第11話生活と収入の確保②

 

 蓬莱院吉林高校一年D組、これが祐人のクラスになる。

 授業も始まってまだ三日程度だが、段々慣れてきたクラスメイト達は、お互いにワイワイと会話をするようになっていた。

 そのような中、一人雑誌を穴が開くほど念入りに見ている人間がいる。


「オース! 祐人。何だ……またアルバイト雑誌か。良さそうなのはあったか?」


「おはよう! 堂杜君。それアルバイト雑誌? ああ……そうか。なんか大変だね」


「一悟、水戸さん、おはよう。うーん、それが中々……とにかく稼げるのがいいんだけど」


「ふーん。でもお前、二ヵ月ぐらいは蓄えがあるって言ってなかったっけ? 急ぐのは分かるけどじっくり探したら?」


「いや、それが、そうもいかなくなってさ……」


「そうもいかないって、何かあったのか?」


「あ! いや! 暮らしてみたら思ったより費用が掛かるなと……」


「ふーむ、俺も一人暮らしってのは分からないけど、そういうもんなのかな? まあ、そういうことなら俺も知り合いとかに聞いておいてやるよ」


「うん、私も聞いといてあげる」


 一悟は、祐人の左後ろの自分の席に鞄を置くと静香に顔を向けた。


「そう言えば、水戸さん。白澤さんは?」


「ああ、茉莉はさっき職員室に呼ばれてたよ。茉莉ね、C組で学級委員長に選ばれたみたいで、バタバタしているみたい。まあ、才女のつらいところだよね。昨日、剣道部を覗いた時も物凄い歓待ぶりだったしねぇ」


 祐人はその話を聞き、茉莉のことをさすがだなと心から感心する。出会った時からそうだった。

 何でもこなしてしまうが故に人から頼られる。本人も頼られたら答えようとする人柄から、中学時代から三年間学級委員長をしていたし、剣道部でも主将を務めていた。

 そんな彼女の姿を見て、自分ももう少ししっかりしないとな、と幾度も思ったものだった。


 ただ、今はしっかりするにも先立つものが必要だ。衣食足りて礼節を知ると言うし、安定した生活を手に入れるために早くバイトを……と思っているのだが、中々良い条件のものが無い。

 時給が良くても立地的に遠すぎたり、時間が合わなかったりというものばかりだった。

 体力には自信があるので登録制の体力勝負のものも見るが、それは午前中からの拘束が多く、休日の時以外は働けないし、年齢制限もある。


 だが、祐人の生活は危機的に逼迫している。


(何とかしなくちゃ! でも、高校生にそんな良い条件なんて)


 祐人は頭を抱えて考える。


 一悟と静香はその様子を見て、お互いの目を見合わせた。一悟も静香も祐人が心配なのだ。


 祐人が悩み悶えていると、担任のクールビューティーを地でいっている高野美麗が時間ピッタリに教室に入ってきた。途端に空気が引き締まり、全員が一斉に席に着く。

 美麗による一切無駄の無い、朝のホームルームが終わると、一時限目の体育の授業に向け、クラスの女子達は更衣室に移動を始める。男子はそのまま教室で着替えの準備に立ち上がった。


 今後の生活で頭がいっぱいの祐人も立ち上がり、ふー、と大きく息をはいた。

 祐人は力なく体操着を出そうと学校指定のスポーツバッグを開ける。


 と、その時……皺のよった上等な紙質の封筒が脇に落ちた。

 何だ? と思い、それを拾うと祐人は「あ……」と声をあげる。


 そのA4サイズの封筒にはWIOのマークが入っていた。それは世界能力者機関から来た新人試験の案内状である。

 祐人は引越しの際に、適当にバッグに入れた覚えはあったが、今の今まで失念していた。どうやら学校のスポーツバッグに入れていたらしい。気付くのが今になったのも体育の授業は今日が初めてという事もあった。


 祐人は真剣な顔でWIOからの封筒を数秒間ジーと見つめる。

 そして……荒っぽく、バッグの中に戻した。 



「もう……これしかない」




 昼休み、祐人は誰もいない屋上で一人、世界能力者機関からの案内状を確認している。

 来週末必着と期限はまったく問題ない。すでに覚悟を決めた祐人は早速必要事項を記入した。

 別に特別な項目はない。普通の何かしらの会員申込書と大して変わらなく、唯一特別といえば得意能力という項目があるくらいだ。

 祐人は得意能力の欄を見直して少し悩み、『剣術』を消して『体術』と書き込むと一息ついた。


「よし! これで後は投函するだけだ」


「あ! 祐人、こんな所にいた! みんなで御飯食べようって言ってたでしょ? 昼休みになった途端にいなくなるんだから!」


 予想外の茉莉の登場に祐人は慌てて新人試験の申込書を後ろに隠す。


「あ! ああ、ごめん。すぐに行くよ!」


「まったく何をしてたの? こんな所で。それと祐人!」


「な、何?」


「何を後ろに隠したの?」


 ギクッとしたが……彼女はいつもこうだ。

 ちょっとした動きも見逃さないし、納得できる回答があるまで許さない。祐人は観念した。しかし、本当のことは言えないので、


「実はバイトのために資格を取ろうと思って……これはその申込書だよ」


「はあ? バイトのために資格ぅ? そんなの聞いたこと無いけど……。どんなのよ、それ」


「いや、何て言うのかなぁ? ……依頼人から要請を受けて問題を解決するような?」


「何それ……。何の問題なのか分からないし、何か怪しいわ。それは真っ当な仕事なんでしょうね? それに、そもそも何だってバイトに資格が必要なのよ」


「違うよ! すごく真っ当な仕事だよ。この資格があると……えーと、そう! 給料がいいの! 全然違うの。だから、必要なんだよ! 生活のために!」


 いつになく切羽詰った祐人の気迫に茉莉もちょっとたじろいだ。


「ふ、ふーん。まあ分かったけど。でも! 怪しい仕事だったら……絶対に止めさせるから!」


 祐人の数倍の気迫。今度は激しく祐人がたじろぐ。そして、コクコクと何度も頷いた。


「よし! それなら許す! 頑張るのよ。応援しているから」


 珍しく必要以上に詮索はせず、ただ応援をしてくれた茉莉が微笑む。

 祐人はその笑顔に、自分の記憶の中の奥……大事な場所にいる藍色の髪の少女が重なって一瞬、心臓の鼓動が大きくなったのを感じた。


「早く行くわよ」


 茉莉は祐人を急かすように屋上の出入り口のドアを開けて先に行ってしまう。

 そして、茉莉の後を追うように祐人は歩き出す。だが、その足取りは重く、目は遠い。


「僕って奴は……」


 この少年に珍しくその表情は自戒と苦悩、そのものであった。




 新人試験申込書を送って数日後、祐人の新居のボロボロの郵便ポストに世界能力者機関から新人試験の受験者IDと宿泊ホテル等の案内が投函されていた。

 祐人はその封筒の中身を確認する。日時は五月の初旬のいわゆるゴールデンウィーク中の三日間で行われると記載してある。宿泊と朝食、昼食は何と能力者機関持ちだ。


 スケジュール表を確認すると、初日は前泊で前日の夜に説明会及び立食パーティーになっており、次の日からの三日間で試験を実施して最終日の夕方に結果発表とランク取得した者のみでまた祝賀パーティーがある。


「なんか意外と派手だなぁ。場所は品川……のホテル内か」


 場所が品川と確認する祐人の目に一瞬、影のようなものが宿ったが、祐人は大事にその書類をしまった。

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