第121話 変わる日常③

 聖清女学院の今後を決める超重要会議に出席した瑞穂は、つまらなそうな顔で会議室を出てきた。途中から会議の内容などは、もう大して覚えていない。というのも、瑞穂は途中から完全に興味を失い、共学化という議題など、どうでも良かった。

 生徒会メンバーとは、その場で解散し、帰宅しようと考えながらも、その中でも多少、頭に入って来た会議の内容が瑞穂の頭に浮かぶ。


「ナイスアイデアだと思ったのに……。な~にが、資産家のご子息よ、最低でも歴史ある名門の出の人がいいって何様なのかしらね。試験的に招くんだから、誰でもいいじゃない! ちょっと貧乏で、歴史も何もない家でも……うん? あいつは……千年近く能力者の家系って言っていたような。あ、名門は別にして歴史のある家で攻めれば!?」


 瑞穂は廊下を歩きながら、ハッとした顔をする。


「うちの四天寺家も相当額を学院に寄付してるし、うちの推薦があれば……もしや! これは、お母さまに相談してみて……」


 と、考えて瑞穂は頭を振る。

 何故、ここまで自分が必死に考えているのか。

 普段、瑞穂は自分の家の家格を笠に着た態度を極度に嫌っていた。四天寺だからすごいと思われるのを毛嫌いしてきたのだ。

 それが今は、その四天寺の名を使おうとしている自分がいる。しかも、よく考えれば、ある少年とほんのちょっとの時間を学校生活で共有したいという理由だけで。


「理由もなく、お母さまにこんなお願いをするなんて……出来ないわ。そうよ、だって推薦する理由がないもの」


 一瞬、祐人の能天気な顔が瑞穂の脳裏に浮かんだ。

 イラッ。

 瑞穂の額に血管が浮き出る。

 こちらはこんなに行動を起こしているのに、その少年からは一回きりメールが来ただけで、何も連絡がなかった。

 確かに機関の仕事でしか一緒にいられない間柄のところはある。

 でも、もう少し連絡をくれてもいいのではないか。

 因みにその祐人は、前回、瑞穂とマリオンが送った説教メールに怯えて、連絡をしたくても怖くてできてなかったのだったが……。


「はあ~」


 廊下を歩きながら瑞穂らしからぬため息が漏れる。常に勝ち気で自信に満ち溢れた瑞穂だったが、今はその面影すら見えない。


「取りあえず……帰ろ。マリオンに相談でも……」


 と言ったところで、瑞穂は顔を顰める。

 もう瑞穂にとって親友と呼んでいい間柄のマリオンだが、この件についてだけは別だ。

 しかし、瑞穂は性格的に物事にうまく理由付けすることや、ネゴシエーションが苦手であった。その点ではマリオンのほうが上手い。マリオンは人見知りなのだが、いや、人見知りであるが故にそういったことが上手くなったのかもしれない。


「したくないけど、してみようかしら。あ! そう言えば秋子さんはどうなったのかしら!?」


 会議に出席する前に突然、体調を崩した秋子をマリオンに任せたことを思い出して、瑞穂は携帯を取り出した。すると、携帯のメールにマリオンから連絡が入っていた。


“会議が終わったらすぐに連絡をください。秋子さんのことで話したいことがあります”


 マリオンのメールの文面に秋子に何かあったのかと、心配になった瑞穂はすぐにマリオンの携帯に連絡をとる。校内では携帯電話の使用は禁止されているが、マリオンのメールの内容が気になり、瑞穂は構わず電話をかけた。そして、まだ保健室にいるかもしれないと足は保健室のある方へ向かう。


“あ、瑞穂さん!”


「どうしたの、マリオン。秋子さんに何かあったの?」


“はい、秋子さんは保健室に運んだ後、すぐに病院の方に行きました”


「そう……大事がなければいいんだけど」


“ちょっと、そのことで瑞穂さんに話したいことが”


 瑞穂はマリオンと話しながら、マリオンから告げられた内容に驚き、足を止める。


「それは本当!? ええ、分かったわ、すぐにそっちに行くわね!」


 そして、瑞穂は今、マリオンがいるという校内の内庭のベンチに向かうため体を翻した。




 聖清女学院の敷地は広い。

 その敷地内はすべて綺麗に区画され、整備されている。校舎はその広い敷地内に贅沢に点在していて、その間には庭師によって整えられた庭園のようになっている。

 瑞穂はマリオンに言われたベンチを見つけ、そこにマリオンの姿を確認した。

 下校時間になるとこの辺りの人気はない。


「マリオン!」


「あ、瑞穂さん!」


 瑞穂に気付きマリオンは腰をおろしていたベンチから立ち上がった。


「どういうことなの!? 秋子さんに呪詛の可能性があるって」


「分かりません。ですが、あれは何らかの呪詛……もしくは呪いのようなもので間違いないと思います。誰が何の理由でそんなことをしているのか、までは分かりませんが……」


「じゃあ、秋子さんの体調が悪いのも……」


「はい、それが原因と考えていいと思います。ただ、私も呪詛や呪いについて、そこまで詳しいわけではないんです。憑きものの類でしたら、私の得意分野なのですが、今回は偶然、秋子さんに直接触れることができたので、違和感を覚えて、確かめられました。呪詛や呪いの方法はそれぞれに多岐に亘っていて、しかもそれぞれに、その内容が違います。正直、この道のプロでもなければ、解呪どころかその方法すら分からないです」


「……確かに。私に至っては学んだことも、それを見た経験もないわ」


「私も聞いたことがある程度ですが、ほとんどの呪詛や呪いは、それを仕掛けた本人や事象を何とかしないといけないことが多いと言います。つまり、この呪詛を辿って、その本丸まで行きつく能力が必要です」


「それは……厄介ね」


 マリオンはエクソシストだ。その修行の過程で、既にマリオンには加護が備わっており、呪詛や呪いに対する耐性は強い。そして、得意分野は伏魔と祓い、その浄化である。

 瑞穂は精霊と契約することで、呪詛耐性がある。そのため、精霊使いにとって呪詛に対抗するための修行はなかった。


「保健室を出て、すぐに連絡を取ろうと思ったのですが、会議に出席している瑞穂さんとすぐに連絡が取れなかったので、保健室に戻り、病院に運ばれる秋子さんに私からエクソシストの祝福をかけました。これで少しは呪詛を和らげることは出来ると思いますが根本的な処置にはなっていません」


 マリオンは秋子のことを思い、心配そうな表情をする。


「瑞穂さん、どうしたらいいでしょうか?」


 そのマリオンの問いに瑞穂は難しそうに腕を組んだ。


「まず、背景が分からないわ。ここは裕福な上流層が通う学院、周りから妬まれたりすることもあるわ。その呪詛をかけた人間の素性も、素人なのか、能力者なのか、または、依頼を受けた能力者なのかも分からない。下手に動いて、単にこちらが能力者だと知られるリスクもある」


「……」


「……本来は依頼を受けて、この場合は法月家としてその手のプロに依頼をして、というのが本筋なのだけど。迂闊に能力者機関を私たちが紹介するというのも……ね。どうして気付いたのか? とも、思われるし」


「そう……ですよね」


「私たちだけで、人知れず処理できるなら、すぐにでもするんだけど、呪詛や呪いとなると、その道の専門でないとね」


 瑞穂とマリオンの間に重々しい沈黙が起きる。

 本当は当然、クラスメイトの秋子を救いたい。だが、軽率に行動で自分たちが能力者であることを知られるわけにはいかない。それは機関の誇る、そして責任あるランクAとしてはなんとも悩ましい立場があった。

 こんな時……どうしたらいいものか、と考える。

 このような難しい問題に直面した時は……。

 その二人の少女の頭に一人の少年の顔が浮かぶ。

 瑞穂とマリオンは同時に互いの目を見た。


「祐人なら!」

「祐人さんなら!」


 瑞穂とマリオンは大きく頷く。


「やっぱり、クラスメイトを放ってはおけないわ! 祐人も専門ではないと思うけど、何か考えを出してくれるかもしれない」


「そうですね! 相談してみましょう。何か、ヒントでも得られれば私たちだけでも、何とかできるかもしれません」


 瑞穂とマリオンはすぐに携帯を取り出した。

 すると、携帯を持った二人はお互いのその携帯を持った姿を見て……固まる。


「マリオン……私が電話をするからいいわよ?」


「いえ……私が祐人さんに電話するので、瑞穂さんこそいいですよ?」


「「…………」」


 すぐに電話をかけ始める二人。

 結果、マリオンの電話が繋がり、瑞穂の携帯からは話し中の電子音が。

 ニコッとマリオンは笑い、悔しがる瑞穂。

 そして、マリオンの携帯から祐人の声が発声された。




 祐人は、一悟と草むしりを終えた後、お助け係の仕事の図書室の本棚の整理を手伝い、下校をしていた。家までは電車に乗れば2駅ほどの距離だが、祐人は電車賃節約のためバイトのない日は歩いて帰っていた。

 祐人は夕暮れから夜に変わろうとしている空を眺めた。


「『草むしりの人』の称号を返上しようとしたら『虫取り網の人』って呼ばれるようになったよ……。一体、何が悪かったんだろう?」


 これを静香あたりが聞いたら、頭痛がしていただろう。


「あーあ、まったく分からないよ。一悟も最近、元気がないしなぁ」


 今日、一緒に草むしりをしていた一悟は、横でブツブツと一人文句を言っていた。


「巨乳好きは認められたのに、何でBLが外れねーんだよ。アホなのか? この学校の連中は……。しかし、このBLの呪いはどうしたら解けるんだよ、ったく!」


 一悟の独り言を思いだして、祐人は残念な人を憐れむようにフッと笑う。


「アホなのは一悟だろうが……。それに気付かないところが、アホの真骨頂といったところなんだよな」


 この上から目線の祐人の発言を聞いたら、静香あたりは発狂したことだろう「お前が言うな!」と。


「まあ、アホ(一悟のこと)のことはいいや。それよりも、そろそろ、生活費も心もとないし、バイトの時間を増やそうかな。機関からの依頼も来ないし……」


 そうつぶやく、祐人の携帯が鳴った。

 普段、中々、鳴らない携帯に祐人は驚き、でも、どこか嬉しそうにその機能を果たしてくれた携帯の画面を覗く。

 そこにはマリオンの名前が表示されていた。


「げ!」


 思わず声が出る祐人。

 というのも、以前のメールで大説教をすると送って来た張本人の一人なのだ。

 説教をされる身に覚えがない祐人は、それから連絡を取っていなかった。

 しかし、こういったことはよくある身だ。知らない間に、何か怒らせていたのかもしれない。それですぐに連絡を返そうと思っていたのだが、中々、勇気が出ずに数日が経ってしまった。つまり、見事に問題の先送りをした祐人だった。

 だが、さすがに電話を無視するわけにもいかないので、祐人は恐る恐る電話をとる。


「あ、もしもし、マリオンさん? ど、どうしたのかな?」


“あ、もしもし、祐人さん? 今、大丈夫ですか?”


「うん、大丈夫だよ」


“実はアドバイスを頂きたいことがあって”


「アドバイス?」


“はい”


 内容が説教ではないと分かりホッとする祐人。

 しかも、この時、祐人は電話で女の子から相談を受ける……というこの初のシチュエーションに気恥ずかしく感じつつも、ちょっと嬉しくなってしまう。


(こんな……憧れの日常が僕にも、ついに! ちょっと感動だよ)


「うん! どうしたの? 何でも聞いて」


“祐人さん……さっき「げ!」って言いませんでした?”


「い、言ってないよ! 何も!」


“そうですか……ならいいんですけど”


(茉莉ちゃんもそうだけど、何なの!? 女の子は何かすごい能力が標準装備されてるの!?)


 祐人は電話をとる前の、行動も見えているのかと冷や汗を流し、周りをキョロキョロしながら、マリオンの話す内容を聞いた。

 すると……徐々に祐人の顔が真剣なものに変わっていく。


「……呪い」


 祐人は、マリオンの言葉に耳を傾けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る