第200話 来訪者の依頼
「お母さん! ななな、何で祐人が」
母親の申し出に極度に慌てる瑞穂に、うんうん、と頷く他の少女たちを見ても朱音は表情を変えない。
「黙っていなさい、瑞穂。私は祐人君とお話をしているのですよ?」
祐人は笑顔ではあるが声色は冗談を言う雰囲気もない朱音の顔を見る。そして、その雰囲気には婿候補に来いと言っているようには感じられない。
「理由をお聞かせもらえますか?」
「もちろん、お話します。これは私からの依頼です。いえ、四天寺からの依頼と思ってもらっていいかしら」
「依頼……ですか?」
祐人は朱音の意外な申し出に、軽く首を傾げる。
「ええ、そうです、仕事の依頼です。ですので、報酬も用意します」
「その内容は……?」
「この入家の大祭には、広く優秀な能力者たちを招くということは先も伝えました。ですが……そうなりますと、色々と異物も混ざってくるのです」
祐人は目に力を込めた。
「異物……」
祐人は朱音の言いたいことが、分かってきた。
つまり、よからぬことを考える者も集まってくると言っているのだ。
四天寺に集まった婿候補の中には、参加者を装い、四天寺の内情を探ることを目的とするようなスパイ、もしくは……それだけではない者もいるかもしれない。
「残念ながら、四天寺は望むと望まざるにかかわらず、敵視してくる人たちは後を絶たないのです。それで、そういった者たちがこの四天寺に迎え入れられるという入家の大祭を聞けばどうなるか。祐人君にも分かるでしょう? いえ、どのようなことを考えていてもいいのです。ルールにのっとり参加してくるのであれば。その者が優秀であるのならば四天寺は受け入れるでしょう」
やはり……と、朱音の言うことに祐人は合点がいった。
「ですが、そもそもの狙いが四天寺に害を成すことのみ、なのであれば、その限りではありません」
「じゃあ、僕への依頼というのは……そいつらを見つけて」
「そう、そういった者たちがいた場合、祐人君の方で入家の大祭の試合の時でもそうでない時でもいいので排除をお願いします。私たちは主催側という立場ですので、あまり表立っては動けません。かといって、何も策を講じないわけにもいかない、というところなのですよ。引き受けて頂けますか?」
「……でも、それなら、参加しなくても護衛という形で」
「それなら私たちで足ります。ただ、参加者のみに与えられる控室や宿泊の施設も四天寺家の敷地内で用意していますから……」
「……なるほど、参加している方が何かと調べやすいというわけですか」
「それに、もう一つあなたに頼む理由があります」
「それは……?」
「機関の中に裏切り者がいる可能性です」
「……!」
この言葉には祐人のみならず、瑞穂もマリオンも目を大きくした。
「さらに言えば、それは、あなたたちが戦った闇夜之豹のカリオストロ伯爵たちが繋がっている謎の組織に内通している者がいるのでは、というものです。そういった者たちが機関の中枢にいる四天寺家に入り込めるチャンスと考えてもおかしくはありません。四天寺を内側からの切り崩しも、ね。そうなるとですね、この依頼をできる人選も限られてくるのです。信頼がおけて、それでいてそれなりの実力者となると、やはり、祐人君しか浮かばなかったんですよ。瑞穂の数少ない男性の友人ですしね」
「……」
祐人はカリオストロ伯爵たちを追い詰めたときのことを思い出した。
伯爵は機関の内情に詳しく、しかも、自分たちを見逃すようにと祐人に提示した取引条件は機関内での高位ランク取得を約束すると言ってきたのだ。
何故、機関所属でもない伯爵がそのようなことを約束できるのか?
祐人は徐々に伯爵の裏にいる組織の不気味さを感じた。
「それとね、祐人君……過去の記録によると、そういったものたちによる凶行で入家の大祭の時に四天寺にも血が流れたことがあるのです。その時も婿をとろうとした時でしたが……その時は四天寺の娘が犠牲に……」
「!」
祐人の顔色が変わった。それはそこにいるメンバーも同様だった。
そんな悲惨なこともあったのかと。
ただ長い歴史を持つ名家の四天寺家にはそういったこともあったのだろうと考える。
そして、今回の場合と重ねれば、瑞穂がその当事者となることも……想像してしまった。
祐人は視線を朱音に移す。
「……分かりました。依頼は引き受けます」
「え!? ちょっと祐人!」
瑞穂は祐人が依頼とはいえ、入家の大祭に参加することを決めたことに慌てた。
だが、祐人は冷静そのものだ。
「いや……今、朱音さんが言ったことは十分にあり得ることでもあるからね。それに……」
それに祐人は、カリオストロ伯爵と繋がっている組織について気にかけていたのだ。
恐らく、その組織、あるいは人物は、あの半妖の体を作り上げる術を持っている可能性が高い。そして、その術は祐人の知る限り、魔界でしか見たことはなかったものだったのだ。
「ふふふ、お願いいたします、祐人君。報酬は弾みますから。入家の大祭の日程は後日、お知らせします」
朱音はいつもの緊迫感のないニコニコ顔に戻り、立ち上がった。
「では、私の用件は済みましたので、帰りますね。皆さんは楽しんでいってくださいな」
そう言うと朱音は明良を連れて、別荘を後にした。
リビングに取り残された祐人たちは、とりあえず、嵐が去った後のように一息つく。
「祐人、本当に参加するの?」
心配そうに言う茉莉のその発言は、全員の代弁でもあった。
「うん、ちょっと朱音さんのあの情報は……気になるんだ。特に機関と反目する組織と繋がっているかもしれない連中のことが……ね」
「そうじゃないわ!」
「え!?」
茉莉が前のめりになって、大きな声をだすと、マリオンやニイナも同調する。
「そうです! 祐人さん、大事なところはそこじゃありません!」
「私たちが言いたいのは、もし、それで堂杜さんが怪しい人物を調べていくうちに、勝ち上がってしまったらどうするんですか!?」
「あ……ああ、それは大丈夫だよ。もし、怪しい奴を見つけて捕まえるなりしたら、そこで棄権すればいいし、それに最後は瑞穂さんと勝負して勝つかして、瑞穂さん自身が認めなくちゃいけない、というルールに変わったじゃない? ということは、万が一、僕が勝ち上がったとしても、そこでわざと負ければいいだけだよ。ね、瑞穂さん」
「……え!? ああ、そうね! そうすれば……楽だわ」
「「「……」」」
茉莉、マリオン、ニイナはジーと瑞穂を見つめる。
「な、何? みんな変な顔をして」
「今、瑞穂さん……おかしな間がありませんでした?」
「な、ないわよ! マリオン! 何を言って……」
「本当は、堂杜さんに勝ち上がってもらうようにして、しかも……瑞穂さんが手を抜いて……」
「ないない! ないわよ! ニイナさんまで何を言って……」
「何、何? どういうこと?」
その祐人の質問に答える者はいない。
「何か、この話、釈然としないのよね……」
茉莉は腕を組んで、考え込む。
「何がよ……茉莉さん」
「うーん、瑞穂さんのお母さんの言うことは、筋が通っているし、理にかなっているようにも思うんだけど……何か……こう」
「え? 考えすぎじゃないの? 茉莉ちゃん。さっきのは普通に娘の瑞穂さんを含めて、四天寺家の心配をしたものだと思うけど」
「うーん……」
茉莉は祐人の言葉を受けても、顎に手を当てて考えている。
「まあまあ、俺は四天寺のことはよく分からないけど今回のことは良かったと思うぜ? だって、四天寺さんが意にそぐわない男と婚約しないで済む方法を手に入れられたんだからさ。今回の話し合いがなかったら、四天寺さんの婚約者が強制的に決定だろ? 高校に入学したばかりで、それはちょっとな……」
一悟がそう言うと、こればかりは皆、同意できた。
瑞穂がこのような形で苦しむのは、やはり見たくない。
「……そうね。何はともあれ、誰が来ても最後に瑞穂さんが勝利すればいいんだから」
茉莉の言葉に、マリオンも納得し、頷く。
「私は瑞穂さんのこともありますし、祐人さんの依頼を手伝います。ちょっと、私も朱音さんの話は怖いと思いますし」
ニイナと一悟、静香はお互いに顔を見合わせる。
「私たちも見に行っていいですか? 瑞穂さん」
「え? まあ……私の友人という形なら、大丈夫だと思うけど……あんまり目立たないようにしていてね。おそらく、うちの者たちもピリピリしている可能性もあるから」
「分かってるわ! でも私たちも瑞穂さんの力になりたいし……こんな時こそ、瑞穂さんは一人になっちゃ駄目だと思うから。実家の圧力ってきついでしょう? 特に名家ともなれば、ね。だから、祐人さんも含めて、これからどうするか、作戦を練りましょう!」
「ニイナさん……」
瑞穂はニイナや、ニイナの言うことに頷くメンバーを見て、顔をほころばせた。
「ありがとう……」
そう言った瑞穂の顔は四天寺の顔ではなく、普通の女子高生の顔になったのだった。
明良は朱音を後部座席に乗せ、四天寺家所有のプライベートジェットのところへ向かっていた。
「朱音様……今回のことは私どもも迂闊でした。朱音様が懸念されていることを私たちが先に気づかなければならないことでした。申し訳ありません。それに……まさか、過去の四天寺にあのような悲劇があったとは……存じ上げませんでした」
真面目な従者の発言に朱音は微笑する。
「ふふふ、そうね……ああでも言わなければ祐人君は参加してもらえないと思いましたから。祐人君に確実に参加してもらわねば、今回、入家の大祭を催した意味がないですし」
「…………え?」
「そうでなければ、最後に瑞穂が自ら相手を測って決められるようにしようとした、祐人君の誘導に乗ったりはしませんよ。ふふふ、それにしても祐人君はやっぱりいいわねぇ。若いわりに、良いところを突いてきます。将来が楽しみだわぁ、四天寺家の祐人君! いい響き……。あとは祐人君が必ず勝ち上がるようにしませんと」
「……!」
さすがにここに来て、朱音が何を言っているのか理解し始めた明良は、後部座席で楽しそうにしている朱音をバックミラーで確認すると、額から汗が流れてきた。
「それに瑞穂やみんなの前で説明したのも、余計なちゃちゃを入れられないために必要でしょう。ただ……気になるのは、あの白澤さんだったかしら? 中々、面白い子のようね、あの子は。精霊たちが、物珍しそうにしていたわ? まだ自分が何者か気づいていないようだったみたいですけど」
「で、では、過去の入家の大祭の四天寺の悲劇とか……今回の入家の大祭に侵入してくるかもしれない敵の存在というのは……?」
おそるおそる聞いてくる明良の質問に、朱音はニッコリと無邪気な笑顔を見せる。
「すべて、嘘ですが何か?」
朱音のこの発言に明良はこの上なく引き攣った顔で、固まったのだった。
だが、朱音はその後に小声で明良にも聞こえない声でつぶやく。
「今のところはね……。さて……どうなるでしょう」
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