第13話ランク試験①


 明日からゴールデンウィークが始まるという日の最後の授業が終わると、クラス全員が晴れ晴れとした顔で帰り支度をする。それに交じり、祐人は素早く片づけを終えて席を立った。


「祐人。何、急いでんだ? 明日から休みだぜ? 今日はバイトも無いんだろ? ちょっと寄り道して帰ろうや」


「ごめん! これから、ちょっと予定があって、行かなくちゃいけないんだよ。じゃあ!」


 祐人は教室を出る際に、静香を迎えに来た茉莉に気付かず横を通り過ぎる。

 茉莉は驚き、大きな声で祐人に後ろから声を掛けた。


「祐人ー! 何よ、予定って? ちょっと話が!」


 茉莉の声に気付き、祐人は振り返り様に大きな声で返答した。


「前に言っていた資格試験だよ! 今日からなんだ! ごめん! 急ぐから!」


「こんな日に試験なんて……えっ? 今日からって……試験って一日だけじゃないの?」


「うん! 今日、集合で明日から三日間試験なんだよ! じゃあ!」


 茉莉は廊下とD組の間で、祐人の消えた方向を見ながら釈然としない表情をした。


「話があったのに……それじゃあ、ほとんど休み全部じゃない」


 そう小さく呟くが、実は呼び止めたとしても何からどうやって話して良いのか、茉莉本人も分かってはいなかった。

 明日のゴールデンウィーク初日、茉莉は部活も休みで、祐人を誘うつもりでいた。もっと、早くから言うつもりだったのだが、茉莉は中々、言い出せず、今日になってしまったのだ。


「電話でもしてみれば? 話をするんでしょう?」


 茉莉の後ろから、ヒョコッと現れた静香が茉莉に声を掛ける。


「い、いいのよ! やっぱり、よく考えれば別にそんな大した話じゃないし……」


「ふーん」


「何よ、その意味あり気な顔は」


「別に~。でも、話をするだけなんだから、とにかく連絡を取ればいいじゃない」


「もういいのよ。そんなに急がなくちゃいけないというわけじゃないし……。祐人もバイトを始めようと頑張っているのを邪魔しちゃうのはよくないと思うし」


「ほほう……。ふーむ、では……。あ、そう言えば堂杜君は資格試験って言ってたっけ? 茉莉の話だと、何か探偵みたいな仕事なのかな?」


「え? し、知らないわよ、よく聞いてないから」


 静香は殊更驚いたような顔をする。


「え! 茉莉が堂杜君を問い詰めなかったの? へー、ほーほー。珍しいこともあるね~」


「だって、祐人が決心したような顔で言うから……って違うわよ! 私は別に興味が無かったからであって、それに私は祐人を問い詰めるようなことをしたことなんか、普段からないわ!」


「あは、分かった、分かった。でも、三日間も行う試験って、合宿みたいなものなのかな? あ~あ、うーん……そうかー、危険だねぇ」


「……何の話よ」


「いや、どんな試験か分からないけどー、中にはその試験って女の子も受けるのかな? って。同じ試験を受けるもの同士って意気投合しちゃうこと多いもんねぇ。ましてや合宿となると……ほら、うちでも部活で男子との合同合宿をきっかけにってのが何組かあったじゃない?」


「……」


「それで茉莉も告白を何人にもされたしね」


「……」


「茉莉……頑張るんだよ。それと、堂杜君と連絡は取っておいた方がいいよ? 最近の堂杜君を考えると、悪い虫がつかないようにしとかないとね」


「私は! そ、そんなつもりはないわよ!」


「あ、そういう意味じゃなくて。堂杜君ってさ、慣れて無さそうだからすぐにコロッと悪い女の子に引っ掛かりそうだなって。それじゃ可哀相でしょ? だから、茉莉は一応、剣術道場の同門なんだから、その辺を注意してあげても、ばちは当たらないっていう意味だよ」


「え……。あ! そ、そうね。正直、そこまでしてあげる義理はないけど、仕方が無いわね。まあ、祐人を相手にする子がいるとは思わないけど。まったく、世話が焼けるわ……。は~あ、じゃあ、練習に行きましょ」


 そう言いつつ、先程よりも生気のある顔で、茉莉は剣道部の部室に向かい歩き出す。

 静香はその背中を見つつ、ニヤッとした。


「こちらも世話が焼けるけどね」


 だが、祐人が受けるという試験の受験会場も知らず、また、祐人が携帯を持っていないのと、現在の家に固定電話がないということもあり、茉莉が祐人と連絡を取り、本人と話すのは至難の業だったのだが。


「何の世話が焼けるの?」


 一悟が祐人に誘いを断られて、所在無さそうに教室から出てきた。


「ううん、何でもないよ」


「ふーん。あ~あ、これからどうするかな? 祐人も行っちまったしなぁ」


「袴田君も部活でもやれば? 運動神経良いんだし」


「ああ、いいよ俺は」


「そう……。あ、そうだ、袴田君。袴田君に前から聞きたかったんだけど……」


「ん、何?」


 静香は、一悟をちょっと睨みながら言う。いつも快活な静香らしくない表情だった。


「袴田君は堂杜君の私生活が厳しいの知っているのに……。何で堂杜君にあんなに『お助け係り』の仕事を持ってきたの? ちょっと可哀相にも思うんだけど」


 静香は一悟の行動に対して、不思議に思っていたのだ。だから、いつかこの件は聞いておきたいと思っていた。

 最近になって静香は一悟が悪ふざけだけで友人を困らせ続ける人間には思えなかったというのもあった。

 一悟は静香の問いに、彼らしくない微妙な表情で頭を掻く。


「ああ、うーん、なんて言うのかな。俺は祐人に、もっとみんなに絡んで欲しいというか……」


「え? ……ふーん」


「何だよ……」


「はっはーん、なるほど。大好きな堂杜君の良い所をみんなに知って欲しいけど、恥ずかしくて自分からは言えないから……ということですね?」


「な! ちげーよ! 似非探偵! ただ俺は……」


「素直じゃないなぁ」


「本当に違うんだ! ……ふう、いや……それもあるんだけどな……あいつ、なんか存在感が突然薄くなるというか、中三の時にそれを感じてから、妙に心配になるんだよ」


「…………」


 静香は自分が同じ中学の祐人のことをすっかり忘れていたことが、一悟の言葉で思い出されて神妙な顔になる。中二のときに同じクラスだったにもかかわらずだ。


「実はな、中三になった時……俺もあいつを……忘れてた」


「え?」


 思いがけない一悟の言葉に静香は戸惑った。


「祐人が中三になってすぐに、品川の事件の後……二、三ヶ月学校を休んで、初めて登校してきたとき俺は、誰だこいつは? と思ったんだ。転校生かとすら考えたよ」


「そんな……だって袴田君は」


「ああ、親友だと思ってたよ。もちろん……まあ、今でも、な」


「うん……そうだよね」


 一悟はちょっと目を伏せた。それは彼の自己嫌悪に囚われた表情にも見える。


「あいつはクラス全員から浮いていて、何故か必死に勉強をしてた。休んでいたせいで勉強が遅れてるんだろうなって俺も気になって、ノートを貸そうか? って話しかけたんだ」


「…………」


「その時、あいつは笑って、ありがとう、一悟! って言ったんだよ」


 一悟は息を吐いた。


「それでその時、それに対して俺が言った言葉の後の……祐人の顔が忘れられないんだわ」


「……何て言ったの?」


「馴れ馴れしい奴だな……って言ったんだ。俺があいつに」


「え……」


「そうしたらな……あいつは寂しげな顔で……ごめん、って言ったんだ」


 一悟が一瞬、辛そうな表情を見せたのを静香は見逃さなかった。いつも明るい静香も言葉を選ぶように一悟に聞く。


「それで、いつ……思い出したの?」


「それが突然なんだ。きっかけは、白澤さんが祐人を叱咤しながら勉強を教えている姿を見て、なんか懐かしいというか、当たり前な風景のように思えたら……その場でパアといきなり」


「…………」


「その後に、祐人とはすぐにいつもの関係に戻ったんだわ。さっき言ったみたいなこともあって、最初はちょっとギクシャクしたけどな」


「……そうなんだ。でも……なんかちょっと信じられない話だね」


「ああ……俺自身、今でも不思議に思ってることだからな。でも、だから……みんなに祐人をもっと意識しておいて貰おう、なんて思っちゃってなぁ。祐人にはいい迷惑だと思うけどな」


 自嘲気味に笑う一悟に、静香もいつもの明るい笑顔を見せる。


「そんな事ないよ。それを聞いてすごく納得したもん。袴田君も見た目と違って意外と考えているんだねぇ、友達のこと」


「見た目と違っては余計だ。ったく! 祐人も行っちまったし優太でも誘うか」


 恥ずかしさを誤魔化すように一悟はぶっきらぼうに言うと、最近仲良くなった、まっすぐ家に帰ろうとしている新木優太を無理やり引っ掛ける。

 その一悟の態度を見て、静香は優しい顔でクスッと笑い、自分も部活動に出発した。




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