第102話 偽善と酔狂の劣等能力者⑦

ミレマーの古都ピンチン


「テマレン将軍! 化け物どもが動き出しました!」


 この未曾有の非常事態に古都ピンチンの緊急に設置された司令部に若い兵の悲鳴ともとれる報告がなされた。

 このピンチンは妖魔たちに襲撃されそうな都市の中で最も早く司令部を置き、市民の避難と化け物迎撃の準備が指示された都市であった。


「来たか……すぐに迎撃! 砲兵部隊に命令を! 演習通りにやればいい! 市民の避難はどうなっているか?」


「ハッ! 市民を街中央にある建物にそれぞれ避難はさせていますが、未だ済んではいません。あのような化け物を前に市民の混乱も頂点に達しており、市民の誘導にも多くの兵を割(さ)けない状況もあり……」


 テマレン少将はミレマー軍事政権において、経験豊かな実践経験もある老将である。この理解不能な事態にも兵たちが必要以上に混乱をきたしていないは、このテマレンの兵の掌握が行き渡っている証拠とも言えた。


「仕方あるまい。私もあのような化け物を見るのは初めてだからな……」


「将軍……この状況は、我々は一体どうすれば……。ネーピーの総司令部は既に逃げ出したという情報も入って来ています」


 兵のこの発言に狼狽と弱気を見てとったテマレンは一喝した。


「狼狽えるな! 貴様は何のために軍人となったのだ! 栄達か! それとも、たた、惰眠を貪り、ただ飯を食うためか!」


 テマレンの叱咤に司令部にいる兵たちは背筋を伸ばす。


「いつも、お前たちには言っているはずだ! 悩んだときは、原点に帰れ! 軍人の本分を思い出せ! いいか、あの化け物どもがこのピンチンに迫っている。どのような連中かは分らんが、喜んで招いて良い連中には見えん! そして私たちはこの街を守る軍人だ。この状況で我々のすることは何だ!」


「ハッ! 市民の安全を最優先させ、この街を外敵から守ることです!」


「そうだ! やるぞ! 私も前線に行き、兵を鼓舞する! もはやネーピーの総司令部はものの役には立たん! お前たちは近隣の町に駐留している兵たちにも連絡して応援を要請しろ!」


「了解いたしました! 私たちもお供します! しかし、将軍、最も近い町のトルテに駐留しているのはマットウ派の部隊です。こちらの呼びかけに応じるでしょうか?」


「このミレマーは、我々の祖国だ! マットウ派も軍事政権もない! このような状況下で馬鹿なことを言っているならば放っておけ! そのような者たちに未来などないわ!」


 テマレンは立ち上がると司令部の外へ堂々とした態度で仮設司令部を出る。テマレンの部下たちもそれに続き、この老将軍の背中を畏敬の念を込めた目で見つめていた。

 テマレンは数百年前に築かれた古都ピンチンの城壁の近くに設置した司令部から、城壁の外に展開した砲兵部隊とその先から迫る黒く蠢くような化け物たちを望んだ。


「そこの御仁。あなたがこの街の司令官ですか?」


 その司令部を出たところで突然、テマレンは見たこともない異国風の美丈夫に声をかけられ目を見張った。

 テマレンの部下たちはこのよそ者の出現に驚き、テマレンを守るように前に出て拳銃を構える。


「貴様! 何者だ! どこから入ってきた! それは……貴様、その槍を捨てろ!」


「いや、すまない。驚かせるつもりはなった」


 傲光は顔色を変えず頭を下げる。

 テマレンはこの場違いともいえる、目の覚めるような美青年に顔を向けた。


「お前は何しに来た? 見たところミレマー人でもなさそうだが……」


「私はマットウ将軍の友軍である祐人様に使える者。その主の命令でこのピンチンを守るあなたたちに加勢に来た」


「は?」


 テマレンをはじめとした、兵たちは傲光の言葉に呆けてしまう。


「マットウだと? その友軍の……ヒロトというのは聞き及んだことはないが、加勢に来たというのは……それは本当か?」


「そうです。私はあの妖魔どもを撃滅し、市民を守るように命令を受けました」


「将軍! こいつは怪しいです! 貴様! その槍を捨て、地面に伏せろ! 言うことを聞かなければ撃つ……」


「待て! 貴様はマットウの命令で来たと言ったな。それで貴様の兵はどこにいる?」


「加勢に来たのは私だけです」


「何だと? お前一人だというのか? 阿呆が! 気でも狂っているのか? それともマットウの話が本当なら、我々を馬鹿にしているのか! マットウの小僧は!」


「司令官殿、このように話をしている時間はないはずです。信じられないと言うならば、それでもいい。ただ主の命により伝えておきます。これから私があの妖魔に突っ込みます。あなたたちは私の撃ちこぼした妖魔をお願いしたい。そして、街と市民の防衛を頼みます」


「は? おい、貴様は何を言っている!?」


 傲光は体を翻し、妖魔の大群が迫ってくる方向に向き、テマレンたちに背を向けた。

 そして、傲光は光り輝く槍を構えて、妖魔の大群を睨む。


「我が名は傲光! 堂杜祐人様ただ一人を主人として仰ぎ、その主の威光と慈悲をこの地に広げるためだけに刃を剥く者! 妖魔ども、我が主の怒りを受けるがいい!」


 傲光は目を吊り上げ、ニヤリと笑う。


「傲光、推して参る!」


 言うや、傲光はテマレンの前で信じられない跳躍を見せ、テマレンの砲兵部隊を軽々と飛び越し、妖魔の大群に向かい疾走する。


「ああ! おい! な、何と言う……何者なんだ! あいつは……将軍」


「ふむ……分からん」


「あれは……あれか? 日本人か? サムライってやつではないのか? だいぶ、頭は吹っ飛んでいるが……本当に一人で突っ込む気なのか?」


「サムライか……そういえば、マットウのところには、マットウの護衛のために数人の日本人が来ていると聞いたな……」


 傲光の盛り上がりに置いていかれている感のあるテマレンたちは、その場に取り残されたように、既に極小になった傲光の姿を見つめる。テマレンの砲兵部隊の兵たちも、突然、後方から自分たちを飛び越し、疾風のごとく前方の化け物どもに突っ込んでいった人影を見て騒然としていた。

 テマレンは我を取り戻すと、視界に広がる遠方の敵妖魔の数を改めて見て、表情を引き締め、眉間に力が入る。

 そして、まだ遠方ではあるが、その化け物どもが放つ異様な気配は、実戦経験の豊かなテマレンですら、肝を冷やすものだった。

 テマレンは素早く指示をだす。


「おい! 砲撃準備! 一斉に打ち込むぞ! 敵をピンチンに近づけさせるな! 徹底的な砲撃で、できるだけ化け物どもの戦力を削り取れ!」


「ハッ! 既に砲撃準備は出来ています、将軍!」


「うむ! では……」


 テマレンはその目を凝らして妖魔の大群の方向を見ると、双眼鏡で確認する。

 その双眼鏡から先ほどまで、ここにいた傲光の背中が見えた。それは人の足で移動できるスピードではない。テマレンはその超人的な姿にも困惑したが、それよりも本当に一人であの化け物どもに突っ込もうとしている、青年に目を奪われてしまう。

 正直、邪魔で仕方がない。ましてや、手を抜くことなど出来る余裕も、考えもない切迫した状況だ。

 だが、あのサムライのような青年はどのような理由があれ、たとえ頭がおかしくとも、このピンチンの防衛のためにあの化け物に突撃しているのだ。

 たった、一人で。


「おい、砲撃は中央を避けて、左右に伸びた敵の両翼に集中させろ」


「は? はい!」


「あの馬鹿サムライの背後から撃ち込むのは、さすがに目覚めが悪い! 援護して、あの馬鹿が帰ってくる時間を稼いでやれ。マットウのところにきた日本人の仲間かもしれんしな」


「ははは! 確かにそうですね、分かりました! 全軍、砲撃用意! 狙いは敵の両翼だ。中央は撃つなよ! 先ほど俺たちを飛び越えて行ったのは我々に加勢しに来た馬鹿サムライだ! あいつは多分、阿呆だが、我々のために敵に突っ込む気らしい! 生き残るかはあいつの運次第だが、我々の砲撃に巻き込むのは忍びない!」


 この命令に、覚悟を決めていた兵たちから思わぬ反応が起こる。


「サムライ? ミレマー人でもない? さっきの奴か?」

「さっきの飛び越えて行った変な奴か? 日本人だったのか!?」

「スゲー速さだったが、バイクでもなかったよな。日本人はすごいな!」

「俺たちのために? はは! 馬鹿だな! 馬鹿すぎる! 俺なんか、ここにいるだけでちびりそうなのにな!」

「たった一人で? あの気持ち悪い化け物に!? ははは! オーケーだ! そういう馬鹿は嫌いじゃない!」


 先ほどまで静まりかえっていた、テマレンの兵たちに活気が生まれた。生きて帰って来れるのかさえ分からない状況……ましてや、相手は本当に現実なのか、とも思える化け物どもだ。その気味の悪い敵の強ささえ分からないのだ。

 テマレンは兵たちの反応に苦笑いをする。

 そして、砲撃の合図を送るために、テマレンは右手を上げた。

 テマレンは双眼鏡で敵との距離を確認しながら、タイミングを計る。

 このような状況だが、テマレンは傲光を無意識に追った。

 テマレンは傲光を見つけ、その傲光が槍を右手と背中で挟むように大きく振りかぶったのが分かる。


「撃てーーーー!!」


 テマレンの号令一下、一斉に砲撃が始まった。

 そして、砲弾は計算された放物線を描き、妖魔の大群の両翼に向かう。

 テマレンは双眼鏡で着弾を確認しなければならないが、どうしても傲光にその双眼鏡を向けてしまう。

 その砲撃の着弾と同時に傲光が地平線を覆い尽さんがばかりの敵妖魔の大群の中央に接触する。

 そのテマレンの部隊から放たれた砲撃の着弾の瞬間……テマレンは信じられない光景を見せつけられる。

 今、敵妖魔たちの両翼がこちらの砲撃で数十体吹き飛んだのが見えた。

 だが、傲光が突っ込んだ敵の中央は……その砲撃の数倍の数の妖魔が細切れになり、さらには、その砲撃の爆風よりも高く上空に吹き飛んだのだ。

 テマレンの兵たちはこの光景に目を広げ、口も力なく開いてしまう。

 テマレンも同様だ。

 もはや、テマレンの戦場での常識が目の前で、進行形で壊されていく。

 傲光は中央に突っ込んだ後、敵の陣容の厚いと思われる右翼に向かい移動し、その槍の一振りで妖魔数十体を吹き飛ばしながら、まさに国士無双の働きを見せている。


「あ、あれはサムライが……?」

「か、勝てる! これなら! あのサムライがいれば!」

「うおおお! すげーよ! これなら俺の家族も守れる!」


 テマレンは兵たちの歓声で我に返った。もはや、信じられない光景だが、これは夢ではない。

 テマレンは頭を切り替えた。いや、切り替えることができたのも、既に妖魔という化け物を視認、そして確認していたことから、この非常識も受け入れることが出来たといえる。


「砲兵に連絡! サムライが移動した反対側の左翼に砲撃を集中させろ! サムライを援護しろ! 砲撃は常にサムライのいる場所を避けて、サムライの邪魔をしないところに自由に砲撃して構わん!」


「は、はい!」


「それと、ミンラに連絡! マットウ准将に全軍の総指揮を委譲すると伝えろ! 俺たちピンチンの全軍は、ネーピーから逃げたカリグダの野郎どもを捨て、最高の援軍を送ってくれたマットウ准将につく!」


「は?」


「不服か?」


「とんでもありません! すぐにミンラに連絡します!」


「うむ、頼む! あとはサムライをトレースしろ! サムライも疲れるかもしれん、その時は我々の出番だ! あのサムライは我々の生命線と考えろ!」


「はい!」


 テマレンの号令にピンチンの兵たちが、連動し動きだした。




ミレマー第三位の都市タルケッタ


「ウガロンは敵に体当たりするだけでいいですぜ! 後はあっしがやりやす!」


「ウガ!」


 ウガロンは敵妖魔のひしめき合う地点を狙い……ただ、走り回る。

 その辺にいる雑種犬が化け物の間をじゃれて遊んでいるようにしか見えないシュールな光景だが、ウガロンの通り過ぎたところにいた妖魔たちは、まるでゲームで倒されたモンスターのように塵になり霧散した。


「ウガロン、いい働きっす! よーし! 行きまっせ! 伸びやがれ! 水遁! 水獄!」


 玄がその丸太のような腕で地面を叩く。すると、地面から数十の水柱がタルケッタの西側に等間隔で吹き上がる。


「そうら! 行け!」


 その水柱はまるで、巨大な水の鉄格子ように上空に伸び、前方に移動を開始する。その水柱は左右にある水柱に格子状に連結し、上空のガーゴイルを含め、地上にいる妖魔数百体を囲うように、徐々にその大きさを縮小させた。

 水の巨大な監獄に囲われた妖魔たちは、離脱を試みようとその水に触れると、触れたところが拉げ、骨ごと粉砕された。

 この巨大な超水圧の檻がタルケッタの西側にいくつも築かれ、さらにその檻が縮小すると妖魔たちを巻き込みつつ地面に消えていく。


「た、隊長! あれは! 我々はどうすれば!」


「分からん! ミンラのマットウ将軍に連絡! 応援を感謝し、マットウ将軍に帰順すると伝えろ! 後のことは分からん! 取りあえず、あの犬とオッサンの機嫌だけは損ねるな! 他のことは俺にも分からん! 質問はするな!」


「は、はい!」




 工業都市ソーロー


「行きますー」


 純白の翼を広げ、その柔和な顔からは想像もできない巨大なデスサイスを振りかぶったサリーは、空を覆わんばかりのガーゴイルに相対している。

 ガーゴイルの凶悪な爪が生えた翼の羽音が、地上にいる兵たちの恐怖心を逆撫でした。

 だが、そこに現れたサリーは、その神々しい姿だけでソーローの市民や兵たちの心をその恐怖心から解放していく。


「えい!」


 サリーが間の抜けた声でデスサイスをまだまだ距離のあるガーゴイルたちに向かい、横に薙いだ。

 すると、ソーローに上空から襲わんと街の境界線まで迫っていたガーゴイルの大群は、蚊が殺虫剤を直射されたようにポトポトと浮力を失い落ちていく。


「ふー、祐人さんのご褒美がかかってるんですー。ここは通しませんし、皆さんも守りますよー」


 サリーはそう言うと、眼下に自分を注目しているソーローの市民と兵たちに手を振ってニッコリと笑った。


「ああ、女神様だ! ソーローに女神様が!」

「綺麗……お母さん! あそこに天使様がいるよ!」

「奇跡を見た……あの笑顔……奇跡です」

「いいか! 女神に敵を近づけるな! あれはソーローの守り神だ!」

「おお!」


 サリーに向かい、ソーローの市民たちも必死に手を振る。


「ああ、私は死神なんですけどー、すごい喜んでくれて嬉しいですー」




 ミレマー港湾都市パサウン


「敵が……化け物が焼き尽くされていきます!」


「何なんだ! あの少女は!」


 海岸沿いに展開したパサウンの防衛部隊は呆然としている。


「……」


 スーザンは深紅の翼を左右に数十メートルまで広げ、その熱が百メートル以上離れている部隊にも伝わってくる。

 スーザンは敵の妖魔の間を上空、地上構わずバレルロールを繰り返しながら、突入と離脱を繰り返していた。

 呆然とただ、この少女を目で追いかけるばかりの兵たち。


「将軍! これを!」


「何だ? これは」


「あの少女からのメモのようです!」


「何だと!」


 パサウン防衛の司令官はそのメモを広げる。


『マットウさんからの命令という形で、妖魔を倒すよ。あと、妖魔を倒したら、祐人にすごい活躍でしたと伝えるようにお願いするよ』


「マットウ准将!? あとは……何だ……ヒロト?」


 パサウン司令官は、上空の深紅の翼を広げたスーザンを見上げて、その現実感のないドッグファイトのような戦いに思わず見惚れてしまった。


「う、美しい……ハッ! こうしてはいられん! ミンラに連絡! マットウ将軍に繋げ!」




 ミレマー第2位の都市 ヤングラ


「ぜぇぇたい! 祐人に褒めてもらうんだ! あ、そこ! 後ろも隠れてる!」


 白が数十メートル飛び跳ねながらヤングラの北側の山から次々に沸きだすように出てくる妖魔に、両手をかざす。

 そして白のその小さな手のひらからつむじ風が次々に放たれて、妖魔たちとその裏側にある山の木々の間に吸い込まれていった。

 その広範囲に、かつでたらめに放たれたように見えた、つむじ風の方向から信じられない数の……千体近い妖魔が上空にピンポン玉がバウンドしたように吹き飛ぶ。


「もう! 多すぎるよ! ごめんね、ちょっと痛いかもよ!」


 白は両手の指を広げ、打ち上げられた妖魔の大群に向かい爪で大気を切り裂くように何度も両腕を振りぬいた。


「あ! こっちも来てる! もう! 後ろから抜けていくのはダメー!」


 振り返った白の後ろにはバラバラにされた妖魔たちが上空から山林に消えていった。




 首都ネーピー


「隊長! ミンラのマットウ将軍に指揮権の譲渡を伝えました。現在、マットウ将軍の命令待ちです」


「そうか、分かった」


「しかし、これでよろしかったのでしょうか……?」


「あん? 当たり前だ! このミレマーの危機にカリグダの野郎は俺たちにも内緒で自分たちだけで逃げ出したんだ! あんな野郎のために働くやつなんざいるか!」


「はい……そうですね! では、これからのミレマーはマットウ将軍に?」


「そうだ、ミレマーは変わるだろうな。マットウ将軍がこのミレマーをどのようにしていくか、我々も見ていくようにしよう。それが、これからの俺たちの仕事だ」


「はい……」


「それと……俺はちょっと用事が出来た」


「は?」


「ミレマーは変わるだろう? だから、俺も変わろうと思う。ちょっと求婚してくるわ」


「え!? 隊長! 何を言って……というか、どこの誰にです! こんな時に!」


「あれだ」


 カリグダたちの上層部がいない中で、混乱するネーピーを支えた若き司令官はネーピーの正門から数百メートル離れたところを指さした。

 報告に来た兵は、目を凝らすがよく見えず、双眼鏡で隊長の言う方向を覗いた。

 そこには何とも艶めかしい恰好をした着物姿の女性がいる。


「おお! あれは! ネーピーの救世主! また……こう見ると……色っぽい」


「そうだろ! 俺も独身主義を返上だ! ダメ元でちょっと行ってくる。しかも、あの格好は日本人だろう。芸者ってやつかもしれん! あんなに強くて絶世の美女なんて一生、出会うことはないぞ!」


「いや……隊長。あれはもう強いとかというレベルを超えてると思いますが……」


「うるさい! 俺は行くぞ!」


「はあ……まあ、好きにしてください。あ、振られた後、早く戻ってきてくださいね、今後のことも含め会議をしますから」


「ぬかせ! 振られるって決めんな! お前らはお祝いの品でも探してろ!」


 そう言うと、若き隊長は髪を整えて部下を置いて走り出した。

 その上司の残念な後ろ姿を、兵は見守っている。


「あ~あ、隊長は優秀だけど、女のことを知らなすぎるわ。まあ、今まで独身主義とか言って、女性と関わらなかった弊害かねえ。あの彼女の表情を見て何も感じないとはね。あれは……あの顔は恋した女性が好きな男に何をしてもらうかを考えて、ウキウキしている姿だよ、まったく……。まあ、今からお祝い品じゃなくてヤケ酒を用意しときますか、将来の軍幹部のために……」


 兵は肩をすくめて、会議の準備に踵を返した。




「あーあ、疲れた~。帰ったら……プププ、ご褒美はもう決めてるんだ~」


 嬌子は、それは嬉しそうに、ネーピーの郊外にある大岩の上で座っていた。ゆったりとした着物からはその白磁のような肢体が見え隠れしている。


「絶対にマッサージをしてもらう! 全身マッサージ! その時の恰好は……もう決めてるから! くくく、ああ、早く帰りたいなぁ。あ、サリーには内緒にしとこ! あの子、私の雑誌を盗み見しているの知ってるんだから」


 両手で頬杖つき、にやけた顔を赤らめている嬌子の前面には、敵の妖魔の残骸が地の果てまでとも思えるほど敷き詰められていた。



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