第46話 人外の自宅占拠③

 

「僕も帰るわけにはいかないんです! ここしか住むところもないし……」


 途端に、人外達のボルテージが一気に上がる。人外達は、一瞬にして祐人を円陣で囲んだ。


「そんなの知ったことか!」


「ここは渡さんぞ!」


「人間ごときの言う事など!」


 凄まじい罵声の嵐を受け、祐人は無駄だろうなあと思いながらも、必死になって宥める。


「あ! み、皆さん、落ち着いて、落ち着いて。そこを何とか、話し合いで……」


 祐人は、話ができそうな人外を必死に探す。

 嬌子を見ると、こちらの視線に気付き、顔を寄せて耳元で息を吹きかけるように


「私の夫になったら考えてあ・げ・る」


 とか言っているので却下。


(もう、何なのかな、この人は……)


 祐人はオロオロしながら、さっき白と名乗る優しそうな少女に目を向けると、少女は困ったような表情の後、目を瞑りながら首を振り、まるで「私はだめ!」と聞えてくるような態度。

 そこに白の後ろにいる、白と同年代ぐらいに見える少女と目が合う。

 何の人外か分からないが、目の覚めるような赤毛をストレートに伸ばしている。

 祐人は、何とか話を、と思い、その子にも声を掛けようとするが……無表情で非常に冷たい視線。


「………………(ジー)」


 言葉は発しない。

 白の背中から顔を出し、ただただ、冷たくこちらをジーっと見ている。

 その視線に祐人は辛くなってきて……心が折れた。

 祐人は視線を外して軽く涙を拭く。


(女の子の冷たい視線を受けるのって、こんなに心が痛くなるとは知らなかったよ……)


 気を取り直して、他に話が出来そうな人は……と嬌子達の反対方向に首を向ける。

 そこに一人、この輪に入らずに正座をして、目を瞑りながら腕を組んでいる長髪の青年男性を見つける。

 これがまた……いわゆる物凄いイケメンだ。同じ男として、全面降伏せざるを負えない容貌。

 知的な眉と目、一人物静かな空気を漂わせている。何の化生だろう? と思いつつも、祐人は、この人ならまともに話せるのではと考える。


「あのー……」


 と話しかけた途端……ギン! と目が見開いた。


「ひ!」


 物凄い殺気……。

 秀麗な顔をしているだけに強烈な圧力を受ける。


(こ、怖~。これはこの人と話し合うのは無理そうだ……というより無理!)


 もう、どうして良いか、分からなくなってきた。

 そこに……トン、と祐人の肩に肘が乗った。祐人はその肘の主に目が行く。そこには着物姿の小柄な中年男性がいた。

 だが……袖から伸びている腕は、丸太のようで筋骨隆々である。その筋骨隆々の小男は、しゃがみ込みながら祐人に話しかけてくる。


「兄ちゃん。もう諦めて帰りなせぇ。悪いこたあ言わねぇ、ここにいる連中は、今でこそ落ち着いちゃいるが、そりゃあ昔は手の付けられねぇ荒くれどもでさぁ。今なら何とかあっしのほうで抑えときますぜ。さあ、帰りなせぇ。え? あっしですかい? なーに、名乗るほどのもんじゃありませんで、ただ……みんなあっしのことを、遊び人の玄(ゲン)と呼んでまさぁ」


(何で江戸時代の町人風? ……というか何なの? この濃いおっちゃんは。別に何も聞いてないんですけど)


 やたら顔がテカテカしていて、目は細いがすべての顔のパーツの自己主張が強い。しかし、どこか愛嬌がある。

 その玄と名乗った人外は、どうだい決まっているだろうって顔で、祐人を見つめている。

 さらに何がしたいのか……着物の右肩部分の襟をはだけさせて、桜の刺青風の絵をチラチラ見せてくる。しかも、その桜の刺青も落書きみたいにお粗末だ。

 玄は一生懸命、こちらを見つめながら、何かを待っている感じでモジモジしている。


(あ、もしかして……貴様は何者だ! とか言って欲しかったりして……)


「あの……何者ですか?」


 玄はもう満面の笑みで待ってました! という顔をする。

 おもむろに袖から手を抜き、そのままその手を襟から勢い良く出すと、その右肩を勢い良く露にする。


「この玄さんの満開桜、散らせるもんなら散らせて見ろい!」


「いや、飛びすぎだから。シーンが飛びすぎだから。ストーリー完全に無視してますよね。せっかく乗ってあげたのに台無しだよ。乗るんじゃなかった、恥ずかしい!」


 玄は、祐人の突っ込みも全く耳に入っていない様子で、ただジーンと感動した風にふるふると震えている。


(もう疲れてきた……この人達は……人じゃないけど)


 話は紛糾するとは思っていたが、考えていたのと違った意味で紛糾してきた。


「あらあら、皆どうしたのー?」


 辺りの騒がしさとは対照的に、緊迫感のない女性の声が聞えてくる。

 嬌子や白でもさっきの赤毛の少女とも違う人だ。


「あ、サリーさん! いらっしゃい!」


「こんにちわー、白ちゃん。何ー? どうしたのー? あら、このお兄さんは誰かしら?」


 普通は先にその疑問がくるはずだが、ようやく、気付いたという感じで質問している。

 どうやら、後からもう一人増えたらしい……。

 サリーと呼ばれたその女性は、長いスリットのはいったロングスカートに裸足という格好で「ふんふん」と白の説明を聞いている。


「まあ、このお兄さんが? ……ふんふん。でも、良さそうな人じゃない……」


「サリーさん! みんなで決めたの! それでね……」


「あのー、話し合いを続けたいんですが……」


 と言いつつも、祐人も予想はしていたが、話し合いはもう無理のように感じられてきていた。

 本当はしたくないが、一戦も止む無しと考え始める。

 だが、相手が何せ多い。しかも、祐人の勘では、それぞれが非常に手強そうだと考える。戦うとなれば、相当の覚悟が必要だ。

 最悪の事態に備え、祐人は表情を変えず静かに……そして、人外達にばれないように、臍下丹田に小さく仙氣を練り始める。

 それは非常に小さいものであるが、濃密な仙氣だ。

 この仙氣は、祐人が実戦の中で体得した仙氣のターボエンジンのようなものだ。それは戦いにおいてスロースターターだった自身の欠点を補うために、身に着けた祐人の奥義でもある。

 いざという時に、隠密裏であるにも関わらず、瞬時に全開のパワーを引き出す。

 だが、途端に部屋内はシーンとなった。


(ん? ……やけに静まり返っているな。まさか! ばれた!?)


 祐人はブワッと冷や汗が出る。これでは、祐人から仕掛けたと思われても仕方がない。

 嫌な予感と……何となく、身の危険を感じてチラッと前を見る。

 そこにはジーと祐人を見つめ、四つん這いになった三人の女性陣がいる。嬌子、赤毛の少女、そして、先ほどサリーと呼ばれていた人だ。

 しかも、至近距離。

 顔を一様に紅潮させた三人。

 嬌子も赤毛の少女もサリーも、その状態で太腿辺りをモジモジしている。白はその後に立ち、こちらを熱の籠った目で見ていた。


「あ、あの……。ちょっと近いんですけど……。み、皆さん?」


 祐人は、先ほどの仙氣を練ったことが、相手の戦意を引き出してしまったのではないかと額から汗が流れる。

 三人の人外美女、美少女が、じわじわ四つん這いのまま、ジリジリと寄って来る。

 祐人は、距離をとろうとへっぴり腰で後ずさる。

 さらに躙り寄って来る三人。

 三人の顔がくっつきそうな位に並ぶと、そのまま嬌子は、祐人から視線を外さずに話しだす。


「サリー。あなた、帰ってきたばかりだけど……どう思う? このお兄さん……」


「……すごく良いと思いますー。このお兄さんの霊気と仙氣からビンビン感じますー」


「でしょう? いい感じでしょう? 分かるでしょう?」


 祐人は青ざめた顔で、


「えーと……何の話ですか?」


 祐人は仙氣のことが、こうも容易くばれて冷や汗をかく。そんな簡単には、ばれないようにしていたのだ。

 実際、実戦の場でも、ほとんどばれたことはない。祐人はこのスキルを得意としていたので、簡単にばれて驚愕していた。これは相手を警戒させて、先手を取られたのかもしれない。

 だが、その祐人を無視して嬌子は、赤毛の少女に話しかける。


「スーザンは?」


「…………(コク)」


「あらー? スーちゃんも気に入ったのー?」


「…………気に入った」


 スーザンと呼ばれた赤毛の少女も嬌子とサリーの真ん中で、顔を近づけてジーと見つめてくる。

 祐人は座ったままで、態勢も間合いも悪いため、緊張してしまう。だが、三人から戦意は感じないので、逆に混乱する。

 一体、何を考えているのか分からない。

 じわじわと、さらに寄って来る三人……。お尻を引きずるように後ずさる祐人。


「嬌子さん? サリーさん? えーと……スーザンさん? こんなに近いと、話し合いが……」


「嬌子って呼んで」


「サリーですー」


「……スーザン」


 祐人の背中が居間の土壁に触れ、祐人はギクッとする。

 身の危険が……迫っている。

 しかも、何となくだが、命の危険ではない危険だ。

 瞬きもしないで見つめてくる嬌子の鼻腔から、赤い液体がツーと流れた。


「あ、あの……鼻血が出てますけど……。女性としてどうなの、それ? って、うわー!」


 その鼻血が合図に、もう我慢できない、と言わんばかりの嬌子が祐人に飛び込む。半瞬送れて、サリーとスーザンもそれに倣った。


「ぎゃー! ちょっと! 何でそうなるの? 何がなんなのか、分からないよ! ウプッ」


「ああ、お兄さん! もう我慢できない! そんな仙氣をだされたら……ブチュ」


「サリーもです! チュッ」


「…………(コク!)ペロ」


 嬌子たち三人は、思い思いに祐人を抱きしめて、頬ずりして、揉みくちゃに抱きつきく。


「痛い! 痛! 痛たたた! 目が、目が怖い、怖いよ! あ、こら! 服を脱がすな!」


 外からは、どこに祐人がいるのかも確認が難しい。他の人外も、三人に圧倒されているのか見ているだけ。女性とはいえ、人外三人に揉みくちゃにされて、祐人もうまく脱出が出来ない。


(ダメだ。すごい力で、うわ! 柔らかいのが其処かしこに当たってるって! あ、そこにキスしないで! 服を脱がさないでって!)


「うわ! 駄目ですって! って誰か助けて!」


(し、仕方ない。勿体無いけど……じゃなくて! 脱出のためだ!)


 祐人の氣が高まる……とその時

 スパン! スパン! スパン! と突然に小気味良く、弾ける様な音がした。


「痛!」


「痛いですー!」


「……(涙目)」


 祐人を違う意味で襲ってきた三人が、頭を両手で押さえている。

 その後ろで、白はどこから持ってきたのか、スリッパを片手に体を震わしている。


「みーんなぁ! なぁぁにやってるの! しかも、サリーさんとスーザンまで!」


 祐人は、この一瞬の間に脱出して、白の背中に隠れる。

 そして、その白の背中越しに、三人を警戒心の強い、怯えた子猫のような目で睨んだ。

 ほとんど野獣と化していた見た目、三人の美女、美少女は我に帰ったのか「すみません」という感じで、しゅんとしている。


「まったく! 私達の目的は、このお兄さんを追い出して……大体、このお兄さんに用があるのは私だけ、って……え?」


 祐人を指差して、白は説教モードに入ろうとした時、自分の後ろに隠れるようにしている祐人を見る。

 上から下までをゆっくりと、その祐人の姿を至近距離で確認……。

 今の祐人は先程の三人に襲われ、上半身は肌蹴て、ジーパンのベルトも外れ、そのチャックも……全開になっていた。

 さらに……その中の下着も半脱ぎ状態に……。

 急激に白の顔が、首から額にかけて真っ赤に染めあげられていく。


「きゃーーーーーー!!」


 その白の様子に、初めて祐人は自分のあられもない姿に気づいた。


「あ! ごめん! すぐにちゃんと着るから……え? え――!? グハ!!」


 音にするとドゴオオ! という感じか。

 白はスリッパを振りかぶると、自らの悲鳴をかき消すほどの衝撃を祐人に叩きつけた。

 祐人は、まるで重さを失ったように吹き飛ぶ。

 その刹那、(油断した……。でも、スリッパってこんなに威力あったっけ……)などと考え、壁に衝突。

 祐人は、壁と柱の破片にまみれて、意識が暗転した。

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