第45話 人外の自宅占拠②

 

 祐人は自宅の前に再び着いた。

 門の前で深呼吸をする。とりあえず、占拠している連中と話し合おうと思う。

 話が通じるかどうかは分からないが……。


「ふー、何で、こんなに色んなことが立て続けに起きるのかな」


 祐人は溜息をつく。

 だが、さすがに家は取り戻さなくてはならない。高校に入学して早々に、住所不定になるわけにもいかないし。

 それに、明後日には世界能力者機関の依頼で、ミレマーに行かなくてはならないのだ。出発前に帰るところを失うことは、どうしても受け入れられない。

 あとはもう突き進むのみ。祐人の目標、充実した高校生活のためにも!

 だんだん祐人にも覚悟が固まってきた。己を鼓舞して歩き始める。

 もし、話が通じなかったら……実力行使も考えなくてはならない。

 相手は何の類か分からないが、人外である。話が通じる可能性が低いのは経験で祐人は知っている。ましてや内容が「ここは僕の家だから出て行ってくれないか?」というものである。それは非常に厳しい。

 祐人は玄関に入り、少し悩んだが、一応靴を脱いだ。


 廊下の奥にあるお勝手の反対側、左側の部屋の前に立つ。先程の賑やかさは無く、中からは物音一つ聞えないが、祐人は、人ならざる者の気配を確実に感じていた。

 祐人は気を引き締めて「よし、いくぞ……」と小さな声で言い、襖を開ける。


 どのような事態にも対応できるように、祐人は充実した仙氣を練っている。それは熟練した道士と比べても何の遜色も無い仙氣。

 自分の意志とは関係なく、勝手に霊力が漏れ出てしまう生来の特異体質から将来を危ぶまれたが、纏蔵の「霊剣師でなくとも、他の能力があればよいじゃろ」の一言で話が変わり、纏蔵の友人、仙道使いの達人、孫韋がやってきて体得したものだ。

 その言語を絶する修行の果てに、修得した仙道である。堂杜家の霊剣師としては体質的にも会得することは難しかったが、その代わりに、この仙道習得という有り余る才能に恵まれた。

 実は正体が三仙の一人である孫韋をして「底知れぬ奴」とまで言わせた実力を持っている。本人は知らないが。


 居間の中は電気が無く、ボロボロの障子から、僅かに外からの明かりが入ってくるだけ。その薄暗い空間に、やはり先程感じた濃密な人ならぬ気配が漂っていた。

 目を凝らしつつ、仙氣によって相手の配置を探り、相手の位置を祐人は瞬時に理解した。


「ん? あれ?」


 祐人は訝しんだ。


(相手の位置が……奇麗に並んでいる?)


 すると突然、部屋中央に小さな炎が空中に点いた。

 小さいがその炎は力強く全体を照らしだし、部屋内の様子を鮮明に映し出す。

 そこには……二十畳程の広い部屋に、人外達が所狭しと全員奇麗に三列ほどに座り、こちらの方へ静かに集中している。


(さっき、中を見たとき、良く見えたのはこの炎があったからか……)


 先程と違い、ほぼ全員が人間の形態をとっている。中には難しい顔で腕を組んでいる者や、こちらを値踏みするように見ている者、好奇の目を向ける者、一部、血気盛んそうな者達は祐人を見て、何故だか涎をたらしている方々もいる。


(うわー、おいしそうに見えるのかな? 僕)


 一部にはすこし毛色の違うのもいるが……。


(あれは……犬? 犬にしか見えないけど……)


 祐人は想像した状況とだいぶ違っているので、戸惑いつつ襖のところで立っていると、最前列から着物姿の女性が前に出てきた。

 もちろん人間ではない。


「こんにちは、かわいいお兄さん」


「あ、え? こ、こんにちは」


「まあ、そんなところに立っていないで、どうぞ座ってくださいな」


 見ると祐人のためなのか、座布団が全員と相対するように一つ敷かれている。

 むしろ、相手側から話し合いの席を用意されたようで、祐人は拍子抜けしてしまった。

 どうしたものかと悩んだが、促されるままにその座布団に向い、座りながらそこにいる人たち? を見渡した。


(全部でやっぱり三十くらいはいるな……)


 祐人は警戒を解かないでいた。それを見透かしているのか、前に出てきたその女性がニッコリ笑い、軽く目を細くしながら、


「お兄さんは、私達に話があって来たのでしょう?」


 祐人は、不覚にも違う意味で緊張してしまう。

 眼前には、艶かしく扇情的に豊かな胸を揺らす女性。少し切れ長の大きな目と細く伸びた眉毛、長い睫毛に逆三角形の輪郭に、厚めの赤い唇が存在感を示していた。

 また、着物をゆったり着ているので、その胸の谷間が見えているし、白磁のような肢体が、正座している着物の脇からだいぶ上の方まで見えている。

 まさしく、大人の女の魅力を遺憾なく振りまいていた。上空を漂っている炎が二人の間を横切り、その炎による影の濃淡から、妖艶な印象まで受けてしまう。

 祐人は直感的にこの人がリーダーなのだろうなと思い、返答する。


「はい、僕はここに引っ越して来た者です」


 途端に、ザワザワと人外達が騒ぎ出す。

 宙に浮いて部屋を照らしている炎が、大きさはそのままに、光りの度合いを増した。

 そして、その前に出てきた女性が再び話しだすと、他の人外もすっと静かになる。


「お兄さんは能力者……だね? じゃあ、大体、私たちのことにも察しがついているのでしょう?」


「はい……」


「私は一応、ここを取り仕切っている者よ。みんなは嬌子(きょうこ)って呼んでいるわ」


「嬌子……さん?」


 嬌子と名乗った女性は、うっとりとした表情をして、祐人を見る。


「ふふ……それでお兄さんは、引越しに来たと仰っていたけど、見ての通り、ここは私達が先に使っているの。まあ、今、ここにいるほとんどは、たまたま遊びに来ているだけで、実際に良く使っているのは六人だけなんだけれどね。でもね、何十年も前からよ。だから残念だけど、ここにお兄さんが住むことはできないわ」


 予想していた通りの反応だ。祐人は顔を顰め、どうしようかと思案し始める。

 祐人が無言でいると……前触れも無く、自然な動作で、嬌子がすっと祐人な寄ってきた。全く敵意が無かったのもあって、祐人は警戒していたのにもかかわらず、一瞬反応が遅れてしまう。

 すると……あろうことか、嬌子は両手で祐人の頭を抱きしめて、胸に引き寄せてしまった。


「ちょっ! な!」


 あまりの事態に、祐人は体が固まってしまう。


(しまった! これは攻撃? 新手の攻撃? 息が、息が……)


 顔が二つの大きい柔らかいものに包まれて、一瞬、気が遠くなる。それでいて、もともと胸元が肌蹴ているのである。今まで感じた事の無い肌と肌の密着感が……。しかも、グリグリとそれを押し付けてくるので、祐人の頬と呼吸器官を完全に閉鎖した。祐人は薄れていく意識の中、必死にもがく。


「ムーーーー!! ムーーーー!!」


 もがく祐人に構わず、嬌子は夢中で抱きしめ……色っぽい声をだす。


「ああ、何だろう。はあー、お兄さん可愛い……。やっぱり、一緒に住もうかしら? あ! もう……ふふ。抱き心地も良い……私の恋人にしたいわぁ。あ! んふ。夫でも良いけど……」


 艶かしい声を上げながら、もがいている祐人を、さらにきつく抱きしめる。人外達も呆気に取られたようにしているだけだ。

 そこに見るに見かねたのか、人外の列から一人、勢いよく立ち上がって二人の間に強引に割って入ってきた。


「こらー! 嬌子! 何やっているの! この人を追い出すって、さっき皆で決めたでしょ! それに! このお兄いさんには私から後で話があるんだから!」


 そう言って、祐人から嬌子を力ずくで引き剥がした。


「ぬわ!」


 危なく気を失いそうだった祐人は、嬌子から剥されると後ろに手をつき、その情けない態勢のまま、全開で呼吸器官をフル稼働する。


「ゼーゼー。……し、死ぬかと思った」


 祐人は助けてくれたらしい人を見上げた。意外にも見た目は、中学生くらいの少女の姿をしている。その少女に対し、嬌子は背中を仰け反らせて、胸の前に両掌をひろげていた。


「あはは……ごめんごめん、ちょっと夢中になっちゃって……」


 嬌子は目の前で仁王立ちしている少女に弁解しているが、反省の色はまったく感じられない。

 少女は肩に届くかぐらいの髪の毛をして、表情には影というのがまったく無く、利発という言葉がとても相応しい容貌だ。

 祐人は、そのクリっとした茶色の瞳と目が合う。


「あ、ありがとう」


 咄嗟に祐人がお礼を言うと、その少女は心配そうな顔になり、


「うん、大丈夫だった?」


 と言った後、ハッとしたように厳しい表情に作り直す。


「じゃなかった! お兄さんもお兄さんだよ、そんなのすぐに逃げられないの? ふん! 私の時は、すごい強かったくせに……」


 最後の方はゴニョゴニョと、よく聞こえなかったが……怒られているのは分かる。

 とてもではないが、すぐに逃げられるような締め付けではなかった。けれども、この少女に叱責されると、ちょっと自分を情けなく感じられて……下を向く。


「すみません……」


 少女は、一瞬気の毒そうな顔になるが慌てて引き締めて、誤魔化すように嬌子を睨む。

 嬌子は腰をくねらせて、微笑みながら両手で自分の頬を軽く挟んだ。


「ごめんね……白(パイ)ちゃん。ちょっと好みだったから、体が疼いてしまって……」


「もう! ちゃんとやろうよ、嬌子!」


 嬌子に覆いかぶさるように身を出して、眉を吊り上げている白と呼ばれた少女は、声を荒げるが、動きが止まる。


「……うん? 何これ……?」


 白は祐人に振り向いて、妙だな、という顔をする。


「さっきから変だと思ってたんだけど……これはお兄さん? 霊気? 霊力? を出してるの? でも、なんか変だね。これは操られた感じじゃない。漏れ出ているみたいな……」


 白は不思議そうな面持ちで、祐人を測るように見ている。すると、嬌子が横から勢いよく出て来る。


「でしょう? 私も話をしてて、すぐに気付いたんだけど、変だなと思っていたの。あまりに素のままで霊力をだしているから。でも、この霊力に触れて、お兄さんの人となりが大体分かっちゃったのよねぇ。この感じは……すごくいいわぁ」


 祐人は、うっとりしてこちらを見ている嬌子を困ったように見返しつつ、応対しようとする。


「ああ、いやこれは……」


「今日、たまたま来ている仲間にこういうのがいたっけ? と思っていたんだけど。これ、ずっと出ているの? 結構な量だよ。お兄さん、ひょっとしてすごい能力者?」


 白は矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。

 そして、白は何となしに遠くを見るような目をする。

 祐人は、先程と少女の雰囲気が変わったことに対して違和感を覚えた。


「こんなの人間で……すごい霊力。うん? これは何? 違うの? この奥に、何かある……」


 祐人は少女からの違和感が何かに気付く。


(これは、探られている!)


「わー! ああ! これ? これね! えーと、特異体質なんだ! 自分でもコントロールできないんだよね! だから能力者としても落ちこぼれで……」


 いきなり大きい声を出されて、ビクッと体が反応して、祐人に焦点を合わせる少女。


「あれ? 気のせい……かな? うー、もうー、お兄さんの大きな声で吃驚しちゃったじゃない」


「すみません、えーと……パイチャンさん?」


 本当は大きな声を出しただけでは無いのだが……それは言わずに祐人は謝る。


「白(パイ)です!」


「あ、白……さん?」


 白は睨みつつも、ちゃんと名乗ってしまう。本人は威嚇しているつもりなのだろうが、その容貌からは全く威圧感がない。その姿が可笑しくて祐人は微笑みそうになる。

 横では嬌子が、そのやり取りを何と無い表情で見つめている。

 その視線にハッと気付き、祐人が慌てて嬌子に目をやると、嬌子は「やん」と言って、うっとりした表情になり、横座りで頬に手をやり、腰をくねくねしている。

 それを見て祐人は脱力した。


(気のせいか……)


「お兄さん、能力者なのに霊力のコントロールもできないの?」


 白がおもむろに聞いてくる。


「(グサッ)う! ……う、うん」


「あ……いや、でも結構、量だけじゃなく濃いよね、これ。ずっと、こんなんで大丈夫なの? 疲れたりしないの?」


 祐人は、白が自分の傷ついた表情を見て、それとなく話題を変えたのが分かり、自分の表情で相手に気を使わせたことに祐人は、自分はまだまだ未熟だなと反省してしまう。

 それで祐人は、白にできるだけ明るく笑いながら答えた。


「生まれた時からこうだからね。それに僕は基本的に霊力を使わないから、あまり意味はないんだよ。だから、疲れたりすることは無いんだ」


「ふーん」


 こんなやりとりに、完全に置いて行かれた感のある外野がぷるぷる震えだしている。

 白も嬌子も外野の不穏な雰囲気に気付いた……。


「あ……やべ」


 嬌子は今更といった感じだが、表情を引き締めて祐人の方に体を向けた。

 祐人はまた締め付けられるのではと、ビクッとして見事な膝行(しっこう)でちょっと距離を置く。


「もう、そんなに怖がらなくてもいいのに……。なんか落ち込んじゃうわ……」


 すると嬌子は後ろから、ワナワナと人外達の顔色がさらに変わるのを感じて、慌てて「…コホン」と咳払いをし、威厳のある声を作る。


「お兄さん。話を戻すけど、この白ちゃんが言うように、私達はここを明け渡す気は無いの。だから、残念だけど、お引取りをお願いしたいのよ。私達も事を荒立てたくはないしね」


 嬌子がそう言うと、既にイラついていた人外達が前のめりになる。


「そうだ! そうだ!」


「ここは俺達の憩いの場所なんだ!」


 その熱気と迫力に圧倒されそうになるが、祐人も考えればもう帰るところが無いのだ。ここはどうしても引くわけにはいかない。これからの高校生活のためにも。

 祐人は勇気を振り絞り、もう一度正座をして正面を向いた。

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