第44話 人外の自宅占拠

 

 祐人が一悟に、自分が能力者であるという秘密を打ち明けて、茉莉と静香には重度中二病疑惑という大きな代償のもと、何とかその秘密を守った次の日の金曜日。

 祐人の祖父である纏蔵は、居間でだらしなく寝っころがりながら、お気に入りの大人雑誌を読むのが日課である。

 その大人の雑誌に夢中の纏蔵は、その緩んだ表情が消え、道着の懐からタバコほどの大きさの羅針盤のような物を取り出す。そして眉を顰めながら、


「そういえば、この時期は地脈も……。祐人に言うのを忘れておったのう。まあ、いいか。ちょっと多いかもしれんが、賑やかで」


 独り言の後、纏蔵はすぐに雑誌に集中する。


「この曲線がまた……。ええのう、ええのう……。ぐふふ……ぐふふふふふふ」





 祐人は、自分の重度中二病疑惑が広まったおかげで、クラスメイトからの誤解を解くために、異様に忙しかった学校が終わり、帰宅している。


「もう、日曜日には絶対、僕は出立するぞ! ……美麗先生には言えなかったけど……」


 そう、祐人は担任の超クールビューティーの高野美麗に、結局、怖くて一週間の学校を休むとは言えなかった。言えばどうなるかと想像すると、恐ろしくてどうしても言えなかったのだ。

 祐人は、それだけが心に引っ掛かっていたが、気を取り直す。


「でも、どうしても家を修復したいし……そうすれば、どこに行っているのか分からないガストンも……あれだけ広い家なら、住まわせて匿うこともできるしな~」


 実は祐人はガストンのことを心配していた。死んでいることになっているが、存命がバレれば、お尋ね者確定の吸血鬼である。

 以前は心を壊して暴れていたが、今は改心して祐人の友人として、何だかんだと祐人の世話を焼きに来る。また、祐人のためには危ない橋も平気で渡るところがある。

 今回、ようやく入学できた学校で、罰を受けるのが確定的にも関わらず、世界能力者機関の依頼を受け、学校を一週間も休もうとしたのは、その報酬で現在ボロボロの家を修復し、ガストンの居場所も作ってやりたいという側面もあった。

 もちろん、自分の住処がテントのままというのも、耐えられないというのもある。


「まあ、罰はしっかり受けて、その後にその空いた穴を取り戻せるように頑張ろう」


 そう自分に言いきかせ、祐人は、自宅の大きな門を開けようと手をかけた。


「うん? 何?」


 何かいる。

 しかも、これは恐らく人間ではないような……。


 祐人は纏蔵からの紹介でこの家に来た時、背後の山に神社があるせいか、敷地から格の高い寺社仏閣特有の、強い神気があることを知って喜んだことがある。

 それは、よく雑霊等に襲われる祐人にとって、これだけの神気があれば、並大抵の人外では侵入すら難しいからだ。ノスフェラクのガストン程のクラスであれば話は別だが。

 だが今、敷地内から人外と思われる気配を感じる。一瞬、祐人はどうするか? と考えるがここは自宅である。避けることはできない。

 そう思い至ったところで、先程の気配は消えた。


「あれ?」 


 祐人は気のせいだったのかな? と思いつつも、少々躊躇いながらも祐人は門を開けて、中に入ろうとする。

 するとそこに、家の前の通りに買い物袋を下げた主婦然とした女性が、こちらに歩いてくる。近所の人かな? とは思うが、その顔は、明らかに不審そうに祐人をジーと見ている。

 祐人は挨拶をしなくてはと思うのだが、実は祐人はまだ、この家に引っ越してきたことを近所に知らせていなかった。正直、忙しいのと、家がボロボロで余裕が無く、そのことにまで頭が回らなかったということもあったのだが。

 このボロ屋に引っ越してきたことも伝えてないで、誰だか分からない高校生が、一人でこの家に入ろうとしたら、不審に思うのは当然だよなと祐人は考えて、やや慌ててしまう。

 だが、挨拶しない方が余計に不審に思われると、祐人はなるべく丁寧に、元気よく挨拶をした。


「あ、こんにちは。先日、ここに引っ越して来ました堂杜と言います。近所の皆さんには改めて挨拶に行こうと思っていたのですが……まだできてなくて、すみません」


 祐人は頭を下げて、引っ越しの挨拶が遅れたことを謝罪した。するとその女性の顔が見る見る青ざめていく。

 その様子に祐人は、あれ? やっぱり失礼だったのかな? と不安になってしまった。祐人のその表情を見て、その女性はハッとしたように、慌てて頭を下げた。


「あ、御免なさい。こんにちは、ご丁寧にすみません。私はそこの角の家に住んでいる綾坂(あやさか)です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 綾坂と名乗った中年の女性、外見は肌つやが良く、ぽっちゃり体系のいかにも話好きなおばちゃんという印象だ。

 また、その女性の言う角の家は、こちらに来る時に横を通りながら、大きくて綺麗だなと思った家だったので祐人も覚えていた。よく見れば、服装も小奇麗にしているようにも見える。

 祐人は「はい! よろしくお願いします」と答えて、ちょっとホッとした。

 すると、まるで祐人の様子を窺うようにその女性は、


「えーと。こちらに……住まわれるんですか?」


 どこか落ち着かない感じで、綾坂と名乗った女性が聞いてくる。


「え? はい。来たばかりですけど」


「そうですか……」


 その奥歯に何か挟まった様な物言いに、祐人は怪訝そうに首を傾げた。


「あのー、何か? ひょっとして、迷惑なこととか……」


「あ、御免なさい、違うの。……あのね。そうね! とりあえず言った方がいいわよね」


 おばさんは一人得心したようになる。


「変な人だと思わないでね。この家に住むんですよね……」


 また、同じ質問に「……はい」と、祐人はちょっと力弱く答える。


「あのね、あのー。あくまでも噂なんだけどね……聞いているかしら、この家のこと」


「……いえ」


 実際、本当に知らない。纏蔵の知人の紹介ということと、入学式前に地図をもらったぐらいで、どんな家かも当初から知らなかった。


「実はね、この家ね、ずっと空き家だったのだけど……。それでね、それで……問題なのはね」


 おばさんは大きく息を吸う。


「…………でる、って噂なの……」


「でる?」


「そう……」


「でるって……。でる……。えぇーえ! でるって、まさか……あれのこと?」


「そう、これのこと」


 そう言っておばさんは、両手を胸の前に持ってきて、手の甲をこちらに向け、だらりとぶら下げる。顔の影がいきなり増えて妙に怖い。


「ま、まさか。ねえ……、そんなこと……」


「そうね……そうなのだけど、ただ先日も夜中に、この家からたくさんの人の声が聞えたって、向かいに住んでいるここの都築さんが……。中から大勢が騒ぐような声が聞えたんだそうよ。その都筑さんの娘さんはすごく霊感が強くて有名で……」


 ……どうやら聞いていくと、この家は近所で有名な幽霊屋敷だということらしい。

 たまに、若者達が肝試しに来たと思ったら大声を上げ、物凄い形相で逃げていったり、今の都筑さんの話だったり、そういう話には枚挙の暇が無いらしい。


(だから、初めて来た時に鍵が壊れていたのか……。でもその時は、何もいなかったし……。でも、さっきのは……)


「えーと……。取り敢えず、今のところは何ともないですよ? 一応、祖父の知人の紹介で貸して貰えたということですので……」


「そ、そう……、じゃあ、また!」


 おばさんは顔を笑ったままに、少しずつ後ずさりをすると、逃げるように足早に行ってしまう。


「あらら……。うーん? じゃあ、さっき感じた気配は……。いや、でもまさかなあ」


 そう言いながら祐人も気を取り直した。纏蔵もああ見えて一応、能力者だ。その纏蔵がいくら何でも、自分の孫に紹介する一人暮らしの家が幽霊屋敷はないだろうと考える。

 いや……そう考えたい。

 祐人は門をくぐり、広い庭を横断して、テントを無視し、最初に中を見た時以来、二度目になるが、家の玄関に手をかける。

 玄関は、木製の格子と古いガラスで出来ていて、元々頑丈には出来ていない。鍵は壊れたままなので、祐人は後で直さなきゃなと思いながら、ちょっとすべりの悪い玄関をガラガラと開ける。

 明後日には世界能力者機関の初依頼で、海外に飛び立つ予定だ。報酬もそれは素晴らしいものだった。


(こんなボロボロだから幽霊屋敷だと思われるんだよな。しっかり、仕事をこなして、すべて修復すれば、そんな噂も消えるよね)


 相変わらず、家の中は埃っぽいということはなく、空気も澄んでいる。今はボロボロだが、意外としっかりとした造りなのだ。そして、強い神気も心地いい。


(やっぱり、幽霊の類はありえないな)


 こんなに神気の強いところでは雑霊は入れないし、自縛霊も存在できないだろう。

 玄関から廊下がまっすぐ裏口まで貫いている。右側奥に台所があり、左側奥が居間になっている。かなり広い。久しぶりに中に入ったが、やはり修復できれば、それは居心地も良さそうだと改めて思う。

 すっかり緊張を解き、落ち着いた祐人は、もう一度、中の探索でもしようかと靴を脱ごうとした。

 門の前で一瞬感じた、人ならざる者の気配も気のせいだろうと思えてくる。実際、能力者といえども、そういう勘違いだってある。


「大体、ようやく機関から仕事が来て、僕の高校生活はこれからだってのに、そんな幽霊騒動みたいなことが起きちゃたまらないよな。僕にばっかり、面倒が起る訳ないもん。世界はもっと公平にできているもんだよ」


 祐人は自分の苦労性もちょっとひどいな、と苦笑いと安堵を込めた笑みをして、玄関に足をかける。

 その時……。

 祐人の動きが止まる。


(……あれ? は、話し声?)


 祐人の額から汗がにじむ。


(確かに、確かに聞えた。というより、まだ聞えているんですけど……これは笑い声?)


 それは廊下の奥の左側。居間らしき部屋の辺りから聞えてくる。これは幽霊? しかし、やはり、あり得ないと考える。霊特有の恣意的な波動を感じない。


(だが、人でもない。ということは、なんだ? 分かりづらい……分かりづらいようにしているな……)


 もっと近くに行かないと分からない。祐人は緊張した面持ちで色々な可能性を考える。

 この連中は紛れが異常にうまい。……正体を全く掴ませない。能力者である祐人でも、そこにいるのは分かるのだが、それ以上のことが情報として入ってこない。

 しかも、これだけ神気の高いところで、存在しているというのは驚愕に値する。神聖なものか、相当に力の強い化生か妖か? 祐人の顔が強張り、警戒の度合いが高まっていく……。


(あああ、これは変なのいるよ。何で、僕ばっかり訳の分からないことが起きるんだよ!)


 祐人は涙目になり、平穏が来ない自分の生活に、やるせなさがこみ上げる。

 そこに奥から大勢の大きな笑い声。

 祐人は「あらっ」と膝の力が抜けた。


(何をやっているんだ? やたら賑やかだな……。まるで宴会のようだぞ)


 このままでは何も分からない。祐人は靴を脱ぎ、恐る恐る廊下の奥に向う。廊下をゆっくり進み、ついに現在進行形で、賑やかな声の聞える部屋の襖の前に立つ。


「ゴクリ」


 覚悟を決めた祐人は、襖に手をかけ……ゆっくりと開けてみた。

 祐人は目が合った。

 大勢と目が合った。

 あれほど賑やかだった大部屋は、シーンと静まり返っている。

 祐人は息を呑む。

 そこには大小三十くらいの……。中には浮いている……者もいる。

 時が止まったような状態。

 とりあえず……祐人は、襖をゆっくりと音を立てずに元に戻した。


「>3kз7ΣΜ5Θ!!」


 祐人は、その人間離れした瞬発力でその場に残像を残し、玄関に置いてある靴に両手を前にしてダイブすると、器用に両手に靴を履かせる。そして、そのまま前転して着地すると、瞬時に外の門の所まで出てきた。

 両手に靴を履かせ、足は靴下のまま、肩で息をする祐人は混乱した頭の中を必死にまとめようとする。


(何だ? あれ! 浮いてた! 酒も飲んでた! 人っぽいのも……いや、そういう形態をとってたのもいる! 相当盛り上がってた! そう! 盛り上がってた! 酒も飲んでた!)


 まったく、まとまらない祐人。


(そうだ。そう……まず冷静になろう。うん……あれ?)


 冷静になろうと頭を振った祐人の視界に……先程、綾坂と名乗ったおばさんが、こちらを心配そうな、怯えたような態度と表情で、こちらを見ているのが入る。

 どうやら……さっき、逃げたあとに気になって戻って来たらしい。

 電信柱の裏に、体の半分も隠せずにこちらを見ている。そして、確実に二人の視線は重なった。


「「…………………………………………」」


 祐人は、靴をはめたままの両手を大きく広げる。


「いやー! やっぱり、思ったより住みやすいなぁ、良かった、良かった(本当はテントだが)」


 明らかに声が大きい。そして、


「あ、あれー? 綾坂さん? 先程はどうも!」


 ビクッとしたおばさんも、ちょっとバツが悪そうに電信柱の後ろから出てきた。


「……あ、あの大丈夫ですか?」


「え? 大丈夫って? ああ! 家のことですか? もちろんですよ! ちょっと古いですけれど、とても住みやすくて良かったですよ。ええ、本当に。あははのは……」


「でも今、慌ててなかったですか? 急いで出てきたように見えましたけど……。それに靴……」


 祐人はまだ、靴を両手に装着し、靴下のままで会話をしていた。


「あ、ああ! これ! これは前足……じゃなくて、これはちょっと嬉しくてはしゃいじゃったんですよ。こんな広い家だと、つい。その……若気の至りと言うやつです! ははは、いやーお恥ずかしい!」


「はあ……」


 疑わしげなその反応に、祐人は話題を変えようと思ったが、それどころではない。いま現状で一番しなくてはならないことをおばさんに聞いてみる。


「あのー、すみませんが、この辺に公衆電話はありませんか? ちょっと実家に忘れ物をしてしまって……。実家のジジイ……いや祖父に連絡を取りたいんですけど」


「え? えーと、この辺には無いですよ。駅の方に行かないと」


 不思議そうにこちらを見ている。その意味を祐人は悟る。


「あ、僕、携帯電話は持っていないんです。あまり必要性を感じてなくて。駅の方ですね、ありがとうございます。ちょっと、行って来ます」


 実際は金銭的な理由で持っていない。ところが、おばさんは妙に感心したように、


「そうなの……。ちょっと待って。良かったら、うちの電話を貸しましょうか? すぐそこですから」


 笑いながらそう提案してくれる。


「そう……携帯持っていないのね。まったく、うちの娘にも聞かせてやりたいわ」


 とか聞こえてきたが、祐人はいち早く連絡を取りたい。この提案に飛びついた。


「よ、よろしいんですか? 申し訳ないです! でも、お言葉に甘えさせてもらえれば助かります」


「いいのよ。さ、行きましょう」


 祐人はおばさんの後に付いて行き、その場所からすぐの角にある、綾坂邸の中に入れてもらった。そして、玄関のところにある備え付けの固定電話をおばさんから借り受ける。


「終わったら呼んで頂戴ね。奥にいますから」


 頭を下げた祐人は、おばさんの姿が消えるのを見届けて、急いで実家に電話を掛けた。


 ……中々でない。段々イライラしてくるが、ようやく、やる気の無い声が聞えてくる。


〝あー、もしもーし。堂杜剣術道場じゃが。今、忙しいので用件は手短に……〟


 また、これか! これだから門下生が来ないんだよ!


「爺ちゃん!! 僕だよ!」


〝ん? おお最近はやりの僕僕詐欺じゃな。流離いのギャンブラーと言われたこの儂を騙そうなどと183年ほど早い……〟


「違うよ! 祐人だよ! もういいよ! このやり取りは! 前にもやったよ!」


〝……なんじゃ祐人か。何か用か? 儂は今忙しいのじゃが。また、ほーむしっくか?〟


 祐人は他人の家であるので、声を小さくしつつも力を込めて話す。


「違うよ! ちょっと爺ちゃん! あの家は何なの!」


〝何とは?〟


「とぼけないでよ! 色んなのがいたぞ。古今の人外という人外が! しかも、相当格の高いのが! あんなに神気の強い所で、心地良さそうにしてるなんて相当の奴らだよ!」


〝あー、まあ落ち着け。言っている意味がよく分からんのだがのう……〟


「だ・か・らー。今回は本当の意味で化け物屋敷みたいになっていたって言ってんだよ! とにかく化け物がいっぱいいて、宴会を開いて、すごく賑やかにしてたんだよ!」


〝おー、良かったのう。お前、一人暮らしは寂しいかもと言っておったじゃないか。賑やかな方が嬉しいじゃろう?〟


 まったく噛み合っていない纏蔵とのやりとりに、祐人は段々声が大きくなっていく。


「そういう事を言っているんじゃないよ! あんなところに住めないって言ってるの!」


〝のう……祐人。まあ、まず現状を確認しようか〟


「何だよ、現状って! 今、言ったとおりだよ!」


〝祐人……今、我が家には不運にも、お前を養うほどの余裕が無いのは知っておるな〟


「それは! 爺ちゃんが……」


〝そして! お前はどうしても、どんなことをしてでも、高校生になりたいとも言った〟


「……う、うん」


 纏蔵の話をしぶしぶ聞く。前回も全く同じ話をされた気がするが……。


〝それで儂は吉林高校の校長に掛け合い、何とか入学できる状況にまで持っていった〟


「…………」


〝また、その条件の中に一人で生計を立てるというのもあった。お前はそれも喜んで受け入れたというわけじゃ。ましてや男に二言はないと確認もしている〟


「…………」


〝じゃが、それではさすがに不憫に思った心優しい儂は、これもまた、知人に頼みこんで格安の物件を提供してもらった。お前も男だから、生活は自分で何とかするとまで言っておったじゃろう。そして、できれば仕送りまでできるようになると!〟


(んなこと言ってないわ!)


 祐人は、前回と全く同じ展開に、何かそういう脚本でも持っているのか? と疑いたくなる。だが、老人は同じことを何回も言う癖があるものだ。もちろん、纏蔵も例外ではない。


〝ということは、お前のする事は決まったようなもんじゃ。お前はその家に住んで念願の高校生活を送る。そして、そのためにできることはあらゆる努力をする。男というのはな、自分の言ったことをしっかり出来て初めて一人前になれるのじゃ!〟


 相変わらず、前回と同じ演説を纏蔵は熱く語る。段々、祐人は脱力感に包まれる。


〝分かったか? お前のする事はただ一つ。お前は先に占拠している、その不貞の輩を説得して、いったい誰がそこの家主なのかを教えてやるしかないじゃろう〟


「えー! せ、説得って、相手は人じゃないんだよ! そんなこと出来るわけ無いでしょう!」


〝ふうー。もう諦めるのか。嘆かわしいのう、何のための若さか……。堂杜家の人間が何を言っている。それにお前の場合、相手が人間の方が難しいじゃろうが〟


「だって!」


〝祐人。お前の状況はもう既に決まっているのじゃ。お前はそこに住む。学校にもそこから通う。そういうことじゃ。もう切るぞ。あ、こっちには絶対帰ってくるなよ。鍵も変えてるからの。自分の力で切り抜けて見せるのじゃ、不肖の孫よ! ……お、キャッチホンじゃわい。お、この番号は……祐人! 儂は忙しいのじゃ! 切るぞ! ……あ、ひまわりちゃ…〟


 ガチャ。


「ちょっと! 待って! ………て本当に切りやがった! 本当にひまわりさんからの電話なんだろうな! あんのクソジジイィ!」


 受話器片手に拳を作り、思いっきり祐人は悪態をついた。因みに、ひまわりさんとは纏蔵がぞっこんのスナックの雇われママで、二人の子供がいるお母さんでもある。

 そこにそっとドアを開けて、こちらを心配そうに見ながらおばさんが出てきた。


「あの、ごめんなさい。大きな声が聞えたものだから……。もう、電話は済んだのかしら?」


 祐人は慌てて取り繕うように、受話器を戻し、手を広げて後ろに隠した。


「あ、すいません! ちょっ、そう、ちょっと忘れ物の場所がうまく伝わらなくて、大きい声になってしまいました。あの、電話をお貸し頂いてありがとうございました」


「どういたしまして。もういいの?」


「もういいです! あとは一人で何とかします!」


「? ……そう」


「えっと、ありがとうございました」


 祐人は深々と頭を下げて、綾坂邸を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る