第279話  三千院水重③


 水重は祐人の鋭い眼光と倚白の切っ先を向けられても莞爾とした表情のままだ。

 だが、この互いの間にある空間は気を抜けばそのまま寿命をすべて持っていかれるような緊迫感が走っている。

 祐人の濃縮された仙氣と水重の清流のような霊力が溢れだし、やがて……それは当然の帰結のように触れた。

「ハァッ!」


 これがまるで戦の開始を合図する銅鑼が鳴ったかのように、祐人が踏み込む足に仙氣を乗せた。

 祐人の一足一刀の間合いは長大かつ変幻自在。

 瞬く間に祐人の愛剣倚白の間合いに水重を捉える。


「……!」


 水重の顔から笑みが消え、祐人の鋭い視線と水重の細めた視線が重なる。

 同時に水重と祐人の間に霧が入り込み、水分量が増すと氷結する。二人の間にクリスタルのような透明度の高い氷盾が構築され、その分厚い氷盾越しに互いを視認した。


(この距離で祐人君と戦うのは、精霊使いとしては自殺行為でしょうね。私でなければ首を刎ねられてしまうでしょう)


 水重は己が構築した氷盾はそう簡単に斬れる硬度ではないことを知っているが警戒は怠らない。自分と対峙する祐人の間に何もない状況は決して作らぬようにしているのが分かる。

 この水重の対応は当然であろう。

 祐人が得意のレンジで戦うのではなく少しでも時間を稼ぎ、その場からの離脱と同時に反撃の術を選択して、精霊使いとして最も適切な間合いをとる。

 その後は精霊使いとして効果的な距離を維持しながら戦う。

 精霊使いの水重にしてみれば、接近戦で祐人と戦うことに利はないのだ。

 水重の精霊によって作り出した氷盾越しに祐人が構わず倚白を袈裟斬りに振りぬくのが見える。

 水重は慌てることもなく、すでに次の術の発動準備を完了させ、祐人の刀が氷盾に弾かれるか、受け止められるかした次の行動に注意を集中したところで……目を広げた。


「……なんと」


 水重の構築した氷盾はいとも容易く一刀両断され、祐人はすぐさま自分に突進をかけてきたのだ。その祐人からくる迫力と威圧感は想像以上で、水重は命が取られるかもしれないプレッシャーとはこういうものかと理解させられる。


(ほう……なるほど。彼女らを甘く見ていました。今日一日でここまで化けるとは)


 水重の視線が祐人の背後左右に陣取った瑞穂、マリオンに向かう。この二人がピタリと祐人の行動に合わせて最適な援護をしていることを理解した。

 瑞穂は氷盾の弱体化を狙った火精霊術を発動、マリオンは祐人に対術防御結界及び祐人自身の防御力上昇を付加していた。このおかげで祐人は氷盾を切り裂き、また、切り裂いた後の水重の術にも恐れずに思いきった行動がとれた。

 そしてまさに今も、祐人の援護が可能な距離と位置取りをしている。


(……やりますね)


 彼女らの個々の急成長ぶりにも目を見張ったが、祐人、瑞穂、マリオンの連携は隙がなく見事だと水重は素直に賛辞を贈る。祐人を前衛として最大限に活かすシンプルな連携だが、堂杜祐人の実力を考えるとてつもなく恐ろしい。

 祐人が懐に入らんとし、倚白を下方から返した刃で突き上げてくる。


「……面白い」


 水重は離脱用に掌握していた右手の水精霊術を解除し、同時並行で左手に火の精霊を掌握すると炎を爆発させ、灼熱の空間を展開し祐人の攻撃行動を削ごうとする。


「……う!?」


 瑞穂は一瞬、歯を食いしばり唸るとすぐに火精霊の掌握を解除し、同時並行で水精霊を掌握して祐人の前の灼熱空間を相殺しようとする。

 説明すれば……たったこれだけのことだ。

 だが、瑞穂と水重がやっていることは、精霊使いとして超超高度なやり取りをしている。

 水重と瑞穂は風精霊術を展開しながら、左右の手で多系統の精霊術を発動させているのだ。風精霊術で水重は空中での行動を可能にし、瑞穂も祐人の動きに合わせる速度を得るために使っている。

 その上での攻防なのだ。

 まず精霊の2系統同時行使をしていること自体が尋常ではない。

 それに加えて2系統目を瞬時に切り替えながらの同時行使。

 これを二人の若い精霊使いは実戦でこなしている。

 朱音をして鬼才と呼ばれた青年と天才の名を欲しいままにしてきた少女の視線が交差した。

 涼しいが空虚にも見える水重の目を余裕のない目で瑞穂は睨む。


(なんていう奴なの! 私の掌握した風精霊にも干渉しながらのこの精霊との感応力。私の精霊が僅かに持っていかれた!)


 祐人の握る倚白の刃が炎を巻き上げるように、炎の空間を切り裂くとすでに祐人の飛び込んできた軌道を躱した水重のすぐ近くを通過する。その刹那、二人の視線は交差する。

 祐人はそのまま地面に落下して着地すると、水重は何を思ったかそのまま離脱をせずに祐人の前に降りてきた。それは自分の有利さを捨てるだけでなく、この不利な状況から脱出しづらくするものだ。

 さすがに祐人もこの水重の行動に眉を顰める。その行動はまるで自分と対話をしようとするような距離感だ。

 水重は表情を変えず、この戦場と化した四天寺家の敷地内を見渡した。

 マリノスが召喚した契約人外たちはほぼ駆逐され、重鎮席の前で踏ん張っていた明良たちも敵の最後の猛攻をどうやらしのぎ切ったようだった。

 つまり、もう敵は首謀者であるジュリアンたちとそれに味方した水重のみになった。


「おーい、水重君! 撤退するからちょっとだけ時間を稼いでくれるかなぁ!」


 この時、水重の背後からジュリアンの陽気な声が響く。

 祐人はジュリアンの人が変わったような口調に違和感を覚えるが、撤退の準備を明言したことから仙氣を漲らせた。祐人にこの連中を逃す気はさらさらない。

 この四天寺家を襲った能力者たちは堂杜家としても、ここで逃してはならない危険な組織だ。


「どうやら……こちらはもう余裕がなさそうですね。では、去る前に祐人君には私の本心を伝えておきましょう」


「本心……? そんなものを聞くつもりも必要もない! それにここから逃す気もない!」


 水重の言葉を呑気に聞くつもりなどない祐人は猛然と水重に襲いかかる。同時に水重は祐人と自分の間に氷盾、岩壁を交互にそして超高速で展開しいく。


「逃すかーー!」


 祐人はそれらを切り裂き、または迂回するが、すぐさま行く手を阻まれて効率よく水重に近寄れない。水重はただただ防御に徹して精霊術を展開してきているのが分かる。

 そして水重の後方にいるジュリアンたちに動きが見えた。ジュリアンを中心に霊妖力が集まりだしているのが分かる。

 祐人が若干の焦りから舌打ちをすると。祐人の左側に人影が現れた。


「祐人君、私も力を貸そう」


「アルフレッドさん!」


 突然現れた剣聖が大剣を片手に水重の防御術を共に破壊していく。祐人よりも一撃一撃が豪快で一振りで複数の氷盾、岩壁が破壊されていく。

 だが、それに合わせたように水重の防御壁の展開スピードはまだまだ上がっていく。


「させないわ! マリオン!」


「はい!」


 瑞穂とマリオンも祐人の動きに合わせて術を発動し、祐人の行く手を阻む水重を直接的、間接的に牽制する。

 水重は表情を変えずに瑞穂のかまいたちを防ぎ、マリオンの浄化術展開ポイントから離脱する。祐人、剣聖、瑞穂、マリオンを同時に相手をしながら冷静にさばいていく。

 このような中、水重は祐人に話しけてくる。


「祐人君、私は別に君とは戦いたくはないのです。いや、できれば私と来てほしいとすら思っています」


「なにを……!?」


「祐人君、おそらく君も四天……もしくは三千世界を見ている。わたしたち精霊使いとは別のアプローチで。君はここではない世界の始まりを感じたことはないですか?」


「!?」


 祐人は目を見開く。


「君だけ……そこは祐人君一人だけの世界の始まり。新たな宇宙の誕生と言ってもいい」


 すると突然、水重が瑞穂に目を向けた。

 瑞穂は水重のその目に悪寒が走る。なぜなら、水重の瞳にはこの世界が映っていない。

 まるで興味のない映画やドラマを見ているような目をしているのだ。自分だけは別の世界からこの世界を覗いているかのような目だった。


「瑞穂君、君も辿り着くかもしれない。初めて会ったときは、このようには感じなかった。君は私の横にいられる可能性を持っている。いや、持ち始めたというべきか」


「何を……!」


 瑞穂が不愉快さを隠さぬ顔で吐き捨てる。


「三千世界とは、四天とは? 精霊使いの行きつく高みを私、三千院水重は知りたいだけです……ム!?」


 水重が上空に顔を向ける。

 同時に剣聖アルフレッドが叫ぶ。


「祐人君、この場を離れろ! 耳と目をケアするんだ。瑞穂君、マリオン君もだ! 急げ!」


 アルフレッドの指示に瞬時に反応した祐人たちは水重から離脱を図る。

 天にあり得ない速度で暗雲が立ち込めていき、天が破裂するような音と閃光が起きた。

 大地をも揺るがすような轟音が響き渡り、辺りがホワイトアウトする。

 直後、毅成が発動した雷が水重に落ちた。


 そして……ジュリアンはホワイトアウトした視界の中で笑みを漏らす。


「さて、今度はこちらの番だね。ドベルク、ぶっ放したら逃げるよ」


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