第29話不死者の狩猟と混乱②

 

「ランクDィ? ハッハハ! 通りで知らないわけだ。確か今試験の最下位ランクだな?」


 ヘヘー、と満更でもない顔を祐人はしていると腹部に瑞穂の肘が入る。


「ウプ!」


「今のは褒められてないでしょ! 確実に!」


 蹲る祐人。瑞穂をマリオンが宥める。

 日紗枝は、出口付近にウロウロしている新人達を深刻そうに眺めながら、ガストンに対しての警戒も怠らない。


 早く新人達のところに駆けつけて、事態の確認と解決を図りたいのだが、吸血鬼のガストンを前に迂闊に隙は見せられなかった。

 相変わらずガストンは、余裕の表情を見せている。

 そして、余裕のない日紗枝の横に態勢を直した祐人が並んだ。


「大峰さん。行って下さい。多分、大峰さんじゃないと皆、脱出できません」


 祐人の発言に日紗枝は目を細め、その真意を尋ねる。


「堂杜君……あなたには何か分かるの?」


「いや……すみません、完全には分かりません。ただの推測です」


 完全には……という祐人の言葉。日紗枝にしてみれば、今、退避しない新人達の状況の理由を全く想像出来ない。

 今は予想でも、少々、的外れでもいいからヒントが欲しいと日紗枝は考える。しかも、今のこの切迫した状況で仮説を立てたのは、今、目の前にいる少年だけだ。であれば、今はそれに縋りたい。


「あなたの判断力テストは、全受験者中最高のAよ。推測でもいいから言ってみて」


「……分かりました。さっき、僕がこいつに攻撃を仕掛けた時に覚えた違和感なんですが、こいつを見ていると、昔からの仲間のような気がしてしまうんです。そのせいで先程、僕は一瞬、攻撃を躊躇ってしまいました」


「……そう、それがあいつの身に着けた能力の一つ【ポジショニング】よ。その能力で奴の侵入を防げなかった厄介な能力だわ。目の前で確認していれば、そこまでの力は発揮しないはずだけど、それでも若干の影響はうけるわ。でも、それだけじゃあ……」


 瑞穂とマリオンはそれを横で聞いて驚き、顔を引き締める。


「はい。皆が逃げられない理由になりません。ただ、僕は以前にも……この違和感に近いものを経験しました。昨日、二人の吸血鬼……だと思いますが、その死体を発見した東屋で僕は『すぐにここから離れて帰らなければ』と強く思ったんです」


「……どういうこと?」


 日紗枝は、今の祐人の話の意味がまだ分からない。


「これも推測ですが、もし正しければ……。四天寺さん。マリオンさん。このホールの出口がどこか見当たりますか?」


 二人は、「は?」という顔になる。


「そ、そんなの! 後ろのあそこに決まって……え?」


「無い……。いえ、無くなってます! 何で?」


 二人の不可思議な反応に、日紗枝は一体どういうことかと驚く……。


「え? 何? どういう……。そこにあるじゃない。私には見えるわ」


「大丈夫です。今見た方向に確かに出口はあります。じゃあ、そこから出ようと考えて下さい」


 祐人の言葉に三人とも眉を顰めながら、あるはずの出口の方向を見つめる。

 突然、マリオンと瑞穂の二人は青ざめていく。マリオンは震えるあまり、立っているのがやっとだ。

 日紗枝は、その二人の姿を見ながらも、体の内側から湧き上がる衝動に困惑しつつ、それに必死に抗っている。

 祐人が三人の背中を軽く叩く。途端に三人とも正気に返ったようにキョトンとした。


「もういいです。こう感じたのではないですか? 新人の四天寺さんとマリオンさんはここから出たくない、外はもっと危険で、出たら終わりだと……。そして、大峰さんは……新人以外の人は早くここから出て行きたい。出て行かなければ、自分も新人達も終わりだと、そういった強い衝動がありませんでしたか? しかも、抑えられないぐらいに強いのが、です」


 日紗枝、マリオン、瑞穂と祐人の言うことに聞き入る。その突拍子のないような話だが、事実と整合性がとれているために理解が出来た。理解できると人はホッとするものである。そのため、何故、祐人は大丈夫なのかという疑問まで頭が回らなかったのは祐人にとって幸いだった。


 仙道とはありのままの世界をありのままに捉えることも重要な修行である。この中庸(ちゅうよう)の心を以って仙道の到達点となるのだ。

 つまり、仙道のマスタークラスには精神攻撃や幻術は、ほぼ通用しない。祐人はもちろん、そこまでは達していないが。


 祐人は話を続ける。


「それに加え、新人達には出口を見えなくし、それ以外の人達には見えるようにする。ここまで念を押せば……新人以外の付き添いや従者は先を争って出て行ってしまう。そして新人達は出るに出られない。その結果が今のあの現状です」


 祐人は、出口付近でウロウロしているだけの新人達を指差す。


「僕の推測は、こいつの仕掛けた能力の根源は、人の認識と判断を捻じ曲げるものではないか? が結論です。新人には、外にこそ危険がある、その他の人間には外に行かなければ全員助からない……と強く感じる、確信する。そのように仕向けているんです」


 祐人の説明に拍手が起きる。その拍手の主のガストンは下品な笑いを漏らした。


「いや、本当に君は面白い! 素晴らしい状況判断だよ。ほとんど正解と言って良いね。これは【ポジショニング】と【イクイヴォーカル】を機軸とした応用なんだよ。しかし、それでランクDというのはその他の能力が足らなかったのかな? だが、君は……んー? 実戦経験は豊富かな?」


 ガストンは二重に割れた己の顎を摩る。


「こんなに僕に心を読ませないとは……サトリ能力者対策も大したもんだね。まるでサトリ能力者との戦闘経験があるみたいだ。ずっと君の中からは水着姿の女の子達しか見えてこないよ」


「い!」


「え?」


「はあ?」


 ガストンの指摘に祐人は、ばつが悪そうな顔で、あたふたとしてしまう。

 それを聞いてジト目で見つめる二人の少女達からの視線が痛い。


「祐人さん……さっきの会話中もそういうことを考えながら……」


「堂杜祐人……。これだから、男は……」


「誤解だよ! あくまでサトリ能力者対策だよ。好きでやっているわけじゃ……」


「好きじゃなければ、何で水着姿の女の子なの!」


「いや! たまたま部屋で今年の夏の新作水着ショーがテレビでやってたから! 何でもいいんだ! 慌てて思い出したのがそれで、そのまま持続していただけなんだ! すぐに変えるよ」


「お、ちなみに……君たち二人も水着姿でいるぞ」


「「え?」」


「ちょっ! 嘘だ! そんなことは想像してないよ! 本当だ、信じて!」


 マリオンは頬を赤くして、隠れるように祐人の視線から逃れようとする。瑞穂は祐人に対して戦闘モードON。怒りのオーラを全身から噴出して、懇願する祐人に躙り寄る。


「だから誤解……し、四天寺さん? 敵は向こうおぉブハ!」


 祐人の顔中央に、瑞穂の踵落しが見事な角度でめり込んだ。

 瑞穂の翻ったスカートがゆっくり元に戻る。


「おお、かわいそうに。冗談だったのだがねぇ……。お? 掛算九九になったな」


 そう言うと、ガストンは肩を竦めて両手を広げて見せた。


「ハアアッ!」


 突然、日紗枝が前に出る。

 祐人達とガストンとの会話の間でも、日紗枝はそのガストンの隙を見逃さないよう注視していた。

 そこに緩んだように両手を広げたガストンを見て、不意に近接攻撃を仕掛けたのだ。


 日紗枝のその精霊使いとは思えない身のこなしは、四天寺家に伝わる独自の体術である。

 体重移動を重視したその体術は、しなやかに見えて、その打撃は重い。さらに、その日紗枝の繰り出した右手の突きは、目立ちはしないが、高熱を発して橙色に染まっていた。

 その突きはガストンの左胸あたりを正確に射抜こうと腕が伸びる。

 が、既にその場所にはガストンはいない。


(消えた! クッ、死角に入られたか)


 危険を感じた日紗枝は、素早く回避行動にでるが、そのまさに回避した所でガストンと数十センチという至近距離で目が合ってしまう。


「ハッ!?」


 ガストンは、互いに息もかかる距離で日紗枝をその彫りの深い目でジロリと見る。


「無駄だと言ったろ? そんなに焦っていちゃ、当たる攻撃も当たらないよ?」


 ガストンは片眉を上げて、日紗枝を見下すように自分の唇を舐める。日紗枝は強烈なガストンの魔力にあてられる。


「ふぅ……それになぁ~、いくら強くても、お前の考えは読みやすいんだよ!」


 言い終わるや、ガストンの強力な魔力の乗った青白い拳が、超至近距離で日紗枝の腹部を狙う。


「ひっ」


 その攻撃に戦闘経験豊かなはずの日紗枝は悲鳴を上げそうな程、極度に慌てた。

 だが、ガストンの拳は腹部に入る直前に止まる。

 ガストンは片眉を上げてかすかに笑い、そして、日紗枝の耳元に顔を寄せて囁く。


「ほう……お前。妊娠……しているのか。父親は剣聖か? ククク、剣聖には知らせて無いのか……面白いな。それで本調子ではないのか。しかも、三年も妊娠中とはな」


 日紗枝の顔色が変わる。ガクガクとその場で膝を折り、蹲って自分の肩を抱く。


「ほほう、ソフィアにも相談しているようだ。それでお前からソフィアへの敬愛の念がでているのか。私たちは縁があるな! だが、これ以上逆らえば、その腹にも攻撃せざるを得ないがなぁ」


「日紗枝さん! どうしたんですか!? こんのぉー、この吸血鬼、何をした! ハァッ!」


 瑞穂は猛然と炎の弾丸を正確にガストンの顔に叩きつける。ガストンが、それをさらりと避けて、後方に距離をとった。その隙に瑞穂は膝をついた日紗枝を庇うように前に立つ。


「失礼だな……お前。見ていたろ? 僕は何もしていないだろうが?」


 マリオンも来て心配そうに日紗枝の肩に手を置き、瑞穂は眼光鋭くガストンを見る。


「へ~。生意気な目だね。口の利き方も気に入らんよ? こーんな小娘には、お灸が必要だぁな。ククク……ほうほう、君は男嫌いか、そうかそうか……」


 瑞穂の目が大きく開く。


「ほうほう、尊敬していた男からの陰口を聞いてしまったかぁ。お前の人間性や性格には興味なさそうだなぁ。四天寺の名が一番魅力的とはなぁ」


 ガストンは瑞穂の表情を確認しながら、嘲笑する。


「クケケケ……そうだなぁ、それでは男も嫌いになるよなぁ。そんな経験を何度もさせられてはなぁ。誰もお前を見ていない……お前という人間の魅力は唯一、四天寺の名を冠しているということだけだもんなぁ。あーん?」


「な! このぉー!!」


 ガストンの言葉に、顔色を変えた瑞穂は突撃に転じる。


「その突き抜けすぎた才能も実力も、男には迷惑な話だったみたいだな!」


「四天寺さん! あいつの言葉に乗せられないで!」


 即座に祐人が止めようとしたが、間髪で間に合わない。


 もう、瑞穂のそれは、精霊使いの戦い方とはとても言えるものではなかった。それはただ感情に任せただけの攻撃。

 本来、中距離から遠距離が精霊使いの得意レンジにもかかわらず、まるで素人の喧嘩のように、炎を纏った拳と蹴りをガストンに繰り出す。

 ガストンは、それらの攻撃を小馬鹿にしたように避けると、突然に前進のステップを踏んだ。完全に精霊使いの弱点である懐にやすやすと入り込まれてしまい、容赦の無い膝が瑞穂の鳩尾に飛ぶ。


「んぐ! くはぁああ……」


 瑞穂は強烈な衝撃に、涎を垂らしながら体をくの字に曲げ、煩悶する。


「瑞穂さん! あなた、何てことを!」


 マリオンは無防備になった瑞穂を庇うように、ガストンに向って、霊力処理した聖水の小瓶を投げつけた。

 だが、ガストンは「おっと……」と躱すと、濁った金色の目を光らせ、瞬時にマリオンとの距離を詰めて、マリオンの金色の髪をその青黒い手で鷲掴みにした。


「はう!」


「女性はお淑やかでなくてはね~」


 苦悶の表情のマリオンを見下すように、そして見透かすように眺める。マリオンは傷みに耐えながらも、目だけは鋭い視線をガストンに向けた。


「お前も生意気だぞ。ククク……ふーん、君はいいのかなぁ? 随分と皆と仲がいいねぇ。でもそれじゃあ巻き込んじゃうじゃないのかな? 君は自分の大事な人達が、自分の前で傷つくのは耐えらないもんなぁ、優しいお嬢ちゃん。……お前の母親が、君の大好きな父親を巻き込んだようにな!」


 頭を掴まれたままのマリオンは目を見開くと顔から生気が消え、子供のように悔し涙を流す。


「それが許せなかったお嬢ちゃんは母親に酷い悪態をついたなぁ~。一番お前を守っていたのは他ならないお前の母親だったのになぁ。お前の持っている神具も母親がお前のために守ってきたのに……。あはは、愚かだよな、それもすべてあとから気づくとは!」


 マリオンの全身から力が抜ける。涙が止めど目もなく流れ落ちる。

 嘲笑するガストンはマリオンの首に鋭い牙の生えた口を近付けようとした時……。


「へぎゃ!」


 ガストンの視界がぶれた。


 その場からガストンが吹き飛ぶ。頬骨が粉砕され、頚椎が脱臼したのがガストン自身にも分かった。

 何十トンもの鉄球を受けたみたいな衝撃にガストンの体は会場後方にまで弾丸のように滑走した。そして、未だ脱出できていない、新人達が集まっているすぐ近くの壁をガストンは自らの体で大穴を作らされてしまう。

 その時に本来あった会場の扉の片側と壁の破片が轟音と共に飛び散った。

 突然、自分達のいるすぐ横の壁が崩壊し新人達から驚きの悲鳴が上がった。


 今、助かったはずのマリオンにも何が起きたのかも分からない。そして周りの様子も目に入らないマリオンはその場に両膝を着き、うな垂れる。

 マリオンにとって決して誰にも触れられたくは無いことを指摘された。それはずっと自分を責め続けてきたことだった。

 マリオンの瞳から止めどなく涙が流れ、頬を伝う跡も消えそうにない。


 ただ、マリオンは涙目のまま力なく顔をゆっくり上げて眼前に視点を合わせる。涙で視界が定かではないが、目の前に少年の両足があるのだけは分かった。

 そこにはきっと、あの……いつも優しくて、話し易い、でもちょっと頼り無さそうな少年がいる。

 マリオンは必死に涙を拭い、何とか力を込めて顔を上げようとする。


(ああ、私……こんな顔を祐人さんには見られたくないな。きっと心配そうに私を見ているに決まっているもの)


 そして、無理やり大丈夫という表情を作り、マリオンは顔を上げた。


「え……?」


 一瞬、マリオンは人違いかとすら思った。

 何故ならば、そこにいるその少年の表情はまさに怒り……体全体に闘氣を纏い、憤怒の顔をした戦神の様な気迫を放つ祐人がいたのだ。そしてその顔はマリオンを見ていない。

 祐人の顔はその右脚で会場後方に吹き飛ばされたガストンのいる辺りを向いている。

 そして、祐人は覇気のある声を上げた。


「マリオンさん、しっかりして! 今から僕の言う通りにするんだ」


 祐人の力強い声がマリオンの弱っていた心に染み渡ってくる。


「マリオンさんは四天寺さんを連れて逃げて。あの野郎で出来た穴から逃げられる筈だから。それで他の皆にも声を掛けて連れて行ってあげるんだ! ここは僕に任せればいい」


「は、はい!」


 マリオンは即座に返事をして祐人の言う通りにした。祐人さんはどうするの? とは何故か思わなかった。

 いや、マリオンはそうするのが至極当然だと思ったのだ。祐人に指示されると不思議と勇気も湧いてくる。そして、蹲っている瑞穂に駆け寄った。


 次に祐人はまだ茫然自失の日紗枝に声を掛ける。


「大峰さん! 今のうちにあのサイコ野郎の体で開いたあの穴から逃げて下さい! 新人達には怒鳴りつけてでも連れ出すんです。外に出れば精神的な拘束は失われるはずです。主催者である大峰さんの言葉なら皆、言うことを聞きますから!」


 今も戦意を喪失したように手を着いていた日紗枝はピクッと反応した。その声を聞くと不思議と心と体が落ち着いていく。

 そして、下から祐人を仰ぎ見るとその言葉通りにするのが自分の使命のようにも感じてくる。


「わ、分かったわ。でも無理はしないで。今、剣聖がこちらに向かっているから」


 日紗枝やマリオンのような状態は戦場では往々にあることを祐人は知っている。だから、敢えて叱咤し仲間を奮い立たせることも仲間を死なせないためには必要なのだ。

 当然、誰も知る由もないが、祐人の戦闘経験値はこの会場の誰よりも群を抜いていた……。このことが、この場では非常に貴重なものとなったのである。


 祐人が頷くと、日紗枝は立ち上がり、新人達が集まる会場後方に向かった。

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