第31話 堂杜祐人①
ホテルの玄関前では、新人達と従者達が合流していた。
すでにホテル従業員やホテル利用者も避難しており、ホテル前は人でごった返しになっている。
新人試験受験者の従者や関係者達は、新人達の顔を見て安堵し、そして日紗枝の指示ですぐに国元に帰る準備をする。
次に日紗枝は一番聞きたかった剣聖の件を確認した。
しかし……最悪の報告を受ける。
機関職員の報告では剣聖の乗る車は渋滞に巻き込まれ、到着がだいぶ遅れるとのことだったのだ。
日紗枝はホテル内に戻ろうとするが、そこに説明を求める人間で人だかりが出来てしまい、その対応に日紗枝は四苦八苦してしまう。
こんなことをしていたくはないのだが、彼女は立場上それらを無視するわけにはいかないのだ。
それに日紗枝自身、本調子ではない自分がガストンとの戦いに足手まといになる可能性を一番痛感していたということもある。
それは支部長として情けない思いだった。
であればこそ日紗枝は今、自分しかできないことを取り組むことを決心するのだった。
日紗枝は職員に今、動ける上級能力者や試験官達への連絡を指示する。
その剣聖遅れる、の最悪の報をホテルから最後に出てきた瑞穂とマリオンは偶然にも聞いてしまう。
二人にとって、いや、あの試験に関わった全員の楯となった少年にとって一番の頼みの綱である剣聖の到着が遅れるというのは絶望にも近い衝撃を与えるに充分だった。
だが、周りの受験者達とその関係者は互いの無事を喜び、とにかくこの場所から離れようと必死だ。
今、自分達が誰のお蔭でこの場まで退避できたのかも、もうその頭には無いようだった。
瑞穂とマリオンはその周囲の状況に怒りとも悔しさとも取れない表情で見渡す。
だが、それで彼らを責めるのは酷なことかもしれない。
相手は吸血鬼という大物の人外。ましてや、吸血鬼達が人間社会に溶け込んでからの数百年の間、吸血鬼と能力者との間での戦闘記録は無い。
そのため、吸血鬼対策というものも分かっていないのだ。その上、相手は五名の能力者の能力を手に入れ、事実上、その実力は魔神クラスと言ってよいものだった。
魔神クラスの人外との戦闘は最低でもAAランクから上の能力者の範疇であるというのが能力者機関内の常識でもある。
瑞穂の頭に最も取りたくない手段が浮かぶ。
それは……父親とのコンタクト。SSランクでもあり世界能力者機関の筆頭格。
ホテルから最後に脱出して来て深刻な顔をしている瑞穂を発見した明良と従者達が顔色を変えて駆け寄ってきた。
口々に瑞穂の体の具合を聞いてきたり、脱出時の異常な自分達の行動を説明したりしている。
しかし、今の瑞穂にはまったく耳に入らない。
そして、瑞穂は意を決したように顔を上げた。
すぐに瑞穂は従者達に命令を下す。
明良には父親である四天寺毅成への連絡と出陣要請。
その他の者にはホテル周辺の警備、残りは世界能力者機関日本支部の支部長である日紗枝のフォローと、瑞穂はそれぞれにすばやく指示を出して有無をも言わさずに退散させる。
指示を出される方もその瑞穂の気迫を感じ取ったのか、四天寺家の優秀な従者たちはその指示を真剣に受け止め迅速に行動に移す。
瑞穂は自分から離れていく従者達を確認した。
すると……彼女自身は静かに体を翻し、人混みに紛れホテル入り口に向かい……走り出すのだった。
そして、まるでその行動を読んでいた様にマリオンもその後を追う。
遠目で黄英雄はこの二人の姿を確認していた。この時、英雄は何とも言えない迷いに迷った表情をし、拳を握りしめる。
だが結局、この時の英雄はこの二人の行動を見て見ぬ振りをしたのだった。
緊急の連絡を受け、空港からホテルにとんぼ返りしている車中に剣聖はいた。
「もう……、間にあわないのではないかな?」
その剣聖の呟きに、迎えに来た生真面目な能力者機関職員は顔を真っ赤にする。
「不吉なことをおっしゃらないで下さい! 彼らは若いですが優秀な能力者達です!」
剣聖は静かに苦笑いをし、窓の外を見た。
「いや……もう倒されているんじゃないのかな? ……あの少年に」
今度の呟きは機関職員には聞こえなかった。
祐人とガストンを残したホール内では壮絶な肉弾戦が繰り広げられていた。
ガストンは祐人に驚愕の目を向けている。この吸血鬼である自分と肉弾戦で互角にやりあえる人間がいるなどガストンは知らない。
ましてやこの少年はたった今、ランクを取得したばかりの新人なのだ。
(こいつは本当に新人か? 何者なんだ……)
しかし、互角に渡り合っていた戦いも時が経つにつれ、戦況はガストンに傾きつつあった。
それはダメージの蓄積が違うのだ。ガストンは祐人から傷を受けてもその不死者の名に相応しく脅威のスピードで傷が塞がっていく。実際、皆を逃がす直前に祐人が粉砕した頬骨と頭蓋骨は既に修復していた。
だが、祐人はそうはいかない。
祐人は確実にダメージを内包していく。祐人自身、このままでは、と冷静に考え始めた。
「お前は本当にランクDなのか!? 信じられんぞ!」
「正真正銘のランクDだよ! ありがたいことにね!」
ところが今、肉体的に追い込んでいるのはガストンなのだが、精神的にはガストンの方が余裕はなかった。実際、実戦経験がほとんど無いのはむしろガストンの方であったのだ。
そのため、祐人に比べ戦闘におけるメンタルコントロールが稚拙だった。ガストンは焦りと怒りの中で、どうしてもある疑問が浮かぶ。
この少年のまるで百戦錬磨の能力者ような戦いぶりは何だ? と。
新人で且つ、これだけ若い能力者がサトリ能力者対策を講じつつ吸血鬼である自分と互角に渡り合っている……。
しかも、その戦闘力はランクDとはかけ離れているものだ。
(この小僧には何かあるな。であれば欲しい……。こいつの力も……)
ガストンは祐人と距離を取りニンマリとする。
肉体的ダメージの蓄積で僅かだが……祐人の心に隙ができ始めているのをガストンは感じたのだ。
通常のサトリ能力者では分からなかっただろう。しかし、ガストンのサトリ能力は当代最高のサトリ能力者から奪ったものなのだ。
「ほう……。君はなかなかに心優しい男だが……全くそれが役に立っていないんだねぇ」
祐人の眉が僅かに動く。
(ククク、
そのガストンの心理戦の開始と同時に突然の闖入者が現れた。
「堂杜祐人! 無事なの!? 生きてる!?」
「祐人さん!」
祐人は瑞穂とマリオンがこの場に飛び込んでくるのを見て、逃げたはずの二人が乱入して来たことに驚いてしまう。
「え!? ダメだよ! 何で来たんだ!」
まさにその時、祐人にできた僅かな心の穴……ガストンはそれを見逃さなかった。
「ハッ、しまっ……」
ガストンは下卑た顔で笑う。
「ヒャーハッハハ! おやおや……。クックック、観客も戻ってきた事だし、ここは君のことをもっと深く知って貰おうよ。彼女たちにもね……クケケケ」
祐人は歯軋りをする。
瑞穂とマリオンも怒りを露にしつつ、祐人の表情から自分達の乱入が祐人の戦闘にマイナスの影響を与えてしまったことを知った。
よもや助太刀に来たつもりが到着した早々に足手まといになる結果になり、瑞穂は情けないのと悔しさで泣きそうになる。
ガストンの顔に高揚感にも似た表情が顕われる。
ガストンは人の心が存外脆い事をこの能力を手に入れてから知った。そして強者が内側から壊れ、崩れていく姿に絶頂感すら感じる自分を発見することになる。
ソフィア・サザーランドからサトリ能力を手に入れた後、5人の能力者をこの手を掛けた。
その際、この負けようの無い心理戦で大いに相手をかき乱し、その後にその血と能力と命とを一緒に頂いてきたのだ。
ガストンは醜悪な笑貌をみせる。
「ククク……ハッハッハー! これはこれは酷い。君はそんな大人しそうな顔していて……いやはや、何だ? もう君の心は今にも壊れそうじゃないか! こんな状態で君は普段から暮しているのかい? 可哀相に……辛くはないのかい?」
わざとらしく心配そうな顔をし、上半身を不気味に滑らかに忙しなく揺らす。
そして腰をくの字に曲げて祐人を斜め下方から哀れむように見つめてくる。
祐人は黙って無表情にガストンを睨みつけ聞いている。
マリオンと瑞穂は前戦闘の時の自分達のことを思い出し、祐人を心配しつつ自分自身を攻めるように苦しそうな表情をした。
「君は自分が傷つくことは厭わない。いやぁ、実に素晴らしい人間性だよ。しか~し、君は甘いなぁ? ま、さ、か、敵に情けをかけて……自分の最愛の人と戦友達を殺されるなんてね!」
「え……?」
マリオンと瑞穂は祐人に顔を向けた。祐人は拳を強く握る。
「あ、ごめんごめん。その前に母親も失っているんだねぇ。これまた! 君の未熟さが原因だなぁ。いやあ、他人に優しくても大事な人達をねぇ。これはもう! 優しさとは言わないかもね~?」
ガストンはそう言いつつ、祐人の表情を伺うようにしている。すると、祐人の表情に変化が表れた。
「あっはっは、あっれ~? そんな顔をしないでいいのにぃ。これはぁ、年上からの助言だよ? クク……だよ?」
ガストンは白々しく祐人に同情をするような顔を作る。
その真偽の分からない話を聞き、瑞穂とマリオンは再び祐人を気遣わしげに左右から見た。
「「っ!」」
瑞穂とマリオンは胸が貫かれそうになる。
そこにいる少年の……その少年の顔はとても見ていられるようなものではなかった。
泣いているのに涙を出さず、壊れているのに崩さない。叫んでいるのに声が出ない。
そういった自戒と苦悩、後悔と自責の念とが合わさった、だが最後まで崩れないように必死に立っているという少年の姿だった。
過去に一体、この少年に何があったのか? だが、そんな疑問よりも瑞穂とマリオンは自らの中に沸きあがる怒りに戦慄く。二人の少女は同時に祐人の前に出た。
恐ろしい程の力が二人の周りに集約し、莫大な霊力の渦が二人を囲う。
瑞穂はその秀麗な顔を怒りの形相に変え、精霊達を強烈に支配する。
「堂杜祐人! そんな話、聞く必要ないわ! こぉのぉぉクズが! 止めなさい!」
マリオンに至っては生涯で初めてであろう。そうマリオンは生まれて初めて……切れた。マリオンも、もう黙って見てはいられない。二人はお互いに合図をしたわけでもなく同時に戦闘態勢に入った。
「あなた、決して許しません! ここで浄化します! 滅しなさい!」
瑞穂の周りに灼熱の塊が五つの槍の形状を取り、その刃先はガストンを正確に捉える。
「南方焔の精霊よ! 我が炎槍となれ!」
精霊使いにとって詠唱の意味はない。ただ、自分とその技を繋ぐしっくりときた文言を唱えるのが四天寺流だ。
その詠唱の終了と同時に五つの炎の槍がガストンに襲い掛かる。
「天に冠たる七大天使が長、ミカエル! その御身に秘めたる浄化の力を授け給え!」
マリオンの詠唱の後、ガストンの頭上に直系3メートル程の眩い光の輪が発生する。そしてその下方にいるガストンを眩い光が照らし出す。
新人だがAランカー二人の本気の同時攻撃。その破壊力はAA~Sランカー並みの破壊力を持っていただろう。
吸血鬼とはいえ直撃すれば無傷では済まない、その攻撃を前にしても依然と下品な笑みを崩さないガストン。
そのガストンに向い凄まじい力が爆ぜた。
力を放つと同時にマリオンは祐人と瑞穂の周りに光の聖楯を展開し、放った技の余波から自分達を防御をする。
大技を放ちつつもマリオンのそつの無い対応に瑞穂は感心した。
二人は警戒を解かないまま、まだ動けそうのない祐人を守るように身構える。
しかし、二人はもうガストンが無傷だとは思っていない。いや、あわよくば倒したのではとさえ考える。
それを厳しく評価すれば……それは油断だったのかも知れない。
しかし、二人の実力から考えればそう思っても仕方が無いとも言える。
天才の名を欲しいがままにしてきた瑞穂。
恵まれた才能と努力を欠かさないマリオン。
同世代では最強クラスの二人が放った本気の同時攻撃。普通の人外であればまず
事実、ガストンも直撃を受けていればどうだったか分からない代物だった。
しかし、彼女らが唯一足らないものがあれとすれば……それは経験。
実戦経験があれば相手に放った攻撃の手応えをもっと精密に感じていただろう。
そして何よりも、この戦いにおいて問題なのは……自分より強い敵と会ったことが無いという一点だった。
「いやあ~? キャーッキャッキャ! 大した攻撃だったね~!」
予期しない背後からの奇声に瑞穂とマリオンは背筋に冷たいものを感じる。
その直後、ガストンの鋭い爪が瑞穂とマリオンの頚動脈を正確に切断しようとする空気の切り裂き音が二人の耳に入った。
(殺られる!)
二人は同時に目を瞑った。
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