第314話 護衛開始
「堂杜さん、私は秋華さんから貸して頂いた部屋に行きます。何かありましたらそちらに連絡ください。それと一日の出来事をできるだけ報告が欲しいです。いいですか? ちょっとでも疑問に感じることがあったら相談してくださいね」
「分かった、ニイナさん」
ニイナは二部屋ある豪華な客室に案内されており、アローカウネと共にそこを使わせてもらうことにした。
また、祐人は秋華の自室のすぐ近くにある空き部屋を使うようにと申し渡された。
祐人の仕事は二十四時間の警護なのでそれはいいのだが……二人は少々、疲れの見える顔で互いに見つめ合うと大きくため息を吐いた。
つい先ほど契約を交わした後のことだ。
ニイナは琴音がここにいることをおかしいと考えて秋華に琴音を家に帰すことを勧めた。
何故なら自分が危ないにも拘わらず偶然約束していたとはいえ、友人を近くに置くのはおかしい。危険に巻き込むだけだ。さらに護衛を担う祐人にしてみれば負担が増えるだけで何の益するところはない。
ところが、その時の秋華の答えはこうだ。
「何を言っているの? 琴音ちゃんが私のそばにいるから私が安全なんじゃない。いい? 琴音ちゃんに何かあったら三千院家が黙っているわけがないのよ」
「……え?」
「私を狙っている連中は私を殺して、はい、おしまい、の連中じゃないの。派閥は違えどその後、黄家を盛り立てていく気ではいる連中なのよ。それが名家三千院家との火種を作りたいわけないじゃない。琴音ちゃんに何かあったら戦争ものだわ。ましてや黄家の人間が犯人となれば悪いのは一方的にこちら。どこも庇ってはくれないわ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、あなたは友達を盾に……」
「違うわよー、マネージャーさんは私を何だと思っているの? あのねー、友達想いの琴音ちゃんは私のために! ここにいることを選択したのよ。ああ、なんて素晴らしい友達を私は持ったのかしら! 大好き、琴音ちゃん」
秋華はそう言うと微妙な表情で笑っている琴音に抱き着く。
「だから言ったのよ、お兄さん。私と琴音ちゃんを守ってね、って」
秋華はとても可愛らしい笑顔をそこにいる全員に見せた。
ニイナは眉間を右手で軽く摘まむ。
「堂杜さん……私、あの子の笑顔が若干、怖く感じられるのですけど変かしら?」
「あはは……。僕も思い出したよ、秋華さんはあの黄英雄の妹だったってこと」
まさに、あの兄にしてこの妹あり。
周囲の人間を当たり前のように自分のために使う。
(いや、使っているつもりすらない? 息を吸っている感じ?)
「黄家って……」
「そうだね……すごいね、黄家って」
ニイナと祐人が軽く項垂れると元気な声が響いてきた。
「お兄さーん、いつまで話をしているのー。もう仕事は始まっているんだからね! 今から私と琴音ちゃんはショッピングに行くから付いてきてー」
「分かった! 今、行くよ!」
祐人は慌てて秋華たちに駆け寄り、ニイナは祐人たちを見送る。
「命を狙われているのにショッピングって、一体、どういう神経しているのですか!」
そう突っ込みを入れるニイナだが、すぐにアローカウネとともに自分たちの部屋に向かう。ただ祐人を待っているだけでは自分がついてきた意味がない。
(できれば黄家の……秋華さんのご両親にお会いしたいですね。この状況をどうお考えなのか聞いてみたいです)
ニイナは部屋で支度をして黄家の人間たちへの接触を試みようと考えていた。
祐人は黄家の高級車の助手席に座り、移動中にも周囲に気を配り警戒を怠らない。
そう……怠っていないのだが後ろに座る護衛対象の少女たちの質問攻めで集中力が散らされそうになる。
「ねえねえ、お兄さんって女の子の好みは何?」
「え⁉ 好み?」
「そうそう、性格とか顔とかスタイルとか服装とかあるでしょう?」
「あ、秋華さん、僕は仕事中だから、そういうのは」
「何を言っているのよ、分かってないわねぇ、お兄さんは。これも仕事の中に含まれているのよ。総契約書にも書いてあったでしょう」
「え、どういうこと⁉ そんなこと書いてあったっけ?」
「あったわよ。〝護衛するために必要なことはすべて講じること。護衛対象の心身にも気を配り、そのために必要な行動、アドバイスをする。また、それら行動の諸経費は依頼主が負うこととする〟って」
「うん、あったね。でもそれが何の関係が……」
「お兄さん、私たちはね、本当はいつ狙われるか分からなくて怖いの。今も無理して笑っているのよ」
突然、秋華の顔が真剣なものに変わり、自分の二の腕を掴む。
「あ……」
祐人は秋華と琴音を交互に見つめる。たしかに秋華は身内から命を狙われるという状況だ。また心優しい琴音は友人として横にいることを決めている。
いくら元気そうにしていても本当は違うのかもしれない。
本来、能力者といえど祐人の年齢での戦闘経験数は異常だ。
それは堂杜家の特殊性がそうさせている。
そう考えれば彼女たちの心のケアは確かに必要かもしれない。いざというときに恐怖でパニックにならないように信頼関係の醸成は不可欠に思えてきた。
「心身にも気を配り、ってあるでしょ。それはわざわざ入れたのよ。私たちはいくら能力者といってもまだ十四歳の女の子。だからこうやって私たちの身体だけじゃなく心のケアもして欲しいの」
秋華がしおらしくそう言うと祐人は安心させるように笑った。
「分かったよ。ごめん、僕がもっと気を配らないとダメだったね」
「じゃあ、お話もしていい?」
「もちろん、いいよ!」
祐人はこのような雑談で気が紛れるならお安い御用だ、と思う。
「じゃあ、話を戻すけど女の子の好みからね! 琴音ちゃんも聞いておいた方がいいよ!」
「あ、はい……えっと、それじゃあ、女の子の可愛いと思う服装ってありますか」
秋華に促されると琴音はカアッと赤くなった顔でたどたどしく聞いてくる。
その初々しい態度に祐人も少し照れる。
「う、うん、そうだなぁ……」
「はい! 早く答えてね、お兄さん。その後は好みの髪型とスタイルを教えてね。そうだ、女の子からして欲しいことランキングを十個と言われたい言葉ランキングをシチュエーション別に十個ずつお願いね! あ、大事なこと忘れてた、結婚感も必須だわ! ね、琴音ちゃん」
「は、はい、是非、聞きたいです」
「……うへ⁉ そんなに?」
祐人はデパートに着くまでの間、質問に答える作業のみに集中させられたのだった。
(ほ、本当にケアに必要なものなのかな⁉)
この時、祐人たちの乗る黄家の車に目を向ける複数の人間たちがいた。
だがそれらの人物たちに共通点はない。
アジア系、白人、黒人と様々な人間たちであり、歩道、ビルの上、車、とそれぞれの場所からそれぞれの方法で見つめている。
「チッ……厄介だな」
ビルの上から見つめる一団は白人とアジア系の三人のグループだ。
「どうしますか?」
「もう少し様子を見るぞ。まだ焦ることもないだろう」
「しかし、ここは悠長に構えずに早めに仕掛けた方がいいのでは? もう事態は動きだしています」
「分かっている。だが慎重さは必要だ」
そう言うとビルの上の一団は姿を消した。
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