第103話 偽善と酔狂の劣等能力者⑧
「おいおいおい、これはどういうこった! ええ? 亮!」
「これは……ちょっと、ごめん。僕にも分からないよ、俊豪」
機関のSSランク【天衣無縫】の王俊豪は、ミレマー第2位の都市ヤングラの中でも高層ビルになるホテルの屋上から、この現状を不機嫌そうに見つめている。
数刻前に王俊豪は、ヤングラの郊外からこれ見よがしの妖魔の大群がヤングラに向かっているのを確認した。
俊豪は面倒くさそうに、またつまらないものを見るように一瞥し、とりあえず亮にヤングラへ向かうように指示をし、大きな声で「あ~あ」と言い、布に巻かれた偃月刀を手繰り寄せたのだった。
しかし、ヤングラに到着すれば妖魔たちが一掃され始めている。
その妖魔の大群をヤングラの街の直前で一掃している少女を、ビルの上から眉間に皺を寄せて睨み、舌打ちをした。
「あれは、人間じゃねーな? 相当に霊格の高い奴だ。召喚士か? それとも契約者か?亮!」
「ちょっと待って、今、調べてるから」
俊豪の付き人の王亮はタブレットPCをのぞき込みながら、手際良く王亮が自身でまとめ上げた能力者のデータを確認する。
「ダメだ、俊豪。今回、ミレマーにいる能力者であんな霊格の高い人外との契約者の情報はないや。召喚士の情報もないよ。日本支部からの3人はいずれも新人で四天寺家の精霊使いを筆頭に、同じランクAのエクソシスト、マリオン・ミア・シュリアン、もう一人はランクDの……」
「もういい! ふざけやがって。だが、亮、人外との契約は別に誰だってできるぞ? 実力さえあればな。日本支部の新人どもの誰かが契約しているか……」
「俊豪、それはそうだけど、契約にはそれ相応の準備が必要だよ。ましてや霊格の高い人外はプライドも異常に高いし、顕現してもらうだけでも大変なんだから。それが可能な知識と力のある家系は世界でも10もないはず……」
「んなことは分かってる! ただ、例外はあるだろう? 亮……」
「……確かにあるね。僕のように。でも……」
俊豪は亮に手で制止する。
「んじゃあ、これもあんたの差し金か? ええ? バルトロさんよ!」
俊豪がビル屋上の出入り口の方に顔を向けた。
それにつられ、亮も振り向く。
「フッ、気付いておったか」
俊豪と亮の視線を受けながら、バルトロは扉を静かに開け、俊豪たちに向かい歩んできた。そのバルトロの後ろには二人の男がバルトに従うようについて来る。
そのバルトロの背後にいるブラウンの髪をした二人は黒づくめの密着度の高い、明らかに動きやすさを重視した軍服のような出で立ちをしていた。
「来てるなら、すぐに顔を出せってんだ! それで、これもあんたのところの仕業か。随分と、舐めたまねしてくれてんじゃねーか。そんなに、金欠なのか? 機関は」
「 随分と荒れてるな、天衣無縫。だが、おまえは誤解している」
「あん?」
「あれは、我らもあずかり知らん。いや、さらに言えば我々も、お前と同じように少々、混乱している」
「なんだと?」
「我々も今の状況が分かっていない。分かっているのは、ミレマーの主要7都市を襲う妖魔大群が発生したこと。そして、ミンラを除くその6都市で、あそこにいるような擬人化した強力な人外が襲ってくる妖魔を迎撃し、さらにはそれを駆逐しつつあるということだけだ」
「な!」
思わず亮は声を上げてしまう。
今、バルトロがあそこにいる、と言ったヤングラの外で今も妖魔の大群に対し、圧倒的な力で迎え撃っている人外が他に5都市にもいるということに驚愕したのだ。
俊豪はバルトロの言葉に目を細め、改めて妖魔を半分以上壊滅に追い込んでいる白の方を見た。
「それで? あんたらはこれをどう見てんだ? あれは味方か? それとスルトの剣の首領ロキアルムはどうした? 何か情報を得たから、わざわざ俺に会いに来たんだろう? でなきゃ、俺を出し抜こうとしていたあんたらがここに来るわけねーもんな」
「フフ、そうだな。ここに来たのは、この状況を見て天衣無縫がするだろう誤解を解くためと、依頼者として情報の共有をして、誠意を見せに来たというところだ。我々は天衣無縫の機嫌を損ねるのは本意ではない。まあ、高すぎる報酬に四苦八苦していたのは認めるがな」
バルトロは老練な隙の無い笑みを俊豪に見せると、俊豪は舌打ちをする。
その俊豪の表情に意も介さないように、バルトロは話し始めた。
「で、この状況だが、我々の方で調べた内容を伝えて置く。まず、この状況だがミレマーの主要7都市にそれぞれ7千近い妖魔の大群が一斉に時を同じくして襲い掛かった」
俊豪は冷えた表情でバルトの話を聞くが、亮は目を見開き顔を強張らせる。亮の知識の中に、これだけの妖魔を一斉に召喚できる召喚士も、またその前例も知らない。
「今回の依頼のミッションでもある護衛対象のマットウ准将は現在、ミンラで日本支部が派遣した新人能力者と協力し、これをしのいでいる。中々、優秀な新人たちのようだな。それで……他のこのヤングラを含む6都市だが、どこもこのような状況だ」
バルトロはそう言いながら、妖魔の大群の方を左腕を上げてさし示す。
「ここが、一番、聞きたいところでもあると思うが、あの各主要都市を防衛している人外達の行動理由、それぞれの召喚士もしくは契約者は……不明だ。ただ、人外は全部で7体。それぞれがあの妖魔どもの攻撃をほぼ無傷で撃退しているとのことだ。今、私の部下が各都市に向かっているが、その部下たちにはこれら人外への接触を試みるように伝えている」
俊豪は腕を組みながらバルトロの話を聞いていたが、期待外れというように、鼻から息を出す。
「って、なんだよ、ほとんど何も分かってねぇじゃねーか」
「まあ、一言で言うとそういうことになるか。だが、すでにこの人外たちに接触した部下からの報告があった。まだ、すべての人外ではないが、それよるとこの人外たちの主は一人の可能性がある」
「な……んだと?」
そこに王亮が思わず一歩、足を前に出す。
「まさか! これだけの高位の人外が7体も一人に!? そんなことが! 召喚……いや、そちらの方が無理だよ! ということは契約したものがいる? でも、バルトロさん、どうしてそれが分かったんですか?」
「それは、企業秘密……と言いたいが、別に大した内容でもないかな? これは誠意という意味で伝えよう、亮君。君のことだから我々が機関において、対能力者用の部隊であることは既に知っていよう。まあ、極秘部隊と言いながら、さほど隠してもいないのでね。機関も綺麗事だけで動いてはいない、ということを周囲に伝えることもある程度必要なのだよ。特に機関に対して、ある種の悪感情や利権を狙う連中たちがいるうちはな」
亮は顔を引き締めつつ、慎重にバルトロの発言に頷く。
バルトロの言うことは確かに知っていた。
バルトロの部隊は、世界能力者機関の謳う、社会の役割の一旦を担い、いずれは世間に認めてもらい、公機関への格上げを目標とする、というものの裏で動いている。
機関は本来、一般人への干渉を極力せず、あくまで人外や霊現象等に悩まされる人たちを救うための組織である。その地道な努力の積み重ねによって社会の一員に名を連ねようとしているのだ。
それは長い年月がかかるだろうが、この積み重ねこそが社会に多大な混乱を起こさずに、社会に公表できる時を迎えることが出来るとの決断によるものだった。
だが、バルトロの部隊の主任務はそうではない。
この機関の利他の目標に対し、あからさまに障害になろうという組織は存在する。スルトの剣のような組織もあり、中には国家組織にもそういった動きもみられる。
これらの組織は、機関が無防備と見れば手練手管を弄してでも、能力者の囲い込みを考えてくるだろう。
バルトロの部隊はこれらの機関に対する世界の動きへの抑止力を担っているのだ。
それだけ能力者という存在はやはり、有用なのだ。
特に世界の裏舞台での攻防において。
そのため、世界能力者機関の能力者の統治に対し、害意を持って乱そうとすれば、バルトロの部隊は即座に動く。
このようなことから、バルトロの部隊に対人、対能力者のスペシャリストが多く所属しているのも、当然のこととも言えた。
また、バルトロの言う、それをあまり厳格に隠していないというのも、この抑止力を狙ったものと亮は理解した。
実際、各国家も情報機関のエージェントの動きは極秘にしているが、存在自体は否定していない。
少々、内容は違うが、それがいない、ということにするよりも、いる、というように敢えて隠さないほうが、相手は手ごわいと感じるものなのだ。
バルトロは亮の表情から、理知的な雰囲気を感じ取り、笑顔を見せる。
「我々には人外契約者対策のスペシャリストがいてな。その契約した人外が、どの人物に繋がっているかを見抜く特殊能力者がいるのだよ。元は天然能力者だったのだが、こやつのお蔭で人外との契約者からの機関への攻撃はだいぶ鳴りを潜めた。こやつは我々には見えんのだが……契約した人外とその主人の間には糸のような繋がりが見えるらしい」
亮はその、まさに特殊能力と言えるその能力に驚いた顔を見せた。
俊豪は視線を鋭くし、バルトロはニヤッと笑う。
「まあ、戦闘はからっきしなやつだがな。だが、そいつが言うには3体ほど、あの人外たちを確認したが、それぞれが今までに見たこともないほどの太い糸が光り輝き、それらは一つの方向に向かっているとのことだった。これほどの強い繋がりの主従関係は見たことがないとも言っていた。しかも、その糸には主に向けられるものとして、それぞれに等質性が見られたことから、主は一人ではないか、とな」
「な! あれだけの人外……いや、あれはもう神格を得た神獣クラスですよ……それを複数だなんて。しかも、それだけ強固な繋がりがあるってことは、密かに有数な契約者を輩出している家系が関与を? ……劉家や蛇喰(じゃはみ)家、まさか! シュバルツハーレ家が!」
「落ち着き給え、亮君。それらの家の関与はない。やはり我々もすぐに疑い、すぐに確認をしたがそれはなかった。それにそれらの家にミレマーを守るという動機もない。いや、いまだ何者か分からない、この契約者も一体、何のためにミレマーを守ろうとしているのかは皆目見当もつかんのだ。まあ、世界は広い。非常に低い確率で言えば我々の知らない能力者はミレマー人の中にいて、祖国の防衛に動いた……それか、マットウ准将が我々ではないルートで雇った能力者か……というのも考えられる」
「……」
亮はバルトロの言葉にそんなことは絶対にありえないと考える。ミレマーの中に機関の知らない能力者で契約者というのは、確かに可能性はゼロではない。だが、これだけの能力者が今までまったく表舞台に出てこないことを考え、そもそもこれだけの高位の人外との契約ができるのは天文学的な確率となり、普通に考えてあり得ないのだ。
また、マットウ准将の独自ルートなど論外だ。これだけの能力者とのコネクションがあるのであれば、最初から機関になどに依頼をしてこないはずだ。
(それはバルトロさんだって、分かっているはず)
神妙な顔をした亮と自然体に構えるバルトロ。そこに苛立った声色で俊豪が割って入る。
「んなことはどうでもいい! で、その人外たちから出てる糸っていうのはどこに向かってんだ? バルトロさんよ」
バルトロは俊豪の問いを受けると、その目に力を込めた。
「……グルワ山だ」
この回答に亮は驚き、俊豪は不敵に笑う。
「グルワ山!? それはロキアルムのいる!」
「は! ということは……こいつらの主は……」
「うむ、このスルトの剣に対する明確な敵対行動……この人外たちの主は恐らく、スルトの剣を潰しにいっていると考えるのが妥当だろう。何者なのか……仲間割れの線も疑ったが、それでは各都市の防衛に契約した人外を送る理由にはならん。何の得にもならんからな」
「くくく! はーはっはー!」
突然、俊豪が笑いだす。
「おもしれー! 誰だか知らねーが、一人でミレマーを救おうってか? 何の得にも、金にもならねーで!」
いきなり上機嫌に大笑いした俊豪に亮は驚いた。
「……俊豪?」
「おい、亮。帰るぞ」
「え!? ちょっと、俊豪!」
「俺の仕事と金を横から、派手に掠め取ったのは気に入らねーが、一人でこれだけの規模でドンパチやってんだ。俺がここで介入すんのは無粋ってもんだ」
「で、でも! 依頼を受けたんだよ?」
俊豪は偃月刀を肩に担ぐとバルトロに顔を向ける。
「おい、バルトロさんよ。金は全額返金するわ。元々、あんたが出来高制を吹っかけてきたんだ、別に構わねーだろ?」
さすがにバルトロもこの俊豪の提案には一瞬、戸惑うが、俊豪の目の奥にある意志の強さを見てとると、深く息を吐いた。
「……分かった。我々としては、何とも残念だが、確かにこの状況は依頼時と内容が変わりすぎだところはあるのは否めん。だが、良いのか? 天衣無縫が報酬を捨てて、撤退か?」
「は! 俺は俺の戦場で、俺の価値に対しての報酬を貰うだけだ! それがこの天衣無縫の矜持ってもんだ。おれは他人の戦場で報酬のおこぼれをもらうような男じゃねー。俺の優秀性の物差しは金だ。だが、そうでもねーやつがいるんだろ? 恐らく、グルワ山にはな。俺に言わせりゃ、ただの馬鹿で理解も出来んし、したくもねーが、嫌いじゃねー」
「もう、いつも俊豪は勝手だから……ああ、頭が痛くなってきた」
「うるせー、亮。ガタガタ言うな。ふん! んじゃ、帰るわ、バルトロさんよ」
俊豪はバルトロたちの横を通り抜け、ビル屋上の出入り口に向かう。それを見て慌てて亮も従った。
無言で見送るバルトロたちに、俊豪は振り返る。
「あ、バルトロさんよ。あんたのことだから、この後、この契約者を徹底的に調査するんだろ?」
「……うむ、まあ、そうなるだろうな。それが?」
「わりーが、それを俺にも教えてくれねーか?」
「ほうー? 何故かね?」
「こいつは俺に借りがあるだろう、後々、返してもらおうと思ってな」
「借りとは……?」
「この天衣無縫に無報酬で撤退させたんだ。そいつにはキッチリ返してもらうぜ。どんな奴か興味も沸いたしな。顔を出させて特別に俺に酒を奢らせてやんだよ」
「また……とんでもない奴に目をつけられたもんだな。この契約者とやらは……」
「ふん! 忘れんなよ、バルトロさんよ」
そう言い残すと、【天衣無縫】王俊豪は自身の経歴で初めて、無報酬で依頼を終え、ドアから姿を消した。
バルトロは再び大きく息を吐くと、このミレマーの状況の徹底した情報収集を部下たちに指示し、そして、それ以外の部下たちを伴い、スルトの剣首領のロキアルムがいると思われるグルワ山に向かう準備を急ピッチで進めた。
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