ! なんて子たちだよ!」


「え……?」

「あっ!」


「それと馬鹿だ! 今まで秋華さんと琴音ちゃんと関わってきた人間たちは大馬鹿だ! こんな逸材を殺す気だったのか! 冗談じゃないよ! 二人はとんでもない能力者になる! 取り戻すよ、絶対に取り戻す。いいかい、限界を感じるのはまだまだ先だ」


 祐人に抱きしめられ、しかもこれでもかと褒めちぎられて秋華と琴音は驚くやら恥ずかしいやらで戸惑う。


「ちょ、ちょっと、お兄さん!」


「堂杜さん、あの、その」


「あ! ああ、ごめん! つい嬉しすぎて興奮しちゃった」


 祐人がハッとして二人から離れると秋華と琴音が顔を赤くしている。


「も、もう、どさくさで抱き着くなんてお兄さん……狙ってた?」


「あ、あの……困ります。あ、嫌というわけじゃなくて」


 冷静になった祐人は二人に何度も頭を下げる。


「本当、ごめん! 二人の出来の良さに感動してしまって……」


「しかも涙ぐんでるし。お兄さんにそんな熱い部分があるなんて意外だね。でも私たちにそんなに可能性を感じたの?」


「ああ、二人は強くなる。もちろん、これからが大事だけど僕はそれを感じたよ! でも才能に溺れちゃ駄目だ。これからは……」


「はいはい。ちょっと落ち着いてお兄さん。琴音ちゃんが困ってるでしょう」


「あ、うん」


 祐人が琴音に視線を移すと琴音は確かに戸惑っているようだった。


(私に才能? 強くなる? そんなこと言われたこともなかったのに……)


 こんなことは三千院にいて言われたことも、そのような扱いをされたこともなかった。

 自分で冷静に評価しても自分は精霊使いとして中の下がいいところだと考えていたしそれが事実だろう、と思っていた。もちろん、才能についても同じだ。

 それを祐人は感動した面持ちで強くなる、と言ってくれている。


「堂杜さん、私に才能なんてあるのでしょうか」


「あるよ、間違いなく」


 力強く断言する祐人に琴音は次の言葉が思いつかない。

 まだ祐人の評価を受け入れられない琴音の姿を見て祐人は理解したように頷く。


「いきなりこんなことを言われても信じられないかな。僕が二人に見出したのは能力者としての地力についての才能だよ。だから黄家として、三千院の精霊使いとしての、というのは分からない部分もあるよ」


「地力ですか。改めて言われますと地力ってよく分からないです。それにまだ、その信じられないというか」


「うん、それは次の修行で教えてくよ。次の修行は今までと違って手取り足取りアドバイスしていくから、その時にまた考えよう」


 祐人が微笑みながら言うと少しだけ自信のついた琴音は嬉しそうに頷いた。


「はい!」


 祐人は秋華と琴音を見つめる。


「これまでの修行は能力者として前提条件の修行にも関わらず、一番難しいところだった。二人ともよく乗り越えてくれた。これで僕が言葉にして説明しても誤解されない。領域とは自分だけのもの。まったく同じ領域を持つ能力者は一人もいない。だから他人がどうこう言って身につけるものじゃない。言うこともできるけどそれは自分の領域に異物が混ざる可能性もある。ぼくはそれを嫌ったんだ」


 秋華と琴音は今になって祐人の言うことが分かる。


「自分にとって自然な状態が最も強い。それを忘れないこと。それが相手にとっても手強いんだ。特に命のやりとりが発生した場合は特にね」


 二人は頷く。実際、先ほどの修行の後半、領域の展開に無理を感じなかった。祐人と互角というには程遠かったが喰われはしない。何といえば良いか難しいが自分のままでいられたのだ。それ故に耐えられた。


「ただし、才能のある人間が皆、開花するとは限らない。それ相応の努力と個人に見合った修行方法が必要だということは付け加えておくね」


 ここでピンと来たように秋華が笑みを溢す。


「じゃあ、お兄さん、これからも私たちに修行をつけてくれる? もちろん、幻魔降ろしの秘儀の後も」


「え⁉ それは二人の家が許さないんじゃないかな。ほら、名家のプライドのようなものがあるでしょう」


 これに秋華が何か言おうとすると意外にも琴音が割り込んできた。


「堂杜さん、私からもお願いします! 私を弟子にしてください!」


「ええ⁉ 弟子?」


「三千院の修行だけじゃ駄目な気がするんです。堂杜さんの邪魔はなるべくしません。ヒントだけでもいいんです。もちろん、謝礼はします」


 琴音が切実な顔で迫ると秋華が策士の顔になって乗ってくる。


「そうよねぇ、自分を評価していない人に良い修行がつけられるとは思えないもんねぇ。一番評価してくれる人がしてくれるのがいいよね。お兄さん、さっき私たちのこと凄い! って言ってなかった?」


「い、言ったけど……」


「お願いします、堂杜さん。何でもしますから」


「ううう……でも」


 正直、他家の、しかも違う種類の能力者が修行をつけるなんてことは普通ない。それにさっき祐人の言ったことは事実で、それはその家の面子にも関わる問題だ。ましてや名門の子女である二人はその可能性が特にある。


「お兄さん、私からもお願い、私も何でもしますから。背中も流すわ、二人で!」


「いい! そんなのはいいから」


「だって、弟子は師匠の言うことが絶対だもの。琴音ちゃんも何でも言うことを聞くって言ってるし。何でも言ってくれていいのよ。命令すれば何でも聞くよね、琴音ちゃん」


「え⁉ あ、はい。何でもします。お背中も……」


「ちょ、ちょっと! 変な言い回しをしないでって。しかも秋華さん、何で笑ってるの」


「いいからぁ、さっきみたいに抱きついてもいいし。あ、お父さんたちに修行で抱きつかれたって伝えておくね。スキンシップも重要な修行みたいって!」


「ひ! やめて! 僕が悪かったから!」


「弟子にしてくれたら言わないよ。だって師匠の言うことは絶対だし」


「ぐうう」


「堂杜さん」

「お兄さん」


 その後、祐人が承諾するまで時間はかからなかった。


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