第294話  劣等能力者の受難⑨


 祐人の控室を出た明良は首を傾げた。


「ふむ、おかしいですね。あまりに祐人君の反応が素でした。あれぐらいの歳ごろで、しかも相手の家でとなると、もっとソワソワしそうなものですが……」


 明良は携帯を取り出すと、運営に電話を掛けた。


「明良です。はい、婿殿は控室に案内しました。それはそうと肝心の瑞穂様はどこにいるのですか? まさか、まだ婿殿の部屋にいるとか……え、いなかった!? いた形跡がないですって? では、昨夜から瑞穂様はどこに行っていたのですか」


 実は昨夜、瑞穂が自室にいなかったという情報が四天寺家の人間たちにかけ巡ったのだ。

 しかもすでに深夜で、いつもの瑞穂なら寝ている時間だったという。

 というのも、大祭運営の件でやむを得えず瑞穂に確認しなくてはならないことがあり、自室を伺ったのだが本人がいなかったのだ。

 この情報はすぐに朱音の耳に入り、朱音はニンマリ笑って「放っておきなさい」と言ったことから、この朱音の態度も材料となって従者たちの間で瑞穂の特別な日とプチお祝いを始める者までいたのだ。


「こちらにも来てませんが。分かりました。とりあえず瑞穂様を見つけましたら控室に来るように伝えてください。はい、では」


 明良は電話を切ると小さく嘆息した。自分も大いなる期待をしていたので拍子抜けした。


(しかし、そうなると本当にどこに行っていたのですかね。うん? ああ、もしかして……)


 おそらく茉莉やマリオン、ニイナたちと集まっていたのだろう、とピンときた。

 よく考えれば、まったく不自然ではなく、むしろ最初からこっちを考えるのが普通だろう。

 自分も含めて、皆の強い願望が状況判断を狂わせていたのかもしれない。


(とはいえ、朱音様はそういうことはないお人なんですが。珍しいですね) 


 明良はこの点は引っかかったが、そういうこともあろうか、とそれ以上は気にせず、観覧者誘導の打ち合わせに向かった。


 祐人はもうすぐ始まるとだけ伝えられて控室の椅子に座って待っていた。

 スタイリストにセットされた髪型を鏡で見つめる。


「それにしても、これから激しく動くかもしれないのに髪の毛をセットしてもなぁ。化粧までされたし……正直、名家のノリが分からないよ」


 と言いながらも、自分の顔を正面から見たり斜めにしたりと確認している。実は意外と気に入っていたりした。


「祐人ぉぉ!!」


「うわぁ! な、何だ、一悟か。吃驚させないでよ」


 突然、一悟が自分の控室に飛び込んできて、祐人は鏡の前で飛び上がってしまった。

 だが、一悟は祐人の言うことなど歯牙にもかけず、血相を変え、息が整わないまま祐人の両肩に手を置いた。


「いいか、祐人。よぉく聞け! お前の味方は俺だけだ!」


「は!? いきなり何を言って……」


「今は説明する時間はない! 伝えておくぞ、今からの戦いは熾烈を極めるだろう。だがな、俺たちは自分たちの道を突き進むんだ! 何人たりとも俺たちの行く道を阻ませてはダメだ!」


「ちょっ、何を言ってるの? 決勝戦たって瑞穂さんに適当に負けて終わりでしょ? 最初からそういう話だったじゃない」


「だからぁ……」


〝それでは皆様、お待たせいたしました! 今から四天寺家の神事、入家の大祭を再開いたしまぁーす!〟


 大きなアナウンスが入り、観覧席から盛大な歓声が聞こえてきて一悟と祐人は控室の外に意識がいく。


「むう、始まってしまった! 祐人、気を引き締めていけ。俺はお前のセコンドにつく!」


「セコンドって……格闘技の試合じゃないんだから」


〝それではぁぁ! 大祭の最後、まさに本祭を始めまぁぁぁす! 皆さんはぁぁ、その歴史的場面の目撃者となるぅぅぅ!〟


 まるでプロ格闘技のメイン試合のアナウンスのようで祐人はこけた。


「なんだこりゃ! もう格式も何もない雰囲気だよね!」


〝さあ、この大祭に最後まで残った勇者を紹介します!〟


(ゆ、勇者って……)


〝数々のハプニングに見舞われたこの大祭にものともせず、それどころか最も存在感を放った一人の戦士。皆さんも目にしたでしょう! トーナメント戦でも……襲撃してきた敵にも! その圧倒的な雄姿を見せつけたこの人を!〟


 アナウンスの内容が恥ずかしくて祐人は悶えるが、流れから祐人がもう呼ばれそうな雰囲気だ。

 一悟は鋭い眼光でアナウンスを聞き、静かに祐人へ顔を向けた。


「祐人……俺はお前の親友だ」


「お、おう、なんだよ、いきなり」


「だから俺だけを信じろ。それ以外は全員……敵だ!」


「敵!?」


〝そう……実はランクはD。戦った相手はすべて格上。では、今までの活躍は偶然? 幸運? それとも幻? そんなことはこの後、確認すればいい! 堂ぉぉぉぉ杜ぃぃぃぃ祐人ぉぉぉ! 入場ぉぉぉぉ!〟


「あ、堂杜様、こちらへどうぞ」


 この上なく恥ずかしい入場のアナウンスが入ると、控室の出入り口からスタッフが誘導してくれる。


「あはは……はい」


 祐人が控室を出て観覧席の間の花道に姿を現すと、勇ましい入場ミュージックと割れんばかりの歓声が飛び交う。


(ひぃぃ、ついていけないよ、このテンション)


 祐人は顔を引き攣らせながら中央の武道場に進み、背後から一悟が真剣な顔で祐人の肩を叩いたり、揉みほぐしながらついてくる。


「ビビるな、祐人。心を落ち着かせるんだ」


 妙にセコンドが板についている一悟が後ろで励ましてくる。

 祐人が武道場に上ると一悟はコーナーの下で腕を組んで見守るような姿勢。


〝続きましてぇぇ! この大祭の主役の入場でぇぇす!〟


 アナウンスが入ると瑞穂が現れるだろうところから大量のスモークがたかれる。


〝この大祭に参加を希望した皆様なら知らぬ者はいないでしょう! 四天寺家の一人娘にして天才の名を欲しいままにしてきた百年に一人の精霊使い! 可憐な外見とは裏腹に秘められた闘争心と力は同世代最強クラス!〟


 すると、スモークが薄くなり代わりに花道入り口の左右からド派手な花火が吹き上がった。


〝四天寺家の姫、四天寺瑞穂様の入場です!!〟


 瑞穂が姿を現した。

 途端に大歓声と入場ミュージックが吹き荒れる。

 が……MCや四天寺家のスタッフたちが首を傾げる。


「あ、あれ? おかしいですね。瑞穂様の服装はドレスか着物ではなかったでした? あれは四天寺の戦闘用の道着ですよ」

「それよりも、この音楽は何だ! 誰がこんなレクイエムを流せと……」

「それに瑞穂様の後ろについている人たちは誰だ? 聞いてないぞ」


 瑞穂の後ろには四人の少女が控えている。

 荘厳なパイプオルガンで演奏したレクイエムを流し、瑞穂たちはゆっくりと中央の武道場に進んでいく。

 何故か、表情が影でまったく見えない瑞穂及び少女四人、マリオン、茉莉、ニイナ、静香を祐人は見つめた。


「えっと……魔王たち?」


 まさに魔王のごとき闇のオーラを放った少女たちがこちらに向かって来る。

 祐人の身体が小刻みに振動し、脳内には「EMERGENCY」の警音が鳴り響く。


「き、来やがったか、悪魔どもめ……」


 一悟が額から流れる一筋の汗を拭いながら呟く。


「え!? 一悟、今、何て言った!? というか、なんかおかしいよ? みんなおかしいよ? ななな何で僕は殺気を感じるのかな?」


「狼狽えるな! 気持ちで負けたら終わるぞ!」


「何の話!?」


 こうしている間に瑞穂たちが到着し、瑞穂は祐人と反対側のコーナーに上がってきた。


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