第207話 大祭スタート


「この度は四天寺の大祭へのご参加をたまわり、ありがとうございます。早速ではございますが、今後の段取りと大祭の概要をご説明いたします」


 主催の四天寺の人間が説明を始めると、参加者たちは各々に表情を引き締めてその内容に耳を傾けた。

 祐人も前を向いて説明を聞く。大体のことは聞いていたが、瑞穂の婿に選ばれるその方法については当日に説明があるとのことだったので、祐人もその選定方法は聞いていないのだ。


「皆様もご存知の通り、四天寺はより強者、より優秀な方を招きたいと考えております。ですので、この入家の大祭の選定は単純です。互いに戦っていただき、その優秀性を見せて頂くことになっております」


 ここまでは事前に聞いていた内容だ。他のエントリーした者たちも静かに聞いている。


「ですが、この度、参加者が約100名となっております。非常に多くの方にお越しいただき、ありがたいのですが、大祭の期間は一週間となっておりますので、単純にトーナメント戦では時間的に余裕がありません。それで、初戦は16グループの6~7人に別れてバトルロイヤル形式を実施いたします」


 会場がざわついた。

 祐人も想像はしていた内容ではあったが、目を細める。

 バトルロイヤルの場合、能力次第では得手不得手があり、また、互いに漁夫の利を狙う人間も出てくる可能性もあることから、戦い方が難しい。



「それで各グループを勝ち抜いた16人で決勝トーナメントを行い、最終的に勝ち残った者が、四天寺瑞穂様と対峙してもらいます。そしてその力を認められた者、一人が四天寺に迎え入れられることになります」


「なんだって!?」

「最後は瑞穂嬢とも相対するのか!?」

「自分の妻にするものとも戦わせるとは……これが四天寺か」


 説明が終わり、参加者からも驚きの声が上がった。


「それでは、早速ではありますが、抽選はこちらで既に行なっております。皆様方、準備はよろしいですか?」


「……!」

「準備って……まさか」

「今から始めるのか!?」


 前方にある屋敷の二階から巨大なスクリーンが下ろされる。

 そこにはグループ分けされた名前が記載されていた。

 祐人もまさかこれからすぐに始まるとは思っていなかったので、驚きつつもスクリーンを確認すると、自分の名がグループ16に表示されているのが分かった。


「このグループに別れて頂きます。今から各グループの番号が記載されたバッジをお配りするので、申し訳ありませんが前にとりに来てください。バトル会場はこの四天寺家敷地内の西側です。そこを戦闘区域として16に分けております。バッジと一緒に地図をお渡しいたしますので、バッジを受け取ったと同時に自分の戦いの会場に向かってください」


 四天寺家の広大な敷地の西側には自然豊かな林や、整備された道がありその場所をバトルロイヤル会場にするつもりらしかった。

 参加者たちは、あまりの拙速な方法に狼狽えるが、四天寺の説明者は淡々と話を進めていく。


「この勝ち抜きの条件はより多くのバッジを他者から奪い、持ち帰った方になります。制限時間は本日の夜7時です。その時間に最も多くのバッジを持っていた者が勝ち抜きとなります。また、終了時間7時の時点でバッジの最高数の取得者が複数いた場合、そのグループの人間は全員失格といたします。スタートはバッジを受け取り、自分の戦闘区域に入ったその時からといたします。では、皆さま、バッジを受け取りに来てください」


「「「「……」」」」


 説明が終わり、ルールを理解した参加者たちに一瞬の静寂が起きると、全員が一斉にバッジを受け取りに殺到した。

 全員が我先にとバッジと地図を受け取ろうとし、受け取った者はすぐにその場から姿を消した。


(うわ、えぐいなぁ)


 これが説明を聞き終えた祐人の感想だった。

 今、参加者たちが我先にとバッジと地図を受け取りに行く理由が分かる。

 それは一番最初に戦闘区域に入った方が断然有利といえるからだ。

 僅かな時間でも先に戦闘場所を見ておいた方が良い、それに自分の能力の種類によっては、たった今から待ち伏せするという戦術もとれる。

 決まった戦場に先に到着するということはそれだけでもメリットが大きいのだ。

 祐人はこのルールを決めたであろう朱音の顔を思い浮かべて、溜息をついた。


(バトルロイヤルって……時間短縮のためにという説明だけど、違うんだろうなあ。四天寺の歴史は戦いの歴史でもあるようなことも言ってたし。能力が強いだけの人間はいらないってことなんだろうな)


 バトルロイヤルはその勝敗に運にも左右されることは多々ある。

 また、戦いが多角的になるので、ただ強ければ良いものではない。ましてや、実力が伯仲した者同士が、その場に放り込まれた場合、機転や鋭い戦術眼も必要になる。

 これは実戦さながらの強さが要求されるのだ。

 ましてや、勝ち抜いたとしてもグループを勝ち抜いた者同士でトーナメント戦になると言っている。ここで余力も残しておくことができるかも、考えなければならない。


(でも、悪い考えではないな。もし、四天寺に悪さをしようと考えている連中も、これでは余裕がだいぶなくなるよね。そこまで考えているなら、喰えない人だよな)


 そう考えながらも祐人はバッジを受け取るための列の最後方に並んだ。

 すると、同じく最後方で祐人の横に並ぶ面々が、祐人の目に入ってきた。


「うわあ、みんなやる気だねぇ、戦闘区域に入ったら先に入った連中の奇襲に気をつけないとね!」


「……!」


 祐人は自分の横でにこやかに声を上げているブロンドの髪をした少年に目を向けると目が合った。


「ふふん……みんなの考えなんてそんなもんでしょう? 君も気づいてたんじゃないの?」


 その少年は腰から柄を鎖に巻かれた長剣をひっさげている。

 先ほど、祐人が周囲を確認した時に目に入った少年だった。


「あ……いや」


「あはは、そんなに警戒しなくても大丈夫、僕は君のグループじゃないよ。まあ、気持ちは分かるけどねぇ。お互い、決勝トーナメントっていうのかな? そこで会えるといいね」


 妙に明るい口調で緊張感のない口調に祐人も戸惑うが、考えてみれば、この大祭の参加者であるだけで、敵ではない。


「そうですね、頑張ってみます」


「僕はジュリアン・ナイト。歳も近そうだし、勝ち上がったらあとで話そう」


「堂杜祐人です。はい、よろしく」


 ジュリアンが手を伸ばしてきたので、祐人はその手を握り返す。

 二人はそのまま列に並び、互いのバッジを受け取った。

 すると、ジュリアンは祐人に軽く手を上げる。


「僕たちのグループには、さほど目に付く人はいなかったよ。安心しな、じゃ!」


「……え?」


 ジュリアンはそう言うと祐人に背を向けて移動した。


「……」


 祐人は長剣を腰からさげている少年の背を見つめる。


(……そういえば、あのジュリアンって人、どうして僕のグループが自分と違うって分かっていたんだ?)


 祐人は眉を顰めると、自分の会場に向かいつつ、気を引き締めた。


(……僕が値踏みされていたのか。ランク的にいえば僕のことなんて警戒されないはずと思い込み過ぎていたかもしれないな)


 祐人は気持ちを戦闘モードに切り替えて、どのように戦うか思案した。




 四天寺家の本邸の一室に、朱音は四天寺当主である毅成と今回の主役の瑞穂、そして大峰、神前の両当主を交えて座っていた。

 30畳はあろう和室に作られた即席の主催者会場である。そこには四天寺家とその分家である大峰、神前の重鎮たちが集まっていた。


「始まります、朱音様」


「そう、では観戦しましょう。うん……モニターは順調ね」


 明良に報告を受けると、上機嫌に朱音は応じた。

 すべての戦闘区域に小型カメラが設置されており、それぞれの戦況が確認できるようになっている。


「えっと……祐人君のグループは16だったわね?」


「はい」


「ああ、ワクワクするわぁ。ほら、皆さんもこちらに、見やすいように。あなた、いつまで不貞腐れているの? 娘の婿候補たちがこんなに集まっているのよ?」


「……ふん。まだ瑞穂には早いというのに……お前が」


「もう……しょうのない人ね」


 朱音が嘆息すると、大峰、神前の両当主が朱音の傍に寄ってきた。

 大峰家の当主、大峰早雲と神前家の当主、神前左馬之助は互いに視線を交わすと早雲が前にでる。


「朱音様が推す少年は堂杜祐人君と仰いましたか」


「そうよ、最有力候補よ」


「しかし……聞き及んだところでは、ランクはDと……。いくら朱音様のお目にかなったとはいえ……。我々は四天寺のために考え、働くのが本分です。特定の人間を贔屓目で見ることはできません」


「ふふふ、分かっているわ。だから入家の大祭を催したのでしょう? これで一切のズルは出来ないのは分かりますでしょう?」


「はい……確かに、そうではございますが」


「それにね、気に入っているのは私だけではありませんよ。ね、瑞穂」


「ちょっ! お母さん! 私はそんなこと一言も言ってないわ」


「でも、認めてはいるのでしょう? 祐人君の実力を」


「そ、それは……そうだけど」


 瑞穂が渋々認めると、その瑞穂の言動に大峰と神前の人間たちが目を大きくする。

 当然、大峰、神前の人間たちは瑞穂を幼少のころから知っている。

 その才能も実力も良く分かっており、それ故に瑞穂の配偶者選びには、心を砕いていた。

 それは四天寺でも自他認める天才と謳われた瑞穂だからである。

 また瑞穂の気性も相まって瑞穂に見合う相手を見つけることの困難さを痛感していたのだ。

 こちらが候補を立てても瑞穂の突き抜けた才能は、どの候補者も釣り合わないのだ。

 それは今まで何度も用意したお見合いが失敗したことからも、大峰、神前の重鎮たちは頭を悩ませていた。

 その瑞穂がである。

 相手を認めるような発言をしたのだ。

 ざわつく大峰家と神前家の人間たちは互いに顔を見合わせるが、冷静な表情を取り戻す。

 左馬之助は蓄えた白髭を触りつつ、瑞穂に目をやると朱音に声をかける。


「瑞穂様もお年頃です。自分よりも見劣りしてしまう相手に気を許してしまうこともあるでしょう。ですが……やはり、ランクDでは……」


「左馬爺……! 気を許してなんてないわよ! ただ戦闘となったら私より強いだけで」


「は!? なんと仰られました、瑞穂様」


「え? だ、だから……私よりも強いって……」


「まさか! そんなことが……いや、瑞穂様、この爺にそんな嘘は通じませんぞ? ちょっと惚れたからといって、男を持ち上げても何の意味もありません」


「もう! だから惚れてないって言ってるでしょう、佐馬爺! それに別に嘘なんて……」


「ほら、始まるわよ。実力はこれで測ればいいじゃないですか。グループ16を見ていなさい」


 朱音がそう言うと、大峰や神崎の人間たちも少なからずの懐疑心と興味を持ってモニターに視線を集中させたのだった。


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