第221話 トーナメント戦


 午前9時。

 入家の大祭の決勝というべきトーナメント戦が始まろうとしていた。


「では、本日、行われる相手を発表いたします。後方にある大型モニターをご覧ください。8つの試合会場を用意しており、全試合が同時に開始されます。トーナメント開始は10時からになりますので、時間厳守で各々の会場にお越しください。また、試合開始の合図はありません。10時までに会場となる敷地内にいて下されば結構です。時間までに現れない場合は失格となりますので注意してください」


 祐人を含めた参加者たちは昨日と同じ屋敷の中庭に集まっている。

 天気は快晴で朝ではあるがすでに夏らしい日差しの中、参加者たちは今日の対戦カードを確認した。

 また、屋敷二階の大きなバルコニーには四天寺家の重鎮たちが物々しい雰囲気で座り、その背後から今回の主役ともいえる瑞穂が現れた。

 瑞穂の姿を見た参加者たちは、どのように見たのか分からないが、個々にそれぞれの反応をみせ、全体的には参加者たちの意気が上がったように感じられた。


「あと、従者やお付きの方々には観覧席を用意しておりますので、そちらにご着席ください。試合中、参加者への応援、アドバイスは自由ですが、試合会場内への侵入や会場外からの助力は一切禁止となります。それらの違反行為が発覚した場合、即座に失格とさせていただきます。では! 時間までにご準備をお願い申し上げます」


 トーナメント戦にまで勝ち残った16人の参加者たちが掲示板を見つめ、真剣な顔の者、不敵な笑みを浮かべる者と様々な面持ちを見せている。

 その参加者たちの中で祐人は見定めるようにジュリアンや三千院水重、他の参加者を見渡す。

 さすがに……これだけでは相手の実力は測れない。

 だが、それぞれがくせ者ぞろいの能力者であることは感じていた。

 そして、実戦経験豊かな参加者たちであるのだろう、誰一人として緊張しているようには見えない。


(……大言壮語を吐くつもりはないけど、やっぱり僕が全員倒すということで良かったな。適当に暴れて瑞穂さんでも大丈夫な相手ばかりだったら、朱音さんの依頼に集中しようかとも思ったけど。相性にもよるけど、この人たちが相手の場合、瑞穂さんでも……万が一がある)


 瑞穂は強い。

 それを祐人は十分に理解している。

 さらに言えば、出会った時のところから考えてもさらに力をつけていることも分かっていた。もし、正面から正々堂々と戦えば、瑞穂を打ち負かすほどの能力者は中々いないだろうことも。

 しかし、戦闘となれば正々堂々という言葉は意味をなさない。

 ましてや一対一の対人戦闘となればなおさらだ。

 祐人から見て瑞穂は戦いにおいてまだまだ正直すぎるのだ。

 これは祐人の上から目線の評価ではない。

 実際、祐人も魔界に赴く前までは同じ欠点を抱えていたのだ。

 だから祐人には自身の経験からもそれがよく分かってしまう。

 これは瑞穂の責任ではないが……実戦経験の乏しさが大きい。

 特に知性の高い人外との戦闘……もしくは、対人戦闘における経験が少ないのだ。

 己と同格の相手が現れたとき、もしくは格下としても実戦経験が豊富、狡猾な戦闘の組み立てに秀でた者に出会ったとき……瑞穂ほどの能力者でも万が一がある。

 いかなる優れた技も強力な術も出しどころを間違えれば、その効果は半減か、下手をすれば意味すらなさない。

 逆にいえば、それほどでもない技や術でも、出しどころが理に適えば、絶大な効果を得る。

 これは戦闘における判断の冷静さに加え、判断の瞬発力がものをいう。

 この戦闘脳というべきものを鍛え上げなければ、ギリギリの、最後の最後というところで足をすくわれることもある。

 こればかりはそういった修行と実経験を積み重ねるしかない。


 当初、祐人は朱音から受けた依頼という形も借り、大祭のルールにのっとりながら、ある程度の実力者を自分で排除できれば、この大祭から離脱しようと考えていた。

 もちろん、怪しいとも思える人物はマークしようとも思っていた。

 その祐人がここにいる参加者すべてを倒す気になったのも、その万が一を考えたからであった。


 それは……祐人の掛け替えのない友人でもある瑞穂のためだ。

 こんな祭りで、瑞穂の意に反して、瑞穂が人生のパートナーを強要されるというのは、どうしても嫌だった。それは朱音の言葉を借りれば他人の勝手な意見なのかもしれない。


(でも……やっぱり見過ごせない。それにニイナさんの言うことは正しいとも思えるんだ。噂とかそんな中身のない話ではなくて、瑞穂さんは……修行と経験次第ではとてつもない精霊使いになるんじゃないだろうか、って)


 そして、こうも祐人は思う。

 もし瑞穂がそのような精霊使いになったときには、きっと誰も瑞穂さんをどうこうしようだなんて思わないだろうと。瑞穂は少女にもかかわらず、時折、威厳すら感じる所作を見せる。

 それは大器の片鱗なのかもしれない、と。

 祐人は屋敷のバルコニーにいる瑞穂に目を向けた。

 すると気のせいか、その瑞穂が顔を逸らしたように見えた。

 一瞬、目が合ったと思ったが、若干距離もあるので、祐人は気にせずに視線を後方のモニターに移した。

 祐人は目に力を籠めて対戦カードを睨んだ。




「あら、どうしたのかしら? 顔を赤くして……瑞穂」


「な、何でもないわ! それに赤くもないわよ!」


「ふふふ、瑞穂ったら……祐人君を見て呆けちゃって……。今朝の話が効いてるのねぇ。そうねぇ……自分のいないところで、こんな格好いいことしてたなんて知ったらね、照れちゃうわよね」


「だから、違うわよ!」


「ああ、私も生で見たかったわぁ。自分のために殺気立ってくれて、他の参加者に瑞穂のことをもう少し知るべきだ、なんてねえ」


 朱音がクスクス笑いながら後方に目をやると、瑞穂や朱音の後方に座る初老の男性がニヤッと笑った。 この者はラウンジでマスターをしている。


「はい……あれは中々の殺気でした。見てて心地が良かったくらいで。朱音さま、その時の動画もあるので、あとで見てはいかがかと」


「まあまあ! それは是非! 瑞穂も見ましょう!」


「ななな!」


「それとですが、今朝にあの少年の独り言が録音されましたものが、ここに……」


「まあ! 何て」


「少々、お待ちください……あ、ここです」


“瑞穂さんは魅力的な女の子……だよな”


“あんな連中じゃあ、瑞穂さんには釣り合わないからね”


“朱音さんには申し訳ないけど、今回のこの大祭は僕が…………ぶっ潰すよ”


「「……!!」」


 朱音は目を大きく広げてだす。

 瑞穂は口を開けて、首から上まで真っ赤に染まりだす。


「きゃーー! 祐人君! 瑞穂聞いた!? 素晴らしいわ! きゃーー!」


 朱音は大喜び。

 瑞穂は恥ずかしさが閾値を超えてしまい、硬直して動かなくなったのだった。



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