第202話 入家の大祭 エントリー



「朱音様、今回の大祭への参加者のエントリーが確定しました。エントリー条件は仰られた通り40歳以下の未婚で募集をしております」


「そう……あらあら、思ったよりも集まったわねぇ。うちの娘がこんなに人気があって嬉しいわ。というより……四天寺に、かしら?」


 明良は入家の大祭に申し込みのあった能力者たちの名簿を朱音に手渡した。


「はい、こちらの予想以上です。約100名近い人数が集まりまして、どのように選別していくか、現在、頭を悩ませているところです」


 朱音は名簿に目を通し、いくつかの名に目が止まり、眉を顰める。


「そうですね……日程にも限りがありますから、これらを16ブロックに分けて一気に16名に絞りましょうか」


「……と言いますと、初戦は6、7人による複数人によるバトルロワイアルということですか。分かりました、その線でルールを練ります。各ブロックの人選は如何いたしましょうか? それと祐人君の位置づけは……?」


 明良が言っているのは、祐人に有利にした方が良いか? と言っているのだ。

 祐人が今回、朱音の依頼によって四天寺に害を成そうとする怪しい人物を割り出し、それを排除するという仕事がある。

 だが、明良の言っていることはそれだけではない。

 それは朱音が祐人をいたく気に入っているのを分かっての発言でもあった。

 ところが、それを聞くと朱音はニッコリと笑い、それは無用というように、首を横に振った。


「適当でいいわよ。余計な事をして、参加者に変に勘繰られることはあまり良くないわ。それにどちらにせよ、勝ち上がってこないことには意味はありませんから。何よりも……祐人君にその心配はいらないわよ? 彼が勝ち上ろうとする限りは……」


「はい、それは私も存じあげています」


 明良も力強く頷く。

 明良は祐人の実力を目の前で見ている人間だ。その意味では朱音よりも祐人のことを知っているつもりでもある。

 そして……他言はしていないが、明良も祐人の婿入りを大いに賛成している人間でもある。今回のような入家の大祭がなく、瑞穂の伴侶を選ぶ時が来たときは、真っ先にその名前を上げるつもりでもいたのだ。

 朱音は明良の顔を見て、微笑する。


「ふふふ、祐人君は人気者ね。やっぱり、早めに手を打たないと……いろんなところに目をつけられる前に。明良……」


「はい」


「あなたは祐人君への依頼を手伝ってくださいな。こちらとの情報の共有は密にね。祐人君にだした今回の依頼の件は、大峰、神前両家にも伝えておいてください」


「分かりました」


「そういえば、毅ちゃんは?」


 毅ちゃんとは……現四天寺家当主、四天寺毅成その人である。


「そ、それが……お声をかけても部屋から返事が……」


 朱音は嘆息し、困った表情を見せる。


「困った人ねぇ。あの人は瑞穂命だから、ふてくされているのね。遅かれ早かれ、いつかは娘も大人になるというのに」


「はあ」


 世界能力者機関の最高ランクであるランクSSの毅成は、今回の件を聞き……というより直前まで誰にも教えられなかったが……まだ早い! と反対しかけたところ、朱音に説得されたのだ。というより、頭を押さえられた。


「分かったわ、そちらは私に任せて頂戴。もう……しようのない人、瑞穂の婿を迎えるのに、当主が顔をださないわけにはいかないものね」


「申し訳ありません、よろしくお願いいたします。それでは大祭の準備がありますので」


 明良が出て行くと、朱音は再び参加者名簿に目を落とした。


「でも、こちらの予想外に強者、くせ者が集まりましたねぇ」


 朱音はその名簿の中に見つけたいくつかの名前に集中する。


「黄家を筆頭に、中々の顔ぶれになりました。それとこのジュリアン・ナイト……かつてはアークライト家と双璧をなしたイングランドの雄といわれたナイト家の者かしら? 他にもかつての名家と思われる家が目に付くわね。あら、ロシアの歩く要塞バグラチオン家が参加してくる? すごいわね。それとこれは……ダグラス・ガンズ! ニューヨーク支部の次期エースじゃない、よく参加してきたわね。他にも……うん? この“てんちゃん”っていうのは? 日本人かしら? こう見ると能力者もまだまだ奥が深いわねぇ」


 参加に際しては、名前の登録は本人に任せている。

 その辺は細かくはなく、“大祭”の名の通り祭りの側面もあるのが、この入家の大祭でもあるので、こういった参加者は多い。

 もちろん、最後まで勝ち上がってきた際には、本名と出自を打ち明けてもらうが、自分の通り名や二つ名で参加してくる者もOKなのだ。

 これは一般常識で考えると理解しがたいところがあるが、能力者という特殊な環境を持つ人間たちではよく理解できるものでもあった。

 中には死んでも、他家の者には本名を伝えない家系も少なからずあることも、この世界の特殊性がある。また、名前自体が力の根源になっている能力者もいる。

 それは四天寺も織り込み済みである。

 四天寺の入家の大祭は、これらのルールを緩めることで、より多くの能力者を募集するのである。中には隠れた達人も、これで参加してくることもあるのだ。間口を狭めることは、優秀な能力者を募集する側にとって意味のあることではない。


 だが、有名な家系や自分の名前自体が有名な能力者は、本名で登録するのが常だ。

 何故ならば、ここで名を売るのが目的になっている能力者も多々いるのだ。

 参加者は、ただ家の名や自分の名を売りたい者、本名を避けて負けたときに恥をかかないための偽名、もしくはその通り名や二つ名を売り込みたい者と、様々にはなるが、それによって優秀な能力者の参加の妨げにはならないようにしているのである。

 また、今回に限って言えば……万が一、祐人に依頼したような参加者に混じってくる異物の存在は偽名を使ってくる可能性は高い。

 であれば、怪しい参加者を絞ることもできる、という考えもあった。


 そして……朱音は名簿の最後まで目を通し、その一番最後に記載されている名に三千院水重という名を見つけた。


「あらあら……とんでもない方の名前がありますね。まさか、あの三千院の『鬼才』が、このような集まりに参加してくるとは思いませんでした」


 朱音は名簿から目を離し、目を細める。


「……瑞穂は大丈夫かしら?」


 そうこぼす朱音の顔が母親の顔になった。


「祐人君……よろしくお願いしますね」


 朱音のその独り言は、四天寺家の中庭に走るそよ風に乗って何処かへ消えていった。




 祐人は今、無駄に広い自宅の居間でガストンにお茶を出した。

 そして、祐人も座布団の上に腰を下ろす。


「ありがとうございます、旦那」


「うん、仕事の調子はどう?」


「まあ、ぼちぼち、というところです。上顧客になりそうな人と何人か繋がりが出来ましたし、今年中には黒字になると見込んでいるんですがねぇ」


 吸血鬼であるガストンは、現在、古美術商を営んでおり、少しづつ軌道に乗ってきているようで、祐人は笑みをこぼした。


「それで、今日はなんです? 改まって」


「実はね……今回、依頼を受けたんだけど……」


 祐人は朱音のから受けた依頼の詳細を説明した。


「ほほう……つまり、私も旦那に同行して、一緒に調査をすればいいんですね?」


「うん、頼めるかな? もちろん、報酬は山分けにするからさ」


「あはは、旦那ぁ、そんなのいらないですよ。まあ、私の家賃代わりにでもしておいてください」


「そうはいかないよ。ガストンにだって仕事があるのに、こちらから無理を言うんだからさ。それに資金はあった方がいいでしょう? 仕事の運営にも、ね」


「まあ……その辺は後で。でも、分かりましたよ。私も色々と調べてみましょう。まずは参加者名簿をもらってからですね」


「ありがとう! ガストン。頼りにしてるよ! 参加者名簿はもう明良さんからもらったから、コピーを渡すね。でも、気をつけてね、ガストンは無理をするところがあるから」


 ガストンは嬉しそうに「はい」と答えると、お茶に口をつけた。


「それにしても旦那、参加を決めたのはその依頼があったからですかい?」


「……え? そ、それは、そうだけど?」


「ふーん」


「な、なんだよ」


「いやね、旦那のことだから、どちらにしろ参加するつもりだったんじゃないかってね。旦那は優しいから、友人の悲しむところは見たくないと思ったでしょう? だから、偽名や変装でもして参加するつもりだった。だから、最後にあの黒髪のお嬢さんが力を測って決められるように誘導したんじゃないですか?」


「……む」


「はあ~、やっぱりね。でもそれ……相手のお母さんの思うつぼなんじゃないですかい? まんまと乗せられていると思いますがね」


「え!? 何それ? 何でそんなことになるんだよ。それに今回は朱音さんの依頼を受けての参加だよ? 何か企む理由も僕を乗せる理由もないでしょうが」


「あ~あ、これだから旦那は……。それは旦那の参加を確実にするための方便ですよ。時折、思うんですが、旦那はアホなのか優秀なのか分からなくなりますねぇ。嘆かわしい限りです」


「え!? え!? どういうこと? 意味が分からないんだけど」


「まあ、いいです。それが旦那らしいといえば、旦那らしいですし。で、その入家の大祭はいつ開催されるんですか?」


「ら、来週だよ」


「そうですか。分かりました。では早速、調べられるところから調べてみます」


「え? もう行くの? もう少し、ゆっくりしていきなよ」


「いえいえ、これは私たちにとっても重大なことですから」


「な、何が?」


「はあ……何でもないです。では!」


(まったく旦那は……。旦那は自分の力は等身大で理解していますが、自分の“価値”になると、よく分かっていないんですよねぇ。何はともあれ、旦那の伴侶になる人は私たちにとっても、重要なんです。私たちの女将さんになるんですからねぇ。別に一人じゃなくても問題ないですが……)


「もう、何なんだよ! ガストン」


 溜息をつくガストンに祐人は噛みつくが、ガストンは忽然と姿を消した。


「あ! もう……」


 そう言うと、家の中庭から祐人を呼ぶ一悟の声が聞こえてくる。


「おーい、祐人! 来たぞぉ」


「あれ? もう来た! ちょっと待って! 今行くから」


 今日は一悟たちが、入家の大祭についての作戦を練ろうと祐人の家に集まるということになっていたのだ。

 祐人の家になったのは、どうしても瑞穂とマリオン、ニイナが祐人の家で、と言うのでそうなったのだが。


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