第63話 一悟の受難④




「と、いうわけでございます。一悟殿」




 ……一悟は一年D組の廊下で、傲光に受けた説明を思い出す。


 一悟は、祐人があのボロ家で、人外達とのいざこざがあり、結果として人外達が仲間になった経緯と、今回、傲光が祐人の姿で登校してきた理由を聞いた時には、笑うに笑えず、流石に祐人に同情してしまった。


(まったく……我が親友ながら、どうなってんだか……。祐人ほど安寧という言葉から遠いところにいる奴もいねえな)


 とにかく、もう朝のホームルームが始まる。最初にして最大の難関の高野美麗がやってくるのだ。一悟は傲光に今日一日、決して目立たぬようにとだけ強く言い含め、教室に促す。


 傲光も素直に頷くと「今日、一日、お世話になります」と言い、頭を下げた。その姿も、何故か恰好が良い。


 一悟は顔を引きつらせつつ、傲光を連れて一年D組の教室に入った。


(それにしても……俺も大概だな。何でこんな状況を素直に受け入れられんのかな? 自分の適応能力の高さと胆力に驚くわ。これも、祐人のせいだな……変な耐性が出来ちまったじゃねーか)


 そんなことを考えつつ、祐人の姿をした傲光に、祐人の席である教室の廊下側最前列に座るよう指示をして、一悟もその斜め後ろの自分の席に着いた。


(う~、やべー、何かスゲー緊張してきた……。いきなり最強の敵だもんな)


 一悟はもう間もなく来るはずの、今回のミッションのラスボスといっていい高野美麗の反応を想像して、脂汗が出てくる。


 高野美麗は優秀すぎる担任だ。自身は冷静にして表情を読ませず、だが、こちらの生徒の変化は僅かなことも見逃さない。そして、生徒の抱える状況まで見事に看破して、適格な命令をしてくる。加えて……目に見えない重厚なオーラを放っているのだ。


 生徒たちの間では、何らかの武術を極めているなどという噂まで、まことしやかに流れている。


 そのため、生徒たちからは“武力100の諸葛亮”だとか“知力100の呂布”と呼ばれ、畏怖と尊敬を集めていた。


まさに超クールビューティー。


この一年D組に君臨する女聖帝である。


 因みに高野美麗に関する吉林高校の都市伝説がある。


 それは、卒業するまでに、高野美麗の動揺した顔を見たものは、寿命が百年縮むとか、高野美麗の涙を見たものは異世界に転生できるとか、そして、高野美麗のデレるところを見たものはあまりの喜びで死ぬ、というものまである。


 一悟は、それを聞いた時「大体、死んでんじゃねーか!」と突っ込んだ覚えがある。


 すると、一悟のさらに斜め後ろの、静香が声をかけてくる。


「ねえ、袴田君。何か今日の堂杜君、変じゃない? 何かしたでしょう、袴田君」


「うん? な、何が?」


 一悟は動揺を隠しながら、返事をする。


「うーん、何て言うのかな……雰囲気が違って……えらく恰好が良いんですけど。だって、教室に入ってきた時から、クラスの女子達がおかしなことになってるよ? ほら」


「は?」


 一悟は静香にそう言われて、クラス内を見渡した。そして、これはどうしたことかと驚愕してしまう。一悟は今後のことを考えていたため、緊張していて気付かなかった。


 何と、クラスの女子が一様に祐人の後ろ姿を見つめている。それも、皆、上気した表情で。


「な、何だこりゃ……」


 一悟は静香に顔を向ける。静香はいつも通りの静香で、両手を広げて肩を竦める。


「気付かなかったの? 袴田君と堂杜君が廊下で話してた時に、すでに皆、こんな感じだよ。今日の堂杜君を見た子たちは皆、あんな調子」


「き、気付かなかった……」


「何だか分からないけど、今日の堂杜君のイケメンオーラは半端ないよ? 袴田君、堂杜君に何をしたの? 私、知らないよ? 後で何があっても……」


「お、俺は何もしてーねーよ。というか、どういうこと? 何があるんだ?」


「あ~あ、これを茉莉が見たら……どんなことになるか……」


「なな!」


 一悟の額からタラ~と汗が流れる。これが、今日、ずっと続くのであれば、高い確率で茉莉は気付く。というか瞬時に確実に気付く。


今朝は、傲光扮する偽祐人と校舎裏で過ごし、時間ギリギリで教室前まで来たので、運良く茉莉には会ってなかったのだ。


そのため、余裕の全くなかったー悟はこの大事な事にまで頭が回っていなかった。


 そして、一悟がその場面を想像するに……


(何て面倒くさい! もう、恐ろしく面倒くさい! こっちはそれどころじゃねーのに!)


 一悟の中でもう一人のラスボスが勝手に現れた感じだ。


(違うゲームから呼んでないのに参加してきた! コラボしてきた! 何の特典もねーのに無用に強いボスが!)


「はっはーん……袴田君がまた変なアドバイスしたんでしょ。袴田君は何だかんだで、堂杜君を売り出してんの知ってるんだから。でも、これは流石の私もフォローは無理。女の恨みは恐ろしいんだから~。特に……あの茉莉は……」


「ちょっと待ってくれ! その的外れな推理は止めろ、似非探偵! これは俺のせいじゃ……」



 一悟が誤解を解こうと、探偵モードの静香に体ごと顔を向けると、朝のホームルームの鐘が鳴った……。


 そして、時間ぴったりに女聖帝……もとい、高野美麗が一年D組の扉を開けた。



 途端に、一悟及び、D組のクラスメイト達はきっちりと前を向く。この吉高に入学して2ヵ月にして、朝のこの鐘が鳴ると無意識にこうするようになった。これを、吉高では高野美麗の呪縛と呼ばれている。パブロフの犬状態とも言うが……。


 今、一悟は極度の緊張状態で体中が硬直している。ワイシャツも汗でびっしょりだ。


一悟はこう見えてもポーカーフェイスが得意なのである。だが、今の一悟は大蛇百匹と食堂にいる蛙の気分だった。


(俺は何もしていねーのに! ただ、祐人が休んだだけなのに! 何なの? この俺の立ち位置は?)


 一悟は生まれて初めて、自身の不運を嘆いた。



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