第199話 来訪者②
「ええーー!! 何それ! お母さん! 私は絶対に嫌よ!」
瑞穂は憤激したように母である朱音に抗議した。
今、テーブルには朱音、瑞穂、明良を始め、祐人たちも同じテーブルに同席している。
朱音の告げた内容は、瑞穂だけではなくそこにいる全員にとっても驚きの内容であった。
「駄目よ、瑞穂。これは四天寺の総意で決定したことだから、覆すことはできないわ。あなたも四天寺の人間であるならば、そんなことぐらい分かるでしょう」
朱音は興奮する瑞穂をたしなめるように……だが、有無をも言わさぬ雰囲気をまといながら言い放つと、瑞穂は歯ぎしりをするように押し黙った。
騒がしい昼食を終えた後に、朱音は瑞穂に大事な話があると告げ、祐人たちにも聞いてもらいたいと言い、今の状況に至っている。
祐人は嬌子たちには、席を外すようにお願いしたため、今、祐人ファミリーはここにはいない。
祐人は朱音の言い出した瑞穂に関わる重大な内容に、眉を顰めた。他の同級生の面々も、名家中の名であろう四天寺の持つ、歴史と伝統とその重みを知らぬ身であり、それぞれに考えるところはあるが、何も口を挟むことができなかった。
「入家の大祭……ですか」
祐人が独り言のようにこぼすと、朱音はクスッと笑みを見せる。
「そうよ、祐人君。四天寺の歴史は、力の歴史でもあるの。他の能力者の家系が時の権力者に阿り、パトロンを得ることで家を守っていく中、四天寺はどこにも組せずに存在していた。それはね……その四天寺の持つ実力がそうさせていたのよ。その強大な力によって」
「……」
「ですが、四天寺はただ、何もせずにその力を保っていたわけではないの。四天寺は常にその力を落とさず、いえ、より蓄えていくための不断の努力をしてきた。力こそが四天寺を四天寺たらしめることを知っていたから。そのため、四天寺には数々の掟、システムが存在するの。次期当主候補に名を連ねる者であれば、尚更。特にその者たちの伴侶選びとなれば、相手を厳選されるのは当然のことなのよ」
「そのシステムの一つが“入家の大祭”ですか……」
朱音が祐人に笑みを見せながら頷く。
これは力を重んじる四天寺にとって、より強く優秀な子が誕生する可能性を高めるというものだという。
瑞穂は、膝の上に拳を強く固めて俯く。
「でも、お母さん。長い間、入家の大祭は執り行われてこなかったじゃない。それが……何故、突然、今になって」
「入家の大祭が執り行われなかったのは、たまたま、よ、瑞穂。最近ではそれをしなくても、四天寺、大峰、神前の三家が認める人物がいただけ。でも今は、そういった候補者も見当たらない。あなたは今まで組んだお見合いもすべて断ってきたでしょう? 実力が足らないという理由で。それは四天寺としては正しい判断よ。でも、このまま相手も見つからないままというわけにもいかないわ。そういう場合の入家の大祭なのよ」
朱音の言うことは瑞穂も小さいことから聞かされていたことだ。瑞穂にとっては今更な説明……だが、今の瑞穂にはどうしても受け入れがたいものであった。
以前の瑞穂であれば、これほど反応を起こさなかったかもしれない。むしろ、無感情に自然と受け入れて可能性もあった。
だがそれは新人試験を受ける前の瑞穂であったのならば、であった。
それが今、何故か……心が悲鳴をあげている。
瑞穂は、俯きながらも一瞬だけ横にいる祐人の方に目を移した。顔までは見れない。だから、その祐人のごつい手を見つめただけであった。
そこで瑞穂は自分に驚いた。
何故なら、自分の視界が滲みだしていることに気づいたからだ。
瑞穂は動揺し、歯を食いしばるように自分を立て直す。
その時、祐人の奥にいる少女から声が上がった。
「あの……よろしいでしょうか?」
「あなたは?」
「あ、私は、瑞穂さんの友達の白澤茉莉です」
「茉莉さんね、瑞穂がお世話になっています。何かしら? 茉莉さん」
「はい……その、部外者の私が言うことではありませんが、瑞穂さんはまだ高校一年生です。それで、もう結婚相手を見つけなくてはならないんでしょうか? 瑞穂さんにだって心の準備といいますか……これから自分に相応しい人を見つけることだってあるのではないんですか?」
「年齢は関係ないわ。それに婚約者という形でもいいのですから。でもそうねぇ、相応しい人、が見つかっているなら、大峰、神前の両家に審議してもらって承認を得れば、それも可能よ。瑞穂、そんな男性はいるのかしら?」
「え!? そ、それは……その」
朱音に話を振られて、思わず動揺してしまう瑞穂は、次の言葉を出せない。
横にいる祐人は瑞穂に顔を向けると、瑞穂と目が合う。祐人は瑞穂が何かを言おうとしているのが分かり、ドキッとした。
それは瑞穂が……いつも凛として堂々としている瑞穂が、頼りない、儚げな雰囲気をまとっていたのだ。まるで、助けを求めているように……あの四天寺瑞穂がである。
すると、瑞穂は祐人から視線を外すと前を向き口を開いた。
「み、見つかってないわよ……そんな人」
それを聞くと朱音は残念そうに嘆息する。
「そう……では入家の大祭で見つけるしかないわね」
「……」
瑞穂は再び押し黙った。
その瑞穂をマリオン、茉莉、ニイナは、それぞれの表情で見つめる。3人の少女にとっても、この話はいただけないと思ってしまう。
3人は瑞穂を友人として……そしてライバルとして認めている。
瑞穂の今の状況から見ても四天寺には独特な事情はあるのだろう。自分たちが何を言っても変わらないものが四天寺にはあると、理解はできる。
でも……こんなのはおかしい。
いや、こんな形で瑞穂が知らない男性と婚約するというのは……もしそれが自分だったら、と思うと3人は心が締め上げられる気持ちになった。
「朱音さん!」
「なにかしら? マリオンさん」
「私は……その、この入家の大祭は反対です!」
マリオンの言葉に瑞穂は顔を上げて驚く。
すると、これを皮切りにここにいるメンバーも声を上げた。
「私もです。瑞穂さんの相応しい相手は瑞穂さん自身が見つけるべきだと思います」
茉莉もマリオンに同調すると、ニイナも頷く、
「同じくです。私の家もミレマーでは、それなりに有名な家ですが、自分の相手は自分で探すと父に認めさせています。今時、そんな形で伴侶を決めるなんて古いです。もっと娘の瑞穂さんを信じてあげて欲しいです」
「そうだよな、俺は一般庶民代表みたいなもんだが、お金持ちの方が生きづらいっていのはなんとも矛盾だわ、なあ、小市民代表、水戸さん」
「小市民代表言うな。でも、そうね、こんなに大事なことの選択肢がないなんて、庶民で良かったと思うよ」
「み、みんな……」
瑞穂は自分が決して言うことができないことを、朱音にぶつける友人たちを見つめる。
「あらあら……」
朱音は緊張感のない声を出すが……動じるところはない。
そんなセンチメンタルな意見で、これまでの四天寺を語ることはできないと目を細める。
「申し訳ないけど、それで瑞穂に相応しい人間が現れなかったら、あなたたちは責任をとってくれるのかしら? 四天寺の歴史を知らないあなたたちが否定したはいいけど、それでこれまで積み上げてきた四天寺千年の存在を保証できるの? 今までの四天寺の先祖の努力を前にして。言っておくけど、そこには多くの四天寺の血が流れたこともあったと付け加えておくわ」
「……」
静かな、だが威厳のこもった朱音の声は、少年少女たちを瞬時に黙らせるだけの迫力がある。
「……四天寺は歴史の裏側で多くの災厄とも戦い、この日の本の人々を救ってきた家でもあるのです。四天寺は己が家のためだけに力を求める家系であったら、そんな家はとっくに消えてなくなっていたでしょう。実際に、過去、権力者に迎合した能力者の有数な家系が消えてなくなった例は多数あるのです。なにゆえに四天寺が独立したまま、今も能力者の名家として君臨しているのか? それはその家に生まれた人間が……生まれ持って力を手にした人間に付きまとう、責任の重さを知っているが故なのです」
茉莉たちは、朱音の言う四天寺というものに、ぐうの音も出なかった。
これに対して反論するのには、彼女、彼らに経験がなさすぎたのもある。
「瑞穂……」
「はい」
「よろしいですね?」
「は、はい……わかり……」
「ちょっと待ってください、朱音さん」
「あら祐人君? 何かしら?」
突然、母娘に割って入った祐人に、朱音は顔を向ける。
「その入家の大祭について詳しく教えて頂けませんか?」
「ふむ……何故です?」
「いえ、どうやって伴侶に相応しいかを決めるということでしたが、それで想像したのですが、それは大祭に参加した人たちの力を測るというものですよね? それで最終的に一人を選出するといったような」
「そうですよ。入家の大祭とは四天寺主催で幅広く、四天寺家に迎えるにふさわしい優秀な婿、もしくは嫁を求めるものであり、その方法の基本はトーナメント戦や演武、または四天寺家が用意した人物のその力を測る、というものです」
「……そうですか。ですが、その選出された人物が瑞穂さんに相応しいとは言い切れない場合はどうするんですか?」
「え?」
瑞穂は祐人の言いたいことがよく分からず、祐人の真剣な横顔を見つめる。
「それはどういうことですか? 祐人君」
「つまり……多数の人間が参加してきたのはいいですが、四天寺が望むほどの人材が集まらず、その中で一番になったとしても、どうにも物足りないと四天寺が考えた場合です」
朱音は祐人と視線を交わすと、かすかにニッと笑う。
「それは……今までの大祭の記録ではなかったわ。何故なら、この“四天寺”が催す祭りですから。しかも、最終的には四天寺に迎え入れられるのです。こぞって全国の猛者たちが集まってきたのですよ。それらを勝ち抜いた者はそれこそ周囲に認められる者たちばかりであったと記録されています。ましてや、今回は世界中から募ろうと考えているのです」
「ですが、四天寺の求める人材は生半可な達人ではないと思います……。僕は間近で瑞穂さんの実力を何度も見てきていますが、相当な方ではない限り、釣り合うとは思えません」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね、祐人君は。瑞穂を高く評価してくれているのね。でも、そうね……祐人君の言うこともまったく可能性がないこともないわね。以前に大祭が開かれた八十年前とは状況も環境も変わってきています。今では機関のおかげで能力者たちの生活も安定してきましたから、優秀で自慢の息子を手放すようなことは減ってきているかもしれませんね」
朱音は考え込むような仕草をすると、大きく頷いた。
「では、少しルールを改変しましょう」
「え!? お母さん、そんなことができるの?」
「できますよ? 入家の大祭はその都度、主催者が決め事を作りますから。たとえば、トーナメント方式のような実戦を重んじる時もありましたし、演武だけの時もありました。そうですね……今回は、祐人君の意見を参考にすれば……瑞穂」
「はい」
「最後に残った人はあなた自身が測りなさい」
「! ……そ、それは?」
「今回は最終的に一人を選出し、配偶者を迎える者、つまり瑞穂が相手の能力を自ら測るのです。これであなたが認め、其処にいるすべてのものを認めさせた時、その者は四天寺に迎えられる、ということにしましょう」
マリオンは朱音の言うことを確認する。
「じゃ、じゃあ……最後は瑞穂さんが相手の力を測るんですか? この場合でいくとトーナメントを勝ち残った人が瑞穂さんと戦って、その実力を瑞穂さんが認めたら、ということに」
「そうですよ。それなら、祐人君の言う相応しくない人間を四天寺に迎えることもなくなるでしょう?」
「はい、そうですね!」
祐人は嬉しそうに頷いた。
実はこれは祐人が狙ったものそのものだった。これならば、瑞穂は意にそぐわない結婚をしなくて済むと思ってのものだった。
何故ならば、祐人が思うに瑞穂に勝てる人間など、そうはいないと考えてのものだ。
さらに言えば、もし瑞穂を超える実力者がいたとしても、そんな有望な人材はほとんどどこかの有数な家系の跡取りクラスだとも考えた。
そうであれば、そんな優秀な跡取りを、相手が四天寺とはいえ、差し出すとは考えづらい。ましてや、能力者は自身の能力をさらけ出すことを嫌う。
今は世界能力者機関があるのだ。優秀であればそれなりのランクをもらい、自分で身をたてることも可能な時代である。
そう考えれば、集まってくるのは、能力者の家系でいえばその家の二番手辺りがくるのでは? という公算もあった。
それでは四天寺家の、しかも自他ともに認められる天才と謳われた瑞穂に勝てる能力者などほぼいないだろう。
心配要素としては、四天寺家と姻戚関係という強い関係を持てるのは大きなメリットと考えてくることぐらいだ。
「ということは……四天寺さんが、その勝ち上がってきた奴をボコボコにすればいいんだな!」
「おお、そうだよね、袴田君。そうすれば、今回のこの話はおじゃんになるということね!」
一悟と静香も盛り上がる。
瑞穂の実力を知るマリオンもこの展開ならば、と頬を緩めた。
「瑞穂さん! 私、応援します! 瑞穂さんの力を見せつけましょう! 自分には相応しくないって! そうすれば、また元通りです」
「マ、マリオン……」
瑞穂はまだ落ち着いてはいられなかったが、喜ぶマリオンたちの表情に笑みを見せた。
それと祐人がこの展開に持っていってくれたことも感じ取っており、瑞穂は正直、嬉しいと思う自分に戸惑ってもいる。
見ようによっては祐人が自分の結婚を邪魔したともとれることが、だ。
その祐人も満足そうにしているのが、何と言うか……瑞穂には、どのように反応していいものか分からなかった。
「それじゃあ、瑞穂、これでいいわね。勘違いしてもらっては困るけど、これはあくまであなたの伴侶を見つけるためのものだということを忘れないように。遊びで四天寺が入家の大祭を開催するわけではないのですよ」
「……分かったわ、お母さん」
神妙な顔で頷く娘を見て、朱音は頷くと、祐人の方に顔を向けた。
「あ、そうでした、祐人君」
朱音に声をかけられて祐人が朱音に顔を向ける。
「あ、はい、なんでしょう」
「あなたに大事なお願いがあります」
「……え? お願いですか?」
「そうよ、そのためにここに来たと言っても過言ではないのです」
朱音の表情が真剣なものに変わったのを見てとり、祐人は眉根を寄せた。
「あなたには……この入家の大祭に参加して欲しいのです」
「………………へ?」
一瞬にして、そこにいるすべての人間の動きが止まった。
瑞穂に起きた重大な事柄に、光明を見出して喜んでいた、マリオンも茉莉もニイナも時間が止まったように動かない。
そして……瑞穂も含めた全員がニッコリと笑う朱音にゆっくりと顔を向ける。
「「「「ええええーーーーーーー!!」」」」
ここにきて、ずっと黙っていた明良は、驚くような顔をしたがすぐに引っ込めて苦笑いをした。
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