呪いの劣等能力者

第118話 プロローグ

 アジアの大国に台頭した中華共産人民国。

 その中国の首都である北京から西に10キロほど移動した郊外に軍関係の施設がある。この施設自体は共産党所轄の人民軍のもので、別に珍しくはないのだが、その中身はまったくの別物と言って差し支えなかった。

 ここは中国共産党でも上位の幹部、または軍の上級将官にしか、その中身を知らされていない。他の共産党員や軍人などは施設の配置は知っているが、まさかこの施設が共産党内部においても、超の付く極秘施設とは誰も思わなかった。

 この5階建ての施設は大きな池のほとりに建てられ、都市間を繋げる国道から外れたところに位置している。外観は一般の軍関係の施設とまったく変わりはない。

 しかし、中に入れば他の施設に比べ、異常なほどの厳重なセキュリティーが幾重にも施されていた。また、施設の警備は人民軍の誇る警備の特殊訓練を受けた部隊が24時間担当し、外部からの侵入はほぼ不可能と警備担当の指揮官も自負している。

 この施設は軍内部の組織図でいくと、共産党直轄の第三諜報室とだけ記載されている。

 だが、この施設の中身を知る者だけにはこう呼ばれていた。


 水滸の暗城……と。


 今、その施設へ北京から高級車を走らせた国防部部長の張林(チャンリン)が到着した。

 張林は45歳という若さで、共産党内部の出世街道を駆け上がり、現在は共産党の中央に出仕している。今、中国の政治筋で内外からの注目を集めている男だ。

 この張林はさほど身長は高くないが押し出しが強く、自信に満ち溢れた態度で誰にでも相対し、それでいて上役には極度な低姿勢という、共産党内部にはよくいるタイプの人間である。


 だが、この男には他の人間に比べ、特に秀でた能力があった。

 それは、資金集め、である。

 張林はどこにいても、政府の立ち上げた新政策や新組織の内容を把握し、その要点と穴をすぐに把握する。そして、この情報を持って軍部高官や自分が所属する派閥の上官にだけ、提案するのだ。

 それは簡単に言えばこうだ、「これで莫大な金が儲けられますよ」と。

 もちろん、その内容は黒に近い灰色の儲け話。だが、この張林の提案の恩恵に与った幹部たちは、当然、この男を重用するようになる。

 この一党独裁の大国において、いち早く出世する方法を張林は熟知しており、また、その能力を兼ね備えていたと言えるだろう。

 そして、何よりもこの男は運が良かった。

 それは神がかりと言っていいほどの運を持っていた。

 張林のこういった黒い噂は当然、党内で何度も囁かれた。そうなると、これに対し、調査を入れる真っ当な共産党員や政敵が必ず現れたのだ。

 だが、そのすべてをこの張林は掻い潜ってきている。

 時には万事休す、ということもあった。

 しかし、そんな時にも政敵が絶妙なタイミングで失脚したり、粛清されたりする。そして、中には調査の途上で原因不明の病で倒れたりする者や、自ら調査を中止して、一切の事情を話すことなく政治の世界から去った者もいた。

 こうして、この張林は異例の速さで出世を重ねた。

 張林の持ってくる話に幹部がほくそ笑む度に……。


 張林の車の運転手は、何度も自身の上官である張林が、この施設に訪問しているのを知っている。だが、当然、その理由やこの施設についての質問などしたことはない。

 そういった余計なことが、自分の明日を左右することを知っているのだ。特にこの国の中枢にまで食い込んだ張林の部下をするのであれば。

 だが、それさえしなければ、自分にも十分すぎるくらいの恩恵が来る。

 この張林にはそういう不思議で危うい雰囲気が醸し出されていた。

 張林の車が施設の敷地入口で厳重なチェックを受けて、中に通される。

 そして、施設の建物の前で車を降りると、張林は長年、自分の運転手を務めている部下に控室で待っているようにと伝え、ビジネス鞄を片手に車を降りた。

 その建物入口では、張林を出迎えた軍人が立っている。


「伯爵は?」


「はい、いつものところにお待ちしておられます。まるで、部長が来られるのを知っているようでした」


「ふふ、いつものことだ。そんなことを疑問に思っていては付き合いきれんぞ? この“闇夜之豹”の連中はな」


「……はい」


 張林にそう言われても、まだ慣れていないこの軍人の応答は弱々しいものだった。

 それは仕方のない事でもあるかもしれない。

 “闇夜之豹”とは中国において超極秘部隊であり、その正体は中国政府が集めた能力者と呼ばれる異能を持った人間たちの部隊であるのだから。

 先進各国にもこういった組織があるとの情報がある。その意味で中国にもこのような組織があっても不思議ではない。

 何故ならば、張林も耳にした程度ではあるが、実際に世界能力者機関なるものもあるということだ。そんなどの国にも属さない独立機関があることは、正直、脅威としか言いようがない。

 世界能力者機関の提唱している、能力者が一般社会に貢献する存在であることを世間に広めて、いつかは公機関になる、という理想を聞いた時、張林はこれを鼻で笑った。

 そんな理想主義的な理念が通じるわけがないと即座に断じたのだ。

 能力者は有用だ。いや、有用すぎる。

 そして、危険なのだ。

 それは国家間のパワーバランスを崩しかねないほどに。

 これが、各国の共通認識でもある。

 張林はこの極秘施設内の道を勝手知ったるところ、と言わんがばかりに進み、エレベーターで最上階である5階で降りると、その廊下の奥にある木製の豪奢な扉をノックした。


「どうぞ」


 中から紳士的な声が聞こえ、張林は扉を開ける。付いてきた軍人はそこで敬礼をして、その場で待機した。

 部屋の中は中国とは思えない、欧州の調度品で統一されていた。そして、それらはこの部屋の主の好みなのであろうが、それぞれがアンティークなもので、中に入ると一瞬、中世ヨーロッパの貴族の部屋に舞い込んだような錯覚すら覚える。


「お待ちしておりました。林殿……いや、今は国防部の部長でしたかな?」


 張林の姿を確認し、声をかけてきたのは、欧州貴族のような恰好をした50代に見える白人で白髪交じりに男性だった。

 その表情には影というものがなく、苦労を知らない大貴族の当主といった感じで、にこやかに張林に応対する。

 この人物は、この部屋の主にして異能力者部隊“闇夜之豹”の頭目であるアレッサンドロという男だ。中国政府から極秘裏に接触があり、そして強く請われて5年ほど前から、この中国の異能力部隊を率いることになった。

 出自はイタリアで、長くフランスにいたと言う男だが、それが事実であるのかは未だに謎で、分かっていることはこの男が強力な能力者だということだけだ。


「いつも通り、林でいいですよ、伯爵」


「そうですか、まあ、お座りください、林殿。良いお茶が手に入ったのでね。ロレンツァ」


 アレッサンドロが声を上げると、奥の扉から30代とは思えない美しいブロンドの女性が出てくる。


「林殿が参った。あのお茶を頼めるかな?」


「まあ、いらっしゃい、林さん。あら、失礼、今はお偉いさんですものね」


「はは、いつも通りでいいですよ、ロレンツァ夫人。それに夫人自ら入れられるので? 使用人たちにお任せすれば?」


「そう、じゃあいつも通りに。うーん、やっぱり、紅茶だけは任せられないよね。林さんの口に合えばいいのだけど」


「とんでもない。夫人が入れたお茶は極上なのは知っています。恐縮ですが、ご相伴、預かります」


「ふふ、お上手ね」


 そう言うとロレンツァは笑顔でまた奥に入って行った。

 実は張林はこの夫妻と以前から面識があった。

 それはまだ張林が共産党員の下役人でもあった15年前に、共産党員地方幹部の随行という仕事が舞い込み、パリへ出張したことがあったのだ。

 そこで、仕事から解放された張林は一人、歓楽街へ向かうところで偶然、この二人に出会った。本来、警戒心の強い張林だったが、不思議とこの二人には最初から気を許し、意気投合した。

 そこで、二人に張林は古い感じのするパブに連れて行かれ、何故か、自分の貧しかった出自や今、感じている仕事への強い不満、そして、いつかどんな手を使っても上に昇りつめてやるという、誰にも言ったことのない心の内をぶちまけた。

 今、思えば迂闊なことをしたと張林も思う。

 だが、これが張林の人生を大きく変えた。

 この張林の話を聞き終えたこの夫妻の言葉によって。


「……その願いを叶えてあげましょう」


 それから15年、張林は何かあれば必ずこの二人に相談した。アレッサンドロは自身を伯爵であると言い、張林はそれから伯爵と呼ぶようになった。

 そして、現在、張林は異例の早さで今の地位についたのだ。

 その後に張林は知った。

 この二人は普通の人ではないと。

 出会いから15年経ち、自分は歳に応じてその姿はその歳に相応しい容姿になっていったが、この二人は出会った時と変わりがない。

 まるで、この二人の周りだけ時が止まったように、あの時のまま。

 だが、今、張林はそれを不思議とは思わない。何度もこの二人から奇跡を見せられてきたのだから。

 そして、この夫妻が告げてきたこともすぐに受け入れられた。

 自分たちは錬金術師にして、呪術師。

 つまり、能力者であると。


「それで林殿、今日はどのような要件ですかな? 私に相談があるのでしょう?」


 これは張林が来ると、アレッサンドロが必ず言う言葉だ。


「はい、実は伯爵には日本のある人物の行動を止めて頂きたいのです」


「ほほう、その人物とは?」


 張林は鞄から資料と写真を出して、アレッサンドロに渡した。


「日本の実業家で法月貞治(ほうづきていじ)と言います。現在、この男を中心に日本の資本家が集まり、東シナ海と日本海を中心に海底資源の開発に乗り出しました。これはわが国では受け入れがたいと考えているのです」


「ふむ……ですが、これは日本の領海の中でのものでしょう。中国政府になんの問題もないのでは?」


「いえ、我が国は以前から、この海底資源に目をつけていました。また、東シナ海は古来から我が国の領海と理解しております。これを隣国の日本が海底資源を採掘、実用化となるというのはわが国として看過できないものです。これは将来のパワーバランスすら変えかねないものです」


 実際、中国は党を挙げて、この海底資源を自国のものとしようとする野心があり、それを損ねる行動を日本がした場合は常に大きな声で、あらゆる理由をつけて非難し、国家間の政治問題に仕立ててきたのだ。

 それが功を奏し、日本側の配慮を引き出すことに成功していたが、今回は日本の民間から動きが活発になった。また、この法月なる実業家は非常にやり手で辛抱強く、ついには日本政府に開発の許可を今年中には取り付けられそうな勢いだった。

 これが実現してしまうと資源を求めて外交を重ねてきた中国にとって、大きな痛手であり、しかも今、問題化させようとしている東シナ海をめぐる領有権争いにも、イニシアチブをとられてしまう可能性がある。

 だが、張林が動いているのはそのような理由だけではない。実は張林は東シナ海ですでに中国が開発を進めている国家事業に関わっているのだ。ここから上がる油によって莫大な収益を得ており、これを軍幹部にも横流ししている。

 いわば、それらしい理由をつけてはいるが、自身の欲望と野心による行動でもある。

 今後、東シナ海を中心に力づくでも領有権を主張し、資源開発するということが成れば、張林の受ける恩恵は計り知れない。このために軍部にも近づいたという側面もある。


「ふむ……それは、それは。で、わたしはどうすれば?」


 これも、いつも決まった張林とアレッサンドロの受け応え。

 この後に話すことが、本筋。そして、ここからは建前すらなくなるのが、この二人のお約束であった。


「はい、この法月という男に脅しをかけます。中々、骨のある男のようなので、その家族や友人、もちろん、この男の賛同者である資本家及びその家族にも。まずは殺す必要はありません。さすがに名の通った者たちですので、派手に動くとこちらに目が向けられる可能性がありますので」


「ほほう、なるほど」


 この張林の不穏当な内容にも関わらず、アレッサンドロは笑顔で応じる。


「そちらの資料もこちらに」


 その資料には、法月貞二の略歴や家族の情報が詳細に記載されており、その事業の賛同者についても同様だった。

 アレッサンドロは資料に目を通し、ある文面に目を止めた。

 それはこの法月の娘の通う学校名……。

 そこには、法月秋子15歳、聖清女学院在校、現在、校内において生徒会の書記を務めているとの記載されていた。

 他のこの事業に賛同する多数の資本家にも、この学校に大事な娘を通わせていることが見受けられた。


「ククク、本当にあなたは……私たちに、なくてはならない御仁だ」


「は?」


「いや、よく分かりました。他でもない林殿の頼みです。何とかしてみましょう」


「ありがとうございます」


 一瞬だけ、アレッサンドロから陰のある表情を見たような気がした張林だったが、今、見せている、いつものアレッサンドロの柔和な表情に気のせいかと考える。

 そこにトレイに3つのティーカップとポットを乗せたロレンツァが入って来た。


「あら、楽しそうね、二人とも。何を話していたのかしら?」


「あ、はい、夫人、ちょっと仕事の話を」


「そう、でも、もうまとまったみたいね。じゃあ、お茶を楽しみましょう」


「はい」


 その後、3人は他愛のない歓談をし、そろそろ張林が退出しようかと考えると、アレッサンドロが張林に声をかけた。


「林殿、今回の仕事で少々、私からお願いがあるのだが良いかな?」


「はい? それは何でしょう? 伯爵」


 こんなことをアレッサンドロが言ってくるのは珍しい。


「実は、ある人物が欲しいのです」


 張林は眉を顰めた。


「今の“闇夜之豹”の陣容に御不満がありますか?」


「いえいえ、そうではないのです。実は長年、私たちは、ある実験の適任者を探していまして、それがつい最近、見つかったのです」


「実験とは……?」


「まあ、私もこの国の禄を食む人間です。それで以前からこの国に有益なまじないを施そうと考えていました。そのための呪術的な実験なのですが、そのためにはどうしてもそれに見合う立会人が必要なのです」


「はあ……」


 張林はそう言ったオカルトの類のことには疎いので、生返事を返す。


「ですが、これが成功すれば、この国にも、あなたにも相当な利益があると思います。いや、本当のところを申しましょう、特に林殿に、です。この生活も林殿があってのものですからな」


 張林の目つきが変わるのを見て、アレッサンドロは目を細める。


「それで、単刀直入に言いますと、その適任者を攫ってでも連れて来たかったのですが、それが出来ませんでした。その人物は親兄弟のいない天涯孤独の少女でしたので証拠も残さず誘拐しても良かったのですが、今はちょっと厄介な家に身を寄せていましたのと、有名な女学校に在籍していたこともあり、簡単ではなくなっていました」


「ふむ、なるほど」


 張林は呪術のことは理解ができないが、それ以外の言っていることは理解できた。張林にとって人が攫われることなど、大したことではない。別に証拠さえ残さなければ殺しても問題ない。張林は自分に不利益さえなければ、関心を抱くことのない、そういう男だった。それで、この国でのし上がってきたとも言える。


「ですが、少々、今の立場的にも、勝手に動けないと思っておりましてな。というのも、この少女は能力者です。しかも今年になり機関にも所属しました。中々、若くして優秀な少女で部隊の力を借りないことには、難しいと考えていました」


「な、なんと! それは相当、上手くやらないと機関と敵対しかねない」


「なに、迷惑はかけないつもりではあるのですが、この国の虎の子の暗夜之豹を動かすのに、個人的な理由では、と思っていたのですよ。現状ですと部隊にも動いてもらわないと、誘拐も難しい」


「確かに、それだけで能力者部隊を動かすには……。何か理由付けがあれば、私も力になれるのですが」


 張林の頭の中は、アレッサンドロの言う自分への利益という言葉で満たされており、何とかアレッサンドロの力になりたいと考えていた。何故なら、今までもこの夫妻の言う通りにしていて損をしたことなど一度もないのだ。


「それが、その少女の通う高校が、今回、法月なる人物の娘の通う高校と同じだったのです」


「おお! それは素晴らしい偶然ですね。それならば、私の方で何とかこじつけられる可能性があります。今回の案件は巨額の利権が関わっていますので、上層部も目を瞑るでしょう」


「よろしくお願いできますかな? もちろん、これは我々のために、です」


「もちろんです! それで……その利益とは如何ほどのものになるでしょう?」


「ふふふ、林殿も気が早い、ですが、あなたの国家主席の地位はお約束できる、ぐらいです。林殿に受けた恩を考えれば、ささやかなものですかな?」


「な! と、とんでもない! 後は私にお任せください。伯爵には自由な裁量をお約束します!」


「おお、心強い!」


「ふふふ、なんだか二人とも楽しそうね」


「では、私も忙しくなりますので、ここでお暇します。伯爵、よろしくお願いします!」 


 張林は立ち上がると、急ぐように出立しようとするが、気付いたようにアレッサンドロに尋ねた。


「あ、伯爵。で、その実験に必要という少女の名は?」




「はい、マリオン・ミア・シュリアン……と言います」




 張林は質問しておきながら、頷くだけでその名に大して関心を示さず、急ぎ早に部屋を後にした。






 張林が出ていった部屋の中では、アレッサンドロとロレンツァがお茶を楽しんでいる。


「ふふ、あなた、良かったわね。さっきから楽しそうよ?」


「あの男に目を付けた、私たちの慧眼には驚くばかりだな」


「まあ、自画自賛?」


「ああ、これで裏オルレアンの血に連なる者を捧げれば、門は開く。スルトの剣の連中は自己愛と自尊心が強すぎた。もっと、周りを利用し、溶け込むことをして周到に下地を作ることを怠ったのだ」


「でも、あなた。実力は折り紙付きのスルトの剣は何者にやられたのでしょう?」


「それは、まだ分からんようだ。機関も各国も必死に調査しているとのことだがな。まあ、ガルムなどという身の丈に合わない超魔獣を操ろうとしたのが、奴らの失敗よ……。それでは、おのれの力を際限なく奪われるだけだ。それでは妖魔から得た不死に近い長命の身体も持つまい」


「あの時、ギリギリまで動かなかったのは正解でしたわね。スルトの剣からは矢のような催促でしたものね」


「まあ、そちらもそのうちに何らかの答えが出よう。だが、ミレマーでのスルトの剣のおかげで、機関から派遣されたこの裏オルレアンの血筋の少女にたどり着いたとも言える。まあ、あの連中のやったことも無駄ではなかったな」


「ふふふ、まあ、冷たい。でも、誘拐するって簡単に言いますけど、難しいのではなくて? うちの部隊を使ったとしても、この娘は若いとはいえ、ランクAの実力者ですよ?」


「心配するな、ロレンツァ、それには私も考えがある」


「あら、何かしら?」


「ククク、燕止水(ヤン・シーシュイ)を使う」


「まあ! 生きておりましたの? あの『死鳥』が?」


「ああ、片田舎に身を隠していた。あの血塗られた道士は、何の心の変化か、身寄りのない小さな子供たちを集めて細々と暮らしておったわ」


「ふふふ、まあ、おかしい。あの『死鳥』が心を持ったと言うのかしら? それとも今更、罪滅ぼし? 本当におかしい。でも、この依頼は引き受けてくださるかしら」


「そうではない、ロレンツァ。引き受けざるを得ないのだよ。奴は……随分と子供たちが大事そうだったのでね、ククク……」


「まあ、怖いお方。林さんの依頼の方はどうなさるの?」


「それはお前に任せる」


「あら、私に丸投げかしら」


「まあ、そう言うな。お前の呪いなら、事もないことだろう?」


「ふふ、まあ、心外な言いよう。呪うも呪われるも、この世界の日常。別に難しいことでもありせん……。すべての人が呪い呪われて生きているのを、私はちょっといじるだけのこと」


「そうだったな、ククク……」


 そう言うと、夫妻は目を垂らし、張林も見たことのない邪悪な表情で笑い合った。



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