第120話 変わる日常②
「皆さん、そろっているようでございますので、それでは会議を始めたいと思います」
副学院長は立ち上がり、第一声を上げた。
会議の参加者は学院長を始め、副学院長、学年主任が並び、そして、生徒会メンバーとなっている。メンバーとしては聖清女学院のトップが勢ぞろいしている。
会議のファシリテーションを副学院長が執り行うようで、もちろん、出席者はすべて女性だ。
学院長以下、教師側の参加者はすべてスーツ姿で、静かに座っている。
学院長は白髪の長髪を綺麗にまとめ上げており、年齢はすでに60に近いと聞いているが、風貌は教育を預かる学院の長として相応しい風格と品があり、会議室正面の中央に腰を下ろしていた。
出席者それぞれに、この会議のアジェンダ等が記載されている資料が配布され、瑞穂も早速、手元に来た資料に目を通した。
瑞穂は知らなかったが、今日の会議はすでに数回に渡って実施されており、本日の中心的な議題は、試験的に招く男子生徒の選定方法となっているようだった。
瑞穂はそこまで積極的に参加するつもりはなかったのだが、どうしても聞いておきたいことがあり、手を上げる。
「申し訳ありません。よろしいでしょうか?」
「はい、あら、あなたは確か四天寺さんでしたね。今日は四天寺さんが、出席されているのですね?」
新メンバーの瑞穂に副学院長は、メガネに手を当てて首を傾げると、生徒会長である榮倉昌子に目で確認をする。生真面目を絵に描いたような風貌の副学院長の意を悟り、昌子は頷いた。
「はい、緊急の参加にて報告が遅れて申し訳ありません。本日は生徒会の書記を務めている法月さんが体調不良で参加が難しいことから、生徒会準メンバーであった四天寺さんに代理の出席をおねがいしました。彼女については資質、能力ともに問題はありません。また、この会議の重大さは伝えてあります」
昌子の説明に副学院長は頷いて、瑞穂に顔を向ける。
「そうですか、分かりました。では、四天寺さん、何かご質問が?」
「はい、今回、初めてで分からないことがあり、また急遽の参加で理解不足のところがあるので、お聞きしたいのですが、何故、この聖清女学院に共学化という話が出てきたのでしょうか?」
「ふむ……そうですね。事前に確認していて欲しかったですが、そういう事情でしたら仕方ないですね。では、簡単にではありますが、改めてその辺を話しましょう。皆さんも、承知済みのところではありますが、確認の意味で聞いてください」
すると、説明を始めようとした副学院長に、手を上げて学院長が制止した。
「まあ、私から説明しようかね」
学院長がそう言うと、副学院長は頭を軽く下げ、着席した。学院長は肘をつき、両手を握る。
「何故、この上流階級の婦女子を預かり、立派な淑女たちを輩出してきた名門かつ歴史のある聖清女学院が、今になって共学化なんてことを考えたか? ということだね。四天寺さん?」
「は、はい」
「ふふ、答えは簡単さね……」
学院長が自嘲気味に笑いながら、そう言われても瑞穂には皆目、分からない。
「……人気がないんだよ」
「は?」
「だから、年々、入学希望者が減っているのさ。人気がなくてね」
思わぬ、理由に瑞穂も拍子抜けしてしまう。出席している幹部教師の面々もため息を吐き、軽く項垂れたり、顔を上方に向けた。
「いくら、上流だ、名門だ、歴史だと言ってもね、これだけはどうにもならんのさ。それに、歴史のある、昔からの資産家もいるが、当然、各上流の家も栄枯盛衰さ。いつまでも上流にいられない家もある。最近の新興の上流家庭の中に名門の聖清女学院の名に憧れて、入学してくれるのもいるが、そのような風潮も今や少数派になってきている。これでは、いくら名門と言えど、対策が必要なのさ」
「はあ……」
「今の上流家庭の教育の流れというものがあってね。まあ、当たり前と言えば、当たり前だが、もっと実質的な高等教育や世界の一流大学への留学が主流なのさ。これからの社会は女性の活躍が叫ばれているだろう? そうなると……考え方によっては、この聖清女学院に求めるものがない、とも言える」
「……」
「もちろん、今は豊富な寄付金で優秀な教師陣を揃えているが、高校以前からインターナショナルスクールに在籍していたり、海外留学をすることでの経験によるタフさや、実際に社会に出てからの即戦力となると、中々……、ここでは再現は出来ない。むしろ、上流家系のたしなみや作法を重視して、時間をかけているのが聖清女学院だからね」
「何てリアルな……」
「そうさ……これが社会の潮流、現実というものなのだよ。そして、もっと現実的な理由も二つある」
「そ、それは?」
「一つは単純に生徒減少による、将来的な資金不足さ。もちろん、今は問題ない。むしろ潤沢と言えるが……」
そう言うと学院長は副学院長に目をやる。
「はい、ここ3年の入学者数ですが、毎年5%ずつ減っています」
「というのが、現実さ。この学院は見て分かる通り、運営には多額の資金を使っている。もちろん、この資金は各保護者たちの多額の寄付金によって賄っているのは分かるな?」
「はい……。それで、もう一つは?」
「それはな……先ほども言ったが、ある理由で人気がないのさ、分からんか?」
「……申し訳ありません、ちょっと……分からないです」
「ふむ……、その辺は……あなたも立派な淑女ということだね。良いことだ、立派な聖清女学院の生徒だね」
学院長がニヤリと笑うが……瑞穂はその理由が分からず首を傾げてしまう。
「くくく、まあ、簡単さ。異性がいないのが嫌なのだよ、最近の娘たちは。まったく、上流だ、何だと言っても最近の娘たちは色恋のない学園生活が嫌とみえる……」
「え!? そ、そんな理由なんです……か?」
「そんなに驚くことでもないだろう? 今は貞淑だの大和撫子など、求めていないのさ。まったく、私からみりゃ何とも言えんが事実は事実。そして、この学院を継続させるのにも必要な措置を手遅れになる前に講じなくてならないのさ」
「そ、それで共学化の準備を……」
「そうさ。もちろん、この学院の品格を落とすわけにはいかない。将来、共学化して招くのは当然、上流のお坊ちゃんたちを考えている」
「え!? じょ、上流ですか……」
瑞穂は上流というところからかけ離れた、ある少年の顔が浮かんだ。
「……学院長、ということは、今回、試験的に招く幾人かの男子生徒も……」
「そりゃ、当然、それなりの家のご子息が良いと考えているね」
何を当たり前のことを、というような学院長の表情。
「今後のこの学院のことを考えて共学化を模索するが、誰でも入学を許すわけにはいかないのは当然だろう? 共学化を考えてはいるが、まず、大事なのは現在、在学している生徒たちのことを考えるのが最優先事項だ。また、その親御さんにもそのように伝えている。私はこの学院の格式まで落とす気はないよ。この格式は学院の拠って立つところだ、この原則は決して変えんよ」
瑞穂は学院長の話を聞き、先ほど沸いた淡い期待が音を立てて崩れ去っていくのが分かる。あの少年と少しの期間でも、同じ学び舎に通うことを想像して、興奮してしまった自分の浅はかさが恥ずかしい。
「まあ、これが今までの大まかな流れだよ。学院の在り方は変えずに共学化するために、我が学院に生徒を通わせている家の推薦と紹介を必須としたのはそのためさ。あんた、聞いているのかね?」
学院長は瑞穂が目に見えて落ち込んでいく表情に首を傾げるが、会議の進行を促すように、副学院長を見ると副学院長は頷き立ち上がった。
「では、今日の議題です。試験的に招く、男子生徒を具体的にどのように選定するかになります……」
こうして、何故か一気にやる気をなくした瑞穂を置いていくように、この聖清女学院の未来をうらなう超重要会議は進んでいった。
その頃、体調を崩した法月秋子を保健室に運び、保健室のベッドにしては、やたら大きいベッドに寝かせて、学院に常在している医師を待つマリオンは怪訝そうに、そして深刻そうに秋子の苦しそうな横顔見ている。
保健室に連れてきた時には気付かなかった。
だが、先ほどよりも明らかに調子を崩していく秋子をマリオンは心配になり手を握ったその時に、わずかに感じる不快感と違和感を覚え、マリオンは目を細める。
「これは……いや、違う? でも、彼女に纏わりつくこの薄暗い波動は……。これは、まるで私たちの“祝福”の真逆の……」
マリオンが手に霊力を集め、秋子の額に手をかざそうとした時、保健室の引き戸が開き、マリオンは手を引っ込めた。
「先生、お願いします! マリオンさんいい?」
「あ、はい!」
担任教師と医師が保健室に入って来ると、マリオンはベッドの横を空けて医師に譲った。
医師はすぐに秋子の脈をはかり、容態を確認する。
マリオンはその後ろから、秋子の様子を見ていた。だが、マリオンは今、能力者として、そして、エクソシストとして、秋子を見ている。
担任と医師の後ろで、マリオンはその柔らかな霊力で自身を包み、その目を以って秋子を確認した。
そのマリオンの顔がみるみる青ざめていく。
(こ、これは……まさか、呪術! 秋子さんが何故!? いえ、一体、誰が!)
マリオンはこうしてはいられないと、瑞穂を探しに保健室を後にした。
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