第304話 予感④


 祐人は堂杜の顔になった纏蔵を見つめて静かに頷く。


「最初に魔界と通じているのではないかと感じさせたのはミレマーで戦うことになったスルトの剣という奴らだった。その時はちょっとした疑問程度だった。でも、その後、中国に寄生して、能力者部隊の闇夜之豹を私物化したカリオストロ伯爵、そして今回、四天寺家を襲撃したジュリアンたち。こいつらは魔界の魔神たちが寝返った人間たちによく施していた術を使っていた。それで僕は疑問が確信に変わっていったんだ」


「あの半妖……いや、あれは半魔の術じゃな」


「……うん。それで何度か、あいつらにかまをかけてみた。その反応を見るかぎり、間違いないと思う」


「愚かなことじゃ。じゃが、こちらの世界でもそれに近い術は存在する。ほぼ失われておる外法じゃがな。過去にそれで足を踏み外した者たちを知っておる。それで儂もそこまで疑問に感じなかった」


「え!?」


 祐人は驚いた。纏蔵の言うことはまったく知らなかった。

 もし、それが事実であれば、ジュリアンたちが一概に魔界と繋がっているというわけではないかもしれない。


「いや、じゃがお前の話を聞けば確かに疑わしい。今になってあの外法が復活して、こうも多数の者が使っているのは普通ではない。それにかまをかけて反応があったのじゃろ?」


「あったよ。どいつも不意を突かれたように感情を露わにしてた」


「ふむ……」


 纏蔵は目を瞑り、苦笑いをする。


「悪手じゃのう、祐人。まあ、若さが出たか」


「……え?」


 纏蔵の指摘に祐人が目を見開く。纏蔵は苦笑いから一転、厳しい視線を祐人に送る。


「堂杜の使命に忠実なのは分かるがのう。お前、かまをかけた奴をすべて屠ったか?」


 その祖父の質問に祐人は拳を握り俯いた。纏蔵の云わんとすることが伝わってきたのだ。


「一人……逃した」


「ふう、いいか、祐人。堂杜は魔界と現世の防波堤を担う家系じゃ。通常の能力者たちでは太刀打ちできぬ悪鬼どもが魔界にはわんさかおる。そしてその悪鬼どもを力で統べる魔神どもの数も多い。であればこその堂杜よ。魔來窟を守る理由もそこにある……じゃが、考えようによってはその堂杜こそが魔界への案内人ともなるのじゃ」


 纏蔵は眉根を寄せて腕を組む。


「それ故に魔界に惹かれた、もしくは通じようとしておる連中に、我らの素性を知られたり疑われてはならぬのじゃ」


 祐人は己の深刻なミスに生気を失った。

 あの危険な連中が魔界と繋がりを持つ可能性に気づき、その事実を確かめたいという気持ちが強く出すぎた。

 それでかまをかけたわけだが、かまをかけたこれ自体が堂杜の情報を渡すようなことだ。纏蔵の言う通り、繋がりを確認したところで完全に倒しておかなければならなかった。


「ごめん、爺ちゃん。僕は……」


「っま、丁度いいわ。カッカッカ!」


「……え?」


 突如、楽し気な笑いを上げた纏蔵に祐人は唖然とする。今からでもジュリアンを探して討ち取りに行かんとする気持ちになっていた祐人にしてみると、纏蔵が笑う理由がまったく分からない。


「祐人、今言ったことは覚えておけ。じゃが、まあ大した問題でない」


「そ、それは、どういうこと? 爺ちゃん。僕のミスで堂杜が明るみになったら……僕はとんでもない馬鹿なことを」


「うむ。恐らく、そいつらは堂杜を徹底的に調べようとしてくるじゃろうな」


「……っ! じゃあ、今からでも、あいつらの居所を突き止めて全員、叩きのめさないと!」


「待て、祐人」


「待てるわけがないよ! このまま奴らに時間を与えたら!」


「よいから聞け」


 己のミスをいち早く挽回しようと焦る祐人を止め、纏蔵は……ニヤリと笑う。


「あまり堂杜を舐めるな。お前の背負い込もうとする性格は欠点じゃぞ。もっと冷静でおれ。まあ、まだ半人前と、お前に堂杜のことをすべて伝えてなかったのも悪かったな。じゃが、もういいじゃろう。これからはお前を堂杜の次期当主として扱おう。それだけの力をお前は示した。見事に成長したな、祐人」


「え?」


 突然の、しかもこのようなタイミングで言い渡された纏蔵の思わぬ言葉に祐人は固まってしまう。


「いいか、魔界を知ろうとすれば必ず堂杜に突き当たる。いや、実はそうしておるのじゃよ。そうなるようにな。じゃから、今回のお前のミスも、時間の問題、というところなのじゃ。その意味で大した問題ではない」


 纏蔵は莞爾として祐人を見つめる。


「一千年もの間、魔來窟と魔界の存在、そして、魔界からこちらに出て来ようとしたものを守り続けてきた家系じゃぞ。単純に一生懸命隠して守ってきたわけがないじゃろう。堂杜は、これら魔界及び現世に災いをなそうとする者たちを滅ぼしてきたのじゃ。時には迎え撃ち、時にはこちらから討伐したのじゃ」


「……!」


「いいか、あえてもう一度言うぞ。堂杜を舐めるな。堂杜をお前が正当に評価しろ。お前はやがて遼一の跡を継ぐのじゃからな。そして、仙界は堂杜と強固な同盟を結んでおる。すべては堂杜初代との盟約によるもの。決して壊れぬ盟約なのじゃ」


 仙界と聞いて祐人はハッとする。それで自分の生い立ちが繋がっていく。


「仙界……!? だから、僕に孫韋師匠が来てくれて」


「そうじゃ。仙界が初めて、そして唯一にして縁を結んだ家系が堂杜じゃ」


 すると纏蔵は面倒そうにゴロンと横になり、片手で頭を支え、大きなあくびをかいた。


「ふぁ~、遼一とお前、お前ら二人が本気で戦えば世界中の能力者が驚きでひっくり返るぞい。あと、もしお前の母親がいたら、二度ひっくり返って世界は元通りじゃ。ああ、慣れない表情をしてたら疲れたわい」


 そう言うと纏蔵はなんと本当に寝てしまっていた。


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