第10話生活と収入の確保①
高層ビルの乱立する新宿副都心。その中の一つの高層ビル内、その重厚な扉に支部長室(Regional Manager)と書かれた表札がついている。
いつからあるのか、そもそも何の支部なのか、そのビルを出入りする人達も知らない。
数々の企業がテナントとして入っている高層ビルであり、誰も気に留めることも無いのは当然といえば当然だ。
その部屋の中で、大峰日紗枝は世界能力者機関日本支部の支部長として執務を取っていた。パソコンに向かい、報告書の確認や決済、懸案事項の調査、現在行動中の能力者達の動向を把握する等と多種の仕事を同時並行に進めている。
また、今年は日本での重要な催しである新人試験も控えており、日紗枝は多忙を極めていた。
日も傾き、最上階に近い部屋に夕日が差し込んでくる。その支部長室の扉がノックされた。
日紗枝は手を止め、扉の方に顔を向けると慌しくスーツ姿の若い女性が入ってくる。
「し、失礼します」
「あら、志摩ちゃん、珍しく随分と慌てているわね。何かあったの?」
「はい。たった今、ロンドン支部からの緊急連絡が入りました」
「……ロンドンから?」
「はい。シスター・ソフィア・サザーランドが亡くなられました……」
「え……」
先程の柔らかい態度が変わり日紗枝の動きが止まる。
そして日紗枝は目を瞑り、力が抜けたように立派な椅子の背もたれに体重を預けた。
支部長秘書の
この辺りは上司である日紗枝との人間関係や彼女の秘書としての優秀性が垣間見える。
「そう……ソフィア様が……。確かにご高齢でした。最近では車椅子での生活だったと……」
日紗枝はあの春の陽だまりのような笑顔を今でも忘れない。どん底の暗闇の中に一寸の光をくれた人……。日紗枝は椅子を回転させて背後の都心の赤焼けた風景を眺める。
シスター・ソフィア……齢九十を超えた世界最高のサトリ能力者。
その人格から【慈愛の照覧者】と呼ばれ、能力者達からだけではなく、表世界においても世界中の人々から愛された人だった。世界能力者機関にも所属し、そのサトリの能力は非戦闘系のランクSS、まさに人類の至宝と言えた。
「いいえ、違います。大峰様。シスター・ソフィアは……殺されました」
「な!?」
日紗枝は振り向き、間違いではないのかと秘書を睨んでしまう。
「犯人の目星もついているようです。犯人はその外傷からおそらく………ノスフェラク」
「な! 何故!?
「はい……。事情は現在不明ですが、そのノスフェラクは以前からシスター・ソフィアの家に数十年に亘って出入りしていた模様です。この件でロンドン支部から世界中の支部に代表者を集めたいとの意向を通達してきました。また、その会議の場には、その吸血鬼側からも出席者があるようです」
「ノスフェラク側から!? それは、一体……」
「はい。吸血鬼は互いにも興味を持たない孤高の種族ですが、最低限のコミュニティを組織しております。今回はそのコミュニティの代表者が来るようです」
日紗枝の記憶ではノスフェラク側からの機関に対するコンタクト自体聞いたことはない。
数は多くは無いが少なくも無い。また数千年生き抜いた吸血鬼では、まさに魔神クラスの能力を持つ者もいる。
しかし歴史の流れの中、吸血鬼は人間社会が堅固になっていくに従い、人間との敵対を放棄し、それぞれがひっそりと暮らしていると聞いていた。
その証拠に、数百年前から吸血行為すらも放棄しているのだ。
ただし、彼らもそれ相応のものを人間に要求してきた。数百年前のその時、その吸血行為の放棄の代償として彼らが時の権力者に要求したのは、人間社会における市民権だった。
権力者はそれを認め、云わば吸血鬼と人類の長い敵対関係はこれで終息した。
そういう経緯から、吸血鬼は現在も其処彼処で人に扮して共に人間社会に溶け込んでいる。また、非常に誇り高い種族であるが故に、決してみだりに目立つような行動はとらない。
同種族にすら互いに関心を示さない彼らが、コミュニティを組織したのも同族の誰かが人間社会で目立つことにより、他の仲間が迷惑を被らないようにと定期的に最低限の監視をするというものだと聞いている。
日紗枝は、人差し指でトントンとデスクを触る。
「……志摩ちゃん。悪いけど、今回のその会議には代理であなたが行ってくれる? 来月頭に実施される新人試験に手が離せそうに無いの。それに、一年経っても例の品川魔神の調査も進んでないことを本部からどやされていてね……。あのときのサイコメトラー達もまだ再起不能で入院中だし……。恐らく、大事になっていると思うけど、申し訳ないわね」
「いえ、分かりました」
「内容はすぐに連絡を頂戴。まずは口頭で構わないわ。世界中の支部から代表者を招集するというのは相当のことだと思うから」
「はい。それでそのことですが……」
「何か分かっているの?」
「いえ、関連性は不明ですが、ここ数週間で数名の能力者が行方不明になっていると、ヨーロッパの各支部で騒ぎになっているようです。ただ、公情報ではなく私の個人的な情報です」
日紗枝は眉を顰めた。だが、この話との関連性を疑うには早計だと考える。
「ふむ……。その話はシスター・ソフィア殺害との関連性が確認されるまでは他言は無用よ。噂でこちらの支部所属の能力者達が浮き足立たれても困るわ。それに、地理的に日本で何かある可能性は低いと考えられるしね」
「はい、承知致しました。それでは準備をして、来週には出立致します」
日紗枝は頷く。そして志摩の出て行く姿を確認すると立ち上がり、軽く拳を握る。
日紗枝はソフィア・サザーランドに会ったことがあった。日紗枝はその時、自分の行く末に悩み、心を乱していたが、ソフィアの助言や心遣いで立ち直ったという縁があったのだ。
日紗枝は命の、いや心の恩人である人の姿を胸に浮かべる。
(ソフィア様……。一体何が……。新人試験が終わり次第、私も……)
日紗枝は夜景に差し掛かる高層ビル街を睨む。
しかし、日紗枝はこの時……その決意とは裏腹に、心中には言い知れぬ不安がその胸に漂った。
この時、祐人は確固たる不安を感じた……。
今、祐人は新居の庭のテント中で缶詰を食べながら、宿題をしている。ロウソクを買い、明かりをつけてミカン箱を机としている。今日は風が強く、テントが飛ばないか心配だ。
高校生活を手に入れる代償がテント生活とは……。
先日、祐人は業者を呼んで、家屋の修理の見積もりをしてもらったところ、とんでもない額を提示された。
とてもではないが、高校生の祐人が出せる金額ではない。だが、それでも祐人は何とかしたいのだが、よい方策も浮かばない。
祐人は涙目に深い溜息をついた。
「ううう、これじゃあ、高校生活どころじゃないよ、もう!」
祐人は、強風に吹き飛ばされそうなテントの固定を強化しようと宿題を中断し、立ち上がった。
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