第220話 入家の大祭 トーナメント戦④



「袴田さん、堂杜さん、何をやってるんですか、ちょっとこちらに来てください。打ち合わせはまだ終わってないです」


 ニイナがいまだに何やら小声で話し合っている一悟と祐人に声をかけると、二人は飛び上がるように返事をした。


「ああ! すまん! ……分かったな、祐人。メールでも送ってるが死んでもバレるなよ」


「わ、分かった」


 二人がやって来るとニイナはいつもの落ち着いた面持ちで提案をしてきた。


「堂杜さん、先ほどの話の通り、堂杜さんが勝ち上がるということで頑張ってください。それでなんですが、付け加えると……できれば勝ち方にもこだわってほしいんです」


「勝ち方? それは……?」


「はい、簡単に言うと圧倒的な実力差で勝ってほしいんです。できますか?」


 祐人はニイナが何故、そう言ってくるのかは分からなかったが、少し考え込む。


「堂杜さんは、昨日の戦いを見るかぎり、自分の手の内や実力がバレないように戦っていたように見受けられました。堂杜さんにも色々と事情があるとは思うんですが、これからのトーナメント戦はそういったことを抜きにして、いきなり全力で仕掛けてほしいんです」


 祐人はもう一度、ニイナに顔を向けると、ニイナには何か考えがあるように見える。

 正直に言えば、あまり目立ちたくない気持ちもあるのだが、参加者全員を倒すということを決めた時点で、どうせ目立ってしまう。

 であるならば、結局、同じこと。それにこの入家の大祭は四天寺家の内々のものであって、言うなれば非公式の参加者のみが知る大会のようなものだ。

 ここで起きたことは噂にはなるだろうが、噂止まりということでもある。この辺の情報操作も四天寺家ならばしてくれるかもしれない。

 このように考えると、祐人は頷いた。


「分かった……相手がいることだから、完全に約束はできないけど。どうせ全部、勝つつもりでいるんだから、やってみるよ」


「はい、お願いします。あっという間に倒すとかがいいですね。敵の全力を受けてから簡単に倒すのもいいですが、それではリスクもありますし、やっぱり、相手が実力を出す前にいきなり倒した方がいいです。戦闘については私は素人ですから、戦い方とかは堂杜さんに任せます」


 ニイナの言うその戦い方は、実戦に近い。

祐人の得意なところでもある。


「でもニイナさん、どうしてですか?」


「そうね……祐人が受けた依頼のことを考えるとあまり注目されるのも問題じゃないの?」


 マリオンと茉莉がそのニイナの意図を尋ねた。

他のメンバーもまだピンと来ていないので、説明を求めるようにニイナに顔を向けると、ニイナはニコッと笑い、口を開いた。


「それは瑞穂さんの今後のためですよ」


「今後のため?」


「はい。今回のトーナメントまで名を連ねた参加者たちは、それなりに名のある方もいます。また、有名でなくともかなりの実力者であるのは間違いないでしょう? では……もし、そのような人たちを相手にして堂杜さんが圧倒的な勝ち方で最後まで残り、それで……その堂杜さんを瑞穂さんが圧倒的な実力差で勝てば、周りはどう思います?」


「え? そ、そりゃあ、四天寺さんのことを……とんでもない人だとひっくり返るな」


「その通りです、袴田さん。ということは、もうよほどの人でない限り、瑞穂さんに言い寄ってこなくなります」


「……あ! じゃあ、ニイナさんは……」


「そうです。この入家の大祭は秘事と言っても、起きたことの噂は必ず流れるでしょう? となれば、最低限、この入家の大祭は二度と開催されないと思いますよ? 噂を耳にしたなら参加者がほぼ集まらないでしょうから……怖くて」


「「「「……」」」」


 全員、ニイナの今後までを見据えたその発想に驚く。

 ニイナの言うそれは国家間の牽制に似ている。

 つまり……手を出すのならそれ相応の実力と覚悟が必要だ、ということを広めてしまうということだ。

 この場合に言い換えれば四天寺瑞穂の伴侶になるのはそれほどのことだと知らしめてしまえば、瑞穂に対し軽率に言い寄る男も減るだろうということになる。


「さらに言えば……これは四天寺家の重鎮と言われる人たちにも、色々と考えさせると思います。だって、瑞穂さんの同格のパートナーを探すのは難しいんです。本人が最強に近いんですから。力を求める四天寺家であれば、もう……今後、瑞穂さんの結婚相手探しは、本人に任せるようになることもあり得ます。まあ、それを成功させるには堂杜さんの実力と活躍次第ですけど……堂杜さんなら」


 ニイナの考えを段々と理解してくると、今回の入家の大祭に最も嫌悪感を示した庶民代表の静香がパチンと指を鳴らした。


「なるほどー! ニイナさん頭いい! そうだね、そうしよう! それで瑞穂さんもこんなわけの分からない催しで変な男と結婚しなくて済むようになるし、ニイナさんの言う通りになれば、さすがに四天寺の大人たちも、このやり方で結婚相手を探すのは諦めるよ! それに瑞穂さんと付き合いたいなら命懸けで来い! っていうようになるのもいい! あんな美人をゲットしたいなら、やっぱり男はそれぐらいの覚悟でなきゃね」


「そうね……そうなれば、こんな形の結婚相手探しはなくなるでしょうし、これからは瑞穂さんの意思が尊重されるようになるかもしれないし」


 茉莉も段々と理解を示し、マリオンも笑顔で頷いた。


「じゃあ、祐人! 思いっきりやってきなさいね!」


 茉莉がそう言い、女性陣は盛り上がる。


「よし、分かったよ!」


 祐人も女性陣のまとまった気持ちを受けて、何か嬉しくなってきてやる気を出す。


(みんな瑞穂さんのために……ここまで考えている。全力でいくよ!)


「お、おい……でもそれって」


 一悟が一人、盛り上がる全員を前に恐る恐る声をかける。


「何? 袴田君には異論があるの?」


「い、いや、異論はない。あるわけねーよ!」


 静香たちの異様な迫力に慌てて一悟は背を反らしながら答える。

 だが……一悟は思うのだ。

 ニイナの作戦はいい。

 どこまで思惑通りになるかは別にしても、何かしらの効果はあるだろう。


(でもさ……)


 一悟はハイテンションの乙女たちを見つめながら、額から静かに汗を流す。


(そんなに怖い女の子っていう噂が広がっちゃって……いいのか? そんなことをすれば……四天寺さんの結婚が遠のくんじゃないのか?)


 そんなことになったらその結果の責任は……

 一悟は女性陣のテンションにあてられ、妙にやる気を出している祐人を憐みの籠った目で見つめるのだった。



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