第84話 マットウの娘ニイナ③
マットウの長引いていた会議も終わったらしく、夕食にはマットウは顔を出してニイナを紹介した。
この屋敷に相応しい長大なテーブルだったが、皆、近くに集まり瑞穂、マリオン、祐人の前にマットウとニイナが座り談笑する。
その際にマットウがずっと娘のニイナの自慢ばかりすると、突然、マットウが軽い悲鳴を上げたので、恐らくニイナに足を踏まれたんだと祐人は想像した。
瑞穂もマリオンも気付かないふりをして、自然な笑顔で応対している。この辺の社交性の高さは、そういう場数を踏んでいるのか、教育なのかなと祐人は感心した。
食事も終わり、それぞれの前にコーヒーを執事であるアローカウネは用意する。祐人は先程のこともあり、アローカウネの顔は極力見ないようにした。
話題も少々尽きかけたところで、祐人はニイナがこちらを軽く睨んでいることに気付く。
(え? 何? ニイナさん、なんかこちらばかり見てるような……あ!)
「そう言えば、瑞穂さん、マリオンさん、夕食前にニイナさんと二人で話す機会があったんだけど、ニイナさんって日本のこととか興味があるんだって」
祐人は極力自然に話題を提供しようと、横に座る少女二人に話しかけた。
すると、どういう訳か、先ほどまでにこやかだった二人の少女とマットウがピクッと反応する。
三人の視線がジロリと祐人に向けられる。
「二人で……? いつ、そんな時間が?」
「祐人さん、私が仕事で会議に参加していた時にですか? その二人で話をしていたのは」
「堂杜君、私も二人で君と話が出来たみたいだ」
「え!? あれ? (何故に緊迫感が!?)」
よく見るとニイナも祐人を残念な人を見るような目で見つめている。そして軽く息を吐いたニイナは笑顔を作った。
「はい、たまたま、祐人……さんが、護衛のために屋敷を見回れていたので、ご挨拶したんです。その時に休憩がてらに屋敷の見取り図をお見せしたんです。私は同世代の友人が少ないので、四天寺さんとシュリアンさんと個人的にもお話がしてみたいと、ちょっとお話を……お邪魔してすみませんでした」
ニイナはそう言うと、申し訳なさそうに祐人に頭を下げた。
「あ、いえ! とんでもないです。こちらこそ、どうもありがとうございました」
「そういうことね……うん? 祐人……さん?」
「そうだったんですね……って祐人さん?」
「私も祐人君でいいかな? で、私たちも後で二人で話をしようか、祐人君」
「あ! ニイナさんにはすごい気を使ってもらっていたので、こちらはニイナさんと名前で、自分も祐人でいいですって言ったんですよ! あははは」
「こちらこそ気を使って頂きありがとうございます、祐人さん」
ニイナのリズムの良い相づちで祐人がなんとか三人の不可思議な緊張を強引におさめた。
「でも、本当にお時間があった時で結構ですので、四天寺さん、シュリアンさんお話ししたいです。私、日本のことも興味があるので」
ニイナが申し訳なさそうに言うと、瑞穂もマリオンもお互いに目を合わせ快く受けた。
「ニイナさん、私たちも瑞穂とマリオンでいいですよ? ね、マリオン」
「そうです。ニイナさん、あ、じゃあ、この後でもどうです?」
「本当ですか!? 是非、お願いしたいです! では、私の部屋で如何でしょう? あ、でもお二人には仕事がありますでしょうし、短時間でも嬉しいです」
「いえ、大丈夫です、ニイナさん。マットウ将軍の護衛はこの祐人が朝まできっちりと致しますので」
「はい、祐人さんがいますので大丈夫です。日本で言う女子会をしましょう? 時間はいくらでもあります」
「え!? そうなの? それは前から決まってたっけ……?」
「女子会ですか? わー、何だか楽しそうです!」
どうも決まっているらしいと祐人は諦めた。すると、筋肉だけで笑顔を作っているマットウが祐人に話しかける。
「そうか、祐人君、申し訳ないね。ちょうど良かった、祐人君とはじっくりと話がしたいこともあるし、今夜は私と語ろうか。これは男子会? というものかな?」
「そんなのないです」
「はっはっはー、まあ、よろしく頼むよ。アローカウネ」
「はい」
「私の部屋にバーボンを用意してくれ。グラスは二つで」
「承知いたしました、旦那様」
「い! マットウ将軍、僕は未成年でお酒は! しかも、護衛の仕事がありますので!」
「はっはっはー! ミレマーでは15歳からもう一人前だよ。私も15で軍に入った。では、もう行こうか、祐人君」
「は、はい……でもお酒だけは……」
祐人はさすがにお酒だけはまずいと思い、断ろうとすると、アローカウネが祐人の一歩横に背筋を伸ばしてお辞儀をする。
「旦那様、こちらの堂杜様は応接室でニイナ様と二人きりでじっくりと結構な時間、屋敷の護衛についてのご相談をされた用意周到、かつ抜け目のないお方でございますので、安心して今夜の護衛をお任せすることができると私も安心でございます」
(はあーん!? なにその微妙な言い回しは!)
「……アローカウネ」
「はい、旦那様」
「バーボンを3本用意してくれ」
「承知いたしました、旦那様」
「えーーーー!」
「では、行くぞ、祐人君!」
「ひー!」
学者のような風貌のマットウだが、やはり軍人、そのごつい手に祐人は腕を掴まれてマットウの寝室に引っ張られる。
そこに瑞穂とマリオンが祐人に近づいて来た。さすがに、お酒はまずいと諫めに来てくれたと思った祐人は、瑞穂とマリオンに助けてほしいという目で見つめる。
「マットウ将軍」
「うん? 何かね? 瑞穂君」
「今日はゆっくりと」
「ええ! んなアホな!」
「それと祐人」
「な、何?」
「明日の朝、話があるから。この依頼のリーダーとして」
「私もあります。機関の品位に関わることです」
「へ! それじゃ僕は、いつ眠れば?」
「では、行こうか! 祐人君! 今夜は長い夜になりそうだ! はっはっはーー!」
「いやーー!!」
連れて行かれる祐人をニイナは見ている。
「なんだか……祐人の普段の生活が目に浮かぶわね……あの人、大丈夫かしら?」
その祐人はマットウに引かれ、ドアから姿を消した。
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