第12話 J太の邪念

 病室に二人きり。


 ぎこちなくもあり、甘い予感に身悶えするような、思春期特有の、えも言われぬ空気感が漂う。


 二人同時に何か言いかけて、お互いに、あっ、ごめんと謝る。


 何かの拍子で手と手が触れ合って、J太は照れ隠しにムスッとしてしまう。


 慣れない松葉杖のせいで、自分がよろけた拍子に彼女が支えてくれ、顔と顔が近づいて、はっとする二人。


 目と目があって、恥ずかしそうにうつむく彼女。


 そんな彼女を優しく見つめるJ太。


 なんだかんだで、すったもんだして、二人は旧接近。


 実は、始めて見たときからきみのこと……

 

 実はわたしも……うふふ、とかなんとか。



 様々なシチュエーションを思い描いては妄想がふくらむ。

 だめだだめだ、余計なことを考えてると、またとんだ失態を晒しかねない。

 J太は頸をぶるっと左右に振って、邪念を払い除けなくてはならなかった。


 せっかく来てくれるんだから、何か喜んでもらえる術はないか。

 そうだ、ニ階のカフェコーナーでケーキを買ってこよう。

 ケーキの嫌いな女子なんて、きいたことない。

 確か、母が嬉しそうに、ここのいちごショートは病院で売ってるレベルじゃないわーって言いながら食べていた。


 母からの伝言によれば、もうそろそろY子が来る時間だ。


 J太は、松葉杖を駆使して長い廊下を歩いてゆき、エレベーターで本館二階のカフェコーナーへ向かった。

 普段ならなんてことはない距離でも、足の怪我のせいで、とてつもなく長い道のりに思える。


 カフェコーナーでは、元気なおばさん達があちこちのテーブル席でおしゃべりしていた。

 病院というところは、本当におばさんが多い。世の中の元気なおばさんたちは、みんな病院に集まっているんじゃないかと思うぐらいだ。

 おばさんの他にも客はいる。

 カウンターの近くの席には、ベビーカーに小さな子供を載せたまま、スマホに夢中の若い母親。

 エントランスの吹き抜けに接した席には、綺麗なお姉さん。


 さて、カウンターにたどり着いた。

 Y子ちゃん、イチゴが嫌いだったとしたらどうしよう?

「いちごショートケーキと、チョコレートケーキ、下さい。」

 腕のIDバンドをセンサーにかざすと、ツケで支払いができるらしい。

 二種類のケーキが乗ったトレーを受け取り、適当な席に向かう。

 手がしびれそうだから、一旦座って落ち着こう。

 ったく、気の利かない店員だなあ。忙しいのか知らないけど、お席までお持ちしましょうかの一言ぐらい言えないのかよ。


 でも、そんなことは今日の俺にはどうでもいい。

 だって……


 そのとき、子どものわめき声がした。

「うわあああん、ママぁ〜仮面だいだ見せてぇぇぇぇ」

 ベビーカーの子供が、母親にヒーロー番組の動画を見せてとせがんでいるらしい。

 母親は誰かとスマホのアプリでトークをしているらしく、少し待つように子供を諭しているが、子供はあいかわらずわぁわぁ泣いている。

 頼むから早く仮面だいだとやらを見せてやって欲しい。


 松葉杖で移動しつつ、慎重にケーキを運びながら、親子の様子をチラ見していると、エスカレーターから、見覚えのある男が上がってきた。


 あ……ズボン破れのおっさん!


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