第117話 番外 男の友情

 袴田一悟は放課後、吉林高校敷地内の校舎の裏手に当たる斜面になった芝生の上で座り、遠くを見つめている。

 吉林高校は部活動にも力を入れており、校舎の裏側にはテニスコートと武道場がある。武道場は空手部、剣道部、柔道部、拳法部が交代で使用していた。


「はぁぁ〜」


 大きく溜め息を吐く一悟。

 一悟は部活動に参加してはいないので、放課後になるとすぐに帰宅するのだが、今日はそんな気分にならずに、人気がないこの場所に来ていた。

 やや遠方にある前方の女子テニス部の活動が視界に入るが、一悟にはただの風景。


「何で俺がこんな目に……」


 一悟は地べたの芝生を数本抜くと、目の前でパラパラと落とした。

 何の罪もない芝生が風に乗って横に流れ、それを力なく目で追うと、その視界の奥の方に大きな籠を横に置き、必死に草むしりをしている少年がいた。

 どうやら校舎前面にある校庭の方の草は取りつくしたのだろう。

 イラッ。


「祐人の野郎~」


 一悟は先週、祐人のために祐人の姿に化けて、やって来た傲光を始めとした人外たちのフォローで、大変な一週間を過ごしていたのだ。

 厳密には祐人のせいではないのだが、やり場のない一悟の怒りはすべて祐人に向けられる。

 取りあえず腹が立った一悟は、祐人の集めた雑草をどこかに捨ててやろうか、と考えると、一息を入れるためか祐人が立ち上がり、こちらに気付いた。

 その祐人はこちらに歩いて来る。

 汗を拭きながらのほほんとした顔で(一悟の主観)。


「おーい、一悟? こんなところで何やってるの? なんか用事でもあんの?」


「こ、こっち来るな! お前といると、また!」


 祐人が一悟に声をかけた時、一悟の後ろを数人の女子テニス部の部員が通りがかった。

 その女子部員たちは、一悟に気付くと、ひそひそ話をし、


「ええー!? 本当?」

「そうみたいよ~? 聞いた話だけど……クスクス」

「あちゃー、結構、格好いいのに~。でも、私はそれもありかな! 萌えるわ!」

「ええー! 麻衣は意外に腐女子? ……でも、ちょっと分かるかも?」

「やだー、じゃあ、あの『草むしりの人』が、お相手? 受けっぽい~」

「キャー、でも悪くないね、お似合いかも!」


 と、小さな笑い声を残し、小走りに通り過ぎていった……。


「……」

「……」


 一悟と祐人は力のない半目で見つめ合う。

 女子部員の元気な笑い声を背景に二人の間を砂埃を含んだゆるい風が、吹き抜けていった。


「……」

「……」


(草むしりの人……って?)


「い、一悟? これは……」


「聞くな、『草むしりの人』」


「変な種族名をつけるな!」


「黙れ! 草むしり族の最下級兵士が! この雑草が!」


「な!」


 一悟の言いように涙目で悔しがる祐人。


「なんだよ! そっちなんか、最下級BL戦士のくせに!」


「ぬお!」


 胸を撃ち抜かれたように仰け反る一悟。

 もちろん、涙目。


「……」

「……」


 涙目で睨み合う少年二人。

 そして……同時に二人は膝をおり、両手を地面に着いた。


「うう、この俺が何で……極度の男好きに」


「好きで雑草を集めているわけじゃないのに……うう」


 ひゅ~、と暑苦しい風が通り過ぎる。


「傷つくなら、責め合わなきゃいいのに」


 四つん馬に涙を流す愚かな二人の少年の後ろから、一部始終を偶然見ていた水戸静香が呆れた顔で立っていた。

 これから武道場の方に行く途中だったらしい。


「「だってこいつが!」」


「はいはい、取りあえず、落ち着く、落ち着く」


 そう静香に言われて、3人は何となしに、そのまま芝生の上に腰を下ろした。




「……」

「……」


(な、何? この重い空気は……)


 静香は内心、汗をかく。

 呆然自失の少年二人が両側に座り、何も言葉を発しない状況が続き、さすがの静香も居心地が悪かった。


「と、取りあえず、問題を分析したらいいんじゃないかな?」


「「分析……?」」


 二人は死んだ魚のような目で両側から静香に顔を向ける。


「ちょっと、両側から声を合わせるのは止めてって! そう! まず、現状の問題点を抽出して、解決策を探るの! 本当はこういうの袴田君、得意でしょ?」


「でも、問題点って言われてもなぁ。噂が広がっているのをどうやって……」


「僕のは解決のしようがないんじゃ……美麗先生の命令だし」


「そんなこと言ってても、何も始まらないよ! とにかく、現状を変えたいんでしょう?」


「「うーん……」」


「だから、声を合わせないでって! 二人とも同じような問題でもあるんじゃない?」


「え? この『草むしりの人』と?」

「え? このBLと?」


 途端に一悟と祐人は静香の前で3センチ以内に顔を近づけて、睨み合う。


「こらこら……」


 静香にチョップされた二人。


「でも、それだよ! 二人は意に反したレッテルを貼られてるんでしょう?」


 それを聞くと二人の少年は息まいた。


「ああ! そうだ! それを何とかしてーんだよ!」


「そうだね! でもどうしたら……」


「それを考えるの、悩んでるだけじゃ、しょうがないんだから。じゃあ……まず、二人はどういう状況にもっていきたいの? それを目的に行動を起こせばいいんじゃない?」


「……俺は、ごく普通に女好きと思われたい。極度の女好きとして扱われたい!」


 一悟はプルプル体を震わし拳を握る。


「そ、それは、いい状況なの?」


「当たり前だ! 俺は女好きであることに誇りを持っているんだ! どこにいっても通用する最高の女好きに!」


「そんなの誇りにしないでよ」


「俺は女が好きなんだ! そうだ! おれは女好き王になる!」


「アホなの? あなたは。この変態が。まあ、いいわ、それが袴田君の目的ね!じゃあ、堂杜君は?」


「僕は『草むしりの人』じゃないことを世間に知らしめたい!」


「無理ね。まあ一ヵ月は諦めなさい。まあ、いいわ、よく分かった!」


「あれ? 今、馬鹿にされてなかった? 俺」


「あれ? 言わせといて全否定してなかった?」


「二人とも目的は、はっきりしたね! 次はそのための作戦よ!」


「お、おう……」


「う、うん……」


「じゃあ、まず袴田君から!」


「そうだな……女好きと分かってくれればいいんだからな。そうだ! 少し普通だが、女の子をデートに誘えばいいんじゃないかな? それも何人も」


「うーん……でも、一悟。それだけじゃ女好き王と呼ぶには、若干、インパクトが弱くない? だって、今は男好きというマイナスからのスタートだよ?」


「そ、そうか? そうだな……確かに。女好きと一目で分かるには……」


「あ、一悟! 前に一悟が貸してくれたあの秘蔵の本!」


「ん? おお! あの巨乳特集か! なるほど、あれを持っていて男好きなんて思われるわけがないな! 胸は女性特有のものだからな! 祐人、でかした!」


「茉莉に報告だね、それ」


「いいんだよ、僕だってちょっと責任を感じてるし……」


「祐人……お前。よし! 俺の親友のアイデアは無駄にはしねーよ。つまり……ハッ! その本を片手にデートに誘えば、完璧じゃねーか!」


「完璧な犯罪者ね。美麗先生に事前に報告しとくわ」


「おお、さすがは一悟だよ! よし、じゃあ、僕の番か……。とにかく『草むしりの人』っていうのを避けたいんだよな~」


「あ、祐人! お前、草ばっかりむしってるのが悪いんじゃね?」


「あ……ああ! そうか! そういうことか! 一悟は天才なの!?」


「そりゃ、草むしりだからね」


「つまり……草ばっかり集めないで……」


「うーむ、あ、虫とかも捕まえるとかはどうだ?」


「おおお! それだよ! そうすれば『草むしりの人』だなんて、誰も思わないよ! 一悟はどんだけすごいの?」


「子供の夏休みか!」


「……いや、俺だって親友が『草むしりの人』って呼ばれるのは、なんかムカつくからな。俺のダチに何言ってんだってなるわ……」


「……一悟」


「へ! やってやろうぜ! 祐人!」


「オウさ! 未来の女好き王!」


 一悟と祐人は勢いよく立ち上がり、互いの腕を絡める。


「この二人の将来が心配だわ」


「よぉーし、そうと決まれば! 明日から行動だ! 祐人!」


「分かった!」


 その二人の絡めた腕に、静香がそっと手を添える。


「二人とも良かったね。私も二人が力を合わせる姿が見れて感動したよ! 色んな意味で」


「いや、これも水戸さんのおかげだよ!」


「そうだな……俺たちを冷静にさせて、“気付き”を与えてくれたもんな。恩に着るぜ、水戸さん!」


「その気持ちだけは、何があっても忘れないでね! 何があっても!」


「「もちろん!!」」




 次の日……、


 吉林高校では高野美麗の命令で草むしり要員が一人増え、その少年には『巨乳好きBL』の称号が送られた。


 また、今までの草むしり要員だった少年には『草むしりの人』に加え、『虫捕り網の人』という称号がプラスされた。

 そして、この少年が借りたという巨乳雑誌は、茉莉の知るところになり……以下省略。




 これは吉林高校の何気ない日常の一コマ……

 変わったことと言えば、茉莉が何故か牛乳を飲むことが多くなったぐらい、であった。


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