第201話 入家の大祭、駆け巡る


 四天寺家の催す入家の大祭の情報は世界のその筋に駆け巡った。

 四天寺が発信したその情報は世界能力者機関を媒介し、機関所属の能力者たちにはすぐに伝わり、機関に所属していない能力者たちにもすぐに知れ渡ることにもなった。


「おい、聞いたか?」


「ああ、あの四天寺の入家の大祭だろう? もうその話しで持ちきりだからな」


「なんでも、すでに世界中から多くの名乗りが上がっていると聞いたぞ? 中には結構な実力者たちも含まれているらしい。まあ、四天寺家の一人娘の婿に迎えられるって話だ。しかも、その娘は四天寺家の次期当主候補の筆頭格のようだからな、悪い話ではない」


「条件は未婚男性なら、ということだ、お前らもどうだ?」


「アホか、内容を知らないのか? 聞けば参加者は互いに戦ってその実力を示すものらしいぞ? 能力者同士が本気でバトルしたら、死人だってでかねないんだ。それでよく命をかけてまで婿に迎えられたいと思うよな」


「ははは、分かってないのは、お前の方だな。それでも出てくるだろうよ。何故なら、それが四天寺だからこそだ。既に世界の有名どころの家系では、家系の中から候補者を選抜しているって話だ。それにこの話は、機関に所属しない各国の能力者部隊からの参加も断ってはいない。そういった能力者部隊に所属する能力者は天涯孤独の人間が多い。所属組織さえOKをだせば、失うものなんてない奴らはこぞって参加するだろうよ」


「俺の聞いた話では“SPIRIT”では参加しても良い、という話が出ているらしいぞ」


「スピリットって!? アメリカの能力者部隊の?」


「そうだ。まあ、もちろんアメリカも色々、考えているんだろうよ。アメリカがこの調子じゃ他の国の能力者部隊にも影響を与えるだろうな」


「だが、四天寺家は機関の中枢にいる家系だぞ? 敵対こそはしていないが、自国所属の能力者を参加させていいのか?」


「世界能力者機関は、能力者の自営を認めている。機関の理念に賛成し、それに反することをしないと誓えるのであれば、表立っては反対しないさ。それは機関の中枢を担う四天寺家にだって同じことがいえるだろう。それどころか、機関に影響力大の四天寺家に自国所属の能力者が婿に迎えられるのなら、むしろ歓迎されるだろうな。それで四天寺に認められ、四天寺家に迎えられた能力者を抱えているというのは、それだけで大きな戦力アピールにもなるだろうよ」


「なるほどな……能力者同士の離合集散は、歴史の常だしな。四天寺に近づき、機関と仲良くすることも大きなメリットにもなる、ということか。なにも反目するだけが戦略というわけでもないだろうしな」


「そうなると、見てみたいな……その婿を争う戦いを。一体どんなことになるんだ? トーナメント戦なんだろ?」


「なら、参加するしかないな。当然だが、参加者以外はそれを見ることはできない。入家の大祭は四天寺家での伝統の秘事らしいからな」


「それにしても……四天寺家は、これだけの……」


「ああ……これがこの世界における四天寺家なのさ」


 この入家の大祭の話題は各所で能力者たちを騒がしたのだった。




 イギリス南西部の半島にある、のどかなコーンウォールの地の一軒家……その中庭でロッキングチェアにゆったりと座り、海を眺めている老人がパイプ煙草をふかし目を細めていた。

 その老人はかつての能力者大戦時に負った傷により、右脚が不自由になり、その後、機関にも距離を置いてこの地に静かに暮らしていた。

 今は孫のジュリアンとともに、この地でその余生を終えようと考えているばかりであった。

 すると、外出先から戻って来たジュリアンは、その血色の良い頬をニンマリとして、祖父でもありトリスタンの名を継いだ最後の勇士であるランダル・ナイトの前に立った。


「お爺ちゃん、今日はね、面白い話を聞いてきたよ?」


「そこをどけ、ジュリアン、海が見えん」


「いいから、これを見てくれる? お爺ちゃん」


 ジュリアンは一枚の紙をランダルに差し出した。


「四天寺か……懐かしい名だな。入家の大祭……?」


「どうやら、四天寺が開催する祭りがあるみたいなんだ。僕はこれに参加しようと思うよ」


「馬鹿なことを! ナイト家の跡継ぎが婿入りなど……」


「大丈夫だよ、これは、ナイト家の復興に繋がると思うんだ。あの四天寺が催す大々的な祭りだよ? おそらく世界中の能力者が名乗りを上げるよ。特にうちのように消えてなくなりそうな過去の威光に縋っているような家はね」


「お、お前……何という罰当たりな! そのようなことを先祖の前で言えるのか!?」


「ははは、だからだよ、お爺ちゃん。僕がこの祭りで勝ち抜いて、四天寺の婿になれば、ナイト家の名はまた輝きを取り戻す! 跡取りなら平気だよ、沢山、子供を儲ければ、その中の一人をナイト家に戻せばいいんだから! これが手っ取り早くナイト家の復興に繋がると思わないかい?」


「……」


「だからさ! もう僕に頂戴よ、お爺ちゃん! トリスタンの名を継いだ者にのみ与えられる……」


 ジュリアンは明るく両手を広げる。


「ダンシングソードを!」


 不敵に笑うジュリアンは、視界に広がる海の向こうを睨んだ。


「これで僕はこのナイト家を再び、能力者たちの表舞台に出してみせるから! 四天寺を使ってね」


 ランダルはこの才気豊かな孫の顔を眩しくも、だが、心に湧き出す不可思議な不自然さを感じつつ見つめるのだった。




 京都に広大な敷地と雅な邸宅を構える三千院家。

 その本宅に繋がる渡り廊下を走る少女がいた。


「お兄様! ここにおられましたか!」


「何だい? はしたないよ、琴音」


 三千院家の長男である水重(みずしげ)は、浄土式庭園の流れを汲んだ中庭にたたずみ、落ち着いた様子で妹を諫めた。


「も、申し訳ありません……」


「それで何かあったのかい?」


「はい、これを……」


 琴音は右手に持っていた紙を水重に手渡した。


「ほう……入家の大祭」


 水重はその女性と見紛うばかりの形の整った眉を寄せた。


「こんな失礼な話はないです! かつて四天寺との間にお兄様と婚約直前にまでいった経緯がありますのに、こんな形で婿を募集するような真似をするなんて」


 三千院家は四天寺に並ぶ精霊使いの家として名を馳せている家であり、日本の二大精霊使いの家としても有名であった。東の四天寺、西の三千院と称され、世界能力者機関にも所属している。

 この三千院家は四天寺家に並ぶ精霊使いの名家ではあったが、その家勢は徐々に衰えているのが大方の世間の見方であった。

 機関にSSランクを輩出している四天寺に対し、三千院家の現当主はAランクに留まっていることも、その見方に拍車をかけた。

 だが、それも三千院家の長男に生まれたこの水重の存在によって、今は風向きが変わってきている。

 この水重は歴代の三千院家の精霊使いの中でも、卓越した精霊使いとして目されており、三千院家の希望とまで言われていた。

 そして、水重は精霊の巫女である朱音をして「精霊を知る鬼才」と称された。

 また、水重は世界能力者機関に興味を示さず、機関からの再三の招聘にも、三千院家からの懇願にも頑として受け入れなかった。

 その水重が静かに、笑みを見せる。


「四天寺瑞穂が……こんな形で、男たちの景品扱いとはね。四天寺の巫女殿も何をお考えなのか……。これでは精霊たちも嘆いていよう」


「お、お兄様?」


 琴音は戸惑いを覚えた。

 兄である水重のこのような皮肉めいた笑みを見るのは滅多になかったのだ。


「……面白い。琴音、これに私が参加する旨を伝えておくれ」


「え!? 今、何と仰られたのですか!?」


「私……水重は四天寺の入家の大祭に参加すると、父に伝えてくれ」


「そ、そんな、お兄様!」


「琴音、聞こえなかったのかい? この水重が参加すると言っているんだ」


 水重の静かな視線を受けると、琴音は口を閉ざす。


「わ……分かりました。琴音はこれをお伝えして参ります」


「うむ……頼んだよ」


 琴音は目を暗く落としつつ、口に手を当てて水重に背を向けた。

 水重は琴音が肩を震わしながら去っていくのを一瞥すると、京都の空に切れ長の目を向ける。


「そうですね、もう日本に精霊使いの家系は二つもいらないでしょう。この水重が生まれた意味を知るには……良い頃合いか。かつて四天を操った四天寺、その力を取り戻すのは、この四天寺に生を受けなかったこの水重によって成るのでしょう」


 水重の目に底知れぬ光が宿ると、三千院家中庭にある池の鯉たちが慌ただしくその尾を跳ね上げた。




 上海の中心部から内陸に位置した巨大な邸宅で黄英雄は体を震わしていた。


「入家の大祭だと……! 馬鹿な! 何故、このようなものを催す必要があるんだ!」


 英雄は吐き捨てるように言い放つと、周りの従者に当たり散らす。


「この黄英雄がいるというのに! しかも婿にだと!?」


「お、落ち着いてください。英雄様」


「これが落ち着いていられるか! これでは瑞穂さんが可哀そうではないか! 意にそぐわぬ男と……ああ、瑞穂さんは今どうしているんだ」


 英雄は瑞穂が今、悲しんでいるに違いないと言わんがばかり。

 それでいて、まるで自分が瑞穂の意中の男だとも匂わせる。


「それでは、四天寺のご息女とご連絡を取ってみればいかがでしょう? 英雄様」


「……」


 実は瑞穂とは新人試験のあとに一回、食事をしたのだが、連絡先は聞くことができなかった英雄は口を噤んだ。


「お兄ちゃん? 何を怒っているの?」


 そこに愛らしい顔をしているが、どこか楽しんでいるような顔の少女が英雄のいるリビングに姿を現した。


「秋華(チウホァ)には関係ない! 入ってくるな」


 妹の茶化したような物言いに、英雄は不愉快そうにする。


「ふふふ、知っているよ? 四天寺の入家の大祭でしょう? お兄ちゃん、どうするの~? お兄ちゃん、瑞穂さんて人のこと好きなんでしょう?」


「……なな!」


「お兄ちゃんも参加すればいいじゃない。それで認められれば瑞穂さんをゲットできるんだから」


「馬鹿を言うな、俺は黄家の嫡男だ! それが他家の養子に入るなんてできるか! ましてや黄家の能力が他家に渡ることがあれば……」


「この家の事なら大丈夫だよ? もし、お兄ちゃんが四天寺家に行ってもさ、結局、何も変わらないから」


「……どういうことだ」


「だってさ、黄家の特有能力【憑依される者】は黄家の人間にのみ宿る能力だよ? だから、お兄ちゃんが四天寺に婿入りしても、この能力はどこにも渡らないよ。それに……婿が嫌なら……ぶち壊しちゃえばいいじゃない」


「お前……何を言って……そんなことできるわけがない……」


「お兄ちゃんは頭が固いよ。だから、お兄ちゃんが参加して、優勝したらそこで辞退しちゃえばいいんだよ」


 秋華はニヤッと悪戯好きな表情を見せる。


「他の参加者をすべてお兄ちゃんが倒したら、四天寺には瑞穂さんに相応しい婿がお兄ちゃんだと内外に認めさせることができるでしょう? それでお兄ちゃんが辞退したら……四天寺家はどう思う? その後は瑞穂さんの結婚相手を探すことなんてできなくなるよ。そうなれば……」


 英雄はまだ妹の秋華の言っている意味が分からない。


「力を求める四天寺は結局、お兄ちゃんとの縁談を考えるでしょう。だって、一度認めてしまったんだよ? それで他の男の人と瑞穂さんを結婚なんて無理だよ」


「だ……だが、それではお前、そうなれば瑞穂さんに恥をかかせることになるぞ」


「何を言っているの? お兄ちゃん。そこはお兄ちゃん次第だよ」


「な、何だと?」


「分かってないなぁ、お兄ちゃんは。確かに、ただこの入家の大祭をぶち壊しただけなら、瑞穂さんどころか四天寺家にも恥をかかせたことになって、黄家と四天寺家は最悪な状況になるよ、そりゃ。でも……お兄ちゃんと瑞穂さんが恋仲だったら、話はまったく変わってくると思わない?」


「え?」


「お互いの家の立場があるために、中々、結婚にたどり着かない二人。そんなときに起きた入家の大祭で瑞穂さんは、お兄ちゃんという愛する人がいるのに別の男と結婚させられてしまうの。でも、それを見ていられないお兄ちゃんは、入家の大祭に参加して景品扱いされた瑞穂さんを助け出す」


「……。だ、だが、それでは何の解決にもならないんじゃないか? 結局、恥をかかせているのと一緒だ」


「ふふふ、お兄ちゃんは優勝した後に、参加者全員の前で高らかに宣言すればいいのよ」


「な、なにを?」


「こう言うの。“私は婿入りを辞退します! ただ……ここにいる皆さんに聞いてほしい! 私、黄英雄は瑞穂さんを愛しています!”ってね」


「なななな!」


 さすがに英雄も妹の大胆な作戦に驚く。

 さらにいえばその内容が劇画のようで恥ずかしい。


「それで……“私はこんな形で瑞穂さんの婿に迎えることに耐えられない。私は瑞穂さんの、瑞穂さんを愛する一人の男として、瑞穂さんに結婚を申し込みます”と。その上で黄家から正式に縁談を申し込めば……四天寺は必ず折れると思うよ? しかも、瑞穂さんもお兄ちゃんを好きだったとなれば、確実に。内外にこの噂は流れるんだから、四天寺だってどうしようもなくなるでしょう」


「お、お前……よくそんなことが思いつくな」


「まだ四天寺の次期当主は決まっていないんだよ? 瑞穂さんだって筆頭候補って言われているだけなんだから。だから、駄目押しに、もし瑞穂さんが四天寺の当主になるのであれば、黄家は籍を外しても構わないと譲歩するの。だから……まあ、事実婚っていう形? 私たちは能力者の家系なんだから、一般の人たちのルールに合わせる必要なんてないわ。ぶっちゃけ、いっぱい子供作ってくれれば、何とでもなるよ。うちには私もいるんだから、私も子供をいっぱい作れば、黄家の跡継ぎなんて何とかなるし。なんだかんだ言って、とにかく優秀な血が必要ってことなんでしょ?」


 英雄は秋華の話に呆気にとられながらも、段々、血色の良い表情になる。


「しかも……お兄ちゃん、これはうまくやれば美談にもなるよ。二人の名家の男女が織りなした現代の恋物語として!」


「……! お、おい! 行くぞ」


 英雄は慌ただしく、従者を連れて部屋を出てきく。

 どうやら、現在、病に伏している父親の寝所に向かったのだろうと、秋華は頬を緩ませた。


「プププ、面白いなぁ、お兄ちゃんは」


 秋華は子供が自分の悪戯が完遂したことを喜ぶような表情で、独り言を漏らす。


「今の話の前提条件を分かっているのかなぁ、お兄ちゃんは。私は恋仲だったら、って言ったんだけどなぁ。携帯の連絡先も教えてもらえない恋仲ってあるのかねぇ? ね? しかも優勝できるかも決まっていないし」


 声を掛けられた秋華の女性の従者たちは、顔を引き攣らせて返答に詰まったのだった。

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