第305話 予感⑤


 しばらくして纏蔵は目を覚ました。

 背を伸ばし周囲を見回すが、祐人がいない。


「むう、思わず寝てしまったわい。祐人はどこへ……おお! これはまずい。まさか見られてはおらんよな」


 纏蔵はとりあえずブライダル関係の雑誌を押し入れに隠した。

 そして祐人の存在を道場の方から感じとり纏蔵は道場の方へ向かった。

 纏蔵は道場へ繋がる渡り廊下を歩きながら腕を組む。


(今回、祐人の持っていた話はどうするか。まあ、放っておけばこちらに来るじゃろう。来た時に対処すればよいか)


 すると纏蔵は足止めて首を傾げた。


「うーん? そうなると儂ばかりが働くことになりそうな気がするのう」


 魔界を求める者は堂杜にたどり着く。

 つまり、この家に来る可能性が高い。

 そしてよく考えれば、今この家に住んでいるのは自分だけだ。


(いや、もしかするとその時には秋華ちゃんと琴音ちゃんという儂の嫁候補たちが住んでいるかもしれないのう。そうなれば確実に儂が守ってやらないといけなくなる)


 どういうわけか纏蔵の脳内で秋華と琴音が自分の嫁候補になっていたりする。


「ムムム、儂が格好良く守ってやるのもいいが、なんか儂ばかりというのが納得いかん。面倒だし……あ! いいこと思いついたわい! そうじゃ、そうじゃ、儂ばっかり働くのはおかしい」


 そう言うと、うんうん、と頷きながら纏蔵は再び歩き出した。




 纏蔵が道場に入ると祐人は道場で座禅をくんで瞑想をしていた。纏蔵の目から見てみも祐人の全身から見事な仙氣が循環しているのが分かる。

(ふむ、ここまで仙氣を練り上げたか……)

 その仙氣は昇華され、祐人の内側にある潜在能力を引き出していく。肉体のすべての細胞が活性化し、生命力、回復力、認知能力が上がり、随意筋、不随意筋に関わらず筋線維の一つ一つまで祐人は意識することができる。

 さらには物質世界だけではない領域も感知し、己の肉体の中に閉じ込められている魂に触れるのだ。

 その魂こそがすべての人間が持つ、神域との交信であり無限の可能性。

 神仙は常にこの状態を保っているとも言われているが、祐人はまだ修行中の身である。

 まだそこまでは達していない。

 祐人はスッと目を開ける。


「爺ちゃん、起きたの?」


「うむ。祐人、先ほど言っていた四天寺を襲ったゴロツキどものことじゃが、儂に面白い……オッフォン! よい考えが浮かんだのじゃ」


「良い考え? それってどんな?」


「まあ、それは後のお楽しみじゃ、ほっほっほー。この件に関しては儂にまかせておけ、うんうん」


「まかせておけ? 爺ちゃんが? それって……」


 祐人は若干、鼻をひくつかせる。

 というのも、纏蔵からまかせておけ、という言葉が出た時は大体、ろくなことはない。

 祐人の纏蔵にまつわる数々の経験がそう言っているのだ。

 自信満々に笑みをこぼしている纏蔵に不安しか覚えない。


(でも、今回は堂杜の役割にも関わる案件だ。さすがの爺ちゃんも変なことはしないと思うけど……)


「そこでじゃ、祐人。そ奴らをあぶり出すための情報がもっと欲しい。知っていることを、憶測も含めてすべて話せ。儂によい伝手があるのでな、それを元に、ちょいと調べてもらおうかと思っておる」


「分かった……って爺ちゃんの伝手ぇぇ?」


 ますます祐人は不安になる。

 纏蔵の謎に広い交友関係とやらで、今まで散々苦労してきた。類は友を呼ぶのか、どうにも、纏蔵の知り合いなる人間たちは普通の人がいない……気がする。


「何じゃ」


「……何でもない」


「それと、このことは遼一にも伝えるようにしよう。来週にはあ奴からの定期便が来るはずじゃからの」


 さすがに魔界に関することだからか、纏蔵の判断にそつがない。

 不良老人といえどもこれが堂杜であり、堂杜の存在理由だ。

 祐人はちょっとだけ胸を撫でおろした。


「それで爺ちゃん、僕は何をしたらいいの?」


「そうじゃのう、この件に関しては儂にまかせてしばらくは普段通りしていてくればいいが、そうじゃ、機関や四天寺に頼んでその連中についての情報をもらってこい。おそらく、もう色々と調べておるじゃろう。情報を流してもらえ。お前もあの場にいたわけだし、ある程度は教えてくれるじゃろう」


「うん、分かった。正面から頼んでみる」


「うむ。あのゴロツキどもが魔界の何者かと互いの利益のために組んでいるのか、魔界の者に操られているとは知らずに動いておるのか分からんが、魔界側からちょっかいを出している奴の情報も知りたい。その辺は遼一に調査を頼むとするか」


 纏蔵がそう言うと祐人は魔界にいる父親の姿を思い浮かべる。父の存在は魔界の国家間でも影響力が大きい。その戦闘力、実績は魔界の戦士たちの尊敬を集めている。

 父、遼一は魔界にいることで国家間のつなぎ役、及び魔族たちへ牽制となっているのだ。

 魔界では人間の国が四つあったが、前回の大戦で一つが滅んでしまっている。今はその滅んだ国を再興させているのだそうだ。



「まあ、今のところはこれぐらいじゃろ。あとは情報を待つのじゃ。ゴロツキの組織とメンバーの詳細が分かった時点でこちらから動くか、待ち構えるかを決める。それまでは焦らずにしておれ、祐人」


 祐人は無言でうなずいた。

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