第316話 複数の目
買い物をようやく終えて秋華たちはデパートの用意するタクシーで駐車場へ向かった。
タクシーで駐車場へ? と思われるかも知れないが、ここは一般客は機械式の駐車場に止め、特別な上顧客はデパート管理の高級車専用の駐車場ビルが用意されている。
このビルは地価の高い上海において駐車場だけのビルにも拘わらず1000㎡と広く土地を使うという贅沢な作りになっている。
建物は8階建てで各フロアによって占有する企業が異なっており、デパートが保有する階は3階となっている。
(こんな世界があるとは知らないよなぁ。お金持ちへの待遇が別次元だよね)
駐車場には人員を割き、車を見張り、お客様が来れば車をすぐに回して一切、荷物などは持たせない。また、お客様のお抱え運転手の休憩場のような場所まである。
タクシーが駐車場1階の入り口に着き、警備員に認証カードを見せているその時、助手席に座る祐人はジロリと上へ視線を向けた。
続いて左方向の大通り、反対側のビルの上にも視線を送った。
タクシーは承認受けてビル内に入り、三階フロアに向かっていく。
「どうしたの? お兄さん、目が少し怖いわよ」
「秋華さん、琴音ちゃん、車を降りたらすぐに僕の後ろについて」
「……え?」
祐人の静かで真剣な声色に秋華と琴音はハッとしたように目を合わせる。
「まさか、襲撃なの?」
「まだ分からない。それと不審な連中は思ったより散らばっている感じがする。ただそのつもりで動くからね。さっきのデパートで感じた視線と同じ奴らかもしれない。遠距離、中距離からでも攻撃できる能力者がいたら厄介だから一旦、3階に行こうと思ってね」
「堂杜さん、私も手伝います。風で敵を探ります」
「待って、琴音ちゃん。相手はこちらが自分たちに気づいていないと思っている可能性が高い。だからこのまま普通にしてて。こちらに仕掛けてくるときは自分たちが不意を突いたと思っている方が都合がいいから」
「……分かりました」
琴音は役に立ちたいと思ったが、祐人の指示を聞いて俯く。どうやら自分の考えの浅さを反省しているようだ。
実は琴音は祐人に護衛をすべて任せるつもりはなかった。
それどころかむしろ秋華の護衛には積極的に参加したいと考えている。
琴音は三千院の家中で術の修行をこなしてきたが、実戦の経験はまだない。
四天寺の大祭の時に実戦なるものを初めて見た、ぐらいだ。
だがそれだけでも琴音には衝撃的で当初、恐怖というものすら受け入れるのに時間がかかった。というのも、こんなにも簡単に人は傷つき、死んでしまうのかと現実の事象と理解のすり合わせに時間がかかったからだ。
今、その琴音が実戦の経験を欲している。
何故なら琴音は力を欲しているからだ。
「では堂杜さん、指示をください! 精霊術が必要な時は声を掛けて欲しいんです!」
琴音の思わぬ申し出に祐人は少し驚いた顔で助手席から振り返った。
何かを言いかけた秋華も口を閉ざして琴音の必死な横顔を見つめた。
祐人は決意の籠った琴音の目を見つめると前を向いた。
この祐人の行動に琴音は無視された、もしくは呆れられた、と思い、両拳をスカートごと握りしめた。
だが、仕方のないことだ、とも思う。
自分の経験の無さ、未熟さを考えれば秋華の護衛の仕事をする祐人にとっては邪魔以外の何物でもない。だから秋華は自分も含めて護衛を依頼したのだ。
「琴音ちゃん、10秒以内で自分のできる術の種類を教えて」
「え?」
顔を上げた琴音は祐人が言った言葉の意味が一瞬分からなかった。
「早く! もう3階に着くよ」
琴音は後ろから祐人を見つめると……返事をした。
「は、はい!」
この時、祐人は朧気ではあったが琴音の気持ちが理解できた。
人は様々な理由で力を欲する。
(琴音ちゃんを駆り立てるもの……それは恐らく)
琴音の実兄、三千院水重の存在なのだろう。
その水重は四天寺の大祭の際に三千院家を捨て、ジュリアンたちと共に姿を消した。
水重を最も敬愛していた琴音が何も感じていないわけがない。
琴音はいつか水重と再会することがあるのだろうか。
それは祐人にも分からない。
だがもし再会することがあった場合、三千院家に残った琴音と三千院家を捨てただけではなく機関と敵対する能力者たちと共に消えた水重。
祐人には最悪の状況も頭によぎってしまう。
(兄をあれだけ尊敬していた琴音ちゃんと力を示せない者に関心すらない水重さん。二人の道がもう一度、交差するなら……)
水重の実力は精霊使いの遥か高みにある。
今の琴音など視界にすら入らない。
この時、タクシーが三階の車止めのレーンで止まった。
祐人は氣の円を一度だけ広げる。
「三人はいるね。琴音ちゃん、僕のすぐ後ろに。いいかい、僕の声を聞き逃さないで。秋華さんは琴音ちゃんのさらに後ろにいること。従者の方々は秋華さんの左右に」
「はい!」
「分かったわ!」
タクシーを降りるとコンクリートの壁を背景に祐人の言った通りの布陣をとる。
「いいかい、琴音ちゃん。まずは実戦の空気を味わって。第一目標は無事でいることが琴音ちゃんの勝利だよ」
「はい」
祐人はまるで新人兵士を教育するように口を動かす。
祐人たちを降ろしたタクシーが車庫へ移動する。
すると……その入れ替わりに二人の男が駐車場の奥の暗がりから歩いてきたのが見える。
同時に祐人は充実した仙氣を全身に循環させる。
「時間がないから、心構えを簡単に言っておくよ。
・まず戦場に恐怖して。恐怖のない奴は生き残れない。
・冷静でいて。今日が初陣なら自分のできることは普段の半分と計算して。
・リスクを背負って。リスクのない判断はない。
・今日は僕を信頼して。僕の指示通りに動く! 以上」
祐人が言い終わると同時に謎の二人の襲撃者が跳躍した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます