第206話 参加者たち②


「うわー、一番関わりたくない家の連中に絡まれたよ……もう。でも、あの人たちはまず、四天寺家に悪さすることは考えられないから、二度と近寄るのはよそう、うん」


 祐人は黄兄妹から逃れると中庭にでて、参加者たちの間を抜けながらそう誓った。

 だが、そう独り言を漏らしながらも、祐人は周囲の観察を怠っていない。黄家の一団と離れたところで、落ち着くと改めて参加者たちを見渡した。


(対峙してみないと分からないけど……中にはただものじゃない雰囲気の者もいるな。あそこ……それとあそこにも、挙動に隙がないな。相当な修練を重ねているんだろう。ただ……さすがにこれだけじゃあ、怪しいか分からないか)


 祐人は視線を移しながら、それぞれ目に留まった能力者の様子を監視する。

 筋肉がはち切れんばかりの巨躯を持った彫りの深い目をした男……周囲の人間とフレンドリーに会話を楽しむ男……と祐人の目からは、手ごわい相手を前にした時のピリピリ感を覚える。

 また、楽し気にキョロキョロしながら、周囲を見ている自分と同世代と思われる少年。その少年の腰には古びた鞘に納められた長剣を携えている。


(そういえば能力者の中には……武器や防具、アイテムによって能力を飛躍的にアップさせる者もいる。見た目だけでは測りきれないけど……何だ、あの剣は? 鞘から出ている鎖で柄をがんじがらめにするなんて……う!)


 その気になる長剣を携えた少年と目が合ったように感じ、祐人は慌てて目を逸らした。


(僕の視線に気づいた!? まさかね……)


 祐人は内心、ヒヤッとしながらも他方面にも目を配った。

 すると、こちらから見て庭の反対側に四天寺が用意した軽食を食べ散らかしている小柄な人物が目に入った。


(うわー、なんだろう? 下品な食べ方だな。しかも、何もここであんなに食べなくても……しかも、何だろうあのマスクは?)


 頭全体を覆うメキシコのプロレスラーのようなマスクをしたその人物は周りには目もくれずに、信じられない量のサンドイッチや洋菓子を口に運んでいた。


(ひどいな……周りもドン引きしているよ。どんな人なんだ? 顔が見えないから分からないけど……うへー、ありゃないな。別に関係ないけど、どんな育ちをしてんだろう?)


「君……」


 そこに突然……祐人は横から声をかけられた。

 途端に祐人は瞬時にその場から跳び退き、無意識にどのような場合にも対処できるように身構えてしまった。

 祐人の顔からは余裕は消え、表情をこわ張らせている。

 庭の端でのことで、祐人のこの行動は誰にも気づかれていないが、声かけてきた主の後ろに控える和装の少女は軽く目を広げて祐人を見つめていた。


「ほう……」


 今、祐人の目の前にいる美しい女性のような顔立ちをした青年が、小さく感嘆するように声を漏らした。

 祐人も自分の行動に驚き、慌てて構えを解くと、恥ずかし気に慌てふためいた。


「あ、すみません! 思わず驚いてしまいました!」


 祐人は頭を下げると、その青年はフッと笑みを見せる。


「いや、こちらこそ驚かせて申し訳ない」


 澄ました顔で淡々と話す青年の姿に驚いたような顔で前に出てくる和装の少女は声を上げた。


「いえ! お兄様が謝ることはありません。この人はちょっと声をかけられたぐらいで、こちらに戦意を向けました。臆病なのを差し引いたとしても、これは失礼な人間のすることです!」


 その少女は祐人に目もくれずに、兄と呼んだ青年に顔を向ける。


「琴音、やめなさい。こちらが先に突然、話しかけたんだ。お前の物言いこそ失礼じゃないか? この方に謝りなさい」


「……!」


 琴音は兄に諫められと、気落ちしたように俯きつつも丁寧に頭を下げた。


「……申し訳ありませんでした」


 琴音に頭を下げられると祐人も気まずい空気を感じてしまう。先ほどの自分の態度も良いものとはいえない。


「あ! いや! こちらこそ、すみませんでした。思わず驚いて……つい。確かに僕は臆病なところがあるので!」


「そうですか……それは申し訳ない」


「あ、あの……何でしょうか?」


「私は三千院水重と言います。この入家の大祭にエントリーした者ですが、君もこの大祭の参加者になるのですか?」


「はい……そうです。堂杜祐人と言います」


「……いや、何ということではなかったのだが、君が参加者を値踏みしている姿が目に入ったのでね、老婆心ながら声をかけたくなった」


「……え!?」


「周りが気になるのは仕方ないが、あまり露骨にしているのは感心しない。気づかない者がほとんどだろうが、一部の者には逆に君が警戒されてしまうよ。それだけ言いたくてね」


 祐人が水重に驚きの目を向けると、水重は静かに笑い……手を軽く上げて体を翻す。

 琴音は無言で祐人を見つめると、軽く会釈をして水重のあとを追った。


「……」


 祐人は去っていく水重の背中を見つめると、自分の手に汗がにじんでいることに気づいた。


(三千院水重さん……か。この感覚はまるで……最近で言えば、アルフレッドさんや止水と対峙した時のような感覚だった……)


 祐人は真剣な顔で自分の右手に目を移し、広げてみせた。

 そして……偶然か、数名の参加者が、それぞれの場所でこの祐人たちの姿を見ていたのだった。




 琴音は兄である水重を見つめ、眉を顰めていた。

 何故、兄があのような者に声をかけたのか、分からない。

 琴音の知っている水重は……家族にすら興味を持っていないのではないかと思われるぐらい他人に興味を示したことはない。

 もちろん、妹である自分にも……。

 常に気高く、そして、孤高。

 三千院に現れた歴代最高の精霊使い。

 それ故か、誰も水重の考えていることなど推し量ることなど出来なかった。

 だが、琴音は、それが水重なのであろう、と思っていた。いや、確信していたという方が近いかもしれない。

 兄は見ている世界が自分たちと違うのだ、と。

 だからこそ、今回の水重の行動には理解ができなかった。


「お兄様……何故、あのような人に声をかけたのですか?」


 余計な事を聞いていると琴音は分かってはいた。

 だが、どうしても聞いてみたかった。


「琴音……先ほどの彼の動きを見ただろう? どう思ったんだい?」


「……え? はい……失礼で、とても臆病な人だと思いました」


「それだけかい?」


「……はい」


「……」


 しばし無言になった兄と妹の間には、目に見えている以上の距離と重苦しさがあり、それを感じ取っている琴音は、聞くのではなかった、と後悔した。

 このようなことは、昔から兄妹の間でよくあることで、その度に水重は何も言わずに自分の目の前から消えてしまう。

 まるで、話しても無駄だと言うように。

 だが、この時の水重は違った。


「彼……堂杜君と言ったか」


 琴音は顔を上げて驚いた。それは兄が自分との会話を続けようと言葉を発したことばかりではない。その兄の声に久しく聞いていない感情のようなものが籠っていることに気づいたからだ。


「彼が咄嗟にとった私との距離を思い出してごらん」


「はい……?」


「分からないかい? あれは私が常時、精霊を掌握している領域から、ほんの僅かに外側だった」


「え!? ま、まさか……では、先ほどの者はそれを理解して? いえ! お兄様、それは偶然です! 精霊と常時交信している人間はお兄様を除けば、精霊の巫女ぐらいです! 彼はたまたまその距離に着地しただけです」


「そうだね……偶然かもしれない」


「そうです!」


「だがね……精霊たちは彼に興味を持ったみたいだ」


 水重の声に心なしか喜色めいたものが混じっているように感じた琴音は、心の中に羨望や嫉妬に近い感情が湧きあがる。

 自分の兄にこのような反応をさせた先ほどの少年に。

 長く一緒にいるはずの自分が、この兄から反応すら引き出すことはないのに、あの少年は偶然だったとしても、この僅かな時間で兄に興味を持たせたことが信じられない。

 そして、それが許せなかった。

 水重の後ろにいる琴音は、今、水重がどんな表情なのか気になってくる。

 琴音は兄の表情が見える位置まで、移動しようとした時、この待合の会場に四天寺の人間たちが姿を現した。

 そして、入家の大祭についての細かなルールを説明し始めた。

 だが、今の琴音には、それがまったく耳に入ってこなかった。

 何故なら……

 右後ろからの角度で兄の顔は見えなかったが、兄の口角が僅かに上がっていることに気づいたからだ。

 琴音は怒りで体を震わせるように俯く。


(あの人……堂杜という人……お兄様の足元にも及ばないに違いないのに……! 何故、あんな人が兄に!)


 琴音の心の中に堂杜祐人という許せざる存在が刻まれた瞬間でもあった。




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