第30話不死者の狩猟と混乱③

 

 混乱する新人達の中に名門黄家の嫡男、英雄もいた。


 英雄は瑞穂達が身を挺して、吸血鬼と対峙しているのは見て知っていた。

 そこに、身の程も知らない堂杜とかいう低能力者も一緒にいることも見ている。気に入らない。英雄は内心、あの低能力者が盾にでもなれば良いと思う。だが、考えたのはその程度だった。


 実は英雄は当初、瑞穂の手前、一緒に参戦して良い所を見せようとも思ったのだが、何せ相手はノスフェラク……吸血鬼だ。下手をすれば自分の命も危ない。であれば逃げるが先だと考え、いち早く脱出を試みようとしたのだ。

 それに支部長であり、何と言ってもSランクの超達人である日紗枝がいる。何とかするかもしれないとの観測もあった。


 ところが、あるはずの出口が見つからない。

 英雄は強引に逃げようと新人達を掻き分け、壁をぶち破ろうかとまで考えると、外に出るのが急に恐ろしくなり、それが出来なかったのだ。

 そんな恐慌状態の新人達の近くで突然爆音が響き、恐怖と驚きで目の前の会場の壁が破壊されたことに英雄はすぐには理解出来なかった。


 英雄が呆然としていると、そこに傷を追いマリオンの肩に体を預けている瑞穂と日紗枝がやって来るのを見て英雄は驚いた。英雄は思わず瑞穂を抱えているマリオンに駆け寄り、瑞穂をマリオンから強引に引き剥がすと自らの肩を貸す。

 こうすると英雄は今までの自分の思考や行動は既に忘れ去り、たった今、自分が瑞穂を守っているような気分に浸れた。

 すると、英雄の気も大きくなる。


「瑞穂さん、大丈夫ですか!? しっかりして! ここからは俺がついているから大丈夫だ!」


 英雄がそう声を掛けた直後……。

 新人達のすぐ近くの、突然、大穴が開いた壁のところから、壁の破片を吹き飛ばしつつ、不死者であるガストンが凄まじい魔力を発しながら猛然と立ち上がった。

 背中で息をし、その顔は先程の祐人の放った右回し蹴りの剛撃で醜く拉げていた。


「こぉーの小童共!! 逃げられると思うなよ! お前達はな……僕の食事なんだよ。そんなことも分からないのか? そのために今まで生きてきたんだろうが!」


 いきなり至近に現れた怒り狂った吸血鬼の狂相は、新人達にとってこの世のものとは思えない。


「ハアア! そこを動くなよ! このホールから出たら細切れにするぞ! 僕に血を吸われるまでそこで大人しくしていろ! その前に僕はあの小僧を悶死させてくるからさぁ~」


 そう言って口は笑うように、目は吊り上げ、祐人を睨む。

 新人達は恐怖で声が出ない、足が動かない、まぶたが動かない。

 英雄ですら硬直して、瑞穂をその肩から落としてしまう。


「ヒーッヒッヒ! ヒャーッハッハッハ!」


 ガストンは肩をくねらせ奇声を上げる。

 狂った吸血鬼の目の前にいる者は、その姿を見るだけで恐怖と絶望で眼球が定まらず潤んだ。


「キーヒッヒ! ヒャーハッハッ……ギャフ!!」


 そのガストンの顔が一瞬だけ更に拉げたような残像を残し、またしてもその場から吹き飛んだ。

 ガストンの頭蓋骨は砕けて、首の筋肉繊維がブチブチと引き千切れる。


 そこに、いつの間にか現れた祐人が目にも止まらぬスピードで、ガストンの横面にまたしても右脚を叩き込んだのだ。

 ガストンは数十メートル離れた、先程まで祐人が立っていた、ホール前方の壁をガストンの体で粉々にした。


 呆然自失の新人達は、たった今までそこに立っていた狂相の吸血鬼と入れ替わり、全く同じ場所に立っている少年の、その力強い後姿を眺める。

 英雄に落とされて、床に倒れていた瑞穂も、その安心感すらあるその背中を眺めた。


 その祐人が振り向き……皆に笑いかける。


「早く皆逃げて。大峰さん、先導して下さい。将来有望なゴールデンエイジの新人達をこんな所で失う訳にはいかないんでしょう? ここは一番成績の悪い僕が食い止めます」


 その穏やかな祐人の言葉に、日紗枝は目を剥いて反論する。


「何を馬鹿なことを! あなたは、あなたも大事な……」


「いいから早く! 今は他の方法を探している暇はないですよ! あの野郎はあの程度じゃ全く効いてない筈だから、すぐにまた来ます!」


 祐人の怒声に日紗枝は驚く。瑞穂も驚いた。それだけの気迫が祐人にはあった。

 だが、祐人の言う通り今は他の案がない。日紗枝は忸怩たる思いだが、今は判断の遅れが最悪の事態を招くことを理解する。

 日紗枝は血がにじむほど唇を噛み、この少年に対し何もしてやれない自分を呪う。だが……いや、だからこそ震える声で守るべき新人達に指示を出す。


「わ……分かったわ。皆! 早く避難して! 私に付いて来ればいいの! ホテルの外へ! マリオンさん、悪いけど手伝って。瑞穂ちゃんは大丈夫?」


 日紗枝は指示を出しつつ、祐人に向かい声を絞り出す。


「堂杜君! 今、剣聖を呼び戻しているわ! それまで! それまで何とか持ちこたえて!」


 それは祈りにも近い叫び声だった。祐人も「はい! 分かりました!」と受け、ガストンのいる方向への警戒を怠らない。

 瑞穂はお腹に手を当てながら立ち上がり「もう大丈夫です」と言うと、マリオンと一緒に皆を誘導し始めた。


 英雄もここぞとばかりに、命令口調で全員を怒鳴りつけた。だが、この場合の英雄の誘導は大いに役に立つ。

 するとようやく、怯える新人達が日紗枝を先頭にして、力無く動きだし脱出が始まった。


 何とか英雄とマリオン、瑞穂以外の全員が、ガストンの体で開けた大穴から会場の外に出ると、英雄は自分達も行こうと、瑞穂に意気揚々と振り返る。

 英雄は、瑞穂が今活躍している自分を近くで見てくれているとばかり思っていたが、見ていないばかりか瑞穂が思った場所にいない。


 その瑞穂は新人達を誘導し終わると、自分達の為に警戒をしてくれている祐人の方向に、マリオンと同時に振り返り祐人を見つめていた。

 英雄はそれを見て軽く舌打ちをし、瑞穂に近づくと瑞穂の手を強引に取り、引っ張りつつ英雄は祐人に叫ぶ。


「おい! この劣等能力者! しっかり時間稼ぎをしろよ? 俺達には有望な未来があるんだからな。命がけで粘れよ! お前が死んでも大した損害にはならん。だから心配せずに逝け! さあ、瑞穂さん、行きましょう。ここからは俺が一緒だから安心して!」


「ははは(この野郎……)」


 祐人は英雄の言いように苦笑いをして、早く行けとゼスチャーをする。

 瑞穂は英雄の手を力いっぱい振り払うと、まだ瓦礫の上でガストンを見張るように、そして皆を守るように立つ、祐人をジッと見つめる。

 マリオンも泣きそうな顔で祐人を見る。


「ほら、四天寺さんも、マリオンさんも」


 祐人は未だ出て行こうとしないその二人に気づき、笑顔で早く行ってくれと促した。


 瑞穂とマリオンの二人は、先程の自分達の無様さが記憶に焼きついている。

 そして、今の自分達の状態ではあのガストンと何度やっても同じ結果だということも分かっていた。

 それは単に実力不足ということではない。戦いにおいてそれはよくあることだった。

 実戦において往々にある初戦での失敗。それが、その後の戦いにも苦手意識として大いに響いてくる。

 もう、体に染み付いているのだ。


 ガストンには絶対に勝てない、戦えない、という焼印が……心に。


 二人は自分達のその心の状態を、祐人が全て分かっている……と何故か確信してしまう。

 だけど、いや、だからなのか……瑞穂は去る前に声を掛けずにはいられない。


「死んだら……死んだら許さないから。この私に、この四天寺瑞穂に貸しを作って死ぬなんてことは絶対許さないから! そんな生意気なこと……絶対に許さないんだから!」


「あの! 私もです! 私も……こればかりは許せないです! 絶対に帰ってきてください!」


 その瑞穂とマリオンの切実な願いにも似た言葉に、祐人は驚いたように二人を交互に見てしまう。


 そして、笑顔を作る。


「あはは……生意気って。でも、それでこそ四天寺さんらしい……ね。安心したよ」


 祐人からは緊迫感が感じられない。それは祐人のいつもの表情だ。


「それにマリオンさんまで厳しくなっちゃって。うん、頑張ってみるから。マリオンさんに変なものを背負わせたく無いしね。だから早く行って。僕は大丈夫だから……二人とも早く!」


 マリオンと瑞穂は、まるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 祐人は笑っていた。だが、その笑顔は明らかに自分たちに心配させまいという笑顔だ。


 瑞穂はこの期に及んでそんな顔で笑って……しかも自分の不器用な言い様を「四天寺さんらしい」と言ってくれるなんて思わなかった。それは自分でも気付かなかった、瑞穂にとって人から一番欲しい言葉だったのかもしれない。

 瑞穂は、この少年が出会ってから今まで、自分自身、瑞穂自身を見て接していた、そして瑞穂の個性を受け入れてくれていたという事実が染み渡ってくる。


 マリオンは心に起こる感情を抑えられない。「変なものを背負わせたくない」とは、さっきのガストンとの会話から、自分が過去に大きな悔いを持つことを知り、それに対し気を使っている発言だと分かったからだ。


 こんな時にも関わらず……。


 これからこの少年は自身の命すら危うい戦いをするのだ。


 それなのに……。


 瑞穂とマリオンの二人は出口の方向に同時に踵を返えした。それに一瞬遅れて英雄が続く。

 瑞穂とマリオンは、今の自分の表情がどんなものなのか分からない。

 だが、今の顔を誰にも見られたくなかった。

 二人は滲む視界の中を全力で疾走した。



 その数秒後……その三人の背後から凄まじい轟音が響き渡る。

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