第347話 秋華の心の内


 祐人は秋華の部屋に姿を現した。


「あ、堂杜さん」


 秋華のベッドの横に座っていた琴音が振り返ると笑顔をみせた。

 しかし若干、目に隈が見えたことから、どうやら琴音は昨夜からずっと秋華のそばに寄り添っていたようだと祐人は気づいた。


(この子は本当に優しい子だね)


「琴音さん、秋華さんは?」


 祐人が琴音に秋華の容態を聞くとすぐに、元気で大きな少女の声が耳に入る。


「ヤッホー、お兄さん! なになに? 私が心配でいても立ってもいられなくなって来たのー?」


 そこにはベッドの上で半身を起こしている秋華が満面の笑みで祐人を見つめている。


「秋華さん、もう体は大丈夫なの?」


 祐人は目を覚ましたと聞いて来たのだが、想像していたより元気というより元気過ぎて驚いてしまい琴音と目を合わせる。


「はい、目を覚ましてからこの調子で……私もホッとしていいのか、分からなくて困っています」


「もちろんよ、この程度で私がどうにかなる訳ないじゃない。琴音ちゃんも心配し過ぎなのよ。私は切り替えが早いんだから!」


 秋華が片腕を上げて何ともないことをアピールする。


「あはは……何はともあれ元気そうで良かったよ」


 祐人は苦笑い気味に言いながら琴音の横の椅子に座った。

 すると、秋華の笑顔が消えて真剣な顔を二人に向けた。


「そうだ、琴音ちゃん、お兄さん、ちょっと伝えなくなくちゃいけないことがあるからこっちに来て。誰にも聞かれたくないことがあるの」


 祐人と琴音は秋華のその様子にただ事ではない雰囲気を感じて、今回の襲撃や秋華の暴走未遂に関しての何かかもしれないと秋華に近づく。


「もっと寄って」


 そう言われ二人はさらにググっと秋華に顔を近づける。

 直後、頬にやわらかい感触が生じて二人は目を大きく広げた。


「え?」


「は?」


 途端に琴音と祐人は頬を押さえながら後ろに引く。

 二人は秋華にキスされたと気づき驚きと恥ずかしさで紅潮した。


「ちょっと秋華ちゃん!」


 たまらずに声を上げる琴音に秋華は優しい笑みを見せた。


「ありがとう、琴音ちゃん、お兄さん。二人が私を守ってくれなかったら最悪の事態も考えられたわ。これは私からの心からのお礼よ。今はこんなことしかできないけど、また必ずお礼をするわね」


 祐人と琴音は相変わらず赤い顔で秋華の顔を見つめるが、そう言われてしまうとすぐには言葉が出てこなかった。


「ふふふ、なーに? お兄さん。もっとお礼がして欲しいの? これ以上のお礼を望むなんて……お兄さんのエッチ。でも考えておくわ」


「え⁉ ちち違うよ、お礼なんていいから! 僕は秋華さんの護衛なんだから当然のことをしたまでだよ。だから気にしなくていいから」


 極度に慌てた祐人がそう言うと、してやったりというような顔で秋華がニンマリとする。


「もう素直じゃないなぁ、お兄さんは……うん?」


 秋華はふと琴音に目を向けると、琴音が可愛らしい頬を膨らませて自分を睨んでいることに気づいた。


(秋華ちゃん、お兄さんにキスするなんて……ずるいです)


 秋華は琴音の考えが手に取るように分かり、また笑顔になる。


「そうだ、琴音ちゃんもお兄さんにお礼しなくていいの?」


「え?」


「だって琴音ちゃん、この僅かな期間で能力が向上していると思うよ。それって明らかにお兄さんのお陰だよね。お兄さんの指示通りとはいえ落ち着いてたし、それって凄いことだよね」


「あ、それは堂杜さんがいたからで、私だけだったら何もできなかったです」


「そんなことないと思うよ。そうは言ってもあれは実戦なのよ? 下手をすれば琴音ちゃんだって怪我をするかもしれない状況。それで混乱せずに動いていたんだから。ね、お兄さん」


「ああ、それはそうだね。琴音さん、僕もそう思うよ、本当に」


 それは祐人も同意見だった。

 しかも琴音が見てきた敵はすべて琴音よりも格上の能力者だったのだ。

 四天寺の大祭の時にいきなり能力者として最高峰の実力者たちを見てしまったというのもあるかもしれない。だがそれを差し引いても大したものだと思う。

 実力が上がってもメンタルが追いつかずに一流になり切れない者は多数いる。

 その意味で琴音は堅固なメンタルを先に手に入れたと言っていい。

 実戦経験豊富な祐人をして、あとは実能力の成長次第でどう化けるか、という可能性すら感じさせる。


「そ、そうなのでしょうか。自分では分からないです。でも、それは堂杜さんの……」


「そう! お兄さんのお陰。だから琴音ちゃん、お兄さんにお礼をしなくちゃ駄目でしょ?」


「はい」


 琴音は納得したように祐人に顔を向けて頭を下げようとするが、秋華がさらに続ける。


「もちろん、私と同じ方法で」


「はい?」


 琴音が目を見開いて秋華に顔を向ける。


(お、同じ方法って、同じ方法⁉ それはさっきのキス……⁉)


 琴音の顔がボンッと音が鳴るように赤く染め上げられる。

 しかし、琴音はまるで意を決したように祐人を正面から見上げた。

 思わぬ展開に祐人が飛び上がるように慌ててしどろもどろになる。


「いやいやいや! 琴音ちゃん、無理してそんなことしなくても十分、気持ちは伝わるから大丈夫だ……よ」


 後半、祐人の声が弱々しくなったのはこちらを潤んだ瞳で見つめてくる琴音の表情に押されたからだ。


「あ、あの……無理じゃないです」


「あーあ、お兄さん、琴音ちゃんが誠意という意味でお礼がしたいのに、それを断るなんて無作法よ。琴音ちゃんに恥をかかせる気? それはないわー」


「え? えーー⁉」


 秋華が煽ってきて苦しくなった祐人が再び前を見ると、そこにはさっきよりもこちらに近づいてきてる琴音がいる。


「堂杜さん、あの顔をこちらに下げてください」


 頬を染めながら必死に言葉を振り絞っている琴音に祐人はついに逆らうことができず、琴音の言う通りにすると先ほどと同じ感触が頬に走った。


「ありがとうございます、堂杜さん。これからも色々と指導してください」


「う、うん」


 二人とも顔を真っ赤にして言葉を交わす。それを楽し気に眺めている秋華は大きく頷いた。


「はい、お礼完了ね! でも、本当に琴音ちゃんの勇気は凄いと思っているんだよ。とてもね……」


 祐人はまたしても秋華に上手く転がされたと思い、内心ため息を漏らす。

 だがこの時、祐人は秋華の手がかすかに震えているのを見逃さなかった。



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告知です!

9月1日(水)に「魔界帰りの劣等能力者7巻 呪いの劣等能力者」いよいよ発売になります。WEB版をさらにブラッシュアップして、かなりの改稿をしましたので是非、お楽しみくださいね!

戦闘シーンも大幅に増え、各キャラクターの考えや背景、想いが追加されて私自身、非常に良いものができたと考えています。

早く皆さまにお届けしたいですね。

編集さんが読みながら何回も涙したと聞いて、私も「うんうん」と頷きました笑

今後とも魔界帰りシリーズの応援をよろしくお願いします!



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