第116話 番外 携帯電話

「やっと終わった~、暑い~。これが一ヵ月も続くのか~」 


 草むしりを終えた祐人は草のどっしり入った籠を背負い、女子剣道部が活動中の体育館にやってきた。

 祐人はこうして放課後になると、毎日交互に、草むしり、全校舎のトイレ掃除をずる休みの罰として担任の高野美麗に命じられている。そして、そのお目付け役として同じクラスの水戸静香が任命されていたため、その日の作業が終了すると毎回、静香に報告しなくてはならない。

 表向きには人外仲間の嬌子たちの活躍? により祐人は休んでおらず、学校を騒がせた罰ということになっている。ずる休みを知っているのは担任の先輩道士でもある超クールビューティー美麗と親友の一悟だけだ。


「もう、嬌子さんたち一体、何をしたんだよ……」


 祐人が世界能力者機関からの依頼でミレマーというアジアの国に行っていた一週間に、嬌子たちが祐人に変わり、この吉林高校に登校していたのだ。

 祐人はこのことを全く知らずに、登校してくると、真っ白になっていた一悟に出会った。どうやら、祐人に扮して学校に来ていた嬌子たちをフォローしていた一悟は精根使い果たし、本物の祐人を見るやいなや怒りを爆発させたのだった。

 また、それだけではない。

 なにがあったのか分からないが、幼馴染の茉莉までもが烈火のごとく怒っており、祐人の罰の監視を任命された静香を率先して手伝い……というより、実権は完全に茉莉に移っている。

 この状況の元凶とも言える嬌子たちはというと、なにか用事があるのか最近は姿を見せていないため、祐人は名実ともに一人暮らし状態で、何が起きたのかも聞いていない。


「一悟に聞いても、震えるだけで何も教えてくれないし……」


 そうは言っても、確信犯的にずる休みをしたのは自分だ。少し想像以上の状況にはなっているが、悪いのは自分。叱られることも覚悟していた。

 祐人はため息を吐くと、今日の草むしり終了の報告をするため、体育館の半開きになっている鉄製の引き戸の間から顔を出した。

 今日の体育館は女子バスケ部と女子剣道部が使用している。そこに雑草がたっぷり入った籠を見せに来るのは正直恥ずかしい。

 祐人は汗だくの体操着姿で気合の入った声を上げている女子剣道部員の方に顔を向けた。


「お、草むしり部の人が来たよ! 水戸さん、白澤さん!」


 祐人に気付いた剣道部員が、茉莉たちに声をかけると、道着姿の茉莉と静香が祐人のところにやってきた。

 栗色のふわっとした髪をしていて、顔は落ち着いた感じの茉莉と小柄な元気印の静香が並んで剣道着の姿で並んでいると、妙に目立つ。

 茉莉はその容貌からすでに男子生徒たちからの圧倒的な人気を勝ち取っていたため、校内ではもうアイドル扱いだ。また、それでいて礼儀正しく、お淑やかで、誰にでも公平に話すため女子生徒からのやっかみも少ない。

 茉莉と静香の二人はほとんどセットで行動することが多いので、最近は静香も名が知られ始め、後で聞いた話だが意外と静香の人気も高まっているらしい。それを聞いた静香はニカッと笑い、「おこぼれ、おこぼれ」と茉莉をからかっていた。

 その二人が体育館の出入り口に祐人が置いた籠を確認する。


「おおー、堂杜君。頑張ってるねー、感心、感心!」


「祐人、ズルはしてないわよね!」


「してないよ! というか、どうやってズルするの!」


 茉莉は姑のように丹念に籠の草を確認していた。誰にでも親切な茉莉だが、祐人だけには態度が違う。この姿を見れば夢見がちな男子生徒たちも驚くだろうと思われるほどだ。


(僕にも少しくらい、優しくしてほしいよ、本当に)


「祐人! 何か言った? いえ、今、何を考えたの!?」


「なんにも! なにも考えてないよ! 無我! 無我の境地!」


「ふん」


(しかも……こ、この鋭さはなんなの? 超能力?)


 祐人がミレマーから帰って来てから、茉莉は何故か、いつも以上に厳しい。どうやら祐人がいない間に祐人の姿をした嬌子たちと何かあったようなのだが、それを聞けないため、余計に対処に困る祐人だった。

 というのも、学校で起きたことはすべて祐人がしたことになっている。それを祐人本人が聞くというのはおかしいからだ。

 先日に少しだけ、茉莉が怒りながら顔を真っ赤にして恥じらうようにしていたが、何があったのかまではさすがに分からない。


(本当に何があったの? いや、何をしたんだ? 嬌子さんたちは……)


 他の同級生は祐人の存在を忘れているため、影響は少なかったが、自分を覚えていてくれている茉莉や一悟、静香は祐人のいない間の影響が残っていた。


「まあ、いいわ。ちゃんと反省を込めながらしているのよね?」


「そりゃあ、もちろん!」


 それ以外に何が言えるのだろう? この迫力の前で。


「プププ……じゃあ、お疲れさま! 堂杜君! もう帰って大丈夫だよ! 今日はもう何もないの?」


 静香が面白そうに茉莉と祐人を見て、元気な声を出した。


「いや、それが……これから図書委員の人たちと一緒に図書室の本の整理があるんだよ」


「ああ……お助け係の? 大変だね~、今日はどっちの倉庫で? 第二倉庫だったら結構、遠いよ? 校舎の端の端だもん」


 吉林高校の図書室は図書室と呼ぶには非常に大きいことが有名で、所蔵数も半端な数ではない。これが目的で入学を目指す生徒もいるくらいだ。

 だが、その分、仕事も多い。そのため、祐人のような手伝いはとても助かるため、祐人のお助け係の仲介役にもなっている一悟に頻繁にオファーが来ている。

 祐人のクラスの図書委員は重神(しげかみ)さんという、どちらかと言うと小柄な女の子なので、特に書庫の整理等の力仕事は必ずと言っていいほど、お助け係の祐人にお願いが来るのだ。

 不思議なのは何故か直接、祐人にオファーが来ない。

 いつも、一悟を仲介してくるのは何故なのか? と祐人も思うが、直接頼むのは心苦しいところがあるのだろうと思う。何故なら、重神さんはいつも、祐人に申し訳なさそうにしていたことから、祐人もそう考えていた。

 実際は……一悟が積極的に図書委員が大変そうだった重神さんを、個人的にバックアップしていただけだったが。

祐人を使って。


「え? そうなんだ、確か第二倉庫だったような。まあ、言われた時間には余裕があるし、でも僕は初めて行くな。えっと、今日は第二倉庫だったと……スケジュールメモを貰って……」


 祐人はどこかのポケットに入れていたとメモを探していると、話を聞いていた茉莉は祐人のお助け係のことは知っていたので、何とも言えない顔をした。


「祐人も結局、そんなに忙しいなら部活に入れば? 男子剣道部が今年の一年が少ないって嘆いているみたいよ? 祐人ならすぐにレギュラーだって……」


 祐人の実家の古流剣術道場で祐人の実力を知っている茉莉は、若干、祐人を気遣うように提案をする。剣術と剣道は違うが、祐人なら問題ないと知っているのだ。


「うーん、考えてはいるんだけど……まだ難しいかな。これでもお助け係は毎日じゃないし、もう少し生活が安定したら……ね」


「そう……じゃ、じゃあ、私が、こここ今度、ご飯を作りに……」


「あった!」


 祐人は事前に貰っていたメモをお尻のポケットから見つけて取り出す。

 と、同時に……祐人のポケットから、ゴトン! と音を立てて体育館の床に落ちるものがあった。


「あ!」


 祐人はそれに気づき、顔を青ざめると、すぐにそれを取り上げてポケットに入れ直す。

 茉莉と静香は黙ってその一連の祐人の動きを見ていた。


「……」「……」


 祐人の額から汗がツーと流れるが、祐人はまるで何事もなかったようにメモを広げる。


「……あ! うん! 水戸さんの言う通り第二倉庫だよ! ああ、もうこんな時間だ、じゃあ、行ってくるよ!」


 そう言いながら、体を翻した祐人の腕が掴まれた。

 祐人の体が凍る。


「ひ、祐人……」


「ななな、何かな? 茉莉ちゃん」


 この間に祐人の前に素早く回り込む静香。


「堂杜君……」


「水戸さん? 何で満面の笑みで僕の前を通せんぼしているのかな?」


 祐人の腕を掴んでいる手の握力が増す。


「今……落としたのはナニ?」


「茉莉ちゃん? な、なんのことを言っているのか……」


 祐人が振り返ると、茉莉の顔が目の前に。

 そして、茉莉は空いた手をスーと上げて、手のひらを上にする。


「出しなさい……」


「な、何を?」


 気付くと悪戯好きな子供のような顔の静香も間合いを詰めてきていた。

 そして……祐人の耳に茉莉の影で見えない顔が近づいてきて……囁く。


「携帯を……」


「ヒッ!」


 祐人は、地獄からのその囁きに目を広げ……

 数分後……祐人は二人の少女に体育館裏へ連れて行かれた。



 *******



 体育館裏にできた簡易取調室での三人(三人の脳内)。

 事情聴取、茉莉刑事。

 調書作成担当、静香。

 何故か容疑者扱い、祐人。


「まず、いつ買ったのか教えなさい」


「えっと……部活は大丈夫なの? 茉莉ちゃん」


「部長にオーケーもらって、休憩になったから心配しないで堂杜君!」


「心配だよ! 主に僕の身が! ていうか何書いてるの、水戸さん!?」


「祐人! 休憩は15分しかないの。簡潔に答えなさい」


「はい」


「これは……いつ買ったのかしら?」


「一昨日です」


「本当でしょうね」


「本当です」


「嘘をついていたら……」


「つく理由が、僕のためにまったく見当たりません」


 パチパチパチ! (静香が調書をパソコンに打ち込む音)


「何故、言わなかったの?」


「言いたかったのですが、機嫌が悪そうだったので後にしようかと……」


 バン! (机を叩く茉莉刑事)


「嘘をつくんじゃないわ!」


「う、嘘じゃないよ! ああいう時に、声をかけたら大体、ろくな目に……」


 パチパチパチパチ!


「わ、私の機嫌は悪くなかったわ!」


「そこ!?」


「コホン! で?」


「え? で、とは?」


「だから! その携帯をどうするの?」


「は? そりゃ、使うけど……」


 ドゴン!! (机をグーで叩く茉莉刑事)

 ドグワシャ! (祐人が驚いて後ろに椅子から落ちた音)


「そんなことを聞いてないわ! 携帯を使うためには聞かなければならないことがあるしょう!」


「え? あ……う、うん」


 パチパチパチパチ!


「で、言うことは?」


「あ、茉莉警部」


「そこは茉莉でいいわ」


「茉莉ちゃん」


「何かしら?」


「携帯の番号とメールアドレスを……教えてください」


 パチパチパチパチパチパチ! (静香がノッてきた)

 スーイスーイ (茉莉がデスクの上で人差し指を走らせている音)


「は、初めから正直に言えばこんなところ(取調室)に来なくても済んだのよ。どうせ、祐人のことだから……まだ誰のアドレスも登録されていないんでしょう? まったく、仕方ないわね……私が祐人の最初のアドレス登録に協力してあげるわ」


「え!? あ、いや……もう……登録は何件か」


「……は?」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!


「……ああ、実家ね、それか袴田君でしょう? まあいいわ、それくらいなら」


「……」


 目をそらす祐人容疑者。


「……」


 それを見逃さない茉莉刑事。


「……」


 その二人の様子を観察する調書作成担当の静香。

 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


「ひ、祐人? あ、あなた、まさか……」


「ななな、何?」


 茉莉が笑顔。

 笑顔が怖い祐人。

 この調書のヤマと考える静香。


「携帯の中身に関してあなたには黙秘権があります」


 茉莉警視総監(出世した)の視線が祐人を射貫く。

 笑顔で。

 祐人容疑者はこの国に黙秘権がない事を悟る


「なお、供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられることがあります」


 祐人容疑者は何を言っても言わなくても不利にしかならないことを悟る。


「あなたは弁護士の立ち合いを求める権利があります」


 そんな人いません。


「もし、自分で弁護士に依頼する経済力がなければ公選弁護人を付けてもらう権利があります」


 経済力も権利もありません。


「で! 今、登録されているアドレスは何件?」


 ガタガタガタガタ! バシイ!!

(祐人の椅子が説明できない力で揺れて、手足が突然現れた革のヒモで縛られた音)


「ヒッ! さ、3件です」


「フム……そう。で、その3件のアドレスの内、何件が……………………女性?」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


「……さ」


「な! さ!?」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


「三件です!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 ポタポタ……(祐人の汗がデスクの上に落ちる音)

 ゴゴゴ! (茉莉の周りに不可視の力が集まる音)

 ピキーン! (静香が新しいタイプの人間みたいに閃いた音)


「はっはーん! 堂杜君、それって前に資格試験で会ったっていう、ガストンさんが言ってた……」


 ブンブンブン! (涙目で、やめて! という合図を必死に送ろうと振る祐人の頭の音)


「すごい可愛いっていう二人でしょう! あれ? でも一人増えてるね」


 ゴゴゴゴゴ! (茉莉の周りに不可視の力がさらに集まる音)


「仕事先の友達なんだよ、2人は! それで、連絡を取りやすいようにと! 一人増えているのは……えーと、そう! 社長の秘書さんで僕らの仕事の振り分けをしているの!」


「祐人……」


「ハヒッ!」


「その子たちとは仕事仲間なのね? 悪い子に騙されてるわけじゃないのね?」


「うん! もちろん! すごく真面目な人たちだよ!」


 ゴゴゴ……(不可視の力が少し減っていく音)

 カッ! (祐人がこのチャンスを逃すか! と目を開けた音)


「茉莉ちゃん! 携帯番号とか教えて。勉強のこととか聞きたいときに連絡したいって思ってたから!」


「!」


 茉莉の表情が柔らかくなっていく。

 手足の革のヒモも解ける。


「……」


 茉莉が世話好きの頼られるのが大好きなことを知っている祐人が、この一点買いの賭けに勝ったと汗を拭う。




 ……現実世界への帰還を果たした三人。

 体育館裏だが。


「茉莉、もう行かなくちゃ!」


「あ、そうね。じゃあ祐人、今日は一緒に帰らない? その時に携帯のアドレスとか交換するから」


「あ、うん、分かった。校門のまえで待ち合わせでいい?」


「分かったわ、じゃあ、後でね」


 そう言うと茉莉と静香は急いで練習に戻っていった。

 走る静香はチラッと横目で茉莉を見てニッコリする。


 それは……茉莉の表情が、ここ最近で一番の嬉しそうな顔をしていたのだから。


(本当は単純なんだよね~。良かったね、茉莉)






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