第293話 劣等能力者の受難⑧


 次の日、決勝戦当日。

 祐人は準備を終えて屋敷の豪華な部屋を出ると会場に向かった。

昨夜は激闘の疲れはあったが、あれからぐっすりと眠れたので体の調子はいい。

 祐人にしてみれば魔界での戦場ではこのように休める日などほとんどなかった。それに比べれば随分と環境がいい。

 実は昨夜、祐人だけ特別な部屋に案内されたのだ。五つ星ホテルのスイートルームのような部屋で驚き恐縮したが、明良から「これは四天寺からのお礼と感謝なので受け入れてください」とにこやかに言われたのでその好意に甘えることにしたのだ。


(いやぁ、あんなに大きくてふかふかしたベッドなんて初めてだったなぁ。一人で寝るサイズじゃないよな。お金持ちってほんと凄いね。バスローブなんて生まれて初めて着ちゃった。なんと朝食まで部屋に持ってきてくれたし、すっごい待遇だったなぁ)


 慣れぬ高級ホテルに泊まったような気分だが、リラックスできたのは事実で祐人の表情も晴れ晴れとしたものだった。

 それにしても部屋内のすべての備品が二人分あり、そういう仕様なのだろうと驚いた。


(朝食まで二人分だったけど、そういうものなのかな? 全部、食べちゃったけど)


 上流階級の常識などよく分からないので祐人は深く考えるのはやめた。朝食を持ってきてくれた四天寺の女性の使用人が部屋内をキョロキョロしていたようにも見えたが、四天寺家の人間も滅多には入らない部屋だと言うので納得した。

 決勝戦前だというのに祐人がここまでリラックスしているのは理由がある。

 というのは決勝戦というが厳密に言うと決勝戦ではない。

 本来はトーナメント戦を勝ち抜いた大祭参加者の最後の審査と言う方が近いだろう。

 審査員は当然、瑞穂である。瑞穂が認めなければ直ちに終了だ。

 つまり、予定通り。

 これからの瑞穂との試合に予定通りに負けて、瑞穂の実力を内外に認めさせる。今後は大祭など開かなくとも瑞穂が認めれば、問題ないという流れを作ればいい。


「さて、行こうか!」


 そう言うと祐人は新たに作られた特設会場に向かった。


 祐人は会場に着くとまず特設会場に驚かされた。


「す、凄いなぁ。こんなものを一夜で作っちゃうなんて」


 胸の高さぐらいまである土台に縦横50メートルくらいの広さがある。

 これならば、どのような能力者でもある程度の自由度は確保される。

 つまり、近距戦闘から中距離戦闘までは可能な作りになっている。

 さらにはそれを囲うように客席が用意されており、まるで格闘技の試合会場のようだ。


(まあ、戦わないけどね)


「やあ、祐人君、来ましたね。参加者の席は別に用意しているからそこで待っていてください。やっぱり、いきなり登場という風にはしたくないみたいでね。大祭運営を任された者たちもこだわりがあるんだよ」


 そこに明良が現れて待機場所まで案内してくれる。


「あ、明良さん。はあ、そうなんですか」


 自分としてはあんまり派手に演出して欲しくはないが、これは仕方ないのかもしれないと祐人は余計な事は言わなかった。祐人は明良に連れられ、客席の間を抜けながら改めて会場を見回す。


「それにしてもこれはすごいですね、これ。しかも一日で作ってしまうなんて」


「ああ、この簡易武道場かい? そうでもないよ。これは組み立てるだけですぐにできるんだ。問題は資材の置き場所とそれを運ぶ手段だけなんだけど、うちはそれに困らないからね。それはそうと祐人君はこれを見たことあるんじゃないかい?」


「え? 見たことですか? うーん? あ……まさか」


「そう、新人ランク試験の時にも使った特設武道道場だよ。これは機関が開発した特別製でね、ちょっとやそっとの衝撃では壊れない。能力者用に作られたものなんだ。また、そこまで重いものでもなくてね、しかも組み立ても容易という優れものなんだよ」


「へぇー、そうなんですね。言われてみればアルフレッドさんと僕の体術試験の時も問題なかったな。相当な衝撃にも耐えうるのは本当か」


 明良の後について行きながら感心する祐人は決勝参加者用なのか、随分と立派な席に案内された。

 場所は会場の外側で周囲に囲いもあり、まさに控室のようになっている。


「祐人君はここで待機しててください。あとで飲み物とか持ってきますから。準備ができ次第、マイクで呼ばれるますから堂々と出てきてくださいね」


「あはは……堂々と、ですか」


「はい、堂々とです。何てったって祐人君は襲撃者撃退の最大の功労者でしかも大祭を最後まで残った唯一の参加者なんですから。他の参加者とは別格の扱いを受けて当然なんです」


「わ、分かりました」


 明良が出て行くとすぐに祐人の世話係のような人たちも現れ、飲み物の準備や何故かスタイリストまで来て祐人を驚かせた。


 こうして待つこと約一時間。

 ついに大祭最後の催しが始まろうとしていた。

 祐人の人生で忘れられない一日となる日でもあったりする。

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