第85話 スルトの剣

 世界能力者機関日本支部支部長の大峰日紗枝は、深夜の携帯のコールで目を覚ました。無意識に時計に目をやり、既に日付が変わっている時間だということが分かる。

 日紗枝は発信者が秘書の垣楯志摩のものと確認し、まだ定まらない意識のまま電話に出た。


「はい、どうしたの? 志摩ちゃん、こんな遅くに~。まだ、仕事をしてるの?」


“大峰様、夜分遅くに申し訳ありません! 緊急案件です”


 日紗枝は志摩の話している内容もそうだが、その口調だけで切迫感のようなものを感じて、すぐに体を起こした。


「何があったの?」


“はい、先ほど瑞穂さんからの報告書を確認いたしました。その内容が事実ですと、機関での最上位保護情報の案件で、ローマ本部への報告が義務化されているものです!”


「な!?」


“取りあえず、事実かはまだ分かりませんが、機関の規定通りにローマ本部に上位緊急案件ホームで報告済みです。早ければ、数時間後にはホットラインを繋げることになります。大峰様には……”


「分かったわ、すぐにそちらに向かう! 経緯は移動中に聞くから、電話を取れるようにしていてちょうだい。それと……」


“承知いたしました。分かってます、すでにそちらに機関の車をまわしています”


「うん、では後で」


 日紗枝は携帯を切ると素早くベッドから立ち上がり、世界能力者機関日本支部のある新宿に出立の準備を急いだ。


 日紗枝は自宅である高層マンションの玄関に出てくると、能力者機関の車は待機していた。日紗枝は素早くその後部座席に乗り込み、志摩の携帯に改めてかけ直す。


“はい、大峰様、もう出られましたか?”


「今、車に乗ったわ。それで状況を教えて。瑞穂ちゃんの報告には何が書いてあったの?」


 志摩は事の経緯を説明した。瑞穂の報告書に緊急ホームのメールで調査依頼があったこと。そして、その中に敵能力者の名前と思われる情報をキャッチしたので、どんな連中か調べて欲しいということがあったと伝える。


「ふむ、その敵能力者がまずい連中だったのね?」


“はい。私がそのニーズベック、ロキアルムという名で機関のデータベースで調べましたところ、機関の最上位情報の案件に触れ、この情報を手に入れた場合すぐにローマ本部へ連絡せよとのことでした”


「ニーズベック? ロキアルム……うん? ロキアルム……どこかで」


“ご存じですか?”


「いえ、思い出せないわ。ただ、どこかで聞き及んだような……」


“そうですか……あ、その敵の組織名だけは開示されていました”


「組織? それは……?」


“はい、スルトの剣、とありました”


「スルトの……スルトの剣!? まさか! 大変よ! 志摩ちゃん、瑞穂ちゃんたちに連絡! すぐに撤収準備を! それが本当なら瑞穂ちゃんたちが危ない!」


“え!? 大峰様、そ、それは依頼を受けた以上、機関の契約違反になります! どういうことですか!? 一体、スルトの剣とは?”


「まさか、中国支部もインド支部もこの情報を得て、その可能性を疑い、日本支部に応援を頼んできたんじゃ……いえ、そこまで考えるのは早計ね、彼らにとっても地理的に大問題を放置することになるものね……」


“大峰様?”


「あ、ごめんなさい、志摩ちゃん。詳しくはそちらで私がデータベースから情報をとるわ。ただ、スルトの剣、が本当ならば、それはS級の魔神と相対するレベルだと考えて」


“な! まさか、一体、どんな連中なんですか……”


「志摩ちゃんは100年前の能力者同士の凄惨な戦いは知っているわね?」


“はい……機関幹部の末席に加わるときの機密情報の研修を受けました際に……たしか、第一次世界大戦の裏側で私たち能力者同士が相争ったと”


「……そうよ。私も機関からの情報と祖父母から伝えられた話でしか知らないけど、それは相争うなんていう言葉では、表せないほどのものだったと聞いているわ。そして、この戦いが発端でこの機関の前身、能力者ギルドが発足したのよ」


“……では、機関の理念の能力者を公にして世間に溶け込み、社会の役割の一端を担うというのは……”


「実はその考えは、この時に、形となったと聞いているわ。いえ、正確に言うとその前からこの考えはあったのよ。ただ、それを良しとしない能力者たちも多数いたの。この考えの違う二つのグループは勢力としては拮抗していて、ある意味バランスがとれていた。けれども、時が経つにつれてこの考えの違う二つグループは、小さなすれ違いを何度も起こし、それが大きくなり、そのうちにお互いの考えからくる利益すら侵すようになっていった……」


“……”


「そんな時に勃発した、表側の世界大戦……。その裏で活動していた能力者たちも互いに膨れ上がった不満がついに、その世界大戦をきっかけに爆発して……血で血を洗う戦いにまでなったと聞いているわ」


“そんなことが……”


「これは志摩ちゃんも覚えておいて。私たち能力者も機関も……努力なしには今の状態を保てないことを……ね」


“……承知しました”


「それで、そのスルトの剣はね。その100年前の能力者同士の戦いで、反ギルド側に立った急先鋒の組織だったのよ。反ギルド側の中でも最も過激な思想を持っていた連中……そして、その実力もグループ内でトップクラスだったと記憶しているわ」


“! そんな……”


 日紗枝の言うその内容に志摩は、驚愕し言葉を失う。


“では! 瑞穂さんたちは!?”


「ええ、この敵情報が事実ならランクA2人でも厳しい、最上級危険案件になる! 知らなかったとはいえ、そこにランクDの堂杜君も送ってしまった。ランクDなんて、ものの役にも立たないぐらいの相手よ」


“すぐに撤収の指示を出します! これでは新人たちが!”


「落ち着いて志摩ちゃん……私もさっき、そう言ったけど、確かに先ほどの志摩ちゃんの言う通り、この理由で依頼の反故は難しいわ。だから、派遣能力者の差し替えをするしかない」


“差し替えですか? それは……”


「ランクS以上の能力者を送り込む。すぐに毅成様に出陣要請。あと、これは機関全体の問題よ。各国の支部にも私の名前で直接、各支部長宛に応援要請をするの、緊急ホームでいいわ。ローマ本部には私が事後承諾を必ずもらう! 場合によってはこの瞬間にも私たちの貴重な新人たちが危ない! もちろん、本人たちにも最大限の警戒の指示もお願い」


“分かりました! すぐに準備します。……あ、本部から返信が来ました!”


「何て言ってる?」


“少々お待ちください…………大峰様! 本部もほぼ大峰様と同じことを言っています! 各国の支部に本部の方で通達を流してくれるようです。それと…………大峰様! すでに一人、SSランクの能力者に依頼を出したと言っています!”


「え! 誰!?」


“これは……中国支部の……【天衣無縫】王俊豪(ワンジュンハオ)! すぐに条件次第で動けるそうです!”


「それは本当なの!? あの【天衣無縫】が出るの? それはそれで……面倒な……」


“はい、そのように書いてあります。ただ、条件次第と……この条件とは?”


「ああ、志摩ちゃんは知らないのね……王俊豪はもう一つの、二つ名を持っているのよ。まあ、周りが言っているだけだけど」


“それは……?”


「簡単な呼び名よ。こいつはね、ただの【守銭奴】と言われてるわ。まあ、極度の拝金主義とも言うわね」


“それは……SSランクで拝金主義って……”


「こいつの要求する報酬はいつも桁違いなのよ。もちろん最上位のSSランクが扱う案件は元々、それ相応の報酬が用意されてるわ……。でも、それでみても、この王俊豪はその10倍近い報酬でなければ動かないの」


“じゅ、十倍ですか”


「ただ実力は……まさしくランクSSよ。あいつをドルトムント魔神討伐戦で一度だけ見たことがあるわ。あいつがドルトムント魔神と槍一本で戦っているのを後方から見て、何でもっと早く来てくれなかったのかって思ったものよ」


“すぐに来なかったのですか? SSランクがその一大事に……まさか! その時も?”


「そう……こいつは機関のランクを取得の際に契約条項にも記載されているけど、機関が緊急時に発する強制依頼にも金額を提示しろと難色を示して、すぐには来なかったのよ」


“何という……ランクSSにも色んな問題児……変わった方が……”


「あ、志摩ちゃんもう着くわ。続きは直接話すわ」


“畏まりました。あ、大峰様、本部から30分後にホットラインを繋げるそうです! 本部も対応が早いです”


「そう、分かったわ! 相手がスルトの剣の可能性があるとなればね……うん? にしても早いわね……。ランクSSに依頼の出すスピードから考えて、これはもう事実と見た方がいいわね……」


 日紗枝は携帯を切り、深夜の西新宿を車窓から眺め、自らがミレマーに送り出した新人たちを頭に浮かべる。


「みんな、無事でいて……」


 日紗枝は車が世界能力者機関日本支部のあるビルの前に到着すると、素早く降りて志摩のいる支部長室に向かった。

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