第356話 黄家の承諾②


「これから僕らが考えたことや修行をすることを思いついた経緯をすべて話します。少し話が長くなるかもしれませんが許してください。その方が黄家の方々に信頼されると思うからです」


「僕ら? 祐人君、君以外に今回の修行を考えた者がいるのかね?」


「はい、ニイナさんです」


「ほう、彼女も能力者だったのか。そうは見えなかったが」


「いいえ、大威さん。彼女は能力者ではありません。ですが状況の把握が優れている優秀な僕の友人……いえ、今はマネージャーです」


「ふむ」


 大威は頷くが英雄などは舌打ち交じりに「素人に何が分かる」と呟いた。


「まずですが黄家の修行とは主に人外を受け入れる器の拡大、強化をするというものではないでしょうか。またそれに加えて感能力や交信する力を高めるものが中心と考えました」


 祐人はそう切り出した。もちろん誰も反応しない。


「次にリスクです。思いついたのは三つ。といっても大威さんに教えてもらったことなどを加味すれば誰でも思いつくものです。一つは降ろした人外に肉体自体を喰われる。もう一つは精神を乗っ取られる、というのはすぐに僕は考えました」


「ふん、頭が悪いのか? それはすでに」


「はい、否定されました」


 英雄が言うことに祐人は頷く。


「それで三つ目は何かしら、祐人君」


「もう一つはニイナさんの憶測です。幻魔降ろしの秘儀を一五歳前後までに実施しなければ何らかのペナルティがあるのではないか。例えば人外から身を守る加護のようなものが消える、とかです」


 大威、雨花、英雄は表面上無反応にしているが三つ目のリスクを語られた時、英雄はテーブルの下で拳を握った。


「これは彼女が幻魔降ろしの秘儀を強行する点に違和感を覚えての推察です。ですが幻魔降ろしの秘儀も行うことが決まっています。僕らの考えるリスクはすべて消えました」


「はん、何を言うかと思えば。それじゃあ、お前自身でお前の修行を行う理由を否定しただけだろう。時間の無駄だったな」


 英雄がそう言うと祐人は首を振った。


「いえ、やはり僕の提案する修行は有用な可能性があります」


「もういい! お前らのこじつけの理屈なんぞ何の価値もないのが分からないのか」


「そうかもしれない。ですが僕らは先日の秋華さんの暴走未遂の時に四つ目のリスクがあると感じとりました」


「まだ言うか!」


「英雄、黙りなさい。最後まで聞く約束だ。聞けばニイナ君も中々に面白い。何よりもこの二人は秋華のために考え抜いてきたのかもしれん。それで祐人君、四つ目のリスクとは何かね」


 大威が英雄を制し英雄は浮きかけた腰を下ろして腕を組んだ。

 祐人は大威に頭を下げる。


「大威さん、ありがとうございます」


(お礼を言うとはな……あくまで自分たちの考えを押し売りする気はないということか)


「まずは四つ目のリスクを掘り下げた経緯です。それはニイナさんが指摘したことでした。リスクがなくなった状況であるなら黄家、孟家の方々の行動が明らかに大袈裟なんです。また、俊豪さんが幻魔降ろしに合わせて呼ばれている点もこれに拍車をかけます。彼女が言うには、えーと、動学的整合性? がないと言っていました。明らかにリスクがないと考えている人間たちの行動でないと」


「まあ、ふふふ」


 この発言に雨花は微笑む。


「考えれば当たり前なのですが僕はその時、そこまで思いつきませんでした。彼女は僕よりも第三者の視点で冷静に判断したのだと思います」


 雨花が微笑んだことから場が若干、和んだが祐人はここから真剣な表情になった。


「ここからが本題です。僕はニイナさんに言われてあるはずのリスクを考えていました。そこでどうしても引っかかるのはやはり秋華さんの精神力、支配力が弱い点です。つまり精神を乗っ取られてしまうことです」


「だが、それは否定したはずだが」


「はい、そうです。ですが大威さんが仰ったのは〝魂や精神は喰われない〟ということです。ですが〝同化〟に関してはどうでしょう」


 途端に場の空気が変わったことを祐人は感じ取った。

 大威たちの体から噴出する気迫が祐人の皮膚を撫ぜる。

 だが祐人は話し続けることを止めない。


「人外は例外を除いて神霊体です。つまり精神、魂そのものです。ましてや高位の人外ともなればそのエネルギーは途方もない。それを体内に内包して術者に何の影響もないのはやはりおかしい」


 祐人は大威の視線を受け止める。


「もし自我の境界線がなくなり、人外と混ざり合えば魂が喰われなくとも秋華さんは秋華さんではない何かに生まれ変わります」


 祐人の眼光が鋭さを増し、今度は大威たちを見つめ返す。


「感応力が高すぎる秋華さんが神霊体との自我に直接触れた場合、強烈な宇宙の智が秋華さんの魂を覆います。そしてもし同化した時、新たな自我はどちらの自我を主成分に構成するのか、僕には想像できます」


 一息つくと祐人は黄家の人間たちを見回した。そして仙氣を体中に巡らせる。

 仙氣とは何物にも囚われない。己自身に宿る生命力の根源だ。

 生命力とは寿命のことだけを指すものではない。個としてこの世界に存在する力であり、全となるこの世界で自由に行動し考える力の根源なのだ。

 仙道使いの修行とはこの叡智を知る、いや、すでに知っていることを思い出す作業を繰り返す。

 仙氣がより高みに昇華されていくと祐人は世界をより明確に見ることができる。


「己が何たるかを分かっていない、周囲ばかりを気にかけている今の秋華さんは人外の魂にすらも気を遣ってしまうでしょう。それがどんなに悪しきものでもです。それが彼女の選択なら問題ありません。別に間違いではないです。ただ今の秋華さんではそれを選択できない。僕はそれをどうにかしてあげたいんです」


 祐人の存在感が増していくのを大威、雨花、英雄は見てとる。だが警戒心は湧かない。


(な、何だ、こいつは。これは霊力でも魔力でもない。何の力だ。でも俺はこれを知っている。どこかで見たことがある。一体どこで……)


 英雄が内心、驚愕の目で祐人を見つめる。記憶の中に祐人を探す。だが見当たらない。


(たしか新人試験にもこいつは来ていたと言っていた。でも俺は知らない、覚えがない。それは本当か? 相手にするレベルでなかったとしてもこれを俺は気にもとめなかったのか?)


「聞いてもいいか。君は【憑依される者】を何と捉えた」


 大威の質問の意図は分からない。だが祐人は正直に自分の辿り着いた答えを話した。


「【憑依される者】は人外を己に降ろして力を借りる術ではありません。そして決して喰われない加護か古の約束を携えて、己を通して人外を知り、人外の力と自分の力を交換するんです」


「それでは秋華のリスクは何だ」


「本来、同化は人外にとってもリスクです。通常であれば人外も人間ごときと同化したくはありません。プライドの高い高位の人外であれば尚更です。ですが秋華さんはそれをしてもいいと思わせる感応力と魅力、それと自我が弱いことを見透かされているんです。自我のほとんどは自分のものが残る。何の手段も代償もなく現世にとどまることができる。神話や伝説の中の存在ではなく己をこの次元でアピールできる。これを魅力的に思う人外はいる可能性はある。つまり、秋華さんのリスクは黄家のリスクではなく秋華さん独自のリスクです。だから黄家にこれを解決する方法がないし分からない」


「では改めて聞こう。君の修行とは何だ」


「僕がしたいのは己を線引きする力です。自我を強くする。自我の境界線を強力なものにする。己の魂を思い出す。つまり今までの黄家の修行とは逆。感能力と共感力を育てるのではなく、自我の塊の人外相手に黄秋華を意識させるんです。そうすることで同化する意義を見出させない」


「君にそれが出来るのか。何故、君にはそれを思いつく」


「僕個人への質問はなしと言いました。ですがこの点についてのみ答えます。仙道の修行がまさにこれを解決できると考えました。仙道とは相手を見てこの世界を知るのではありません。己の魂を通じてこの世界を見るんです。本来これは多かれ少なかれ能力者として誰もが通ること。かつての能力者は地力を上げるためにこの修行は必須だった。しかし、黄家はこの修行をしていない。する必要がなかった。【憑依される者】が強力過ぎたんです」


 英雄はこの祐人の発言に目を見開いた。


(仙道だと⁉ そうか、さっきのは仙氣か! まさか、こいつは仙道使い)


 仙道使いは有名な割に出会うことはほとんどない。それがまさか目の前に、しかも自分の同期である少年が仙道使いだと言う。

 認めてこなかった、認めたくなかった気持ちが強すぎて蛇の襲撃の際に見せた祐人の能力を正当に評価しなかった。

 英雄は驚きと怒りが珍しく自分に向かう。

 そしてすぐに考えたのはこうだ。


(何故こいつは自分の強さをアピールしない? 自分を侮った人間を叩きのめさない? 強さを見せつけなければ強くなった意味はないだろう! 何故、こいつは……⁉)


 この瞬間、英雄の脳裏に文駿の顔が浮かぶ。


〝英雄君、強くなってください。君が強くなればなるほど僕の生きた事実が彩を増すから〟


 英雄は何故か祐人の言う【憑依される者】の術の考察よりも、このことに意識が集中した。


「今日、ここに来る前に秋華さんたちに領域の修行をつけました。その時、彼女たちの中の甘えが伝わってきました。二人の共感能力が予想を超えて強かったんです。領域とは相手と比べるものではない。相手を見るのは自分の領域を通すことです。なのに僕の中にある甘さを感じ取ると自分で幻影を作り、優しい堂杜祐人に救われたと勇気を持ちました」


 大威と雨花は眉根を寄せた。


「僕は時間がないことから荒療治を考えていました。それで命の危険を覚えさせ秋華さんを暴走直前に持っていくことも考えていました。恐怖は与えられるものではなく己が作り出すことを知って自分自身を見るきっかけを作ろうとしたんです。その意味で大失敗でした。二人は相手しか見ていない。相手を通して自分を見ようとしていることから脱却していないんです。これでは人外に黄秋華の自我を見せつけられません」


「なっ! お前、暴走させようとしただと⁉ 馬鹿な真似を……!」


 英雄はハッとしていきり立つ。大事な妹への荒療治など英雄にとって許せるものではない。英雄が求めた強さには秋華を守ることも含まれるのだ。

 だがここでも大威が英雄を制した。


「では、最後に聞こう。何故、そこまでしてくれるのだ。またはしようと思ったのだ」


 大威がそう尋ねると祐人は仙氣を解き、きょとんした表情になった。


「え? それは秋華さんを救いたいからですけど。ぼくの大事な友人ですから」


 その言葉を聞くと険しい顔していた大威が呆気にとられ、雨花は吹き出し、英雄は固まった。


「分かった。秋華の修行は許可しよう」


 こうして黄家の承諾を得たのだった。

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