第315話 護衛開始②
デパートに到着して数刻たち、祐人たちは婦人服のフロアに入り浸っていた。
祐人は護衛として警戒を怠らず周囲に目を光らせている。
光らせているのだが……、
「見て見てー、お兄さん! この服、似合うかしら?」
試着室から出てきた秋華は上機嫌に新作のブラウスとスカートを身につけて一回転する。
その様子はとてもじゃないが狙われている自覚があるようには見えない。
「う、うん、とても似合っているよ」
「本当に? どこが?」
「え⁉ どこ?」
「そう、お兄さんから見て、どこがいいか教えて」
しかも終始、このように秋華は祐人に意見を求めてくる。
自分自身にファッションセンスがあるとは思わない祐人にとってはとても難しい質問だ。
しかも適当なことを言うと秋華はすぐに見抜いて許さないのだ。
(ひー、護衛に集中しずらい……これも心のケアなのかな?)
しかたなく祐人は真剣な眼差しで秋華の全身を見つめ、印象を言葉にしようと努力する。
祐人にジーと身体を見つめられると少しだけ照れくさそうにする秋華は隣の試着室に声を掛けた。
「琴音ちゃーん、どう? もう着替えた?」
「あ、はい! ちょっと待ってください……スカートが思ったより短くて」
「ふふふ、いいから早く出てきな……さい!」
「きゃ! 秋華さん!」
秋華が強引に琴音のいる試着室のカーテンを開けてしまう。
すると中にはいつもと雰囲気の違う琴音が体を庇うように顔を赤くして立っていた。
どちらかというと琴音は落ち着いた雰囲気の服装を好んでいるように思っていたが、今の琴音はその真逆。
ノースリーブのブラウスに膝よりもずいぶんと上でゆれるスカートを身につけていた。
「か、可愛い‼ 琴音ちゃん、私の見立てに間違いないわ。琴音ちゃん、思ったより胸があるのよねぇ。将来有望! 羨ましい! ずるい!」
秋華は思わず琴音に抱き着いて夢中に頬ずりをしている。
「ちょ、ちょっと、秋華さん、離れて……」
「もう、琴音ちゃんは清楚な顔に幼さが残っているのに、体は発育しているなんて……末恐ろしい子だわ! 歩く背徳感だわ! お兄さん、どう? この歳にしてこの色気!」
興奮しきった秋華は琴音の身体を好きにまさぐりながら聞いてくる。
祐人はどう返答すべきか分からずに笑顔だけ見せた。
「いやぁ……それ嬉しくないです! 秋華さん、いい加減に……」
「ほれほれ、良いではないか、琴音ちゃん。私からは逃れられないわよ~、我が家でも一番、関節技が上手いんだから。ああ、私は好きよぉ、琴音ちゃん」
しつこく抱きつく秋華と涙目で抗う琴音は絡み合ったままそうしていると二人の少女の衣服は乱れて祐人は目のやり場に困る。
ついに周囲からの視線が集まり始め、あまり目立つのは護衛としても良くないと祐人は考えると琴音から秋華を引きはがした。
「あらら~、何故か私の体術はお兄さんには通用しないのよねぇ」
「秋華さん、琴音ちゃんも嫌がっているから、もうそれぐらいにして……う⁉」
「もう! 秋葉さんはすぐ悪ふざけするんですから! 堂杜さん、ありがとうございます……どうされました?」
ほっと息をつく琴音が祐人にお礼を言うが祐人があらぬ方向に顔を向けていることに首を傾げる。
「あ、いや……琴音ちゃん、衣服がね、その……乱れててね」
「あらら」
「え⁉ い、嫌ぁぁ!」
かなりきわどい格好になっている琴音は自分の姿に気がつくと悲鳴を上げた。
慌てて衣服を整えると涙目で秋華に抗議をして秋華は平謝りをする。
「何でいつも秋華さんはそういう……!」
「琴音ちゃん、ごめん、許してぇ。こっち向いてよぉ。あ、そうだ! 今度、美味しいスイーツのお店に連れていくから!」
「え……本当に?」
「本当よ! もちろん、おごるわ。だからね、許して、ね、ね」
「もう……」
「えへへ、やったぁ、琴音ちゃん、こっち向いた。実はね、琴音ちゃんが喜ぶと思って色々、調べておいたんだよ。琴音ちゃんの家は厳しいでしょ? だから、うちにいる間にいっぱいいろんなところ案内しようと思ってたの」
「うわあ、秋華さん……ありがとう」
元々、優しく素直な琴音はこの秋華の言葉が嬉しかったのか素敵な笑顔を見せた。
実際、秋華の言うことは本当なのだろう。
先ほど車中で聞いたが、実家ではほぼ外出はせずに精霊使いとしての修行と三千院家としての立ち居振る舞いを身につける習い事で一日が終わることがほとんどだったと言っていた。
また、普段は着物ですごしていることが多いせいか、今日のショッピングも琴音は明らかに慣れていない感じで、どこかオドオドしながら、しかし目をキラキラさせてアイテムを見ていた。
そんな琴音を秋華が終始リードして、ブランドの説明や今年の流行りの色などを教えていくと琴音も徐々に慣れてきたのか、自分から秋華に色々な質問をするようになった。
若干、秋華が自分の趣味全開の服装を琴音に着せて喜んでいる節もあったが、琴音自身はそれも楽しんでいるように見えた。
(この二人は本当に相性がいいのかもな)
祐人も最初は呆れた様子で秋華を見つめながらも二人の少女の仲の良さには微笑ましくも感じてしまう。
とはいえ、緊張感がこれっぽっちも感じられない秋華にはどうにもついていけないところはあった。
(秋華さんの話だと本当は怖がっていて無理して明るく振舞っている、ってことだけど……心から楽しんでいるようにしか見えないんだよなぁ)
本心がまったく読めない秋華を考えても仕方がない。何はともあれ自分の仕事は決まっているので祐人は再び周囲を警戒した。
自分も緩み、万が一があっては取り返しがつかない。
「……うん?」
祐人の目が光る。
そして天井の高いデパート内のフロアへ目を向けた。
見渡すかぎり続く婦人服売り場はショッピングを楽しむ女性客と各ブランドの店員がおり、別段変わったところはない。
(誰か……見ていた?)
表情は変えずに目と皮膚だけを頼りに周囲を確認する。
(気のせいか……な)
視線を感じたように思ったが、そもそも秋華たちが目立つので周囲の視線を集めてしまっている。
そのため祐人はどの視線に注意すべきか絞りきれない。
「あれ? どうしたの、お兄さん」
「いや、今、視線を感じたんだけど……気のせいだったかもしれない」
その祐人の発言に反応した秋華の女性の従者二人が露骨に周囲を威圧するように睨む。
「へー、まさかこんなに早く動き出したのかしら」
秋華が感心したように言うと琴音も能力者の顔を見せる。
「堂杜さん、私が〝風〟で周囲を探りましょうか」
「あ、ちょっと待って琴音ちゃん。まだ分からないし勘違いかも知れない。というのもまったく殺気や害意を感じないから」
秋華は従者たちに顔を向ける。
「ふーむ……まだ買いたいのがあるんだけど、どうしようかな。お兄さん、どんな感じ?」
「うーん」
判断を聞かれて祐人は考える。
正直、黄家の屋敷に帰っても安全とは言い切れない。それどころか今回の秋華の現状を考えると家の方が危険かもしれない。
「秋華さん、まだまだ秋華さんから聞かないといけないことも多いし、家に帰るのもありかな、とは思う」
「そう……」
祐人の言葉を聞くと秋華は心なしか寂しそうに眉を寄せて琴音の方に顔を向けた。琴音は異存はないというように頷く。
祐人はこの二人の様子を見つめると口を開いた。
「いや、まだ買い物を続けようか」
「……え?」
秋華と琴音の視線が祐人に集まる。
「その分、僕がしっかり警戒するから。でも、僕が危ないと思ったらすぐに移動するよ」
「分かったわ! やった! もうちょっと見よ、琴音ちゃん」
「はい!」
「あとはパジャマと下着を見に行くわよ! お兄さんもアドバイスしてね! はい、出発!」
「うへ! そんなのアドバイスできるわけないでしょ!」
もちろん、祐人の話など聞かない秋華は意気揚々と琴音の手をとって移動を開始した。
この時、婦人服売り場からエスカレーターで下る見たところ三十歳前後に見える男女が同時に大きく息をはいた。
男女ともに白人で上海の有名デパート内に相応しい小綺麗な格好をしている。
「あの少年、どれだけ鋭いの? ちょっと確認がてらに視線を送っただけよ。しかもサングラス越しにね」
そう言うと女性はサングラスをとって呆れたかのような声を上げた。
「ああ、しかもこちらに動く気がないというのも見抜いているようだった」
「情報以上ね。というより情報をもらった時も信じられないほど驚いたのに……どういう能力なの。近接戦闘特化型とは聞いていたけど……」
「まあいい。その辺はまた作戦を練ろう。それでどうだった?」
「ええ、いるわ、いるわ。同じフロアには私たち以外には一人。違うフロアと外には三グループはいるわね」
「こちらを気づいている奴らはいないだろうな」
「いないわよ。私を誰だと思っているのよ。あの少年以外は気にもとめていないはずよ」
「そうか……一回、試してみるか」
「あ、ちょっと待って。どこかのグループが動きそうだわ」
「ほう……ちょうどいいな。すぐにこちらも準備するぞ、お前は特等席を探してくれ」
「はいはい」
男性はそう言うとニヤッと笑みを見せた。
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