第122話 変わる日常④
「はい、そうです。祐人さんはどう思いますか? 私たちは何とかしたいと思ってるんです」
瑞穂は腕を組んで、片足でタップしながら電話をするマリオンの横で立っていた。とても、お嬢様のすることではないが、祐人が何を話すか気になって仕方がない。
すると、「あっ」と瑞穂が気づいたように、マリオンに合図を送った。
マリオンは瑞穂が騒がしいので、目を向けると瑞穂が携帯をスピーカーモードにするようにと言っているのが分かり、渋々そのようにする。
マリオンの携帯のスピーカーから、祐人の声が発せられた。
“まず、呪いなんだけど、僕にもその成り立ちや種類について詳しいことは分からない。呪術師の能力者は元々少ないし、遠距離からの強力な呪力を発揮するには、面倒な手順が多いと聞いたことがあるから、マリオンさんたちが呪術についてのことに詳しくないのは当たり前だよ。むしろ、よく気付いたと思う”
瑞穂とマリオンは祐人の言葉に落胆する。何か少しでも自分たちにできることが見つかればと思ったのだが、さすがに祐人も知らないことを、アドバイスはできないだろう。
“だから、どこまで的を射たアドバイスができるかと言われると自信がないんだけど……”
だが、続いて出てきた祐人の言いように瑞穂とマリオンは顔を見合わせる。
「ちょっと待ってください。祐人さんは、呪術師と遭遇したことがあるんですか?」
“……あるよ”
「!」
瑞穂とマリオンは驚く。
一体、どこで……いや、前回、共にミレマーで仕事をした時もそうだったが、この少年の経験値の高さはどこから来るものなのか。
2人の少女は祐人の過去が気になるが、何故か、このことはこちらから聞いてはならないものに感じられた。それは、聞いてはいけないことを聞いて、その後に来る気まずさを対処できないように思うのだ。
それと、このようにも思う。
マリオンは、これはいつか、祐人の口から語られる日を待とうと。
瑞穂はいつか、聞いても良い関係を作ろうと。
そして、二人はそういう日が来た時は、お互いの関係に大きな変化がある時だとも思う。
“マリオンさん?”
「あ、すみません、祐人さん。続けてください」
“……うん。呪いや呪詛に関してはほとんどの場合、共通のことが言えるんだ”
「何? 祐人、言ってみて」
“うん? あれ? 瑞穂さん? 瑞穂さんに代わったの?”
「違うわよ、携帯の音声をスピーカーに変えたの! だから、私にも聞こえてるのよ」
“へー、そんな機能が……。携帯ってすごいね!”
「もう……いいから、話を続けなさい。共通のことって何?」
“あ、うん。一番知りたいのは呪いの解除だと思うんだけど、それはほとんどの場合、呪いの大元を抑えないと無理なことが多いんだ。だから、呪いはすごい厄介なんだよ”
「大元……」
“そう、それは使った呪術の祭具の破壊や呪術に使った生贄等の浄化、もしくは……呪術師自体を見つけて倒すこと。それとすべてではないけど、術者がリスクを負えば負うほど、その呪力が増す傾向にもある。命まで奪うような強力な呪いは滅多にないけど、放っておけば永遠に続く”
「な! 永遠なんて……最悪ね」
「じゃあ……私たちがクラスメイトを救うには、どうすればいいんでしょう? こちらも呪術の専門家を雇えばいいんでしょうか?」
“そこなんだけど……そこが最も呪術が厄介なところなんだ。実はね、こちらも呪術に詳しい、まあ、呪術師でもいいんだけど、そういう人を呼ぶだけじゃ解決はしないんだよ”
「何でよ? 相手の呪術を解析すれば、その対処方法も分かるんじゃないの?」
“そうだね、それもありだけど、それだと解析して対処方法が分かるだけなんだ。つまり、相手が送ってきている呪詛や呪いはなくならない。それは、毒を飲みながら、それに効く薬を飲み続けるようなものなんだ。そして、対処方法は簡単なものではないことも多くて、呪われた人にとって大きな負担になることもあるんだ。まるで、効果はあるけど、その薬の大きな副作用に耐えながら、暮らしていくようなものなんだ”
「そんな……じゃあ、秋子さんは」
「なんてこと! 何なのよ、それは!」
祐人の話を聞き、起きた事象の深刻さが瑞穂とマリオンにも理解できるようになってきた。秋子は知る限り、善良で天真爛漫な世間知らずのお嬢様だ。とても、人から恨みを買うような人間ではない。一体、彼女を呪うのに何の理由があるというのか。
瑞穂のような直情的な正義感を持つ少女にとって、呪詛や呪いは最も忌むべきことのように感じられる。
「何か手はないの!? 祐人! 彼女は……秋子は、こんなわけの分からない呪いで苦しむような子じゃないわ! 普通の、ごく普通の女の子なのよ」
“瑞穂さん……ごめん、今すぐに解決するという意味では、手はないんだ”
「そんな……」
マリオンは力のない声が漏れる。
瑞穂はやるせない気持ちで拳を握った。
その空気が祐人にも伝わってくる。
冷静に事実を伝えている祐人もこの呪詛、呪いというものを嫌っている人間だ。ましてや、被害者がクラスメイトである瑞穂とマリオンのショックは相当のものだと思う。
“だから……大元を見つけて叩くしかない。諦めないで、瑞穂さん、マリオンさん。どんな奴か分からないけど、そいつを探しだすしかない”
祐人の言葉に、二人は顔を上げる。心なしか祐人の声にも怒気が孕んでいる。
「はい!」
「そうね! 諦めるなんてありえないわ」
瑞穂とマリオンもここで何もしない、という選択肢などなかった。
やはり、祐人に相談して良かったとも考える。
「とにかく、今回の呪術師を探すことが先決ね、祐人」
“うん、呪術師対策は、実は情報収集が重要なんだ。その集めた情報から相手を仮定して、突き詰めていくしかないよ”
「情報収集ですか……」
“そう。些細な事でもいいから、本人の周りや人間関係を洗うんだよ。そういう意味では能力者が必要というわけでもない。情報からの割り出しが重要なんだ。こちらも呪術師を雇うんであれば、その役割は取りあえず現状が悪化しないための対処方法の割り出しと、呪術の種類を知ることで相手を絞る情報源にすること。他に能力者として使えるのは……霊視が出来る能力者や占星術師による情報収集だけど、相手がカウンターを仕掛けている可能性も考慮しなければならない”
「カウンター? それは何? 祐人」
“呪術師のほとんどは戦闘力のない能力者が多い。だから、自分を探られないように、霊視や占星術がかけられた場合、自動的に精神攻撃、もしくは呪詛がカウンター発動させるようにしているのがデフォルトだよ。まあ、それすらも情報にすることもできなくもないけど、リスクがあるね。とにかく、どんな能力者を雇うにしても相手を特定するための行動が必要だと思う”
瑞穂とマリオンは祐人の話を聞き、ようやく自分のできること、またはこれからする行動指針が出来た。
二人は機関に所属する能力者だ。そして、機関では機関の理念に反しない限り能力者の自営も認めている。その意味ではプロの職人という側面もある。
本来は依頼を受け、仕事を果たし、報酬をもらうことが当たり前である。それに拘ることは悪い事でない。というよりも、そちらが本筋だ。
特に瑞穂は四天寺家という能力者の名家の人間として、そういう教育も受けていた。能力者と言ってもヒーローというわけではないのだ。
だが、今回は自分の友人でもある秋子が苦しんでいる。
以前の瑞穂であれば、友人を救うということでも、この能力者としてのプロ意識が邪魔をして、決断をするまで時間を要しただろう。
ところが今の瑞穂はすぐに決断できた。
それはミレマーで、何の得にもならないことを、ある少年が自分の心のままに即座に行動を起こしたのを見たことが大きいかもしれない。
そして……瑞穂はあることを決意した。
「なるほど……分かったわ! 祐人」
“うん、あまり役に立てないかもしれないけど、言ってくれれば僕も協力するから”
「何を言っているの? あなたもここに来て私たちと、この呪術師を特定するのよ」
“は?”
「え?」
祐人だけではなく、マリオンも瑞穂の言っていることがすぐには頭に入って来なかった。
「あなたの話を聞いていれば、今回の呪術師を特定するには、機関の試験で言えば勘と判断力が優れたものがいいわけよね?」
“ま、まあ、そうかな? でも、そういう問題じゃなくて……”
「あなたの勘と判断力の成績は?」
“あ……Aだったけど、だからそういうことじゃなくて”
「だから、あなたを雇うわ! 私が! だから、あなたはこの学校に通うのよ!」
“はーん!?”
「えぇーー!!」
“ちょっ! 瑞穂さん、何を言ってるの!? さすがに転校なんて無理だよ!”
「そうですよ! 瑞穂さん、無茶ですよ!」
「大丈夫! 私に秘策ありだわ! 数週間だけどあなたをこの学院に編入させるわ」
“いー!! み、瑞穂さんたちの学校って、どこだか知らないけど女子高でしょう!? 出来るわけが……”
「いえ、するわ!」
“んな、無茶な!”
「ど、どうやってそんなことするんですか? 瑞穂さん」
電話口で、瑞穂の乱心としか思えない提案に呆然としている祐人。
「ふふふ、私に……任せなさい。それに祐人……」
“な、何?”
「あなた……生活費、足りてるのかしら? 今回の報酬は……いいわよ?」
“な!”
瑞穂の悪魔のささやきのような言葉に、祐人はグラッと来た自分を必死に立て直す。それに祐人も男として、友人の、しかも、女の子からお金をもらうのは仕事とはいえ気が引ける。
“い、いや、駄目だ。ぼ、僕だって男だよ? いくら依頼を出すからって……そんな困ってる瑞穂さんから、お金なんて。だから、僕は外から無償で協力するから!”
「そんな小さなプライドは捨てなさい、祐人! そんなこと言ってるから生活力がないのよ! あなた、将来はどうするつもり? そんなんで家庭なんて持てるの?」
“ぐは!”
祐人の気にしていることの、ど真ん中を瑞穂の言葉の銃弾が撃ち抜き、両膝を折る祐人。
(薄々、いや、気付いていたけど!)
“い、いや! 僕だっていつか! 貧乏にも強い優しい子を探して……”
何とか言い返すが、最後の方は尻すぼみする祐人の声色。
「馬鹿ね! そんな女性がいるわけないでしょう! そもそも、最初から苦労をかける前提の男ってどんな奴よ!」
“ゲフ!”
片手も地に着く祐人。
「ひ、祐人さん! 大丈夫です! 私は貧乏でも平気です。それにお金なら私が稼ぎますから!」
“ブ!”
マリオンが優しさで口走った言葉が、むしろ祐人の胸をえぐる。
「マリオン! そういうのがダメ男を育てるのよ!」
“ダ、ダメ男……”
「祐人……因みにいうけど、私の貯金は……」
祐人の目が見開く。ちょっと涙目。
何という……格差社会。
「マリオンはいくら持ってるの?」
「え? いえ……私は、別に……」
「正直に言うの!」
「は、はい! 私は……」
“ええーー!!”
「分かった? 祐人。あなたの同期の私たちの実力を!」
“……はい”
祐人は前が滲んで見えない。
「もう一度言うわ。あなたを雇うわ、分かった?」
“はい……雇って下さい”
大きく頷いた瑞穂は、ちょっと笑う。
「じゃあ、連絡を待ちなさい。それとね、祐人……」
“……はいです”
「お金がない事を気にすることないわ。それであなたの格が落ちるわけじゃないわよ? ただ、だからと言って現実を見ないのも駄目よ」
瑞穂の意外な優しい声色。
「だから、しっかり働いてくれればいいの、祐人なら出来るんだから」
“うん、頑張ります”
何となく祐人が涙を拭いているのが分かる。
「よし! じゃあ、お願いね。報酬は弾むから!」
そう言うと瑞穂は電話を切った。
すると、瑞穂のちょっと微笑んでいる顔をマリオンは反目で見つめている。
「な、なに? マリオン」
「瑞穂さんって……」
「何よ……」
「厳しいお母さんみたい……」
「な!」
固まる瑞穂。
そして、瑞穂の意外な一面を見たマリオンは内心、驚きもし、焦りもしたのだった。
因みに電話を切った後の祐人はと言うと……。
「僕はダメ男にはならないぞ! 見てろー! 未来の僕!」
と、叫びながらも、何故か、居ても立ってもいられず、全力で走りながら帰宅するのだった。
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