第12話ランク試験前のそれぞれ
学校が始まり数週間。祐人はだんだん新しい生活のリズムが出来上がってきた。
能力者機関の新人試験を受けることにしてはいるが、それまで何もしないというわけにもいかない。結局、何個かバイトを掛け持ちすることになった。
学校が終わるとすぐにバイトに行き、帰りがけに閉店間際のスーパーで見切り品等の安い食材を買って家に帰る。こういったサイクルが完成され始めてきた。
だが当然、生活は苦しい。一切の無駄の無い生活である。
祐人は多忙を極めたが、それはバイトだけではない理由がある。
元々、祐人には自由な時間は少ない。それは入学する前から覚悟はしていた。しかし、ある出来事でその予想を大きく上回ることになる。
それは学校での一幕にあった。
祐人が生活的にも学業的にも余裕が無いことは、担任の高野美麗は知っていた。
しかし、こういった状況でも高野美麗は祐人を特別扱いはしない。
入学して早々にクラスの役割分担を決めるホームルームがあり、部活動をしていない者に対して優先的に役割を与えたのだった。役割の数も結構多く、部活不参加者全員に行き渡りそうな数である。
正直に言えば、祐人はバイトのことも念頭に置き、何の係りにも委員にも当たりたくないというのが本音だ。
そこで祐人は卑怯と知りつつも、極力目立たぬようにしていると、順次、役職も決まりだし、意外と早く全ての役割が埋まった。
自分にまで回ってこないうちに全ての役割が埋まったのを見て一人ホッとしている祐人。
ホームルームの様子を見守っていた担任の美麗は、全ての役割が行き渡ったのをみて静かに立ち上がった。
「はい、大体決まりましたね。とりあえず、この役割で一年間お願いします。それと! 部活不参加者で何の役割も受けぬ者が約一名いますので、その者は全委員、全係りの補助役『お助け係(拒否権なし)』に任命します。以上」
「え……?」
一瞬の間を置き、言っている意味に気付き、驚いた祐人は立ち上がって抗議をする。
「ちょっと先生、待って下さい! 無理に役割を増やさなくても……それに何ですか! その何でもありっぽい係りは! しかも、拒否権なしって!?」
担任は眉毛一つ動かさない。
「じゃあ、どんな係りがいいんですか? あなたは部活動に参加していない人の中で、最後までどれにも立候補をしませんでした。いいですか? この吉林高校の教育理念とは全員参加が基本です。そのどれにも決められなかったのですから、こちらで決めてもよいと判断したのです」
「それは……でも、僕は……その生活的に時間が無いというか……」
「関係ありません。あなたはこの学校の生徒です。であれば、まず吉林高校の生徒としてが大前提になります。それを全うした上で何をするのかは構いません。しかし、何にも参加しないというのは許しません。分かりましたか?」
相変わらず毅然としていて理路整然とした回答。行き詰まった祐人は、どの役割にも手を挙げなかった後ろめたさもあり、結局……この提案を受け入れることになってしまう。
「はい、分かりました……。で、お助け係り(拒否権なし)って何ですか?」
お助け係り……それはクラスの生徒が何かしらの仕事をする際に、人手が足りない時や困った時に、その名のごとくヘルプに入るという、何ともいえない係りであった。
そして、一切の拒否権はない。
美麗が去ったホームルームの後に、自分の机で肩を落としている祐人へ一悟と静香が心底深刻そうな顔で声を掛ける……が、体は震えている。
「いや、大変だったな……祐人。ククク、本当に同情するよ、ッヒヒ! 君のその面倒を全て引き受けるという、素晴らしき君の人生に……ククク!」
「本当に……、プッ、可哀相……。堂杜君、プププ……」
「…………。じゃあ、代わってくれないか? 植物係りの一悟君と剣道部の水戸さん」
口元と腹を押さえて、話しかけて来る二人に、祐人は怒りを抑えながら話す。
「ククク! いやいや、『お助け係り』みたいな全知全能な係りは、私めには無理でおじゃるよ」
「ププッ、わらわも無理ナリよ? プッ」
「何だ! その一貫性の無いキャラは? あーもう! 用が無いなら自分の席へ帰れ!」
「ほほう……良いのかな? そんな態度をとって。全知全能のお助け係りよ」
そう言うと突然一悟はお腹を押さえてその場に蹲る。
「あ! 痛い、お腹が! 痛たたー!」
「ハッ、どうしたの! 袴田君! 大丈夫!? あああ、大変……。誰か! 誰か、ここにドクターは! ドクターはいませんか!?」
突然、お腹を押さえながら倒れこむ一悟に静香が悲鳴を上げる。
「いや、いいんだ……水戸さん。もう、手遅れだ……。ただ、最後に……」
「最後に何!? 袴田君!」
「放課後……あの鉢植えと我がクラスの花壇に水を、水をやっといて……くれ……ガク!」
「えーい! その三文芝居を止めろ! この腐れお笑いコンビが! しかも、それは自分の仕事を僕に押し付けたいだけだろうが! それについては助けはいらないはずだ!」
「お助け係りに拒否権は無い。……美麗先生に相談しようかな?」
「グ!」
「フッ、じゃあ頼んだぞ。それとこれから親友に対する態度にも気を付けるんだな……」
「態度に気を付けなくてはならない親友がこの世にいるか!」
「ちょっと、職員室に……」
「いや! 分かった! お助け係りの初仕事! 腕が鳴るぜ! もちろん、態度にも気を付けちゃうぞ! 親友にだってね! ははは! (もう、お前は親友ではない。むしろ……殺す!)」
「ははは! そうか、そうか! (いいのか? 心の態度まで問うぜ! 俺は)」
「ははは! そうです、そうです! (馬鹿め! 証拠が無ければ何とでもなる!)」
「「ふははははー!」」
体を反るほど笑いながら、お互いをグリグリ小突きあう二人。
「悪ノリした私も悪いけど……この二人何か怖い」
声に出さずともコミュニケーションをとるという長い付き合いだからこそ可能にしたそのやり取りをみて、静香も意味は分からないが雰囲気は感じ取ったみたいだ。
「な、何? 何があったの? 静香……」
隣のクラスから茉莉がやって来て、祐人と一悟の放つ異様な空気にすぐに気づく。
「いや、何と言うか……ははは。後で説明するよ……茉莉」
何はともあれ、これを皮切りにクラスの皆から、数々のお助けの依頼を受けるようになった。
ところがこの時、本人も気付きもしなかったが、これが後に大変な好評をはくし、クラスメイトからの信頼を勝ち取るようになってしまう。
というのも、普通の人であれば、このような形で決まったお助け係りの仕事などは、誰も真剣に取りくまないだろう。しかも、クラスメイト達も薄々、祐人の生活環境に気付きだしているので無理を言える空気も無かった。
ところが、一悟が何かにつけて、まるで仲介業者のように祐人に仕事を持ってくるという最高のお節介を焼く。
そのため、祐人の学校生活は異様に忙しくなってしまった。
そして……一悟が仕事を仲介するその度に、
「「ふははははー!」」
という二人の笑い声がクラスにこだました……。
このように決まった役割ではあったが、依頼が来ると祐人は元々お人好しの性格もあり、この『お助け係り』の仕事を生真面目にこなしていく。
力仕事はもちろん、中には明らかにサボりと思われる依頼もあったが、確かめようもなく、拒否権もないことから男女問わず全ての依頼を引き受けていく。
お助け係りを仰せつかり数日経つと、クラスメイト達は祐人のことで意外な一面に気付いた。それは、一見、地味で頼りなさそうな祐人が、問題解決のための判断力が優秀であることが判明したのだ。
依頼されたものの中には、先生達への交渉が必要なものがあったり、図書委員(吉林高校の図書室は大きく、委員の仕事は結構大変)のように他の学年やクラスの人達と話し合わなければならないこともあったりした。
だが、それらの依頼に対しても実際に祐人はうまく交渉してみせて、しかも、これが現実に即した形で落とし処を決め、解決して見せてくるのだ。
そのため、この入学をして数週間という短期間ではあるが、『何も無ければ地味で無害なクラスメイト』が『意外と頼れるクラスメイト』に昇格することになった。
すると……祐人にも予想のできなかった状況が出来上がる。
このような祐人に対してまず態度が変わったのは、何とクラスメイトの女子だった。
分かりやすいところでは良く話しかけられるようになった。また、女子達の中には、まだ誰にも目を付けられていない、この意外と使える男子に明らかに食指を動かし始めた子達もいる。
それが顕著になるのは昼休みだ。
午前の授業が終わり、学食に行く者とお弁当組に分かれて動きだす。祐人も食事を取ろうとバッグに手を伸ばすと二名の女子が祐人の机の前に来た。
「堂杜君。一緒に御飯食べない?」
「え!? 僕と? 何で?」
「ふふ、何でって、同じクラスじゃない。堂杜君って、いつも食パン食べているよね。私のおかず分けてあげようか?」
「えー、それなら私、この前のお礼にお弁当作ってきてあげようかな……」
片方はクスクス笑い、もう片方はちょっと恥ずかしげに話す女子クラスメイト。
(何これ? こ、こんな夢みたいなことが……僕に……嘘みたい)
女子クラスメイトから積極的に話しかけられるという、生まれて初めての状況に祐人は信じられないとフルフルと震えている。
「祐人ー。それなら皆で一緒に食べようぜ」
何食わぬ顔して、一悟が爽やかに笑いながら会話に入ってくる。いかにも自然な入り方だ。
「あれ? 一悟は学食じゃないの? (勝手に入ってくるな、下心丸見えだ、この野郎!)」
「ああ、今日はパンにしようと思ってね(誰のお陰だと思ってんだ? 調子に乗るなよ、このヘタレ!)」
「そうなんだ。じゃあ、すぐに買いに行かないと売り切れちゃうよ? (馬鹿め、その間に場所を変えてやる。早く消えろ、この外道コバンザメが!)」
「ははは、実はもう買ってあるんだよ。ほら。(馬鹿はお前だ。ちょっと女子に話しかけられたぐらいで逆上せ上がるなよ、このエターナル童貞が!)」
ほんのちょっとの無言の間。
「「ふははははー!」」
「……何かしら? この二人、会話と表情と全く違うところで話をしているような気がするんだけど……」
「……本当に仲が良いのかしら?」
結局、一悟も交えて昼食をとることになったが、実際は一悟がいてくれたお陰で会話も盛り上がり、傍から見ていてもとても楽しそうに見えた。
「何よ……あれ」
茉莉は静香の前に座り、お弁当を荒々しくつつきながら低いトーンの声を出す。
茉莉がいつものように静香と御飯を食べようと自分のクラスから来た時には、既に祐人の席の周りは今のような楽しそうな昼食風景が出来上がっていた。
「うん? ああ、最近、色々あってね。クラスでの堂杜君の株が急上昇なのよ」
「ふーん」
いかにもつまらそうに茉莉は聞いている。それを見て静香は苦笑いしながら応じる。
「でも、堂杜君てさぁ、何か中学の時と……随分、変わったよね」
「どこが? 別に変わっていないと思うけど」
「うーん、最近になって色々と思い出したんだけど……。堂杜君の中学時代のイメージって優しそうだけど、何か頼りないって感じだったのよねぇ」
「それは今も変わらないでしょう。実際、頼りないし」
「ううん、それが意外と頼りがいがあるのよ。頼まれたことや相談事に対して予想以上の対応をしてくれるし、しかも、以前の感じと違って受身じゃないのよね。中学卒業後の春休みに何かあったのかしら?」
そう言って、静香は首を傾げる。
「何かって何よ……。まさか、あの時言っていた女の人のこと!?」
「あはは、あれは冗談よ。そうじゃなくて、中学卒業まで頼りない印象のままだったのに、高校に入学してからの雰囲気が……なんと言うのかな? 優しいだけじゃないというかな……男の子って突然、こんなに変わるものなのかな?」
「思いすごしよ。そんなの」
「そうかなぁ。同じクラスの女の子達の話だと、頼み事をただ手伝ってくれるだけじゃなくて、次回はこうした方がいいよ、とかアドバイスしてくれたり、場合によっては、これは自分でやった方が後々に役に立つからと言って全部はやってくれなかったけど、最後まで横にいてくれたりで……感謝している子達が結構いるのよ」
そう言うと静香はクラス全体を見るようにする。
「だって、うちの女子達の様子を見てごらん。ほら、中にはあからさまに堂杜君達の席を羨ましそうに見ている子達もいるでしょう?」
「…………」
「……まあ、私達のこの席に入りたいっていう男子達の方がもっと一杯いるけどね」
茉莉の方をモジモジするように、熱い視線を送っている男子達を静香は目だけで見渡す。
「茉莉。うかうかしていると誰かに取られちゃうわよ? よく見ればそれほどルックスは悪くないし、それで内面まで伴ってくるとなると……男の見る目のある敏感女子達はすぐに動き出すよ?」
「な! 何言っているのよ! 私には関係……ないわよ……。それに私は……」
慌てた後、語尾が小さくなる茉莉を静香は優しく見つめて小さく笑うと、
「一回、振ってるもんねー。逃した魚は大きかった?」
「だ! だから! 違うって言ってるでしょ!」
「あはは、分かった、分かった。ごめん、そんなに怒んないでって」
参りました、という様な態度を取る静香。
「もう……」
脹れる茉莉を静香は宥める様な仕草の後、茉莉をジッと見つめる。
「茉莉」
「な、何よ、急に真面目な顔をして……」
「茉莉の長所って分かりやすいくらいに短所と隣り合わせなのよね。だから、いつかすごい後悔とかしそうで放っとけないんだよ。たまには理想と感情がぶつかったら、普通に感情を優先して欲しいとか思っちゃうの、お姉さん役としてはね」
「お姉さんって……。同い年でしょうに……」
「でも、今、困っているでしょう?」
「何がよ……」
「片山先輩のこと」
「っ!」
「私もびっくりしたわよー。一年前、いきなり片山先輩とか言う知らない男の人と付き合うなんて聞いて。しかも、そのあと、それが嘘だって聞いて二度びっくり!」
「つ、付き合ったとは言ってないわよ。友達からってことで、正式にはだいぶ先に決めるってなっただけで……」
「でも、相手はそうは思ってないでしょ。友達からって言ったって、あの時の状況のことを考えれば茉莉だって分かるでしょ? もう一方の告白者の方については完全に断っているんだから」
そう言いながら、静香はチラッと祐人の方を見た。茉莉はその視線の先に気付いたが、そちらを見ずに、ちょっと俯いてしまう。
「……確かに、私もこのままで良いとは思ってないわ……あ! それは祐人の告白を受け入れるっていう話じゃないわよ? あの時、私は祐人と付き合う気になれなかっただけだから」
「……でも、ただ、振るだけだったら嘘なんかつかなくて良かったんじゃない?」
「うん……」
「なんでとっさに嘘をついちゃったの? 今まで茉莉に告白してきた人には、そんなことしたことはなかったじゃない」
「そんなの、分からないわよ……」
静香は困ったように溜息をつき、ミックスジュースのパックを一気に飲みあげる。
しっかり者の白澤茉莉と元気に明るく茉莉に従う水戸静香、というのが大方の周りが見ているこの二人の評価だ。けれども実際は、意外と不器用な白澤茉莉とそれを優しく見守る水戸静香、というのがこの二人の関係なのかも知れない。
「私に言わせると、すごく簡単なことなんだけどねぇ。ただ! これは相手のあることだから言うけど、片山先輩なる人物のことは嘘だったって言ったら? それも、なるべく早くね。そうしないと、堂杜君も友達として困ると思うよ? 気を使ってしまって」
「うん……そうする。今度のゴールデンウィークの部活のない日に、その時に言うわ……」
「大丈夫? 私も何か理由つけて一緒に行ってあげようか?」
「ううん、いい。それにこれは私が直接言わなくちゃ駄目なことだから……」
「それは、そうね。そういうところは茉莉の良いところなのよねー。……無駄に」
「ちょっと! 聞こえたわよ。無駄にって何よ、無駄にって!」
「あはは! 耳がいいのは長所かな? 無駄にね」
「もう……」
茉莉はそう嘆きつつも、内心は静香に感謝をする。いつもこうやって大事な事の考えがまとまるのは、決まって静香と話している時だ。
それでいて、静香は茉莉が最後には暗くならないように配慮してくれているのを知っている。
茉莉は「私は友人運が良い!」と誰にでも自慢できると心から思った。
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